天災

 ふっふーんと今日の僕は金曜日まで程遠い火曜日の夜にもかかわらず、鼻歌交じりに上機嫌だった。

 その理由は、言わずもがな、将棋だ。


「おまえの勝利だ!しかし、この勝利に驕るでないぞ」


 モニターにはデカデカと勝利の二文字とともに、しゃがれた老人の声が勝利を告げる。

 ちなみに有料コンテンツだが、オプションで女流棋士の声にすることもできる。

 課金しておいても良かったかもしれないなーと僕はそんなことを思う。


 それほどに今日は勝率が良かった。

 なんと4連勝だ!


 師匠から送られてくる詰将棋を毎日解き、毎週末に受けてきた指導対局がようやく実を結び始めたのかもしれない!


 僕は気分良くマウスを操作して、ハチワンウォーズのマイページを確認する。

 takumi32というアカウント名が現れ、4級というクラスの横にバーがあり、68.7%と表示されていた。


 僕はそれを見て、さらににやけてしまう。


「今日だけで20%近く上がってるんじゃないかな。ふっふふふ」


 このバーは昇級(昇段)バーと呼ばれ、対局に勝つと増え、負けると減る。これらを繰り返しバーが100%になると晴れて昇級(昇段)となるのだ。


「この調子じゃ今週にでも3級に昇級しちゃうじゃないかなー」


 気分のよい僕はさらに連勝記録を伸ばすべく次の対局へと望む。


 マッチング中の文字。全国のハチワンウォーズプレイヤーと基本ランダムだが、大体棋力が同じくらいの人をマッチングしてくるのだ。

 ロード時間中に万華鏡のような模様がクルクルと回転し、それとともにエキゾチックなBgmが流れている。

 なんか将棋と関係あるのかな?と毎回不思議に思うがそんな考えはすぐに思考の彼方へと飛んでいってしまう。


 対戦相手が決まったのだ!


 対戦相手は、28級 アカウント名は、kurumi08とある。


 奇しくも師匠と同じ名前のアカウントだ。

 ただクラスは28級。

 ハチワンウォーズは、30級からのスタートなるのでかなりの素人であると言える。ちなみに僕は4級だ。


「ふっふふーん。たまには、おじさんが胡桃ちゃんに指導してあげようかな」


 なんて思わず独り言が漏れてしまう。

 kurumi08と師匠を重ね合わせつつ、日頃のうっ憤もとい指導の成果を示そうと、先手の僕は角道を開ける。


 相手もそれに応じるスタンダートな展開、普段の僕なら飛車先をつくのだが………


 パチンという電子音とともに5六歩とど真ん中の歩を前進させる大胆な手を指した。


 そして次の手は勿論、


 飛車を玉の前、中央へと移動させる!


 ゴキゲン中飛車!という軽快な声とともにエフェクトが出現する。


 そう、そのとおり僕は大変ご機嫌なのだ。


「さぁ、胡桃ちゃんは僕の中飛車を受けきれるかな!?」と意気揚々に僕は指し手を勧めていった。


 だが、数分後。


「な、なんで」


 この悔しさをバネにまた頑張るんじゃ、というおなじみのしゃがれた老人の声とともに画面には敗北の二文字が表示されていた。


 何処が悪かったのか?なんて検討するのもバカらしいほどに圧倒的だった。

 相手に王手どころか、囲いに触れることすら出来ずに敗北した。


 先程のご機嫌!は何処に消え、いつの間にか僕は毒ついていた。


「ぜてぇ、28級(の棋力)じゃないだろう!」


 しかしだ!ここまでは4連勝で調子がいい。たまたま強い人に当たっただけかもしれない。そう気分を持ち直し、ヤケクソ気味に次の対局へと望み、数分後。




「まじかっ〜」と、50%台まで落ちた昇級バーを、見て頭を抱えることになる。


 調子が良かっただけに、この落差が酷い。

 これも全てがkurumi08のせいだ!僕は心の平静を負けたアカウントに八つ当たりすることで慣らしながら、忘れようとすぐに寝ることにした。


 後日知ったことだが、ハチワンウォーズの仕様上最初は30級から始まる。

たとえプロだろうとだ。

 ハチワンウォーズ界では、級位者なのに有段者並に強いアカウントのことを天災と恐れらているそうだ。


 しかしあくる日、そんな天災に遭遇したことなどぶっ飛ぶことが起こった。

 いや、これから起ころうとしている。


 それは師匠からのLIONトーク、


胡桃>今週の土曜日と日曜日、あけてぜったい!から始まった!




