競り奪る薬は血の香り 2
競売都市セント・ヤードレアが誇る最大にして最高、そしてはじまりにして伝統のオークション――その名を「
そこに参加するのは世にも名高い貴族、富豪、英傑。果ては王族までもがこぞって参列するという。
オークション側から招待を受けることはなににも勝る栄誉であり、選ばれた特権階級である証左とされる。
我こそは元老競売に選出され招待を受けた
そうした事情がなくとも、オークションに出品される品々はどれもこれもが高価にして至上。
芸術的価値から戦術的価値、経済的価値から希少価値、あらゆる価値あるものが揃い、そしてそこに偽りはありえない。
真作、完品、オリジナル。
競売の
証明書は神が書かれた。保証書は神の手製だ。
ならばこれほどの証が他にあろうか。
憂いなく存分に競売という紳士の遊戯に耽ることのできる場、それはこの世界にここだけしかないのだ。
◇
「招待状を拝見願えますか」
かくして一週間が経ち、競売の日がやってくる。
都市の中心にて鎮座する神威を放つ武骨で大きな建物――競売の
既に多くの者たちが集まり、華々しいお祭り騒ぎと相成っている。
その誰もが高貴な風情を伴い、典雅な風格を醸し、尊き
中には艶やかにして美の結晶のごとき長耳のエルフや、強壮を絵に描いたような魔威を誇る魔人。竜人の老婆、ホビットの金満家。多様な種族、その上澄みとも言うべき代表の、その錚々たる顔ぶれ。
彼ら彼女らは享楽の微笑を浮かべ、
そんな呼吸する空気さえ煌びやかに豪勢な場に、そぐわぬ目つきの悪い男とその連れ合いがふたり。
目つきの悪い男は黒一色の野暮ったい安物のスーツで装い、下はブーツときた。装飾品など一切なく、強いて言えば腰元の刀はアクセサリーと言えなくもない。
連れ合いの青年は見目は麗しく、金糸の頭髪は神々しさすら発揮している。なのに着こなすスーツはそれこそ目つき悪い男よりもなお安物。ぺらぺらな紙切れのような、貴人たちから見れば眉を顰めるレベルの布っきれ。
ふたり目の連れ合いの童女、彼女だけは例外で、そのドレス服飾も高貴さも端麗なる容姿もなにもかも周囲の者たちに劣らぬ最上位の姫御前とお見受けする。
なんと驚くべきことに、その三人は厚顔無恥にも入場を求めてきた。
笑い話にもならない無礼極まる所業に、けれど一流の集うこの屋敷のドアマン。そこで低俗に罵声を浴びせるもなく、恥知らずに激怒もしない。
門番たちに目配せをしつつも、礼儀正しく折り目正しく
ここで招待状の不在を確定できれば、もはや客人ではなし。世界中からこの日のために用意した最上級の戦人たる門番たちに仕事を頼むのみだ。
だが万が一というのは在り得て、ドアマンの彼はそういう事例を知っていて――今回はその慎重さが功を奏した形である。
「おう、ちょっと待てな」
物おじした風もなく、目つきの悪い男は懐を探り出す。
これまで通った誰よりも安物の、なにより草臥れたスーツの裏ポケットに手を突っ込み、彼は目当ての物を見つけたのかはにかんだ。
「ほれ」
「……拝見させてもらいます」
ドアマンは僅かの動揺も悟らせることなき完璧な作り笑いをたたえ、差し出された紙を受け取る。
目を通せば――ああなんということか、本物だ。紛うことなく真実正しく、それはこのオークションに参加を許された者のみが所持する招待状だ。
それも、招待者の名を見遣れば――ドアマンの彼は心臓が破裂したかと思うほどの衝撃を受けた。
「こっ、これはこれはエスタピジャ様でございましたか。ご来訪、まことに歓迎いたします」
「っても、その下っ端の下っ端の下請けさ、そんなに畏まらなくてもいい」
