競り奪る薬は血の香り 1



「おやじ、それいいな、幾らだ」

「これかい。お客さんもお目が高い……っていうか、怖いな、目つき」

「はい、心に傷負った、まけてくれんだろうな」

「……まあ、五千五百ってとこだな」

「まけてそれとかぼったくり過ぎだろ、もっと安くなんだろ。四千」

「それじゃ商売あがったりだよ、五千四百」

「おやじ、髪型似合ってるぜ。もう一声。四千五百」

「ありがとよ、スキンヘッドだが。仕方ねぇなあ、五千でどうだい」

「買った!」


                ――競売都市のよくある風景




 その都市の中心にはひとつの建物があった。


 いや、正確に言えばその建物があって、それの周辺に寄り添うようにして次々と別な店が開店していったのである。

 あやかるように、縋りつくように、商人たちはその建物に目ざとく強烈な金の臭いをかぎ取った。


 年月を積み重ね、人は集まり、規模は膨れ上がる。

 いつの間にやらそこは堅固な防壁が囲うことで都市と称されるようになり、気づけば世界有数の商業都市へと発展していた。


 都市の構造は単純。

 完全なる円形に形作られ、東西南北にひとつずつ外壁を開く門が存在する。そして四方の門から四本の主要行路が伸び、その大通りを真っ直ぐ歩めば中心たる建物へと辿り着く。


 また四本の主要行路はさらにそこから無数に細道が枝分かれして展開し、天から見下ろせばそれはまさに蜘蛛の巣のようだと言う。

 美しく、完成した、綺麗な幾何学模様。魔術法陣にも似たロジカル。もとよりそうなることを絵図に描いた芸術と言って差し支えない。


 しかし全てはまったくの偶然である。


 誰もそのように意図して店を並べていない。誰も天から覗いた風景などを想定していない。

 恐ろしいまでの偶然を生み出したのは、果たして中心にそびえ立つそれの恩恵なのか。


 ここは競売都市セント・ヤードレア。

 曰く――「金で買えるものなら全てが揃う都市」である。


    ◇


「で、こらシノギ、話の途中でいきなりどこかへ行くのはやめてくれ。また迷子になるだろう」


 賑わう主要道の片隅にて、リオトはため息とともにぼやく。

 身勝手な行動をとるのは彼らにとっては割と茶飯事であるが、それで面倒に至るのもやはり茶飯事。このように人通り激しく、はぐれやすい所でふらふらと単独行動はやめてほしい。

