決戦に備えて

 砦の司令官ヘーデルは狼狽していた。こいつは犬型の獣人でブチ模様をしている。見方によっては可愛らしい鼻が潰れたブルドックだ。だが今は青ざめてブルブルと震えている。

「中佐殿、早急に対策を取りませんと手遅れになります」

「そんなはずはない。ここが襲われるなんてありえない……」

 心ここにあらず。目の焦点が定まっていない。

「ヘーデルちゃん。簡単ではないですか。ハーゲンに命令すればいいんですよ。砦を守れと」

 デスクに腰掛けヘーデルの顔を撫でながら話をするリオネ。こいつは軍医で中尉なのだが、階級を無視しているのはいつもの事だ。

「もし襲撃されなかったらどうするんだ?予測だけで物資を動かし消費して何にもなかったではどう責任を取るんだ」

 なおも首を振りながら狼狽えるヘーデル。

「空振ならハーゲンの失態、うまくいけばヘーデルちゃんのお手柄。何もしないで砦が全滅すればヘーデルちゃんの大失態。投獄は確定ですわね。どうするのがお得なのか明快です」

 司令官の頭を撫でながらまるで脅迫するかのように問い詰めるリオネ。

「わかった。やりたいようにやれ。私は……」

「何もしなくて結構。避難の号令と避難所での指揮。全て私がやるからあんたは黙ってついて来なさい」

 司令官相手にあんた呼ばわりとは不遜極まりないのだが、まあ、非常時にこの小心者を扱うのはこういうやり方が適している。そんな事情をリオネはよくわかっている。

「避難場所は岩場の弾薬庫がいい。入口を固めれば中へは入れない。それから油脂類を供出させてくれ。備蓄してある燃料は全て使うぞ。それとバルドとアーデルに援軍の要請を。戦車と弾薬を優先で届けさせろ」

 俺はリオネに指示し部屋を出る。バルドはラメル側、アーデルは帝国側の軍駐屯地だ。それぞれ数百キロ離れているので到着は明日の夕方になるだろう。

 このルベーヌ砦は国境の岩場にある。砂漠地帯の岩場を通る一本道を塞ぐ形で城壁を設置してある。人口は2000人程度。ほとんどは国境管理の役人と軍関係者、宿泊商業施設の従業員とその家族だ。そのせいか大したパニックにもならず避難は順調だった。その過程でおれは奇妙なものを見つけた。宇宙軍に納入するという白い結晶を積んだ大型トラックだ。危険物注意の黄色い表示が目立つが、それも供出させた。

 もう日が暮れて真っ暗になっている。幸いなことにまだアルゴルと大ムカデの姿は見えない。俺は異世界へと向かったあの丘陵のあるラメル側へ防御線を敷いた。砦から約500mの距離だ。大した準備は出来なかったが白い結晶を積んだトラックを中心に軍のタンクローリー2台と燃料の入ったドラム缶、民間から供出してもらった油脂類、灯油や食用油もここへ並べる。見張り用の塔にはスナイパーを配置し数少ない焼夷弾を持たせた。唯一の装甲車は人形から外した12.7㎜連装機関銃を装備させ門の入り口へ配置した。

 城壁の上に放水車から延ばしたホースを持ったフェオがいる。そのわきに数人の兵士がライフルを構えている。短い時間だができる限りの事はした。俺は人形を進め防御線から100m先で待機する。そろそろ来る。そう直感した時、稜線に黒い巨大な波が見えた。

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