「そうは参りません、かのエスタピジャ様です。その代行様とて相応に貴き方々、我ら元老競売運営一同、歓待いたします。ですが」
酷く心苦しそうに、ドアマンは言う。
「申し訳ありません。
「ああ、わかってるよ」
男は連れ合いのふたりも伴い、
踏み込んでそこはまだ玄関口、すぐにもう一枚のドアがあるだけの場所。土間のようで風除室のようなドア間の小部屋――「宣告部屋」と呼ばれるスペースである。
その部屋の目的は名称通り宣告すること。
端的に言って、己の所属をありのまま宣告する。そしてその真偽をこの
嘘吐きは入場を許されず、ここで針の筵となって死に果てる。
そんな知識は無論、ここにやってくるような者なら頭に入っていて、ここが無数の死を生んだ狭く小さな処刑場であると理解している。鼻を動かせば、血臭が仄かに感ずる。
それでなお動揺もなく外見上は平然と宣する。
「おれはエスタピジャから任された代理人だ」
「……結構です」
ドアマンの男は重々しくうなずき、続いて残るふたりにも目配せする。
青年と童女は一瞬だけ瞠目したが、すぐに察する。ここは既に
ならばここで己の身柄を宣することで間違いなく招待客であることを証明できる。これはそのための儀式なのだ。
ならば迷うこともない。
「俺もまた、エスタピジャから任された代理人」
「わしもわしも」
「お手数をおかけしました。ありがとうございます」
ふたりとしては目つき悪い彼のバックなど今のが初耳であった。代理人というのもよくわかっておらず、けれど自信満々で宣言できるふたりである。
彼がそうなら、ふたりもそう。ただそれだけのことだ。
とはいえしかし。
「……エスタピジャか」
なにか、どこかで聞いたような。
どこだったか。いつだったか。いや、欺瞞か。
とはいえ、それは今回、問わないと決めたこと。素知らぬ顔でふたりの連れ合いは無言を通す。
「じゃ、行くぜ?」
「はい、その扉を開かれましたらすぐにフロントがございます。そこで目録が用意してありますので、後はどうぞお楽しみくだされば幸いです」
「どーも」
ひら、と去り際に手を振って、三人は
強烈な緊張感から解放された、ドアマンのか細い安堵のため息だけが部屋の内で残響していた。
◇
そこは豪奢な王宮というより、荘厳な神殿のような作りだった。
はじめのエントランスと廊下は広々と解放的だが薄暗く、飾り気はない。強いて言えば壁に金装飾のランプが等間隔に並び、床には明らかに真新しい高級な絨毯が敷かれているくらいか。
あとは質素なほどに無地で彩りに欠ける。光り輝くことはなく、力強く
されど箱に色がなくとも、その内に犇めく人々の高貴にして光輝は鮮やか過ぎるほどに世界を変える。
外でさえも雅に貴い空気感を放っていたが、
談笑するだけできらきらと輝いて見え、佇むだけで薄暗いはずの廊下ですら光に満ちて感じる。
入場してすぐに飛び込んできた絢爛豪華なパーティのような情景に、三馬鹿はどうにも居心地悪い。
特に苦々しく、リオトは不慣れなネクタイを整え直しながらぼやく。
「なんだか、居るだけで凄く場違い感に煽られるぞ。できるならいますぐ帰りたい」
「帰るな帰るな」
「わかっているよ、ただの愚痴だ」
一方でベルは周囲の空気感など関せず、きょろきょろと探し物。
「目録はどこじゃ目録は」
「あっちだあっち、もらって来い」
「うむ!」
実に嬉しそうに頷くと、飛び跳ねるように駆けていく。
ドレス姿でも裾を掴んで楚々と走れるのは流石の年季か。見渡す貴族たちにも劣らぬ着こなしと言えた。常日頃からそうであったが、こういう場では余計にそう思う。
そこに来ると、リオトのスーツ姿はどうにも慣れない。