 少しは反省と自重を覚えてくれと念をこめるも、言われた男は悪びれない。


「すまん、いい感じに欲しいもんが目についてよ、買ってきた」


 にっとシノギは戦利品を掲げて笑う。


「どーだ手袋だぞ、手袋。白くてスーツに似合う手袋ー」

「どうしてまた」

「かか、なんじゃお揃いがよいのか。変な疎外感があったかの」

「……スーツに似合う小洒落た感が気に入っただけでい」


 リオトの問いとベルのからかいに不貞腐れたように答えつつも、いそいそと手袋を装着する。

 うん、ぴったりだ。


 手袋は武器を握る際に滑りにくくするし、汗の影響も抑えてくれる。戦闘時の安定性は増す便利な衣類だ。

 まあ、この場合はそういう利便性に着目して購入したわけでもなかろうが。


 リオトとベルの身に着けた手袋を見れば察するに容易い。

 言ったように、お揃いである。

 シノギは絶対に認めないだろうが、なに、素直に言葉にせねば伝わらないような浅い関係ではない。

 意地を張ればいい。天邪鬼に語ればいい。大丈夫、それでもわかりあっているから。


 なんとも、生暖かい二対の視線に変な風に肩の力を落とされ、シノギは少し不機嫌そうに顔を背けた。

 そう怒らずとばかり、ベルは苦笑とともに宥めるように提案をひとつ。


「よし折角じゃ、その手袋に術を施してやろうぞ」

「ん、なんでい、付与魔術ってやつかい。ありゃ込めた魔力が消費されたら消えちまうんだろ、いま付与しても意味ねェだろ」

「いや、刻印術というものがある。紋章魔術の一種じゃ。周囲のマナを食らい半永久的に稼働する術じゃな」

「というか、シノギのスーツもそれが施されてるんだろう?」

「ああ、そうやそうか」


 よく仕組みはわかっていないで着ているシノギである。


「ま、付与魔術よりもだいぶ魔力が少ないために即興ではショボい術になってしまうがの」


 上手く構築し、深く馴染ませ、長く成熟させねば刻印の変換効率は低い。

 常時であり半永久的という特性にリソースを割り振っているため、術出力そのものはだいぶ劣化するのだ。


 ベルならば知識と技量でもってある程度はカバーできるが、時間もかけねばやはり出力不足は否めない。

 だったらと、シノギは疑問のように言う。


「時間かけてくれていいぜ、別に」

「む、よいのか。お揃い――」

「ボケこら」

「冗談じゃ。ではどんな術がよいかの」


 そこで歴戦なリオトが話に混ざる。

 手袋、手の保護ならばと堅実的な案を出す。


「耐熱とかいいんじゃないのか? 刀は金属だから、熱量をよく伝播するし……ああ、同じ理由で耐電もあると便利かもな。その昔、鍔競り合いで電流を流されて死にかけたことあるし」

「……へぇ、じゃあ耐電にしてくれい」

「相分かった」


 シノギはさきほどつけたばかりの手袋を名残惜しそうもなく外してベルに渡す。

 ベルが受け取ったなら、手放したことにはならない。惜しむ理屈はないのである。


「数日中には完了して返却するでの、期待しておくがよい」

「おーう、任せたぜ」


 手袋関連の話を終わらせ、ではとようやく三人は足を進める。

 あまり留まっているのもよろしくない。


「じゃあまあ、そろそろとりあえず宿屋探すか」

「うむ。まずは寝床を確保せなば散策もままならんしな」

「というか、勝手に道逸らしたのはシノギだろう」


 この都市に踏み入れて、まだ五分と少々。

 その短時間の内に欲しいものが目につくことが驚きで、店の豊富さ品揃えのよさにまた感心する。商業都市の名は伊達じゃない。

 見つけたからと即座に買い叩きに走るシノギもシノギであるが。


 今回ははぐれることもなく済んだが、人通りは多く流通も激しい。三歩で迷子、なんてことにもなりかねない。

 以前の経験を踏まえ、三人はしっかりはぐれぬように連れ添って道を行く。


 そうして歩いていると、ふとベルとリオトは先頭を行くシノギの歩幅が常より広いと気づく。いつもいつも三人は並んで歩いてきたから、僅かにだがシノギが急いでいることに、すぐに気づけた。


「どうしたんだシノギ」

「ん、ああ。時期的にな、ちと不安がある。ちゃんと宿とれるかわからん」


 この都市ならば宿は豊富で、種々様々にある。

 千客万来の商業都市ゆえ、来客が常から大勢集まってくる。宿屋もその分、大きく広く展開しているのだ。


 だが、すれ違う人々の数を見ればわかるが、現在は時期的にさらにさらに人が多い。彼ら三人のように、外部からの訪問者が詰め寄せる時節であり、宿を借りるなら後に回すのは得策ではない。


