vs異世界兜虫

 目の前の扉が下に落ちた。向こう側が見える。

 向こうもこちらと同じ一辺が10mの立方体だった。戦闘空間はこちら側と合わせて高さ10m幅10m奥行き20mとなる。

 そこにいたのは巨大なカブトムシだった。全長5m以上、角を入れると7m以上になる。大きい。それに、全身に氷の結晶をまとっている。

 まるで氷の鎧だ。

 周囲も凍りついておりこの巨大昆虫が低温化の元凶だとわかる。

 いきなりそいつは足を動かし突進してきた。

 俺はその巨大な角を避ける為右へ回避する。その角は後方の壁に突き刺さり破壊した。動きが止まったところで胸部に剣を振り下ろす。

 しかし、表面の氷を砕いただけでダメージは与えられない。

 黒々とした表皮は非常に硬かった。

 俺は奴の後方へ回り込むのだが、奴も角を壁にめり込ませたまま方向転換をしてこちらを向いた。壁が三分の一位ガラガラと崩れ落ちる。

 流石に剣だけでは無理か……

 そう判断した俺は速射砲を使うことにした。正面の操作パネルに何故か[追加装備:速射砲47㎜]の表示が出ている。いつもはこんな表示はない。整備士のフェオが勝手に装備したのだろう。

 俺は操作パネルにタッチする。

[追加装備]

[速射砲47㎜]

[弾種]

[徹甲弾]

[装填]

 次々にパネルをタッチし準備をする。

 操縦席の右側の装甲が開き砲身がせり出てくると同時にパネルに赤く[発射準備完了]と表示される。

 右脇のグリップを操作し照準を合わせ、トリガーを引いた。

 バン

 乾いた破裂音が響く。

 奴の胸部に命中したのだがこれも弾かれた。

 跳弾は天井へ命中し穴が開く。付近の照明が落ちそのあたりが暗くなった。


 待てよ。こいつは形は大きいが昆虫だ。ひょっとするとあの手が使えるかもしれない。そのためにはこの部屋の照明が邪魔だ。


 そう思ったところで奴はまた突進してくる。角をかわし胸部の短い角を掴んで止めようとするのだが、さすがはカブトムシだ。押し合いの馬鹿力では到底かなわない。俺は壁へ追いつめられる。奴は少し後退し、また角で俺を突いてきた。カブトムシの背をジャンプして後ろへ回ろうとしたのだが背中が天井にぶつかってしまう。カブトムシは越えたのだが反動で床にたたきつけられてしまった。膝の上に乗っていたテラが正面のモニターへぶつかり呻き声をあげる。

「すまない。テラ。大丈夫か?」

「大丈夫です。平気です」

 気丈に振る舞ってはいるが、痛そうな表情は見て分かった。

 俺はゼクローザスを立たせ、テラをまた膝へ乗せる。

「俺によーく掴まっていろ」

「はい」

 剣を天井へ突き立て照明を壊す。そこで奴はまたこちらを向くのだが、奴の全身から白いもやが広がり部屋を覆う。

 冷気は下へ溜まりゼクローザスは足から凍り始めた。

 動けない。これはもうアレをやるしかない。そう決心した俺は、天井で照明が残っている数か所へ速射砲を撃つ。照明が破壊され部屋は真っ暗になった。

「ハーゲンさん。何も見えない」

 テラは不安げな表情をして俺にしがみついて来た。

 俺は左腕に装着している盾へ霊力を送り防御力を高めていく。この盾は霊力を送れば送るだけ防御力が高くなっていく。最大値まで上昇させれば宇宙戦艦の艦砲射撃でさえ防ぐことができる。そしてその時、盾は眩しく光り輝くのだ。

 俺の盾が輝き始めその光度は徐々に高くなる。煌々と辺りを照らし始めた時、奴は背の鞘翅(さやばね)と薄い羽根を広げ羽ばたきしながら突進してきた。

 奴は甲虫だ。いかに堅い装甲を持っていても鞘翅を広げれば柔らかい腹はむき出しになる。そして、光に向かって飛翔する性質がある。

 速射砲で鞘翅の付け根を狙い撃つ。右の鞘翅が吹き飛びバランスを崩し人形と激突してしまった。ゼクローザスは尻餅をつく格好になるものの、奴の角を抱えて押さえる体勢になる。角の先は壁にめり込んでいた。俺は剣と盾を手放し奴の角をしっかりと抱えその体を持ち上げる。足をバタバタ動かし羽をはばたかせる。鬱陶しいので左の鞘翅も速射砲で吹き飛ばす。此処で砲弾が無くなった。

 俺は操縦席の扉を開きテラに話しかける。

「此処から動くんじゃないぞ。片付けてくる」

 テラは大きく目を見開き頷いた。

 俺は奴の背中、いや、腹の上に飛び乗り光剣を抜く。これは宇宙軍の装備なのだが、俺は何故か持ち歩いている。刀身を最大長にし奴の腹へ突き刺した。

 ググググググ!!!