いや、似合いはするし、安物のスーツをよくぞここまで映えさせると感嘆できるビジュアルではある。もとから面立ちも立ち姿も美男子の彼だ、そこは端から心配していない。
けれど当人だけがなんだか妙に委縮して、何度も裾や袖、タイをいじっては落ち着かない。着慣れぬ服と居心地悪い空間に辟易してしまっている。
シノギは茶化すように小突く。
「意外に小市民だな、おい」
「当たり前だろ、俺は地方の寒村の出だし、勇者になってからだってもてなしを受けたことはあっても金に余裕があったわけでもないぞ」
「儲けようと思えば簡単だったろうに、清貧だねェ」
金儲けに走った勇者というのも歴史上にはいて、まあ最期は
勇者といえど人の子、真っ当に欲望をもって卑近な考え方をする者だっている。
とはいえ、金に執心して欲望まっしぐらなリオトというのも想像しづらいか。
いや、こうして高貴な雰囲気に弱り果てる彼の姿もまた珍しいのだけど。
シノギは肩を竦めた。
「命のかかわることでもねェ、ドンとしてろ。奇異の目なんざ競売がはじまりゃなくなる」
「競売はすぐか?」
「あぁ。けっこうギリギリで入場したからな」
ふと近づく気配に首を動かす。
コンパニオンのウェイターがにっこりとした笑顔でトレイを差し出す。
「飲み物はいかがですか?」
「っ」
その登場に何故か不必要にビックリするリオト。常の冷静さからは考えられない。
シノギとしては面白がるよりも、なんだか非常に困惑してしまう。
「ビビんなよ……たく。
あぁ、飲み物は頂くぜ、ありがとよ」
シノギは適当なカクテルグラスをふたつ頂戴し、ひとつをリオトに押し付ける。
綺麗な薄緑の液体が少量波打っている。
「景気づけだ、飲め」
「あー、うん、そうする。ありがとう」
ぐいっとふたりして一気飲み。滑らかに液体が腹に落ち、体中に染み入る感触が心地よい。
口当たりよく、甘いけれど適度な酸味もあって非常に美味しい。普段なら絶対に口にできないような高価なカクテルジュースだ。
「ん、美味しいが、なんだ、酒じゃないのか」
「いちおうは金勘定しねェといけねェ場所だからな、酔うのを嫌う客も多いんだ。もちろん、酒が欲しけりゃ奥では配ってるぞ」
「やめておこう。これで充分、美味しい」
「そーかい。っと、帰ってきたか」
また別のウェイターに空のグラスを返却していると、ベルが嬉々とした表情で分厚い書籍のような目録を持って帰ってくる。
そして、さらにもうひとりの女性を連れて。
「ん? だれだ?」
「わからんが、だいぶ――お偉いさんだな」
物凄く嫌な予感がしつつも、小声での会話もすぐに打ち切る。ベルと、それからもうひとりは目の前まで来てしまった。
あっけらかんなベルはいつもの笑顔で目録をかかげる。
「手に入れたぞー、一緒に読もうぞ読もうぞ」
「そりゃいいが……そちらは誰でい。案内人って風でもなさそうだが」
「ああ、うむ。おぬしに用があるらしいぞ。名は聞いておらんな、そういえば」
話を振られれば、控えめに黙していた女性が前に出る。
艶やかな漆黒の長髪をした、妙齢の女性だ。
美しいと評して嫉妬以外に否はなかろうと思われるほどに、完成した芸術のような秀麗さを誇っている。
扇情的で華やかなドレスは高級と一目でわかるが、華美にいき過ぎない。装飾品もまた幾つも見受けられるが、やはりこちらも全て嫌味にならない程度の上品さを表現していた。
女性は、非常に丁寧にお辞儀をひとつ。恭しくも畏まって、どうにもへりくだって名乗る。
「あたくしはレスフィナ・シャイロック――この『
「っ。失礼。わたしはサカガキ・シノギというしがない代理人にございます、まさか主催様からのご挨拶をいただけるとは光栄です」
瞬間でシノギは態度を改める。深く深く頭を下げて対応する。
シャイロック――この
