高い塔に夢見た景色 4



 昇りに昇って遂に三馬鹿、到着したのは九十階層。

 その手前の階段において、示し合わせたようにシノギとリオトの足は緩まり、止まる。


「こりゃ……」

「うん」


 その階段は血で汚れ、引きずったような跡が残っていた。

 今まで昇ってきた病的なほど汚れのない純白とかけ離れた、人の残滓だ。

 さらに、ベルがもうひとつ気づく。


「ふむ、気をつけろよ、ふたりとも。そこ、魔術的なトラップが仕掛けられておるぞ」

「ん、なんでい、どこだよ」

「巧妙な隠蔽がかけられているな、これなら魔物も気づかず突っ込んで来るだろう」

「おれも突っ込んじゃいそうだよ」

「どれ、わしが解除しよう」


 言うやいなや、ぱちんと指を鳴らす。

 それだけで、階段に仕掛けられていた罠の魔術は力を失い、その構成が溶け消える。

 ベルはそれに片眉を上げる。


「ふん? 使い捨てかの、解除対策が術式に付加されておらんようじゃな」

「まあ、こんなところだ、魔術を解除する輩もいないだろうし、手間をかける意味がなかったんだろう」

「しっかし、ま、ともかくこりゃ近いな」

「ああ、それは間違いないだろう。塔の洗浄機能が発揮されるのは日に一度。つまり、この血痕は二十四時間以内に付着したものだ」


 魔塔内部は一日一回、死した魔物やその臓物血液に至るまでを洗浄修復する機能が存在している。これの範囲は魔塔全域、各階層に外壁は勿論、階段も含まれる。

 変なところで神々の潔癖症が見て取れるシステムである。


 まあこの機能がなければ魔物の死骸で塔が一杯になってしまうので、非常に重要なことなのだ。

 まさか魔物の死骸でぎゅうぎゅう詰めとなって、産み出される魔物まで片っ端から圧死、なんて間の抜けた事態に陥るわけにもいかない。


 さておき、リオトの推量は間違っていまい。

 もはや射程距離内に、届け先のジグラト・コラプスはいるだろう。この塔昇りも、終着点が近いということだ。

 賭けに勝っているベルとしては、とっとと終えてしまいたいところ。正確な終点を暴いておこうと提案する。


「どれ、近いのなら魔力反応でわかるかの……って、おるぞ。人間の魔力反応がこの上にある。それに、これは……あ」

「あ、ってなんだよ」

「物凄く不吉なんだが……なにを感じ取ったんだティベルシア」


 神妙に問うシノギとリオトに、ベルはあっけらかんと答える。


「非常に強力な魔力じゃ、この波長は魔物じゃな。うーむ、これ、ジグラト・コラプス死ぬのではないか?」

「「馬鹿野郎、そういうことは早く言え!」」


 二重奏の怒声を叫びつつ、シノギとリオトは一足飛びで走り出した。階段を急ぎ駆け上った。

 そして辿り着いた空白の空間。

 魔物が犇めいているはずのそこは、倒れ伏す男と、憎悪滾らせる竜が一体いるのみ。


 はっ、とシノギは犬歯を剥きだして笑う。


「よーやく追いついたぜ、ジグラト・コラプス!」

「まさかこんな上層階にまで到達してるとはな。敬服する」

「ふは、こんな辺境にも達人はいるものじゃなぁ……って、なに這いつくばっとるんじゃこやつ」


