C話 悪戯に舞う

 その日はとても風の強い日でした。

 ごぅごぅと鳴いては道行く人を押し返そうとします。

 私も例外ではなく。

 しかし時間通りにたどり着かねばなりません。

 何故ならば今日は高校の受験日。遅れては今までの努力が水の泡です。

 えっちらおっちらと進み、ようやくと志望校である百合原学園の門前にたどり着きました。


【百合原学園入学試験会場】


 そう、大きく書かれた看板が、立て掛けられています。

 私は無意識に息を飲み込みました。

 夢にまでみた百合原です。多くの生徒が所謂と呼ばれるような方々なのです。

 そんな秘密の花園に、唯一足を踏み入れるチャンスが外部生を受け入れる高等部への入試なのです。

 しかしその倍率は非常に高く、そう易々と入ることのできない狭き門。

 その最初の門が今目の前にあるかと思うと、心拍数は右肩上がりです。

 ここで、忘れ物はないかをここで改めて確認します。

 いまさら確認したところで、あまり意味はありませんがそれ程に動転していました。

 鉛筆、よし。

 消しゴム、よし。

 受験票、よし。

 大丈夫、大丈夫。

「よし」と意を決し、いざや行かんと歩き出したところで人生最大の不運が訪れます。


 バナナでした。

 紛う事なきバナナでした。


 踏み出した一歩はそのバナナをしっかり踏み込み、そして。


――ずるっ


 それはもう豪快に。

 私自身、ここまで綺麗に転倒したことはないと今までにないと自負します。

 何故とか、どうしてと考える間も無く、私は一人バックブリーカーを受けるのでした。


 幸いしたのは一部始終を目撃した人が居なさそうだということ。

 こんなところ見られたらもう、私恥ずかしくてこの場から立ち去らねばなりません。

 強く打ち付けた後頭部を摩りながら、カバンから散らばってしまったあれやこれやを回収します。

 最後に受験票を回収しようとした時に、事件は重なります。


 突風でした。

 立っているのもやっとな突風でした。


 ヒヤリとして慌てて掴もうとし、そして。


――すかっ


 それはもう虚しく。

 もう悪戯な風ね。とかそんなレベルではないです。殺意しか沸かないです。


 飛ばされてしまった受験票を、私はただ為す術もなく眺めていることしかできません。


――あぁ。行かないで行かないで。


 そんな切実な願いが届いたのでしょうか。


「うわっ!?」


 真っ直ぐにソレが校門を越えようとしたその時でした。

 丁度校門をくぐり抜けようとした同い年位の少女の顔面にびたーんと。

 うわあ。

 彼女は、その張り付いた受験票と私を交互に見て、爽やかな笑顔を向けてくれたのでした。

 それはもう、天使としか形容できず。


 それが私と、空ちゃんとの出会いでした。




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