競り奪る薬は血の香り 4



 吸血鬼。

 またの名をヴァンパイア。

 それはこの世界における最新の種族にして、遠からず滅ぶ宿命を帯びた終末の種族である。


 外見的特徴で言えば魔人のそれに近しい。青白い肌――ただし魔人種よりもさらに不健康そうに色素が薄い。魔力パターンもほぼ同じ。嫌に輝く縦に裂けた瞳孔もだ。

 魔人と違うのは――その口腔内に牙が鋭く生えていること。八重歯が異様に発達し、血を吸ったり注入したりできる特殊な牙だ。


 今にして思えば、クリストファーは自然と口元を隠す仕草をして、大口を開けることも避けていたように思う。牙を持つ魔人的特徴の種族は吸血鬼だけだから、それで特定を避けたのだろう。


 吸血鬼は大きく言えば魔人の一種。だが、厳密に言えば異なることを知っている知識人はあまり多くない。

 なぜなら吸血鬼というのは、四百年前ある魔王によって人間を素体に生み出された人造の種族であるからだ。

 魔人によって魔人に似せて生み出されたのだから魔人とも言える。素体となったのは人間であるから魔人とは異なるとも言える。そういうことだ。


「かつての暴食の魔王――【千血支配アベルカイン】ヴラド・ベルゼル・ツェペシュ。ふん……思いだしたぞ、あの青瓢箪」


始祖吸血鬼ドラクル・ファザー』、『不死なる者の王ノーライフキング』、『死なずの君ノスフェラトゥ』。

 四百年前、確かに存在したかの魔王の持つ固有の異能『偽神権能レリックアート』は己の力を分けた眷属を作ることだった。


 彼の血を飲むなり注がれるなりすると吸血鬼ヴァンパイアと呼ばれる彼の眷属と転生する。またその吸血鬼はさらに血を与えることで吸血鬼を増やす。

 吸血鬼の魔王は己を始祖とした、文字通りの新たな種族を作り出したのだ。


 新たな種族を創始するという神の御業に等しきとんでもないことも、魔王ならばやってのける。

 だが魔王から遠くなっていくたびに、転生の際に必要な血液は多量になっていき、さらに吸血鬼としての能力も低くなっていく。


 そして、当の始祖【千血支配アベルカイン】は四百年も昔に死んでいる。


 つまり、血は薄まっていく一方で、吸血鬼としての力と権威は没落していくだけ。

 彼らは現在、影の王国という吸血鬼だけの隠れ里に身を潜めていると言われている。


「ほうほう、そうなのかや引きこもっておるのかや、あの偉そうにしておった高慢ちきどもが。なんとも喜劇的じゃな。まあ、発生源が滅べば、あとは三々五々か」

「俺の時代でも、もう多くの吸血鬼は雑多な力不足ばかりだったな。何度か戦ったが、再生力が面倒ではあれそう手古摺てこずることもなかった」

「今じゃ、そもそも姿すらお目にかかれねェ希少種だぜ。正直おれはじめて見たわ、吸血鬼」


 割と口外無用の事情が飛び交う会話だが、今話しているのは三馬鹿だけ。

 連れてきたレスフィナにはドアマンと門番たちに事情の説明をしてもらっている。少し離れた位置にいるのでこちらの会話が届くことはない。


 三人は競売場アゴラを出てから、しばらくは警戒をしていたのだが、敵が現れることはついぞなかった。

 得た地の利を自ら手放す愚かをしない。自らの力を過信しない。手ごわい相手だった。


「しかし吸血鬼か。マジで希少種だぞ、ほんとかよ、断定できんのかよ、ベル」

「うむ、間違いなかろう。あやつら――『血祭魔術ブラッディ・フェス』を使った」

「ぶらでぃ……なに?」

「固有魔術のことだろう」


 リオトが補足説明を加える。


「種族ごとに多く固有に魔術を持つのは知っているよな」

「そりゃな。エルフの『精霊魔術エレメント・マギア』とか竜の『竜咆魔術ドラゴン・シャウト』とかだろ? でもああいうのって割と汎用的に扱えるようになってんじゃねェの?」

