10話 本日二度目

「さて」


 暇そうに欠伸をしながらこちらを見ている、眠たそうな男装令嬢。

 何故男子制服なのか。そもそも女子校なのに何故男子制服などあるのか。

 甚だ疑問ではあるが、それ以上に似合うものも無いだろう。

 寧ろ、女性らしい格好というものが想像つかない。

 私はわざとらしく、パンと本を閉じる。


「ん。そろそろ行くか?」

「長い時間、君を暇にさせるのも悪いしね」


 大きく伸びをし、ぴょこんと立ち上がる。しかしその表情は未だにぼうっとしている。ぱちくりと瞬きをしている様はリスやウサギの類に思える。

 私以外にはあまり見せない、素の彼女。

 普段は周りの目や期待、然とあるべきとして自らを縛る。

 そうして出来たというのが、今の海である。


「よし、では行くか」

「エスコートはよろしく、王子様」

「……仰せのままに、お姫様」


 やれやれと言いつつも、彼女は手を差し伸べてくれる。

 教室を出ると、未だ駄弁っている生徒がちらほら見える。

 気づいた数名が、「葵様よ!」「葵様だわっ!」と騒いでいる。

 まるで町中でアイドルを見つけたファンのようだ。相も変わらずの人気ぶり。

 それに呼応して、この空間にいるすべての人物が彼女を見て黄色い悲鳴を上げた。

「やはり海×理玖ね。海×理玖だわ」「理玖×海も捨てがたいわ! ヘタレ攻めよきっと!」「あぁ、尊い」

 何やら興味の惹く会話がなされているか、エスコートされている中では交ざりに行くのは難しいか。無念。

 当の本人はそれがどういう意味を示しているのかまるで理解していないようなのでそのままにしておく。清い君のままでいてくれ。


「あっ」

「おっと」


 外部生の教室前。

 通りすぎようとしたところで軽い事故が起きる。

 教室から出てきた子と、海がぶつかった。

 よろけたその子を、躊躇いもなく抱き留めるのは流石のムーヴ。これはポイントが高い。


「大丈夫かい?」


 空かさずイケボで追い討ちを掛ける。一端の少女ならば、即落ちするレベルだろう。


「なななななんだおまえ!?」


 どうやら、お相手は一端では無かったらしい。

 がばっと離れてファイティングポーズを決める金髪の少女。耳まで赤くしてるので効果は抜群だったようだ。

 この反応は予想外だったのか、海はキョトンとしてしまっている。

 そんな彼女を横から、


「海君? わぁ、奇遇だね! そっちも今帰り?」


 と嬉々とした声をあげる少女が一人。とその後ろにキョトンとした小さくて少女が一人。

 声をあげた少女の、ぱぁっと明るい笑顔は仔犬のようで、今にも飛びつかんとする勢いがある。

 尻尾などあれば、間違いなくメトロノームのように動いていることだろう。

 対して、海も彼女を見るなり、


「空君! いやあ、まさかこんなところでばたり会うなんて。これはもう私たちには切っても切れない縁がありそうだね」


 なんて浮かれている。

 どうやら知り合いらしい。私に隠れて交友関係を広げているとは。


「君達、随分と仲が良さそうだね。知り合いかい?」

「ん、そうだな、話せば長くなる……どうだい、これからみんなでお茶でもいかがかな?」


 突然の申し出に、仔犬の子はぶんぶんと首を縦に振る。他二名は、そんな彼女を横目に断るのも憚れるといった具合に、なし崩しに同意していた。


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