 ベルの間の抜けた問いに、呆れた顔でシノギが指差す。ベルがその手に持つ魔刀を。


「忘れがちになるけど、『サエズリ』は人にも効くんだぞ」

「じゃあ相当苦しんでるじゃないか! 魔刀を収めなよ、ティベルシア!」

「いやそれも待て。見てみよふたりとも。竜じゃ竜。魔刀の囀りに苦しんでおるぞ」

「なにィ、嘘だろ。それでも竜かよ、根性見せろよ!」

「こらこら、根性見せられても困るだろう。確かに魔刀に苦しんでいるようだし、今の内に処理しておこう」

「ま、囀ってちゃお話もできねぇしな。とっとと邪魔者どけて、お仕事しようかね」


 シノギは腰元の魔刀『クシゲ』よりまた別に魔刀を引っ張り出す。

 本日二刀目の魔刀、『エニシ』――抜刀。


「『囀』に身動きできねぇんなら、いつかみたいに『縁』で縁結びして脳髄かち割るのが手っ取り早いか?」

「そうだな、急ごう。いつ魔刀に慣れて動きだすかもわからない。油断だけはしないように」

「――いや待て。間に合わんかった」

「なんだと」


 背から心地よい重さがすり抜けていくのを感じて、シノギはその悪瞳を下りたベルに向ける。

 その表情は真剣そのもの。そもそも、傲慢怠惰な魔王がその両足で立ったのだ、不穏の事態が押し寄せてきたと見て相違なかろう。


「ふん、腐っても産まれたてでも魔物の王。流石に侮れんわ」


 ベルは見ていた。竜が体内から魔力を生成し、周囲のマナを食い散らかしているその様を。

 外圧たる魔刀の干渉を、内側から魔力を練り上げて身を覆うことで耐性をつけようとしている。


 おそらく数秒もなく、竜は対抗術式を作り上げ、魔刀『囀』を克服してしまうだろう。

 シノギもリオトも、ベルの見立てに異を挟むことはない。それが事実と受け入れ、前提として残る時間で対処を話す。


「ち、じゃあやっぱり真向勝負かい」

「難敵だな」

「なに、そう困ることでもあるまいよ」

「あ? なに言ってんだ竜だぞ、最強の魔物だぞ。前回だってだいぶ苦労したし、正直逃げてぇ」


 おちゃらけて本音をこぼすシノギに、ベルは確固とした理屈を持って毅然と澄まし顔だ。


「いやなに、以前と今では三つ違う。

 ひとつ、わしがどれだけの術を制御できるか判明しておる。それに、塔内では楽をさせてもらったでの、魔力は充分にあまっておる。

 ふたつ、僅かとは言えこうして事前に策を共有できる。

 みっつ、これがなにより重要じゃ――わしらが既に気心知れておる」


 にっ、とベルにしては珍しい悪ガキのような破顔。

 シノギは成程と共犯者のように笑い、リオトは困ったような苦笑を漏らす。


 いつだったか、はじめに何も言わず飛び出したことを思い出し、ちょっと複雑なのだ。

 今回はそんなことはしない。三人協力して、足並み揃えて共に戦う。

 我ら三位一体、一蓮托生、連理の奇縁なのだから。


「リオト、剣を」

「ああ、頼む」


 ベルの短い一言に、当たり前のように剣を差し出す。

 リオトは剣に術を付与して斬り結ぶタイプ――以前は知らなかったこと。だから提案もできなかったこと。今は違う。

 リオト自身が付与するよりも、ベルのほうが魔術に卓越している。だから適材適所、魔王が勇者に祝福を与える。

 