「うむ。わしの時代でもエルフやドワーフたちの固有魔術は卓越した才気ある魔術師たちならば術意を解明して改造して行使し得た。わしも幾つか使える」


 当たり前のように言うが、他種族の固有魔術行使は大抵の場合、相当な高難易度である。最低でも術式の改造技術が必須で、それは高位の術師にもできない者が多い。

 そんな難儀を平然となす魔王をしてお手上げなのが、件の術技である。


「後年である現代ならば研究が進み、またさらにそれ以上の固有魔術を使える者もあるかもしれん。じゃがの、吸血鬼の『血祭魔術ブラッディ・フェス』、あれだけは無理じゃ。絶対にの」

「なんで。特許でも申請したのか」

「あれは己の血を媒介とした魔術であるためじゃ。吸血鬼の体質が不可欠なのじゃよ」


 そもそも、とベルは興が乗ってきたのか楽しくなってきて教師のように語る。


「奴らは粘液状生命スライムに近い」

「スライム? そりゃ厄介だ、おれの嫌いな魔物だぜ」


 スライムとは核を有し、それを不定形の半液状物体でコーティングしたアメーバのような魔物のことを指す。

 形なきゆえに、魔術以外で討とうと思うと随分と苦労するもの。シノギは故に、その手の魔物から逃げるのが常であった。嫌いである。


「けど、全然似てねェぞ。透けてねェし、人型してるし」

「それだけ高等ということじゃな」


 吸血鬼は心臓だけが生物的器官であり、それ以外の全てが血液で構築されている。

 骨格から内臓、神経や筋肉に至るまで血液によって作られているという驚異の生命なのだ。


 血液操作が吸血鬼の異能であり、それにより、己の身を無意識で人の身に維持しているらしい。粘液状生命ならぬ血液状生命と魔術学的に呼称されているとか。

 その性質上、己の構造と異能を理解し、卓越した者はその外見から中身まで変質も可能だという。逆に言えば吸血鬼に転生した際に強固な意志力を持ち合わせていなければ、その時点で血だまりに変わって絶命する。


 特筆すべきは血液の体のため、幾ら攻撃されても意志力と魔力がもつ限り、再生が可能ということだ。しかも生物的器官の心臓部ですら再生力は非常に高く、生半な損壊では瞬時に再生する。抹殺するには心臓を撃ち抜いて完膚なきまで粉々に砕くくらいせねばならない。


「ちなみにじゃがこれ、世代を経て始祖の魔王の血が薄まるほどに生物的器官は増えるぞ。有名な心臓だけという吸血鬼は第二世代、魔王に直接血を分け与えられた奴らくらいじゃろ」

「あぁ、弱くなるってなァそういうことか。的が増えるわけだ」

「確かに俺が討った吸血鬼たちは半分くらいが肉で、斬り裂き得たな」


 世代を経るごとに弱体化していく種族。始祖を失っていることから、いずれ滅ぶというのも自然の摂理と言える。


「で、話を戻すが――そうした血液状生命であり、己の身のほとんどが血液という特異な体質であってこそ、ようやく発動可能なのが吸血鬼固有の魔術『血祭魔術ブラッディ・フェス』というわけじゃ」

「ふぅん。で、あいつらはそれを使っていたと。なるほどそりゃ決定的だな」


 じっくり説明されればシノギでも納得いく。

 だが、では。

 吸血鬼の実在を是とするとして、すると次にまた謎が生じることとなる。


「じゃが、なればこそ不可思議じゃな、あやつ――クリストファー・D・ロイセンという吸血鬼」

「百歩譲って吸血鬼どもが決起し攻めてきたはいいが、彼だけは、端的に言っておかしい。強すぎる」

「実際、あの感じだと上位魔人とか、魔王の腹心クラスじゃねェか?」


 もはや血は薄まり、魔王の力も抜け落ちた雑多なもやし吸血鬼というには、あまりにも図抜けている。

 その魔力、威圧、血液濃度。

 なによりも、始祖吸血鬼の魔王を既知とするベルから見て――その存在感が近すぎる。


「順当に考えればあやつの正体は推測はできるの。かの『デミ・エリクサー』とやらが鍵じゃな」

「なに、あれも吸血鬼的ななんかだってのか?」

「まさか……吸血鬼の血、とか?」

「まあ、ほとんど正解じゃ。古き知識であるが、エリクサーというのは血吸いどもの俗語スラングなのじゃ」

「スラングぅ?」


 またなんとも俗っぽい単語がでてきたものだ。

 まあ種族間だけの共通言語とか言えばまだしも飲み込めるだろうか。


「うむ。吸血鬼というのは血を吸うことで傷を癒し命を潤す特性をもつ」


 彼らは他者の血液を己のそれと変換でき、ゆえに血を摂取することで力が増し命が長らえる。いちおう普通の食事なども血液に分解消化し糧とはなるのだが、血液のほうが効率がよく、美味に感じて、それを選ぶ者が多い。