「時期というのは、さきほど言うておった中心の建物とかいう奴が関係するのかの」


 この都市について説明している真っ最中でシノギが突如、走り出すもんだから中途半端。

 ベルはさりげなく先ほどの解説の再開を要求する。知識欲深く、半端を嫌う童女のサガである。

 そういえばそうだったか、とシノギは歩きながら口を回す。中断について悪びれた様子はない。


「あぁ。それは端的に言って競売場、オークション会場だ。そして、年に二度開かれる競売が、一週間後に控えている。この都市の一大イベントさ」

「競売、都市。そのものずばりと言うことかや。じゃがどうしてまた、ただの競売場が中心となって都市が形成されるのじゃ」

「ただの競売場じゃねぇのさ。この都市の中心のそれは屋敷の形をした神遺物しんいぶつだ。名を『針の上で真アリティア・実は踊るのかミレ・アゴラ』」


 ベルは興味津々に目を細める。やはり知らないことを知るのは楽しい。


「競売の神遺物アーティファクトじゃと? 知らんなぁ、どんな力を持つ?」

「嘘吐いたら針千本飲ます――って、小唄しってるか?」

「む、そりゃ知っておるが、なんじゃ、そういうことか」

「あぁ。有名なその小唄のもととなったとされる神遺物。

 ――その屋敷内において嘘を吐くもしくは害意もって暴力行為をした者には巨大な針が七本降り注ぐ」


 千本ってのは誇張らしい。代わりに人の腕ほど針が野太いが。

 そんな注釈を付け加えられても、その殺傷性能は不変であろう。


 リオトは七本の巨大な針が飛んでくる光景を思い浮かべ、苦笑が漏れる。


「なんというか、凄い神遺物アーティファクトだな……」


 非現実的な想像は、しかし現実とするからこその神の御業。荒唐無稽が現出したならば笑いごとではない。

 しかしそれは卑小なる人の子の臆病でしかないのだろう。神様からすれば、やはりそれはただの笑い話のようだ。


「まあ、と言っても神にとっちゃその程度は大したことないペナルティで、実際ただの罰ゲームのノリだったらしいぜ。人類においては即死の天罰だってのに、バケモンだよな」

「遊びの神遺物アーティファクトということか?」

「そうなるな。神々はこの屋敷内でオークションをしていたらしい。余興のためにこんな大規模な神遺物も創るってんだから、神様も大概暇人だ」


 屋敷内において嘘が許されない――ゆえに売りに出された品は間違いなく本物で。

 屋敷内において暴力が許されない――ゆえに金という無形の力だけが勝敗を決する。


 それは神々が敷いたルールであり、競売という戦いしか許容されない絶対の屋敷。オークションで遊ぶためだけに創り出した、神にとっては文字通りの遊び場である。


「だから、ひとも、オークション」

「神様の真似事なんてよくある話だ。神々の発想に儲けを見た奴がいたんだよ。なんでも百年近く前に買い取った富豪がいたらしい、そいつが放置されてた屋敷を、再び人の手によるオークション会場として蘇らせた」


 競売の神遺物アーティファクト針の上で真アリティア・実は踊るのかミレ・アゴラ』――それを、ある富豪が買い取ったことからこの都市ははじまったのである。

神遺物アーティファクトすら金で買える。ならばこの世の全ては金で買えるに相違あるまいよ」と、それが競売の神遺物を買い取った大富豪ロジャー・シャイロックの言葉である。

 

「名のある魔道具、あらゆる神遺物。それ以外にもなんでもかんでも、高価なものを売買するならここだ。この世のどこよりも正しく公正な競売だからだ」


 騙されることも詐欺がおこることもない。神の目は誤魔化せない。

 強奪されることも押し売りされることもない。神の威はそれを上回る。


 神々が安全に遊んだ屋敷が現存するのならばこそ、それは人の世においても安心安全、確実完全に売買を成立させる事にもなろう。

 元老競売エルダー・オークションと呼ばれる最古からあるオークション。競売という概念そのものを広めたはじまりのオークションと呼ばれ、ゆえに元老エルダー


 そんな嘘を許さぬ屋敷によって、大富豪ロジャー・シャイロックの目論見は大成功を収める。この地は都市として成り上がり、商業の中心となり、今や世界に名を馳せる宝物庫の有り様である。


 少し気にかけて通りの店店を見遣れば、どこも「正直」「誠実」「嘘偽りなし!」といった類の看板を掲げているのがわかる。露骨なものでは「わたくし生涯、これ嘘のひとつも吐いたことなし」とプレートを首から下げて商売する輩すらいる。


 競売の神遺物アーティファクトにあやかって、誰も彼もがこぞってここで店を構えたがる。

 まさしく彼の言葉通り――「金で買えるものなら全てが揃う都市」と呼ばれるほどに。


「確かに確実性や安全性というのは金では買えない価値がある。そこに商機を見たという富豪は慧眼けいがんか」

「死ぬほど儲けただろうよ。いや、今もまた末裔サマがじゃんじゃん儲けてるんだろうな」

「金持ちというのは金儲けが上手いからこそ金持ちなのじゃろう」

「そのオークションというのは、どんな品が並ぶんだ?」


 それでなくても「金で買えるものなら全てが揃う都市」と豪語するほどなのに、さらにその上で年に二度のイベント扱い。ならば相応に吟味され選りすぐられ、最高峰が集うのだろう。

 ベルではないが、リオトも強く興味を惹かれた。


「あぁ、やべぇ神遺物だらけだ。たとえば前回なんて稀少な神遺物である『六道環サンサーラ・カスタ』の一種、『天の道環サンサラ・デーヴァ』とか、有名な神遺物『闘争の歌を奏でる角笛ギャラルホルン』。あとは……『色聖杯シキセイハイ』のひとつも出品されたって話だ」