「“汝、竜殺しの栄誉を言祝ことほぐ”」


 ふわりとリオトの剣が輝いて、魔力が染み込んでいく。

 ベルの選んだ術は竜殺しの祝福。対竜においてのみ効力を発揮する毒素の付与である。無論、剣そのものの切れ味強化も混ぜ合わせ、その刃はこの時、確かに竜殺しの刃となる。

 術の付与を終えれば、続きベルはシノギに一言。


「さてシノギ、以前と同じでトドメはおぬしじゃぞ」

「ああ、わかってんよ」

「よし、ではわしを信じて突っ込め。道はわしが整えよう、脅威には盾を用意しよう。ただし仕留めるのはおぬしの刃じゃ、違えるなよ甘えるなよ」


 そんな激励に――内心では気後れしてしまいそうになるけれど。

 強気で包み隠し、笑みで恐怖を殺して、啖呵を切ることで逃げを棄てる。

 シノギはその命を懸けてありったけの格好をつける。


「当たり前! いくぜリオト!」

「うん、行こうか、シノギ」

「お手柔らかにな」

「そうか、まだダンスは苦手か」

「そりゃな。あんたの相方なんて骨が折れて仕方ねェ、リードしてくれい」

「了解。自由に踊れ、俺が合わせる」

「手とり足とり頼んまァ」


 そして風竜が開幕の咆哮を上げ、ふたりはそれを合図とばかりに揃って踏み出した。





「まずは翼だ! 風竜の翼は空気を掻き乱し、あらゆるものを斬り裂く斬撃を生む」

「んじゃ、右だな!」

「わかった左に行く!」


 散開。リオトとシノギはそれぞれ左右に別れ、一直線に竜に向かう。

 風竜は既に『囀』の阻害音を克服している。動作に不備なく迎え撃つようにしてその巨身を前進。

 鈍重そうな見た目に反し、動き出せば素早い。三歩で間合いを潰し、その両手の異様に伸びた鋭爪を斬撃する。


 速い。が、単調。

 ふたりを同時に攻撃しようという浅はかが故の粗雑が目立つ。

 二兎を追う者は一兎をも得ず。


「人の諺を覚えて出直して来な!」


 ひょいと、シノギはステップひとつで爪撃を回避。その先にある翼を見据える。

 だがそこで失態を悟る。


「げ」


 既に翼が振りかぶられている。

 爪は避けられることを前提に置いた牽制。本命は両翼の風の斬撃か。


 だがそれは同時にチャンスでもある。狙う翼がわざわざ刀の間合いにまでやってくるのだから。


「っ!」


 瞬間の逡巡の末、シノギはさらに前へと踏み込んだ。逃げず、逸れず、立ち向かう。


「ええい、ベル! 信じるからな!」

「任せよ!」


 振り下ろされる翼撃は風圧を生み出し、その風が魔力を得て首刈る不可視の刃と化す。

 魔術ですらない小技、けれど竜の余技は並みの中級魔術に匹敵する。

 恐るべきはその範囲。巨大な翼が呼ぶ風はこの広い室内全域に及び、すなわちこのフロアの全てを斬り刻む小さな嵐となる。


 無論、真正面から直撃するシノギに回避の余地などなく、防御の術もなし。

 彼ひとりには。


「『根こ削ぎ落としの悪食オルート・バーゼブル』」


 それは魔王ティベルシア・フォン・ルシフ・リンカネイトの得意とする干渉の魔術。いつかの竜との対決にも活用した魔術。

 直接的な威力はなく、その効能は目にも見えない。だがおぞましき魔王の術技、その真価は確かに驚嘆に値する。


 その魔術は――空気中に行き渡らせ、風に斬性を与える魔力を食らい尽した。

 よって、残るは翼に押し出した純粋な物理現象の強風だけ。

 吹き飛びそうになる。圧されて屈しそうになる。

 けれどそれだけ。シノギは生きてる。留まっていられる。


「っ! コノ……っ!」


 暴風に吹き飛ばされそうになるのを、地面と結んだ縁と繋がることで耐え忍ぶ。腰を低く、魔刀を抱き、床との結び目を支えに通り過ぎるのを待つ。

 風はいずれ必ず過ぎ去るもの。

 シノギはなんとかやり過ごし、即座に跳び上がる。刃を振るう。

 邪魔な巨翼を斬り裂いた。


「グォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 だが薄膜とはいえ竜の身の一部、思った以上に硬く分厚く両断とはならない。

