vs異世界蟷螂

「なっ――――」

 龍野が最初に見たのは、巨大な蟷螂カマキリだった。

(で、でけえ……!)

 カマキリもまた、龍野を見た。

『龍野君』

『何だ、ヴァイス?』

 ヴァイスから唐突に念話が掛かった。

 次の瞬間――


 龍野目掛け、一直線に疾駆しっくしてきた。


(しまっ!?)

 龍野が気付くが、もう遅い。

 カマキリは巨大な鎌を振り下ろした。

「ぐっ!(すげえ重さだ……この分だと体重はkgキロじゃきかねえ……トンってとこだろ……!)」

 龍野を障壁が守る。

 だがカマキリは、「攻撃が効いている」と錯覚しているのか、なおも手を緩めない。

 巨大な大顎おおあごで噛み潰そうとしてくる。

「クソッ……いい加減に、しろっ!」

 龍野は障壁に守られながら、大剣を振るって追い払う。

 だがキチン質の表皮は戦車の装甲並みに硬く、斬撃を無効化した。

(ダメか……なら、魔力を纏わせるしかねえな……。それにしても、もし俺が生身だったら、戦闘開始早々ながら死んでたぜ……)

 しかし、「攻撃は効いていない」と察知したのか、カマキリは大きく飛び退いた。


 ひとまずカマキリと距離を取った龍野は、警戒を緩めないまま、ヴァイスとの連絡を取った。

『何だよこんな時に!』

『状況に応じて適宜てきぎ伝えるつもりだったのだけれど……この子、全長(奥行き)と全幅、それに全高が3倍になっちゃったのよね。えっと、元は199cmだから……597cmって所ね』

『見りゃわかるわ、俺の三倍以上のでかさだ!』

『お陰で体重も増えたわ。1000kgを限界とする測定器で検出できない程に、ね』

『やっぱりかよ』

 龍野の見立ては正しい。それが証明された結果だ。

『知ってたの?』

『出会って一秒と経たず、一撃喰らったからな。それで大体察した』

『流石ね、龍野君』

『まったく、お前は俺を生かしたいんだか殺したいんだか……』

 龍野はげんなりしつつ、意識をカマキリに戻した。

(それにしても……”鎌”ってのが、を思い出させるから困るぜ……)

 龍野は魔力噴射バーストを発動させ、飛翔する。

 その様子に反応したカマキリが、龍野に掴みかかろうとした。

「あぶねっ!」

 カマキリの跳躍を回避し、反撃に転じる。

(接近戦は危険なのはわかった……だったら!)

 龍野は剣先に魔力を充填し、棒状の光レーザーに変換して発射する。

 だが、背中に命中したはずのレーザーは、あらぬ方向に弾かれた。

(!?)

『そういえば龍野君。彼女には、体の一部に『対魔力化たいまりょくか』を施しているから、そこへの魔術的攻撃は効かないわよ?』

『余計なことしてくれるぜ……!』

『うふふ。けれど見ればわかるようにしているわ。せめてもの情けよ』

 龍野はヴァイスに毒づきつつも、カマキリの全身を眺める。

 背中は元より、大鎌などが黒く染まっていた。

(そこか……なら、そこに当てないようにしないとな)

 龍野は特性を見切りつつ、高度を更に上げた。

(天井スレスレだ……。ここなら、大顎はともかく……大鎌は届かないな)

『更に付け加えて言うわ龍野君』

 龍野を動揺させるように、ヴァイスが口を挟んできた。


『彼女、遠距離攻撃が出来るのよね』


『なっ――』

 龍野が返事をする前に、障壁が展開した。

(何だ……何が起こった!?)

 周囲に目をやると、電灯と観測機器(カメラなど)が壊れていた。といっても、全体の3%にも満たないが。

(クソッ、文字通りのバケモノじゃねえか!)

 龍野は今の高度を維持したまま、レーザーを乱射する。

 だが既に正面を向いたカマキリは、ある時は鎌で、ある時は体でレーザーを弾いた。

(やっぱダメか……)

 カマキリは鎌を素早く振るう。

(ん? 今、目の前の空気が歪んで……)

 そう思った時には既に、龍野の障壁が展開していた。

(またか!)

 気づいた時には、既には龍野を通り過ぎていた。

(生身だったら……俺は、もう……)

 死への恐怖が、龍野を精神的にじりじりと追い詰める。

 カマキリは再び跳躍した。

(く、来る……!)

 そして両の鎌を素早く振るい、Xの字状のは龍野目掛けて襲いかかった。

(避けきれ……!)

