黒髪天使
パチリ、と綺麗な駒音が響く。
夢、そうこれは夢に違いない。
自分の目の前にちょこんと座る少女。
胡桃のように丸っこくて可愛らしい、綺麗な琥珀色の瞳は、将棋盤を真剣な眼差しで見つめている。
どうやら僕はこの少女を将棋を指しているようだ。最近、将棋にはまっているからと言ってまさか夢にまで見るとは、我ながら笑ってしまう。
不意に、盤を挟んでいる少女の視線が上がる。
つり目のためだろうか、こちらを上目遣いに睨むように見つめてくる。
頬はリスのようにぷくっと膨み、唇は不機嫌に尖せながら、
「さっさと指しなさいよ」となど呟く。
見れば早く続きが指したいのか、体を上下にゆらし、ウズウズしている。
可愛いと、素直に思ってしまう。
そんな可愛らしい少女は僕の師匠だ。
信じられる?ある日将棋教室に行ったら、将棋の稽古をつけてくれるのが女子小学生だなんて!そう現実にそんなことはありえない。
だから、だろう。これは夢だ。
そう寂しい独り身のおっさんが見た夢、それを証明するかのように可愛らしい師匠の姿は虚空に飲み込まれたように一瞬で掻き消えた。
ピッピピピーーーと朝、けたたましいアラーム音で僕は目を覚ました。
毛布をどかして辺りを見渡せば、見慣れた我が部屋が見える。テレビに、ベット、テーブル、が置かれただけの簡素な部屋。
テーブルの上には、潰れたビール缶と、昨日片付けずに寝てしまったのだろう将棋駒が意味もなくバラバラに並んでいた。
そんな見慣れた部屋を見て、安堵の息を僕は吐いた。
久しぶりに晩酌をしたからだろう。
あんな夢を見てしまうなんて、そう女子小学生に将棋を習うなんて。。。どこぞのラノベか漫画かよと自分の夢に突っ込んでしまう。
……ピッピ、再アラームが鳴り響く前に解除して「ロリコンじゃない!」などと謎の叫びをしながら、僕は起き上がった。
それからスーツに袖を通し、部屋を出てアポートの扉に鍵を閉め、朝の喧騒としたエレベーター待ちをしていると、ピロンと電子音がポケットから鳴った。
マナーモードにし忘れていたかとスマホを取り出してみると、どうやらLIONと呼ばれるトークアプリの通知のようだ。
何気なくそれを見て、―――僕は驚愕する。
通知の内容にではない、その送り主にだ。
送り主の名は、本田 胡桃
夢、―――じゃなかった!!
本名のネームに、アイコンの画像は習字で書かれた “氣”一文字というJSらしからぬ無骨さを持つアイコン、だがそれがまたあの“気”の強そうな少女、師匠らしいとも言えた。
送られてきたのは、そっけない短文に一枚の画像だった。
本田胡桃〉五分で!
画像(ヘッダーに学級日誌とタイトルが印字されており、ミミズがのたくったような字で、はれよしお君がこくばんにラクガキをしていた、と書かれた文の下に、丸っこい子供らしい字で持ち駒 金 桂馬と書かれた詰将棋)が貼付されていた。
今日は日直なのか、はたして学級日誌に詰将棋を書いていいものなのだろうか、思わぬところで師匠の小学生らしい部分に触れて、朝からふふっと笑みが漏れる。
「きもっ、朝から何にやけてるの?」
すると、後ろでに不機嫌な声がかけられる。いつも通りに。
「朝からきもいとはひどいですよ、先輩」
振り向くと、そこには風にたなびく綺麗な黒髪が朝の陽光に照らされて、星空を切り取ったかのように輝いている、紺色のブレザーを纏い、チェックの入ったプリッツスカートから伸びた白い足と黒いのハイソックスのコントラストが眩しい。
僕がいるマンションの隣の部屋に住むいわゆるご近所、おとなりさんだ。
そこに住んでいる僕が先輩と呼ぶJK、海堂 美奈津が立っていた。
ちなみになぜ先輩なのかというと、1年ほど前ほんの数か月だが、僕はコンビニでバイトをしていたことがあり、そこで指導係としてつけられたのが海堂さんなのだった。
最初は見た目清楚系でかなり当たり!だと思っていたが、
いざ指導が始まると、JK先輩(16)「こんなこともできないんですか?」僕(31)「…………すみません」みたいな感じで厳しく指導された。以来、先輩と呼んでいるのだった。
まぁ。SENPAIは海外の辞書にも載っているらしいし、いいよね?なんて考えいてると、
先輩は、僕をのけるように歩き、エレベーターのボタンを押した。
「はいはい、…………てかっ、何突っ立てるの?エレベーター呼んどけよ、使えねーな」
先輩は黙っていれば、完全なお嬢様な清楚系黒髪JKなのだが、プライベートだとことさら、言葉が悪いかつ、先輩は低血圧なため、朝はかなり機嫌が悪いのだ。
一緒にエレベーターに乗り込み、僕の胸程までしかない先輩を見下げると、今にも倒れるんじゃないかと思うほどに青白い肌をしている。
……まじで黙ってれば、病弱な黒髪美少女JKなんだけどなー、と思ってしまう僕がいる。
すると「なに見てるんだよ」と上目遣いに、睨まれてしまった。
何かがフラッシュバックしてきそうだ。
そんな不機嫌な先輩だが、朝がアレなだけで、普段会うとここまで辛辣ではないと一応フォローしておくのと、後僕以外の他人は見た目同様に清楚な感じで丁寧に対応している。
バイト仲間やお客さんの間では黒髪天使のあだ名がついていたほどだ。
……どうして僕だけ??と、そんな思いはピロンと再度鳴ったスマホの音に打ち消された。
本田胡桃>まだ解けないの?!
師匠の上目遣いに睨む様が想像でき、思わず僕は、クスッとしてしまうのだった。
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