第9話 従属に失敗した。

 分かったことが2つある。1つはコレ・・の間に飲んだレモネードがリアルの空間でも減っていたこと、もう1つは、コレ・・の空間では流した音楽から人間の音声のみが消えていること。モニターから聞こえるはずのMISAみさの声も同じ理由で意図的に消されている疑いがある。


 「MISAみさ。聞こえるか?」

 ザザッ…『マスター。音声クリア。』ザザッ…


 よし。コレ・・の空間とリアルの空間ともに影響が観測できる蜂蜜をイヤホンとマイクの振動部に組み込んでMISAみさとの会話に成功した。その間、蜂の親玉はせっせと卵をソファーに産み付けている。俺は卵から生まれる瞬間見守ってしまう。俺の子か俺の子なのか?不安とは裏腹に4つの卵からは4匹の巨大な蜂が生まれ、蜂の親玉と触覚を合わせたあとに廊下に飛び去って行く。


 「人じゃないセーフだ。」


 根拠のない判定をして、MISAみさからの状況報告を聞く。


 ザザッ…『廊下、異常なし、トイレ、異常なし、玄関、異常なし、』ザザッ…


 俺にすり寄ってきた蜂の親玉に質問を投げかける。

 「お前、名前はあるのか?」


 無表情に俺の横でホバリングしている。

 「ないと不便だよな。つけてもいいか?」


 無表情に俺の横でホバリングしている。

 「ダリアなんてどうだ?」


 ―― クイーンビーは巣の確保と餌の供給を要求した ――


 「いや。無理だろ。俺も毎回、コレ・・の空間に引き込まれてるんだし。」


 ―― クイーンビーの従属に失敗した ――


 「なんで、俺、お前・・にフラレたみたいになってんだよ。」

 蜂の親玉は、かなり痛めにガシガシと嚙みついてくる。


 「痛い!痛いって!お前・・、急にどうしたんだよ?!」


 ザザッ…『マスター。名前で呼んでほしいのでは?』ザザッ…


 「名前?ダリア・・・。」

 名前を呼んで顔を見つめると、ダリアは嬉しそうに優しく嚙みついてきた。


 「いや。断られたよな?なんか、俺、フラレたみたいになったよな?MISAみさ。なんで分かったんだ?」


 ザザッ…『私もですから。…屋根でダリアのユニットと交戦を確認。』ザザッ…

 いや、MISAみさは機械だよ。家庭用スーパーコンピューターに俺の作った高性能感情AIソフトがインストールされてるだけだよ。


 ズドォン!!!

 ガシャガシャガシャン!パリーン!カラカラカラーン…


 キッチンの天井から巨大な柱が突き出てきて、鍋や食器が散乱する。俺は目を見開いてキッチンの惨状を凝視する。巨大な柱は少しづつ持ち上がっていく。柱の底の形で柱に見ていたものが巨大な足だとわかった。足の裏からペラリと潰れた巨大な蜂が落ちる。


 ごくり


 ホバリングするダリアの手を引き、トイレにこもり息を殺す。まただ、まただ、またとんでもない化け物だ。

 「MISAみさ。化け物を車庫へ誘導してくれ。」

 ザザッ…『マスター。了解しました。』ザザッ…


 車庫から激しい音楽が流れると、ギシリ、ギシリと屋根の上の何かが移動して行く。


 その後の俺は、ただ、ただ、脅威が去るのをまつ。

 「ジッとしてくれ。頼む、ダリア。」

 ダリアが動こうと羽を動かすたびに抱きしめたり、頭をなでたりしてなだめる。ダリアは状況がわかっていないのか甘嚙みしてくる。怪物に察知されてはいけないこの状況、ダリアが喋れないことだけが唯一の救いだ。


 ただ、車庫を潰していた怪物の時と違って、時間はあっという間に過ぎていった。


 ―― ギガントピテクスの討伐に失敗した ――


 誰かいてくれるだけで、誰か寄り添ってくれるだけで時間とはこうも変わるのかと思わされた。

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