上総 巧>一応空いてますが、指導対局ですか?

胡桃>土曜日、巧の家に行くから。


 うん、僕の家にね。…………なんで!!

 まるでクラスメイトの家に遊び行く気軽さだ。勿論、それが小学生同士なら問題ないだろう。

 しかし、こちらは30過ぎのひとり暮らしのおっさんだ。

 …………一応、想像してみる。


「師匠、どうぞ狭いですが、あがってください」

「お邪魔します。…………って本当に狭いわね」

「はっはは、すみません」

「それに汚いわね。ここも、ここも、ここも、ここも、」

「一応片付けたんですが、ねって師匠!その本棚の奥はだめです!」

「なによ、棋書を見てるだけじゃない、えっなにこの本―――きゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

「あああ、違うんですよ。これは人体の神秘というか構造をですね!はい、勉強しようと思いましてね!はい!それでですね!」

「うわああああああああああん。えっちすけべ、ヘンタイヘンタイヘンタイヘンタイヘンタイヘンタイヘンタイヘンタイヘンタイヘンタイヘンタイヘンタイヘンタイ!」


 ―――ガッチャ、


「ちょっと悲鳴が聞こえたけど大丈夫?」

「おっと!これはSE☆N☆PA☆Iなんというタイミングで!ナチュラルに鍵あけてるし!」

「えっ、じょ、女子小学生?!…………しかも泣いてるし、あんたまさか(以下略」


上総 巧>だめです!


 妄想もそこそこに僕は速攻で断りを入れた。

 これはだめです。即詰みです。あれを凌げるのは漫画やラノベの主人公だけです。


胡桃>ハチワンウォーズってパソコンでやるんでしょ?

上総 巧>スマホでも出来ますが、僕はPCですね

胡桃>じゃあやっぱり家にいく


 だから、なんで!


上総 巧>家はまずいです。教室じゃだめなんですか?

胡桃>ハチワンウォーズができるなら、どこでもいい。

胡桃>今週の土曜日までに、巧を3級にあげることにしたから


 WHY! 

 師匠がいつになく強引だ。というより師匠があげることにしたからと言ってもそう簡単に上げれるものではない。現に昨日、あんなに快調だったのに振り出しに戻っているのだ。

 昨日の天災を思い出し、僕はさらに弱気になる。


上総 巧>今の僕ではまだ昇級出来ないと思います


 しかし、そんな弱気な僕に対して以外にも師匠の評価は違うようだ。


胡桃>わたしもハチワンウォーズやってみたけど、

胡桃>巧の実力なら3級になれる!


 いつも厳しい師匠がはっきりとそういってくれた。それに僕は思わずうるっと来てしまう。

 年は取りたくないねー、涙腺が緩んじまってさ。


上総 巧>ありがとうございます!

上総 巧>ちょっと、…………頑張ってみようと思います!

胡桃>うん!

胡桃>今日から詰将棋の問題は倍にするから!


 うっ!


上総 巧>分かりました。師匠、僕頑張ります!

胡桃>次の一手も送る


 これは気合入れないとな。


上総 巧>はい。


胡桃>じゃあ土曜日は、午前中に家に行くから


 うん、―――だから、それはだめっ!


 僕はそのあと、家に来ようとする師匠をなんとかかんとかなだめ、ファミレスで集まってやることに同意してもらった。

 

 師匠とのLIONが終わり、汗をぬぐう。背中は冷や汗でびっしょりだ。

 いまだに指せたことがないが、詰めろ逃れの詰めろを指すこういう気分になるのかもしれないなと僕は思った。


 その日から僕は師匠から送られてくる膨大な詰将棋や次の一手を仕事の合間に解きながら、ハチワンウォーズを外でやるために新しくタブレットを購入したのだった。


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