貴族や貴人の集まり、王族さえも混じったこの空間において尚、実質場を取り仕切って支配する主催者。
この館において帝王のごとくに頂にひとり座す唯一の女――レスフィナ・シャイロック。
まさかそんな大物がわざわざシノギに挨拶に来るとは想定外すぎた。
レスフィナは可笑しそうにくすりと艶笑して見せる。
「あら、代理人とはいえエスタピジャ様に連なるお方、相応にお迎えしなくては我らの恥となりましょう? ですから、どうか顔をあげてくださいな、シャイロックがエスタピジャ様に頭を下げさせたなんて下世話な噂話でも御免被りたいわ」
「っ」
言われて反射的に顔を上げれば、レスフィナの笑顔を直視することになる。
すこし、ほんのすこしだけ気恥ずかしく気圧されて半歩下がってしまう。
それが愉快だったのか、レスフィナはまた笑う。くすくすと、童のようなあどけなく邪気ない笑み。
「ふふ、エスタピジャ様の代理で随分と厳めしい方がいらっしゃったとうかがった時は恐ろしい方を想像してしまいましたけれど、随分と可愛らしい方ですのね」
「若輩ゆえ、至らぬことばかりです。面目次第もございません」
「褒めているつもりですのに、そう畏まられても困ってしまいますわ」
いや、男に可愛いは褒め言葉ではない。
とは言えず、シノギは苦笑して口を噤む。
黙するとレスフィナは大事なことを思い出したとばかりにあぁ、と声を上げる。タイミングを見計らっていたようだ。
「時にサカガキ様は競売に参加なさるのですか?」
「いえ、主人に止められていましてね。シャイロック様には申し訳ありませんが観賞だけです」
「そう、それは残念ですね。しかし、もう七年も不参加だったエスタピジャ様が代理とはいえいらっしゃったのは、やはり――アレですか?」
あえて固有名詞を避けた言に、シノギは共犯者のような笑みで首肯する。
「ええ、まあ、おそらく、それでしょうね」
「ふふ、そうですか。今回の競売もまた楽しくなりそうでなによりです。サカガキ様、そしてお連れの方々、どうか我らの
「ありがとうございます」
それだけ告げて、レスフィナは去っていく。また別の賓客への挨拶に向かったのだろう。
その背が人ごみに紛れて見えなくなるまで、シノギは頭を下げ続けた。
そして不意に糸が切れた人形のように座り込んでしまう。周囲からの目も気にせず、緊張感を全部捨て去るようにため息を吐く。
「はァー。きッつ」
「あー、お疲れ様かな、シノギ」
咎めることもなく、むしろリオトは気遣わしげにねぎらいの言葉を渡す。シノギの心労は痛いほどよくわかる。
珍しく繕った感もなく弱弱しくつぶやく。
「こういうのは苦手だ……」
「俺も、傍にいただけで息苦しくなったよ。ああいう人が本当の貴人っていうのかな」
「目の前にいるだけで疲れるって意味か? たく、金持ちとかお偉いさんってのはどうしてこうも堅苦しいんだろうな」
それはそういうものだとしか言えない。リオトは答えずに笑って流した。
とはいえ、全部が全部そうでもないらしい。
元王様の偉いさんな童女はふたりの会話も委細気にせず目録を読みふけっていた。先ほどのレスフィナ来訪時でさえ、自分で連れてきておいて関せずいたのだからコン畜生なやつだ。
「おお、これはこれは。ふむ、面白いのぅ、早く実物が見たいのぅ!」
「……」
なんというかマイペース。これで先の淑女以上に高貴で年嵩な王様とは思いもよらない。
男ふたりは見なかったことにして話を続ける。
「今更だけど、帯剣していたのは失礼にあたらなかったのか」
「そこは別に問題ねェ。そもそも失礼なら入館に際して奪われるわ」
「確かにそうか。この屋敷において武器はただの飾りか」