 人類になしうる最上の治癒術を発揮する指輪。

 天空を裂いて強壮なる軍勢を招き寄せる角笛。

 ある種ある範囲内の願いを叶える万能ならざる聖杯。


 そんな驚異にして隔絶した上級の魔具が一堂に会し、そして売買されるという瞠目すべき舞台がそこにある。世に二つとない、史上類を見ない絢爛豪華なオークションである。


 勇者たるリオトをして、顔面が引き攣って仕方ない。


「……凄まじいな。いや思った以上にとんでもない」

「というかそれ、金で買えるものではないじゃろ」

「それが買えちまうのがこの世で唯一のここなのさ。ひとつの町を買い取れるほどの額が当たり前のように提示され、国家予算に匹敵するほどの財が飛び交ってでも落札を競う。きっとこの時期、世界で一番金の集まる場所だぜ」


 小市民なシノギとしては、正直そんな場面を直視したら卒倒しかねない。冗談めかして言わねば、語ることすら恐れ多い。

 ゆえこそ実はシノギ、只今とっても気が重い。


「しかしオークションか。面白そうじゃなぁ、行ってみたいのぅ」

「行くぞ」

「行くのか!」


 随分と軽く肯定されて、リオトは驚く。

 ベルですら怪訝そうに問う。行きたいと言っておきながら、疑いはするらしい。


「そんなに自由な出入りが可能なのかや? 思うに非常に金満家どもの宴となっていそうな気がするのじゃが」

「その当て推量は正しいぞ。昔ならいざ知らず、今や金持ちどもの巣窟だ。入場するのに招待がなければ無理だし、それを得るのに莫大な金がいる。もしくは、招待されるようなノーブルとかだけだな」

「して、ではおぬしが如き木っ端な郵便屋が、どうやって入場するという」

「招待されてる奴の代理だ。詳しくは言えない」

「……ほぅ」


 またひとつ、ベルの温度が下がる。

 あからさまな隠し事に、些か機嫌を損ねたらしい。


「それは郵便屋の仕事なのかや?」

「んー、違うな。どちらかというと個人的な調査依頼があったってところかな」

「調査依頼? 郵便屋に?」


 リオトも困惑気味に質問に参加する。

 シノギは特定部分に抵触しない限りは、困った顔もせずにすらすら返す。


「だから、個人的なさ。郵便屋のおれじゃなくて、ただのおれに依頼してきた引きこもりがいるんだよ」

「引きこもりかや。以前も言うておったな。郵便行の同僚で、おぬしの数少ない友人という奴か」

「まあ……まちがってはない」


 特定部分に抵触した瞬間に――どうにも歯切れが悪くなる。

 シノギはなんだか件の引きこもりという友人について、あまり多くは語りたくないらしい。


 これまでも旅の道すがらの雑談で話題に上がったことは一度や二度ではないのだが、全て誤魔化されて未だにそれについては聞いたことがない。

 実はシノギの来歴について深くは知らないリオトとベルである。


「聞かれたくないなら聞かないけど、ひとつ」

「なんでい」

「なんの調査だ? そんなオークションで、なにを知りたいんだ、君のクライアントは」

「…………」


 一呼吸分の間をおいて、シノギは重々しく舌を動かす。

 そこについては後で語る予定があった。口止めもされていないし、というかすぐに知れること。


 けれど――それでもシノギが口にするのを躊躇ったのは、なによりただただ信じがたいから。

 なんだか嘘を吐いているような気分で、面白くもない冗談を口ずさむ心境で、シノギは言った。


「なんでも。今回の競売には――『万能霊薬エリクサー』が出品されるんだとよ」





 その後、三人はなんとか宿屋の一室を借り受けることができた。

 この元老競売エルダー・オークションの開催一週間前という時期を考えるに、それは本当に幸運としか言いようがない。


 オークションに参加するのは一部の上流階級の人間だけで、そう多数というほどでもない。都市に集まる一握りの者だけだ。

 それでも、不参加であってもこの時期には人が集まる。それは元老競売の開催を、ひとつのお祭り騒ぎとして都市全体が活気づくからだ。

 どこの店も大賑わい。安売りしたり、特別な商品を卸したり、常とは異なる熱気が満ちている。

 そもそも有数の大金持ちや著名な偉人なども集まるだけで経済は回るし、人も金も動くもの。



「だからこそ、運がよかったのぅ」

「ほんとにな。ま、ちと高めの宿になっちまったのは財布が寂しがるがよ」

「ティベルシアも同室、同室か……」


 文句なしに安心できたのはベルだけである。

 シノギは散財を嘆き、リオトはベルとの同室をどうにも納得いっていない。


 男女七歳にして席を同じゅうせず――そんな古臭くも厳然たる理を遵守すべしと、リオトは思うのだ。なのに一晩、否、一週間以上も同じ部屋で過ごすなど、そんな不義理でみだりで下世話なことが許されるのか。いや、許されない。