 再び障壁が展開。


 だがこの連続攻撃で、耐久の底が見えつつあった。


(こりゃあ、何度も持ちそうにないぜ……!)

 龍野は一度態勢を整える為に、危険を承知で一度着地した。

 その瞬間を逃さず、カマキリが襲いかかる。

(今だ……!)

 龍野は敢えて大鎌の攻撃を受ける。

 当然障壁が展開するが、ガリガリと少しずつ削れ始めた。

(ヤバいな……。けど、絶好の機会だ!)

 龍野は大剣に魔力を纏い、斬撃を叩き込む。

 分子を直接分離するこの一撃は、キチン質の装甲にも有効であった。


 初めてカマキリが苦痛を示す悲鳴を上げた。


(よし、効いてるな……!)

 カマキリが苦しんでいる内に、一気に距離を取る龍野。

 魔力を障壁に回し、障壁の耐久度を回復させる。

(ひとまず態勢は整えた……!)

 そして追撃として、レーザーを叩き込む。

 だが大鎌で防御された。

「へっ……まだそのくらいは動けるみてえだな」

 ダッシュで距離を詰める龍野。

 カマキリは攻撃を受けた箇所を左の鎌でかばいながら、残る右の鎌で攻撃した。

「単調な!」

 龍野は(龍野の視点で)右に跳躍し、鎌の一撃を避ける。

 点の攻撃は威力が高いが、かわされればそれで終わりだ。

「この距離なら……!」

 脚の関節目掛け、レーザーを発射する龍野。

 脚自体は黒かったが、関節は黒くない。対魔力化されていなかった。

 であれば、いくら高硬度のキチン質の装甲であれ、貫かれる――!

「よし!(これで、片側の脚は封じた……。もう片方も!)」

 だがカマキリは、苦痛を押し殺して跳躍した。

(クソッ、振り出しか……!)

 龍野は距離を取ったまま、レーザーを放つ。

 予想通り、カマキリは大鎌で防いできた。

(けどよ、もう無茶は出来ねえだろ!?)

 レーザーを顔に照射する。

 再び防御するカマキリ。

(やっぱな……お前、左の前脚が鈍くなってるぜ?)

 今度はレーザーを、龍野が先程斬った位置に当てた。

 この速度にはカマキリも追いつけず、コンマ数秒の差でレーザーが腹部の傷を照射した。


 カマキリが絶叫を上げる。


「貫け……!」

 しかし、龍野のレーザーは遅れて来た鎌に防がれる。

(だが、これでいい!)

 龍野は魔力噴射バーストで一気にカマキリとの距離を詰める。

 カマキリはその場から動けず、大鎌を構える。

「これで、終わりだ……!」

 カマキリは大鎌を振り下ろし、龍野を貫かんとする。

 だが龍野は加速の勢いで回避――いや、正確には避けておらず、通り抜けただけだが――した。

 そしてこれまでに傷を付け、レーザーを照射した箇所に……


 手にする大剣を突き立て、そのままレーザーを放って今度こそとどめを刺した。


「どうだ……!」

 カマキリは断末魔を上げ、やがてドシンと音を立てて倒れた。

 龍野は警戒を続けていたが、カマキリの体が光の粒子と化し、そして消え去った。

『お見事ね、龍野君』

『まあ、一対一だから何とかなったってだけだがな。こんなのを何体も相手するなんて、無茶だぜ』

『とにかく、訓練はこれで終わり。それじゃ、お城に帰るわよ?』

『ああ』

 こうして黒騎士は、少々厳しい鍛錬を終えたのであった。


     *


 龍野と帰る直前、ヴァイスは、実験施設を提供してくれた幹部格の研究員と話をしていた。

「少々乱暴な方法ではございましたが……」

「いえ、とんでもありません姫殿下。2mを超える個体を作成してくださり、感謝の極みでございます」

「そう言えば、あなた方の宿願でございましたね」

「ええ。その通りでございます」

「結局、龍野君が倒しましたが」

「とんでもございません。後は貴女のご助力を受け、改めて研究致します所存でございます故」

「頑張って下さいませ。それでは、そろそろ失礼いたします」

「ええ。感謝の極みでございます、姫殿下。それよりも」

「何でしょうか?」


「姫殿下の騎士様のお手並みは、お見事でございましたな」


「ええ。貴方のご覧になったあの鎧騎士こそ、彼の実力でございますから」

 研究員はヴァイスを最敬礼(45度のお辞儀)で見送った。

「うふふ……後でご褒美をあげないとね。龍野君」

 ヴァイスは龍野を褒め称えながら、カツンカツンとヒールを鳴らしつつ出口へ向かった。

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