「あぁ、行使イコール穴だらけだしな。シャイロックのお姫様なんて護衛すら連れてなかったろ? ありゃここの安全性を自ら示してるのさ。むしろ、武装するような胆の小せェ輩を小馬鹿にしてる節さえある」
それに倣い、各所から訪れる来賓たちもまた極力武装はもちこまない。護衛も外で待たせる。
逆に極力ボロをださぬようにと無口でいれば、それはそれで臆病者と謗られる。
権力者には見栄っ張りが多いものだ。多少、過剰なほどに。
少しは見栄を張ってほしい童女もいるけれど。
「む、見つけたぞ、『
「マジか、あったか」
「どれどれ」
流石にそれは聞き逃せない。
シノギもリオトも目録を広げるベルに顔を寄せる。そこに記載された文言に目を通す。
「なになに? あらゆる傷や病をたちまち治すという万能霊薬エリクサー、ってそりゃ知ってるよ」
「えーと、あるダンジョン深くに眠っているところを偶然に発見……ちょっと信じがたいな。それにどこのダンジョンかはっきり書かないのはどういう意図だ?」
「一滴のみ使用しその効能は証明した。今回の出品は開封済みだがその分、証明済みの一品となる――ほうほう、『
当たり障りのないことしか記載はない。なんとなし疑わしい声音の三人である。
シノギはズバリ言う。その情報を得てからずっと思っていた疑惑。
「しかしエリクサーなんてほんとに本物か? 天地戦争の折に神々が全て使い切ったって話だったはずだがよ」
神々が滅んだ理由は戦争だ。
天と地に別れ、殺し合いの末に全滅したのだ。その戦争に際し『
傷を癒す霊薬を戦時に使わぬ愚かはありえないだろう。
「俺の時代でもそう言われていたな」
「当然、わしの頃にもじゃ。既に誰も見たことのない伝説の霊薬扱いであった」
「四百年以上前から今まで失われたとされていたものが、不意に発見、ねぇ。どこの童話だよ」
皮肉げに唇を歪める。その顔つきは信じられないものを見たと書いてある。
けれど、信ずるに足るものがそこにはあって、ゆえに困惑を隠しえない。心情と実情とが噛み合わないで、ぎちぎちと不愉快に軋んだ音を鳴らす。
「だが、この屋敷で嘘はつけない、だな?」
このオークションに出品する際に、品物の真偽真贋を出品者に
その審査は例外なくおこなわれ、それをこそ出品される品々の保証とするのである。
「そうなんだよ、死ぬほど怪しいがまず本物だ。なんか抜け道でもねェ限りな」
ほう、とベルが愉快そうに目を細める。シノギの言葉の選び方に琴線に触れるものがあった。
「含むような言い方じゃな。まるで『
「……ぶっちゃけると、おれやおれの依頼人なんかはそっち派だ。だからこそこの目で見に来た」
「ふはは! それは実に痛快、楽しくなってきたではないか!」
破顔するベルだが、リオトは慎重に腕を組む。
「しかし、真偽を判断したこちらも
「それを騙す術があるかもしれんと思うだけで愉快じゃろ、わしも疑ってかかろうぞ」
「いや、笑いごとじゃねェんだけどな」
「笑いごとにしようぞ。もしも本当に『
「未発見の発見は普通、衝撃的でセンセーショナルだと思うぞ」
「じゃがつまらん」
にべもなく言い切るベルである。
水を差すような、火に油を注ぐような、シノギはまた別に事の面倒を告げる。
「神遺物じゃなくて人が加担してる可能性も考えてあってだな」
「どういう意味じゃ?」
すぐには答えず、シノギは先にリオトへと確認をとる。大事なことだ。
「ふん、気に食わなかったがちょうどよくはあったか。おい、リオト、さっきのシャイロックのお嬢様、あんたの見立てだと悪い奴に見えたか?」
「え? いや……べつにそう悪くは、思わなかったけど」
「じゃあ白か」
あっさりと結論付けるシノギに、ベルはああと理解を示す。