 将来を誓い合ったわけでもないのに――


「いや、あんたのそれはもういいから」

「これまでもやむを得ず同室であったことは幾度もあろうに。事あるごとに不満を垂れるのもそろそろやめんか、たわけめが」

「いや! それでも! 俺は絶対に認めないぞ! 認めずによくないと叫び続けることこそが最後にして最大の反抗であると俺は信じる!」

「「はいはい」」


 そんなことを言いつつも、結局、最後はふたりに言いくるめられて渋々に譲るのが恒例である。

 ベルに出ていけとも言えず、自分が出ていくというのはふたりに必死に止められる。要は手がない。選択の余地がない。

 リオトは今日も涙を飲んで己の信念から目を逸らすのであった。これが三人でともに旅する際の最善であることは間違いないのだから。


 それはそれとして受け入れ、それとは別として。シノギのぼやきを気にして、ふと、リオトは呟く。


「しかしシノギ、君はあまり金に余裕があるほうじゃないよな」

「貧乏だよ、悪いか。郵便屋なんざ儲かる仕事じゃねぇんだよ」

「あ、いやごめん。悪口のつもりはなかった」

「あんたたまにそういうとこあるよな……」


 悪気はないくせに素直なものだから、変に人を逆撫でするような発言をさらっと漏らす。毒気のない毒を吐く。

 率直過ぎるのも考え物という話。


「ただ、金もないのにオークションに参加するのか?」

「参加なんざしねぇよ、見学だ」

「む、入場者は限られておるのに、見学だけで済ますこともできるのかや」

「そういう輩も少なからずいるさ。稀少な魔道具や派手な神遺物は見るだけで面白ェしな」


 招待されるだけの地位や権力を得ているものは、往々にして退屈なのだ。元老競売のような紳士的でいながら刺激的で、安全を確保されながら悦楽を得られる社交界はそうそうない。

 逆にそうしたガッつかないような、淑やかで煌びやかな物見遊山の貴人――以外の参加者は、競売こそが目的となる。それは主に招待権を金で取得したような類だろう。


「ちなみにシノギを推薦した友人とやらはどっちじゃ?」

「……聞くのかよ。前者だ」

「そうか。じゃあシノギの友達は結構な権力者なんだな」

「さァな」


 意味もなく肯定だけは避ける。

 シノギはシノギで素直さが欠ける男である。


 とはいえ、流石に今日は誤魔化しすぎた。お茶を濁し過ぎて茶が泡立ってしまっている。

 そんな不味いお茶は飲めない――ベルとリオトの半眼に、シノギは肩を竦めて苦笑する。


 すまないとは思っている。話せないことにもどかしさはある。けれどこれには、立て込んだ事情がある。シノギからは話せないわけがある。

 だから、言えるのはこれだけ。


「悪ィ。いつか話す。あんまり遠からず、そいつのいる都市に行く予定があるから、そん時にな」

「そうか、わかった。待つよ」

「えー、わしあんまり待ちとうない」

「そこは待つって言っとけよ……」


 やはりどうにも思い通りにならないのは他人で、言葉の底で通じ合えるのは同胞である。

 他人で同胞な奴らに多く言葉は不要だろう。いずれを期して、いつかに託して、今日はこの話は終わらせてもらう。


 本日まだまだやることもあるので。


 シノギはゆっくりと腰を上げ、わざと泰然とした態度で足を運ぶ。

 追求から逃れるために立ったのではなく、前もってそのつもりで動くのだと所作で伝えたかった。

 通じたのかは知れぬまま、ドアに辿り着く。そのまま退室の間際に一度振り返る。言付けておく。


「さて、おれはちと報告と諸々のせびりに『飛送処ヒソウショ』行ってくるわ」


 運輸転送機関『飛送処ヒソウショエスタピジャ』。

 その支部はあらゆる町村、都市に分布し、無論にこの都市にも配されている。


飛送処ヒソウショ』のサービスのひとつに、「転通話テンツウワ」というものがある。遠距離の人間と時間を指定し合って、『飛送処ヒソウショ』を経由し交互に転移することで肉声で会話できるのである。