 それで充分。穴あきの翼では風を掴めない。羽ばたく意味を奪えれば充分。それと。


「縁は結んだ――あとは手繰るだけだ。リオト! そっちは!」

「問題ない」


 他方、リオトの側では、竜の片翼が完全に叩き斬られていた

 魔王の付与強化、勇者の剣技、合わさって斬れぬものなどありはしない。


「竜殺しで斬りつけたから、動きが鈍るはずだ。シノギは今のうちに『縁』の調整をしてくれ!」

「わかってる、あんたも死ぬなよ!」

「大丈夫。ティベルシアのフォローがあって、シノギのトドメを期待できる。こんな舞台でしくじれるものか」


 後退するシノギに代わり、リオトは竜の正面に立ちふさがる。

 風竜は知っている。この人間の持つ剣は危険であると。

 触れるだけで灼熱の苦痛をもたらし、斬れば竜鱗すらも貫いて命に届く。

 引っ掻くだけの雑魚は捨て置いてでも、この人間は滅ぼさねばならない。


「ふ」


 リオトだけを警戒し、その眼光を絞る風竜に、薄く笑みが零れる。それこそこちらの思う壺である。

 竜殺しの祝福、敵愾心てきがいしんとヘイトを煽るには最適の付与だったらしい。魔王の術選択は無駄も違えもない。


 リオトだけを狙ってくれるならば言うことなし。もっぱら時間稼ぎが彼の役目なのだから。

 これ見よがし、露払いのように剣を振るう。

 一瞬、風竜はそれに目を奪われた。


 その頃にはリオトは突貫していた。

 僅かに左に傾き、右腕をぴんと伸ばす。握る刃を真っ直ぐ地と平行に構え、その剣身を余すところなく見せつける。

 竜は惑うことなくリオトを狙う。剣は危険だが、仕留めるべきはそれを操る者だ。


 だが翼を失った風竜では、爪を繰るしか攻撃手段もなかろうが。

 否だ。

 竜は長い首をぐるりと捻り、狙いをつけて――呼気を吐き出す。


 それはただの吐息。巨体がために強い風となるが、それだけ。だが風竜にとって、それだけで充分な殺傷力を備えることとなる。

 羽ばたきと同じ要領。吐息を魔力で染め上げ、吐き出すそれに斬撃の性質を与えた『風彩大息エアロ・ブレス』。


 翼風よりも範囲が絞られ収束し、ゆえに破壊力で上回る。

 掠るだけで巨木を切り倒し、直撃すれば鋼鉄を細切れにする。

 リオトはそれを知っていて、しかと見極め、叫ぶ。


「ティベルシア――!」

「むっ」


 その一言で、後方で練り上がった魔力反応が霧散する。

 ベルが構築していた防御の術を取りやめたのだ。正直、ここで制止をかける理由が、ベルにはわからない。

 けれど構わない。信頼し合った関係に、何故の問いは不要。リオトがそう言うのなら信じるだけだ。

 信頼には応えねばならない。


「以前とは、違うんだからな」


 そうだ、以前とは違う。

 今回、リオトは武具強化に魔術を使用していない。ベルに賄ってもらったからだ。

 なればこそ、彼はまだひとつ、魔術の行使が可能である。

 息を吐き、吸い込む――「一呼吸の魔術ワンブレス・マジック」。


「“汝、風雲なる剛脚たれ――『一足飛びの軍靴アヴァンティ・シュリット』”」


 歌う魔力がブーツに宿る。

 その魔術の効能は単純明快。脚力強化による加速と蹴打向上が術の全て。

 それで充分。

 リオトは一歩の横っ跳びで吹き荒ぶブレスを避ける。いとも容易く。


「グゥゥ!?」


 一見して不可視ゆえに避け切るのは困難と思われるが、実際は収束したその呼気は範囲が狭まる。それを正しく知っていれば、実は『風彩大息エアロ・ブレス』は防御よりも回避が有効だ。

 首を回して射出口を誤魔化しても、撃ちだす瞬間の魔力の巡りを見逃すリオトではない。

 無論、ブレスという大技を撃った直後の隙も。


「見逃すつもりはないぞ、風竜!」


 だん、と地を蹴り飛ばす。

 休憩を挟んだとはいえ、魔術補助があるとはいえ、九十もの階段を駆け上がり続け、なおその脚力に衰えはなし。鍛え上げた足腰、肉体はどんな時でも意志に従い思い通りに稼働する。


 跳ね上がるように飛び掛かれば、即座に斬撃の間合いまで届く。

 切っ先三寸、綺麗に物打ちだけを駆使して斬撃。竜鱗を裂き、肉に届き、斬傷を残す。

 そして竜殺しの祝福が毒となって魂を侵す。斬撃自体は掠った程度でも、苦痛だけは腹を抉られたような激痛となって竜を襲う。


「グゥゥッゥゥゥオオオオオオオオ!!」


 苦鳴が漏れ出た頃には、リオトの身は既に離れている。ヒットアンドアウェイ。不必要に竜の巨体と隣接していたいわけがない。敵の反撃を考慮しないはずがない。


 なにより、これは時間稼ぎ。

 痛みに悶えてもらう程度にチクチクと地味に嫌がらせを繰り返し、こちらに憎悪を向けて欲しいところ。注意だけ惹きつけたら、あとは回避に徹してシノギの完了を待つだけでいい。

 だから。


「グォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 風竜がブレスをリオトにだけ向けて連打してくるのは好都合でしかない。