 うなり声のような悲鳴をあげ奴はもだえ苦しんでいる。

 光剣の開けた穴へ手榴弾を放り込む。

 俺は光剣を仕舞いゼクローザスの操縦席へ飛び乗り扉を閉めた。

 バン!!

 奴の腹が破裂し白色の血とはらわたが飛び散った。

 痙攣するように動いていた足も動かなくなる。

「終わったな。怪我はないか?」

「ちょっとオデコをすりむいちゃったけど、どうってことないよ」

 前髪を上げ可愛らしいオデコを見せてくれる。確かに赤くなっている所があり軽い擦過傷ができていた。

「泣かなかったな。良い子だ」

 テラは俺の胸に顔を埋める。

「怖かったけど、怖くなかった。最強のドールマスターはやっぱり最強だった。超格好よかったよ。ハーゲンさんは宇宙一だよ」

 俺は彼女の肩を抱き頭を撫でてやる。

 その時ふいに空中に見知った顔が現れた。きな臭い商人のアルゴルだ。

「ハーゲンさん。おめでとうございます。あなたの機体に速射砲が装備されているとは思いませんでした。ひたすら剣で戦う人だと、そう聞いておりましたので」

「それは俺も知らなかったんだよ。整備士が勝手に追加してたんだ」

「残念。今回は諦めますか……」

「諦めるって、何を?」

「貴方には関係ありませんよ。ではまた……」

 アルゴルは闇に消えた。

 輝いていた盾も次第に光を失い辺りはまた暗くなる。

 電子音声が語りかけてきた。

「オ疲レサマデシタ。オ見事ナ勝利デス。オメデトウゴザイマス。只今ヨリ元ノ場所ヘトゴ案内イタシマス」

 再び部屋全体が動き出した。

 数分後正面の扉が開く。最初に来た洞窟へ戻ってきたようだ。そこにはアルゴルではなく白衣の男と、背広姿の男がいた。

 白衣の男がしゃべり始める。

「ハーゲン様。お疲れ様でした。そしてありがとうございます。実験にご協力いただき感謝いたします。今回、得られた貴重なデータにより、このモンスターに対処する有効な方法を構築できるでしょう。多くの人命が救われます。ありがとう」

 本当に感謝している風だ。目に涙を溜めている。

 今度は背広の男が喋り始める

「降りてきてくれないか。報酬について話し合おう」

 俺はテラを連れて下に降りる。

「アルゴルから聞いているのか?俺の望みはこの娘と父親を面会させてやることだ」

「ああ聞いている。だが、その件に関しては今回の報酬とする事ができないんだ」

 背広の男が首を振りながら言う。

「それはどういう意味だ?」

「この実験の報酬はどのような世界、異次元でも一度だけご案内するというものだ。我々の調査の結果、その娘の父親はまだ国で生存していたんだ。その条件は報酬とはならない」

 俺とテラは見つめあう。

「お父さん生きてるの?どこにいるの?」

 今度は白衣の男が答える。

「鉱山の事故で大怪我をされ記憶喪失となられたようですね。体の方は回復されているようですが、記憶が戻らないため病院に入院されたままです。もう3年になるようです」

「それだけわかれば十分だ。後はこっちで調べられるさ」

「お父さんと会えるんだね」

「ああそうだ。良かったなテラ」

「うん」

「さあ、元の世界へ戻してくれ」

「あの、お話はまだ終わっていませんが」

「報酬の件ならこの情報だけで十分だ。金貨100枚分の価値がある」

「フフフ。欲のない男だ」

 背広の男が笑う。

「ハーゲン少尉。これを持っていけ」

 背広の男が一振りの剣を俺に手渡す。

「貴方はこういうモノが好きだと聞いた。我が国の刀だ。現代のモノだが出来は良いぞ」

 俺はその刀を抜く。

 柄は紫の糸が緻密に巻かれ手に良くなじむ。透かし彫りしてある鍔との調和が見事だ。刀身は細身で湾曲していて細かく研磨されていた。刃の側にある波型の模様が美しい。

「これは立派なものを。いただいてよろしいので?」

「ああ、使ってくれ。実戦でな」

「分かった」

「それとこれだ。お前の国の通貨で金貨100枚、出せるのはこれだけだ」

「いや、十分だ」

 俺は剣を鞘へ仕舞い金貨を受け取る。そしてゼクローザスへ乗り込んだ。

 白衣の男が小型の機械を操作し、俺の眼前に輝く門が現れた。

「ハーゲンさん。さようなら。今回は本当にありがとうございました」

 白衣の男は深く頭を下げる。背広の男は親指を立ててにやりと笑う。

「また来い。歓迎してやる」

 俺は右手を挙げてそれに応え操縦席の扉を閉める。

 ゼクローザスを前に進め光の門をくぐり抜けた。

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