 転移の術技を自在とし、世界各地に支部が点在するがゆえに成り立つ独自のサービスである。


 ちなみに、手紙が廃れた要因のひとつでもあったりする。

 その転通話テンツウワの予約をひとつ前の村で済ませておいたのだが、予定の時間が間近で、少しシノギは焦っていた。本来なら宿屋を探している合間に寄ろうと思っていたが、宿屋が先にとれたのが逆に予想外であったのだ。


「せびるってなんだ」

「いちおう仕事の形式だからな。必要経費を要求すんだよ」

「なんじゃ、なんぞ必要なもんでもあるのかの」

「ああ、それの買い物も寄るから少しかかるかもしれん。いい子で大人しく留守番してろよ」


 わざと子ども扱いで笑って言う。

 文句のひとつでも飛んでくるかと思えば、想定外に関与されず。


「俺も行こうか?」

「わしもわしも」

「……いや、いい。おれの仕事だし、人手のいることでもねぇし。休んでろよ」


 肩を竦めて素っ気なく言い切り、反論の間もなくシノギはばたんと戸を閉めた。


    ◇


「……あ。シノギ」

「…………むぅ」


 閉じた扉だけが、リオトとベルの不満に彩られた呟きを受け止めた。

 そして後に残るのは沈黙で。


「…………」


 徐々に湧き上がってくる気まずい空気感である。

 シノギが外出してしまうと必然あとはリオトとベルのふたりだけ。それがちょっと気まずい。なにせ、ここ数か月一緒に過ごしてはいたが、それには必ずシノギがいた。


 ひとりでいることはある。三人でいることが最も多い。シノギとふたりというシチュエーションも幾度かはあった。けれど、ベルとリオト、魔王と勇者――このふたりでふたりきりというのは、実はあまりないのであった。


 というか、このふたり、意識してそれを避けている節がある。

 これがシノギと自分ならば、ふたりきりであろうともラフに過ごせていた。いつも通りで平常運転。冗句も交えて笑って駄弁っていたであろう。

 彼はそういう意味で気軽で気さくな奴だ。外見は除くが。

 それに――シノギはただの人だから。


「なあ、ティベルシア」

「む、どうしたリオト」


 耐えかねたのか、五分の沈黙の末に、ようやくリオトは口を開いた。

 距離を測るように冷静に、下手をうたぬように慎重に。


「あー、なんだ、その。実ははじめてか? こうして君とサシで話すのは」

「かも、しれんの。どうにも、どうじゃろなぁ」

「シノギがいないだけで、上手くいかないな」

「いかんの。困ったわい。やはりあやつが緩衝材になっておったのかもしれんのぅ」

「やはりこれか」

「うむ、これじゃな」


 すっと、互いに――曰くお揃いの――手袋を外す。その御手を晒す。見せ合う。

 そこに刻まれた印章が、ズキズキと鈍く痛みを発している。まるでなにかを拒絶しているように、警鐘を鳴らしているように。


 それは勇者としての証であり、魔王たる資格。

勇者の紋章フォルティート』、そして『魔王の証印ペッカートゥム』と呼ばれる半神の証明である。


「魔王は勇者の対抗存在」

「勇者は魔王の天敵存在」


 紋章と証印、これは元来神々が人族と魔人に力を与えた際の証であるのだが。

 そもそも――なぜ神々は人と魔人に力を与えたのか?


 それは明快、戦争ゆえだ。


 天地戦争、神話の終末期、神々の技術的特異点シンギュラリティ・ラグナロクと呼ばれた最悪の戦い。

 過去、天地に引き裂かれた神々――天神族と地神族が真っ向全霊死力を尽くして争いし世界を巻き込んだ大戦争。


 もはや歴史とすら呼べぬ、文字通り神話の出来事。

 その戦争において神々は滅び去り、遺物だけを残して神話の時代は閉幕した。


 だが、残った遺物が問題だった。


 それは数多の「神遺物アーティファクト」であり、ダンジョンであり――そして、勇者と魔王の存在だ。


 戦争末期、神々は人を徴兵した。

 望むと望まざるとに関わらず、天神族は人族に神遺物アーティファクトを、地神族は魔人に力を、それぞれ与えることで兵隊として戦争に投入したのだ。巻き込んだのだ。


 その兵隊の内――率いる者、将、王として他よりも多量に力を注がれた存在、それが魔王であり。

 遅れてその魔王に対抗するために匹敵しうる力を与えられた存在、それが勇者である。


 高出力に過ぎるため人類という矮小な器では継承できる者がごく限られており、数多くの命を破裂させてきた。だが、適合した僅かは神に届きうる現人神あらひとがみとして大いなる戦働きをした。