 対処を知るブレスなど、リオトにあたるものか。怒りに濁った無軌道が正確性を持つものか。


 勇者は風と踊り、風に舞う。

 正しきダンスの相方を待って、ひとり見えない風を束の間のパートナーとして乱舞し続ける。

 靴音を鳴らし、身を翻し、風を知覚しながら踊る。踊る。舞い踊る。

 それこそ自由な風の如く、留まることもなく鮮やかに奔放に、一切のブレスを避け切る

 然程もなく、それは来る。


「よし、そろそろだ! リオト、今回はあんたに頼むぜ、デカブツの口、かっぴらいてくれ!」

「任せろ!」


 待ってましたとリオトは請け負って、タイミングを見計らい動きを変える。

 ブレスの回避を成功させた、その直後に変動。変転。切り替える。

 回避一辺倒から反撃へ。奔放な風の舞から激しき雷の一閃へ。


 それは絶妙のタイミング。


 ブレスを吐き出した直後であり、連撃の息継ぎの瞬間である。その上、回避に専念するリオトに躍起になっていた頃合で。

 完全に空隙を衝いた回避不能の死に体を狙い澄ました――投擲。


 リオトは踵を軸にぐるりと身を捩じる。腰を捻り、腕を引き絞り、一瞬間停止する。

 転瞬、急激に反転。

 全身のしなりを利用して、身を螺旋させ、手首から指先まで意識して、その勢いを全て注いで剣を投げる。射出する。


 鋭く、鋭く、鋭く。

 流星の如くに剣が飛ぶ。飛来する。

 乾坤一擲、剣射刺突の一撃は狙い過たず風竜の顎下に突き刺さる。

 刃の突き立つそこは顎下、竜に一枚だけ生える逆さの鱗――逆鱗げきりんである。


「グォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!?」


 逆鱗に触れるどころか貫いて、風竜は死にそうな悲鳴を上げる。想像を絶する苦痛に悶絶し、大口開けて絶叫し続ける。


 逆鱗とは竜にあるという数少ない弱点のひとつ。

 神経が集中しているために痛覚が非常に敏感となっているとされる部位。触れるだけで激高するとされ、触れた者は絶対に許さず地の果てまで追いかけてでも殺すと言われる。


 その上で竜殺しの祝福からもたらされる痛みも加算され、竜がどれほどの四苦八苦に苦しんでいるのか。灼熱の火炙りのように、針山の抱擁のように、現世において地獄を体験していることだろう。


 もはや戦いに集中できようはずもなく、隙だらけ。

 これにて要請には応えた。違えることなくシノギの注文は完遂した。

 ならば。


「おれも、間違いなく終わらせねェとな。

 我が六の魔刀が一刀――『結線魔刀ケッセンマトウエニシ』、その魔威をここに結べ!」


 そしてシノギが『縁』を放り投げ――魔刀は疾走する。

 以前と違うことは多い。けれど、変わらぬものもあるのだと――結ばれた奇縁は同じ結末を届ける。

 それで、この戦いの決着は着いたのだった。


    ◇


「ん……なんか、なんだろ」


 死骸となって倒れ伏す竜を見下ろし、シノギは頬を掻く。どうにも、飲み込めない違和感がこびりついているような気がして、納得いかないことがある。

 だが、それをわかりやすく言語化できるほどに正体の尻尾も掴めていない。曖昧に、問うようにして、ふたりに振り返る。


「違和感あった気がするんだけど」

「竜が、ほとんど魔術を使わなかったな」

「あぁ、それだそれ」


 通りで以前よりも簡単に打倒ができたわけだ。

 即答した手前、リオトは最初から気づいていたようだが、その理由は?

 悪瞳な目線で訴えると、ベルが手元のそれを掲げて答えた。


「種はこれじゃよ」

「ん、あ、そういや『囀』使ったままか」


 シノギの魔刀、今はベルが強化のために貸し抱いている魔刀、『騒征魔刀・囀』。


「それがなんだよ、レジストされちまったんだろ?」

「いや、効いておったよ。これが囀っておる限り、対抗術式を常に回さねばならん。余力を削ぐには丁度良い」

「あーなるほど、それで魔術に集中力を割けなかったわけか」


 魔術に伴う集中力は膨大で、戦闘中にそれを並列するだけでも大したものだ。竜はシノギとリオトと肉弾戦をこなしながら、羽ばたきや吐息に魔力を通しながら、かつ魔刀に抗う術式を即興で維持し続けた。

 三つ同時に並行し、その上で魔術を使うような余地は残っていなかったのだ。よって、かの竜は術なく戦い――敗れた。


「まあ、それはティベルシアのほうもだろうけどな」

「え、なに、そうなの」

「ふむ……やはり気づいておったか」


 今更ながら、ベルは魔道具の干渉強化という規格外と、リオトの剣に魔術を付与、そしてフォローに魔術を並列しておこなっていた。弱体化した身の上でだ。

 それは驚嘆に値すること。それは信じがたい技量の成果。


 現在のベルの薄弱なる身をして――おそらくだいぶ無理をしているはずなのだ。


 リオトはそれに気づいたからこそベルの助力を必要ないと断って、現状維持に努めてもらったのだ。

 真相を知ると、シノギはなんとも微妙な顔つきになる。バツが悪そうに、ベルに言葉を向ける。


「……なんか、悪かったな。知らんで助け、求めちまった」

「なに、わしは手助けができてうれしかったぞ。むしろリオトよ、信じたが、助けてやれなかったことは忸怩であったわい。心配される程度の力不足が口惜しく、見くびられておるのが悔しい。助け合ってこそ、三人でおる意味があろうに」

「いつも助けてもらっているさ。見くびってなんかいない。ただ意地を張れる時くらいは、張らせてくれよ」

「男の子じゃのぉ」

「ま、おれのことはがんがん助けてくれや。おれも、できるだけ助けてやるからよ」


 努めて冗句と聞こえるように、けれども真摯に、シノギは笑うのだった。


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