「そういうことかや。主催者が共犯ならば、確かに嘘でも偽物でも持ち込むことは可能よな」
「それもありえたけど、リオトが白ってんなら白だろ。こいつの悪人センサーはだいぶ信頼できる」
「俺の勘みたいなものにそんなに重く信をおかれてもな……」
「じゃが、まあ、わしも白とは思うよ。品を偽るなぞ、この競売において最も信用を損なう愚行。そんな愚か者には見えんかったでな」
信用と安心をこそ最大の強みにしている競売で、まさか主催者が自ら規律を破る暴挙などすまい。そもそも嘘を吐く理由などなかろう。
「それはおれも思ったけど、念のためだ。今代の当主のツラははじめて拝んだくれェだ、どんな奴か不明じゃ疑わざるをえなかった」
それも無用の心配だったが。
やはりそこまで阿呆でも邪悪でもない人間性らしい。では、共謀して偽物を売るなんて真似はするはずがない。
可能性のひとつは潰れた。では次の可能性について検討を。
「ならば怪しいのは『
「目録に書いてあるはずだ。ええと? 『銀明の薬師』……ああ、ポーションとか魔術薬品を研究、生産してる団体だな。小せェが古くからあって、おれも聞いたことくらいはあんな」
「古くからって、うわ、四百年以上か。すごいな。俺の生きた時代より前か」
「ていうか、リオトは聞いたことねェのかよ」
「ないな」
即答に、シノギは微妙な顔になる。
「けっこう世間知らずだよな、あんた」
「むっ。否定は、できない、けど」
「……ふむ」
少しなにか思うところありげに口元に手を置く。ベルの思案の手癖。
ポーズそのまま、さらに問う。
「なぜ薬師の衆がダンジョンなぞに出向いたのじゃろうな」
「それは、おそらくだがなんか霊薬の類を探しに出たんだろ。たしかあそこは探索班があって、霊薬の類の遺物を探してたはずだ。それを研究対象にして現代において再現しようって輩だったはず」
「その探索の成果ということか。大金星だな」
「探索、のぅ」
やはり、なんだろうか。
ベルから発する感情が荒立っている気がする。
シノギは掬い取って水を向ける。
「なにか言いたげだな、ベル」
「いや、ちとな。別にな。単純にキナ臭いとは思うぞ」
「まあ、今ンところは一番怪しいトコだからな、気にはなるか」
どこか浅い言葉だが、とりあえずの納得を示しておく。別に問い詰めたいわけじゃない。
ベルにもベルで、いろいろあるのだろし。
親しいからと全てから全てにまでズケズケと踏み込んでもいいというわけではない。
――不意に閉ざされていたドアが開く。
奥の大きな扉、固く閉ざされていた競売の場となるホールへと通ずる唯一の戸。
そこは年に二度、僅かしか鍵を開けないこの館の最深部である。
主催たるレスフィナ・シャイロックが常に秘して持つ唯一の鍵をもって、直々に開錠して開放する。高らかに賓客たちに告げる。
「皆様方、大変長らくお待たせいたしました。本日の競売を三十分後に開始いたしますので、ホールにまでお集まりください」
その一言で待ってましたと次々に貴人たちが歩みだす。ホールに向かって押し寄せる。
誘蛾灯に引き寄せられる羽虫のようだと、シノギは思った。
遂に欲望の饗宴が――「
「ふん。考察もいいが、おれらも行くかね。競売で実物拝んでから考えても遅くはねェだろうしな」
もちろん。実物なんてもんが本当にあればの話だが?
シノギは未だ、霊薬の実在に疑わしげであった。
「あ、ベル、目録はおれもあとで読むからな」
「なんじゃ、気になる品でも? あ、呪詛解呪のアイテムかや。『
「まァ……そんなところだ」
「む?」
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