「さらに言えば、同族の血や自身の血であればさらなる効能を期待できる。奴らは吸血鬼としての血液濃度が高ければ高いほどに力を増すからの」

「……薄い塩水に濃い塩水を足すみたいなもんか?」

「間違ってはおらん。塩辛いほどに強い吸血鬼となるわけじゃな」


 塩辛い吸血鬼という喩えも、なんだかおかしな話だ。

 そこでリオトがぴんとくる。


「あぁ、そうかならば。原液が存在するとすれば、それはもう」

「そう。最初の吸血鬼、全ての血吸いどもの父、【千血支配アベルカイン】の魔王のものであれば、一時的にとはいえまさにエリクサーの如き再生力を得られる。吸血鬼専用の『始祖血鬼薬エリクサー』となるわけじゃ」

「じゃあおい、デミってなァ」

「次に濃い血。始祖自らに吸血鬼と変えられた直系、第二祖吸血鬼ロード・ヴァンパイアの血――ゆえの『第二祖血鬼薬デミ・エリクサー』といったところか」

「けぇ! 詐欺くせェ!」


 そんな同音異義語的な言葉遊びで競売場アゴラは許すのか。変なところでザルか。


「だが当人からすれば嘘は吐いていないのだろう。こっちが勝手に聞き違えただけ、なのだろう」

「完全に詐欺師のやり口だな。吸血鬼で詐欺師って、あいつ超悪モンじゃん」

「ともあれこれは同時に第二祖吸血鬼ロード・ヴァンパイアの実在と現存が推測され」

「まあクリストファーじゃろな、第二祖吸血鬼ロード・ヴァンパイア――クリストファー・Dドラクル・ロイセン。現代まで生き延びた理由や方法は不明じゃが」


 もはやそこは考えても詮無い事。

 事実、奴はそこにいて、敵対してしまった。それで現状の把握には充分だろう。

 極論たとえクリストファーが実は吸血鬼でなかったのだとしても、大きな問題はない。その都度修正して、その都度考えればいい。


 疑問は他に幾らでもある。思考の配分を偏らせては、全てに目を通せなくなる。優先順位はあれど浅くとも万遍なく全て考慮しておくほうが、のちの衝撃は軽減されて咄嗟の判断でブレないでいられるもの。


 それに、レスフィナがそろそろこちらに戻ってくる。


「しかしなぜシャイロックのお嬢様が狙われているんだ?」

「さあ? なにか心当たりはありますかね」


 戻ってすぐにそんな風に水を向けられ、レスフィナは一瞬ぎょっとしてしまう。

 瞬きひとつで立て直し、余裕っぽい口ぶりで返答。見当はついていた。


「おそらく、彼らの目的は『針の上で真アリティア・実は踊るのかミレ・アゴラ』そのものでしょう」

「あー、そういうことかよ。『デミ・エリクサー』と競売場アゴラとのコンボが狙いか」

「その面倒さは先ほど充分に味わったからな、理解しやすい」

「攻撃すれば死す場において、唯一、攻撃しても死なぬ身か。まあ、吸血鬼の再生力と生命力は随一じゃしな」

「…………」


 少し怪訝そうにレスフィナは目を細める。その単語にまだ理解が追い付いていない。

 おずおずと、僅かな場違い感を覚えながら疑問する。


「本当に、彼らはあの吸血鬼なのでしょうか」

「それはほぼ間違いないとこちらの話し合いの上で決まりました。ですが、べつに違っていても問題ないので、今はそう仮定して話していると思ってください」

「そうですね、すみません、話の腰を折りましたわ」


 レスフィナには途端に丁寧なシノギである。

 まあ、相手は貴族様で、そういう手合いには言葉ひとつの無礼で手打ちにされてしまうことも――流石にここ百年でだいぶん減っているけれど。ともかく、不敬を買うのは賢くないのだ。


「しかし、あなたを狙って、それでどうやって競売場アゴラをとるので?」

「あたくしの持つ鍵が狙いかと。鍵がなければ競売場アゴラから締め出されるか、もしくは閉じ込められてしまいますから」

「そりゃ道理か。ん? じゃあむしろ、今から鍵締めて閉じ込めちまえば――」

「できません」

「中にはまだ他に客がいるだろう」


 レスフィナだけでなくリオトまで強く非難を織り交ぜて叩く。

 いつもの倍で両耳からくる反発の声に、シノギは一歩下がって素直に謝罪。

 