 気をよくした神々は、わざわざ何度も選別して授与するのも面倒なので、その力を印章という祝福の形で構築し、自動的に力そのものが渡り歩き、宿主を選んで転々としていく仕組みとした。


 そして神は舞台から去り、舞台仕掛けだけが残る――その仕掛けに取りつけた厄介ごともそのままに。


 神々が力を印章の形に再構築した時、ある機能をひとつ追加していた。

 それは有用となり、戦場で活躍し、同時に酷く邪魔となった勇者と魔王に対する警報機能。


 互いに敵愾心を抱かせ、一刻も早く殺せと命じる呪いである。

 勇者は魔王に、魔王は勇者に――近寄るだけで印章が痛みを与え、そこに敵がいると狂ったように叫びだす。


 殺せ、殺せ、殺せ。

 殺意の嵐が胸中に吹き荒れては憎悪が煮えたぎり、悪意が溢れんばかりに膨れ上がる。

 そのため戦後、勇者と魔王はできうる限り、なんらかの理由がなくば干渉しないようにと無言の内に取り決められた。


 まあ、その衝動すらも抑え込める程度の強い理性と精神力がない勇者と魔王など、それ以前に印章を背負ってなどいられないのだけれど。そのため、実際には偶然出会ったりしても「あ、魔王がいる」とか「あいつ勇者かぁ」程度の感覚で済むようだ。


「それでも、流石にここまで長時間一緒にいるというのはな」

「うむ、はじめてじゃからのぅ。ちと持て余すわい」


 いずれは慣れるし、御せるだろう。この程度の痛苦でどうこうなるほど、彼も彼女も浅くない。弱くない。

 慣れるまでの辛抱であるが、どうも意識してしまって会話がスムーズにはならないのだった。


 今軽く痛みがあるが、自分のせいでこれを相手に与えている。そう考えると心苦しい。合わせる顔がない。

 ふたり揃って変に気遣い合って、裏もないのに裏の探り合いをしているような無意味な徒労である。


「まあ、何故だかシノギがいるとそう感じないんだが――あれはどういう理屈か、わかるか?」

「おそらくじゃが、言ったように緩衝材なんじゃろ。

 奇縁の呪いはわしら三人を同一人物と見做し、印章が別人たる敵と叫ぶ。じゃが奇縁は三人のもので、印章はふたりのもの。そこに齟齬がでてしまう」

「三人揃ってこそ奇縁が強くでて、シノギが欠けてしまえば印章の性質が出てくると」

「ゆえ、緩衝材じゃ」


 三人揃って三位一体。一人でも欠けては片手落ち。

 呪いと祝い、そのどちらが強く顔を出すかの差。


 リオトはふっと笑ってしまう。

 なんてことだ、これはますます、一蓮托生だ。


「そうか、ではやはり、離れられないな、俺たちは」

「奇縁の生糸がここまで絡み合ったからには、解きほぐすにも億劫じゃ、受け入れ進む他にあるまいよ」


 ベルも堪えきれないかのように随分と可笑しそうに笑うのだった。

 その笑いあったふたりに、最初にあった気まずさやぎこちなさは見受けられない。不仲なわけではなく、不慣れであっただけ。

 ならば切っ掛けさえあれば、すぐに打ち解けていつものように和やかに話していられる。


 その晩、シノギが帰ってくるまで、ふたりはこれまでの確執を溶かすように多くを語らったのだった。







「買ってきたぞ、リオトのスーツだ」

「スーツ? なんでまた」

「オークションにゃドレスコードがあるもんだからな。必要経費」

「なるほど。シノギは元からスーツだし、ティベルシアは」

「文字通りのドレスじゃな! 今すぐパーティにだって出席できるわい!」

「……というかカソック、駄目かな」

「知らね。けどまあ、物言いがついても面倒だろ、これ着とけって」

「わかったよ」



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