「悪かったよ」


 そうした軽口にも過敏な現状で、なおベルはそれに似たことを口にする。

 ただし、言葉にこもる真摯な念が冗句とは思わせない。


「ふむ。さて、しかしどうするかの。この状況、わしらだけなら全て捨てて逃げだせば助かるぞ」


 くく、とどこか皮肉げ悪ぶってベルは笑う。

 合わせて、シノギもまた懲りもせず悪役染みた顔つきになる。


「ちと格好悪いが、なしじゃあねぇな。別に吸血鬼とか、戦う理由もねぇしな。あんたはどう思うよ、ええリオト」

「聞くのか、それを」


 リオトだけは肩を竦め、ふたりの悪役に安らかな微笑を向ける。

 ぱっと笑みに邪悪が抜けて、ベルとシノギもただ快活な声となる。


「聞くまでもなし。おぬしの性分はようわかっておる」

「たく、これだから正義マンは困るぜ」


 そうだ、わかりきっている。

 なにせ彼ら三人、三馬鹿――一蓮托生、三位一体、連理の奇縁たる同胞。

 リオトは清々しいほど断ずる。


「倒すさ、あの吸血鬼。困る人たちがいて、涙を流す誰かがいる。ならば他に道はない――付き合ってもらうよ、我が同胞」

「そうさな、おぬしひとりでも挑みかかるのは知れておる。それにわしもまた、処理しておきたい案件ではある。是非もない」

「ひとりで殺されても、そりゃおれたちの死だしな。一蓮托生ってなァ難儀なもんよ」


 そんな風にかったるそうに、けれど実に楽しげに言うものだから、これから彼らは愉快に遊びに行くのではと錯覚しそうになる。


 けれど違うだろうに。

 これから赴くのは先ほど逃げ帰った敵陣真っ只中。

 攻略の目途はたっていない。地の利は奪われ、生物的な格差はどうしようもない。数すら不利で、一体どこに勝算を見いだせという状況下。


 だというのに、なんだこの気楽さは。

 レスフィナは絶句してしまって言葉が続かない。


「あっ、貴方方……」

「そういうわけです、シャイロック様。こっちはこっちで動くので、そちらもそちらでどうぞ」

「むっ、無益に先走らずとも、あたくしの手の者が一時間とせずに集まりますわ。そこから一斉に叩けばよいでしょう!」


 既に手配は済ませた。今、集結可能な最大戦力をかき集めた。

 こうまでシャイロック家をコケにされた以上、万倍にして返してやるとレスフィナも思う。


 だからこそ、命の恩人たちに無為に命を散らさずともと呼び止める。

 それともこの制止は、せめてエスタピジャの手の者くらいは無傷でいてもらいたいという保身なのか。レスフィナ自身も、己の心の内がわからなかった。

 だが当の彼らは苦笑で首を横に振るだけ。


「それでは一時間、中の人々の安否が保証されません」

「それにじゃ、あの屋敷で暴力は禁じられておる。多勢に無勢であっても無意味じゃよ、むしろ少数精鋭で挑んだほうがまだしも糸口がつかめよう」

「あと、長く放っておくと、吸血鬼を増やされちまうからな。できるだけさっさと解決したほうがいいだろ」

「え」


 慮外の可能性の示唆に、レスフィナは一手失する。

 三馬鹿としては当然、念頭にあった敵の思惑想定のひとつ。

 城を奪い、仲間を増やし、再び返り咲くことこそが、奴らの目的ではないのか?


「『デミ・エリクサー』、あの少量で吸血鬼化することはありえんが、下地はできるでな。奴らがそれをしようとすれば、権力と金を持った吸血鬼が生まれ出てしまう」

「腹ン中の悪魔ってか、最悪だな、そりゃ」

「あぁ。必ず阻止せねばならない」

「だからといって、一度助かった命を投げ出すなんて!」


 意味が分からず叫んでしまうレスフィナに、リオトはにっこりと陰りなく笑う。彼はいつでも率直でいて真摯な言葉で人と対する。


「命を捨てるつもりなんかないさ。でも」目を合わせ、顔を突き合わせ、真っ直ぐに「ありがとうございます、心配してくれて」

「っ」


 違う、打算かもしれない。

 感謝はあってもそれ以上に冷徹な女なのかもしれない。どちらとも言い切れないことが気恥ずかしいやら面映おもはゆいやら。


 なのにこの人は、レスフィナの善意を信じているのだ。彼女自身信じきれないものを、リオトは信じている。だからこそ、こんなにも彼は真っ直ぐなのだ。

 レスフィナはこの太陽のように眩く暖かな青年に、返す言葉などひとつもなかった。


「……わかりました、お好きになさってください。ですがどうか、生き残る努力は忘れないようお願いします。貴方方が失敗しても、次があります。無理に気負わず、できないと思ったらすぐに手を引いてください。

 貴方方が亡くなられますと、あたくしが悲しみます。努々それを忘れず、いいですね?」

「ありがとうございます」


 了承を見て取り、シノギは話を戻す。


「で、だったらじゃあ吸血鬼の攻略法は?」

「再生力が高いから殺したと思っても油断せず、確実に仕留めること。頭蓋を割って心臓を潰し四肢も切断して、それでも動くかもしれないから観察を続けて、身じろぎした箇所をもう一度叩いておく」

「おっ、おう……」


 淡々と物凄くえげつない言葉を並べられて、ちょっとシノギも引いてしまう。

 こういうところは徹底的で油断も慈悲もないリオトである。戦士としての冷徹さと先ほど見せた普段の優しい姿は別に矛盾せずに彼である。


「さらに言えば吸血鬼によっては生物的器官という弱点を動かすことができるから、できれば全身を消し飛ばせば手っ取り早いな」

「しかも心臓潰してもまだ再生してくる輩もおるでの、心臓は二回潰しておくべきじゃぞ」

「ほんとに生き物かよ、バケモンじゃねぇか」

「ああ、化け物染みた生命力、それが吸血鬼の最も恐ろしいところだ。確実に殺したと思っても殺せていない、蘇る」


 苦々しく思い出すように言う。

 過去、二百年前に遭遇した吸血鬼もまた血は薄れていようが、随分としぶとく厄介な手合いだったらしい。


 そしてなにより、彼は再生能力というものの脅威を誰より熟知しているがため。

 それはいいけど、ちと前提が加わっていない。付け足す。


「ていうか、ただの吸血鬼じゃなくて、『針の上で真アリティア・実は踊るのかミレ・アゴラ』っつ面倒な要塞に立てこもった吸血鬼なんだが」

「あー、それは」

「うーむ、それは」

「どうしようか」「どうしようぞ」

「ふっ」


 困ったと顔を見合わせるリオトとベルに、なぜかシノギは勝ち誇る。


「おれは一個思いついたぞ」

「ほう? して、それは?」


 思いつかないアイディアを披露される。それもまた未知であり、ベルにとって快い。

 偉ぶる割にはなんとなく言いにくそうに、シノギは半笑いで、それを口にする。


「うん、それなんだがな、リオト」

「俺か?」

「勇者って一回くらい死んでも大丈夫か?」

「大丈夫じゃない!」



    ◇



「気が乗らない」


 いつものカソック姿に着替え――魔刀『クシゲ』に収納していたのを取り出した――リオトは競売場アゴラの前に立つ。

 彼にしては珍しく、目立って不満そうに。


「この作戦、俺に対して無茶ぶりが過ぎると思わないか」

「それだけシノギがおぬしを信じておるということよ。このていど、おぬしならばやってのけるとな」


 隣のベルが確信をもって言うと、リオトはもごもごと押し黙らざるをえない。そんな風に言われると、うれしくなってしまう。

 彼は素直だった。

 照れ隠しのように咳払いをして、リオトはなお陳情を試みる。


「その上、シノギはひとりだけ安全地帯にいるし」

「そのほうがわしも安心じゃがな。あ奴は無茶をしよるからの」

「それは同感だが……」


 困った。

 不満を言いたいのに、特に並べ立てるほどの不満がない。

 信頼されるのはうれしい。シノギが無茶をしないでいてくれると安心する。ベルの言葉はそれその通りであり、異議のひとつもないのだ。

 リオトは全てを諦めたような深いため息を吐きだす。


「わかった、わかったよ! 負ぶればいいんだろう、負ぶれば!」

「そんなにわしを負んぶが嫌か」


 少し心外そうに、なにより理解不能の表情で、改めてベルは問う。

 なぜそこまで嫌がるか真剣に理解できない。嫌われてるとか、接触を拒否されてるとか、そういう負の感情がない分余計にわからない。

 するとリオト、思った以上にだいぶ逆ギレ気味にヤケクソとばかり声を張る。


「だってそれはシノギの役目だろ!」

「えぇ……」

「あと、婚前の女性の身体と密着するのはよろしくないし……おれではなんとなくそぐわない気がする」


 理屈的にも感情的にも、ベルを負んぶはリオト的にアウトなのである。

 なにがどうアウトなのかは奇縁の繋がるベルをしてようわからん理屈で、うかがい知れぬ感情であるが――たぶん本人もわかっていない。


「――で、ぜんぶ聞こえてるわけだが」


 いつ口を挟もうかと見計らっていたシノギが、ジト目で呟く。


「せめておれの聞こえない競売場アゴラに入ってからにしろよ、そういう文句は」


 今回、シノギは主戦場となる競売場アゴラには追従しない。ひとりこの場で待機することになっている。

 その代わり、リオトに魔刀の一本を貸し出して、彼はそれを背中に担いで――そして最後のおいしい所をもっていく予定ではある。


 一見、楽していいとこどりと反感を買いそうな位置取りであるが、言ったように逆にベルとリオトはそれで喜ぶのだからなんだか噛み合わせがいいのか、悪いのか。


 問題はそこではなく、シノギが出向かないということでベルを負んぶするのがリオト以外にいない点にある。

 その一点に、なぜか猛烈にリオトは反発し、謎の迫力でもって叫ぶ。


「わかってるよ! 聞かせてたんだ! 感想は!?」

「あんた悪口ヘッタクソだなァ」

「そんなもの上手くて誇れるか! 下手な方がまだ健全だね!」


 なんでこんなに荒れてるんだろう。

 不思議には思いつつもそれを問うことのリスクを考慮するに、シノギはあっさりと目を逸らす。

 触らぬ神に祟りなしと、偉い先人も言っている。


「んで、ベル、伝心の術を頼ま」

「うむうむ、ちょちょいのちょいじゃ」


 ベルもまたスルー。もう構わずに事を進めようと決めた。


『できたか?』

『委細問題なし。聞こえておるよ、リオト?』

『……俺も聞こえてるよ』


 なぜかウンザリしたようなぶっきら棒な念話。

 言葉よりもなお心情に近しく伝心の術は伝えるゆえに、彼が本気で嫌がっているのが感じ取れる。

 珍しく子供のように拗ね続けるリオトに、遂にベルは肩を落としてため息を吐く。


「もうよい、わかった。負んぶはせんでよいから、機嫌を直さぬか」

「いっ、いいのか?」

「おい、ベル、なんでリオトにゃ甘いんだよ、いつもの傲慢な魔王サマはどこいったよ」

「だって、こやつ、本当面倒なんじゃもの」


 心底そう思っているのが表情に伝わり、酷く草臥れた味のある表情が印象的だった。

 そこでようやく正気を取り戻したか、リオトはバツが悪そうに頭を掻く。


「あ、いや、その……ふたりともすまない。なぜかは自分でもわからないんだが、どうしても困るんだ。ごめん」

「いやよい、わしの負んぶで行動に阻害があってもまずいでの」

「まあ、作戦的には必須の行動じゃねェしな」


 というかベルが行動に際し負んぶ要求するだろうな、と思って立案の際に先んじて含んでおいただけ。実際特に意味はない。

 どちらかと言えば時間の浪費のほうが損失となろう。シノギはいい加減、追い払うように手を振る。


「とりあえず、そろそろ行け。あんま遊んでる暇もねェんだからよ」

「あっ、ああ、うん。大丈夫、行こうティベルシア」

「うむ」


 そして競売場アゴラの大きなドアを開けっ放しにして、リオトとベルのコンビはその内部へと踏み入った。









「しっかしまあ、別に期待はしてなかったけど、『万能霊薬エリクサー』はやっぱ偽物か。結局おれらの呪いは解けそうにないな」

「もとより買い取る金もなかっただろうに」

「というか『万能霊薬エリクサー』は外傷と病を治すものじゃろ、呪いにはなんの意味もなかろ」

「え、呪いも解けるんじゃねェの? だって『万能霊薬エリクサー』だぜ?」

「諸説ある割に実物がないからな、なんとも言えない」

「謎は謎のまま、神秘は神秘のままがよい」



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