籠の小鳥が囀る歌は? 1



 囲まれ囲まれ 籠の中

 いついつ出遣ると囀って

 空の明かりの消えた頃

 友も家族も 零れ落ち

 背に負うそれは 翼かな 


      ――囚人たちの慰みうた




 心地よいはずの午後の日差しはやや弱く、それは空の青さを狭める都市を囲う塀のせいだ。

 その塀は外敵から守るというより、内部の者を閉じ込めるという意図が感じ取れる。盾ではなく鉄格子、冷たくつなぎ留める鎖にも似た塀だ。


 それもそのはず、この不自由多き都市「トピアリー」は元は監獄都市として設計され、多くの犯罪者たちが集められ収容された大規模な檻である。


 それが数十年前に近くで起こった災害の避難所として、罪なき民の仮住まいという名目で開放された。

 だが一時的な仮屋という想定は瓦解した。


 かの災害は禍々しく、広域で、なにより悲惨だった。避難民の多くが住まった地域はもはや人の立ち入れる場所ではなくなり、行く当てもなくなってしまったのだ。

 その結果、収容所の機能は一部を残して大幅に縮小され、避難民が定住することとなる。

 

「面倒なのはここからだ。元々が監獄で、そこを自治支配していたのは当然ながら監視員、看守の類だ。言っちまえばお堅い割に暴力で解決するような脳筋。まあ荒くれどもを抑止、制止、監視するにゃ適材だろうが」

「村を失い、悲嘆に暮れた人々の上に立つには向かないだろうな」


 ――夜になったら郵便しようと思う。


 シノギはそれだけ告げてから、都市のオープンカフェにて優雅に午後のティータイムを頂くことにした。

 リオトとベルのふたりは肩を竦めて同席し、テーブルに腰掛けてシノギの話に耳を傾ける。

 この都市の逸話であり、不満の陳情だ。


「ああ。たとえばひとつアレなエピソードがある。看守どもが避難民の定住に際して一番にやったことがあるんだが、なにかわかるか?」

「囚人の数減らし、じゃろうな」


 ベルは甘い声音で凍えたリアルを述べる。

 数が増えた以上は減らす必要があるという単純明快な算学。人の命を数字と捉える冷徹な思考回路。


 シノギはウンザリした感情を存分に乗せて頷いた。


「信じられるか? 囚人とはいえ死刑するほどでもねぇ奴らを、まとめてぶっ殺しやがった。数量調整とか嘯いてだぜ」

「……だが、それは仕方ないだろう。誰を生かし、誰を殺すか。そういうのをシビアに考えるのもまた政治だろう」

「かもな。まあそこまでは賛否わかれるが公然と咎められることじゃねぇ。その後だ、アレなのは」


 まだここまでならば、シノギだって嫌悪を決めつけたりはしない。胸糞悪い話ではあれ、他所の過去の出来事だし、口出しなんかしやしない。

 けれど、それ以上に嫌気の差す出来事がかつてこの都市であったのだ。


「殺した囚人どもを、避難民たちに土葬させた」

「は?」

「どういうことじゃ、それ」

「曰く」


 ――これからここで暮らすに際し、食糧の不足は最初にして最大の難関となろう。我らに農耕の手腕は乏しいゆえ、あなた方のお力添えが必須となる。これは肥料だ、我らの餞別として受け取ってほしい。


 シノギは言い終えるとともにうっすらと笑う。彼は不機嫌な時でも笑う。その目つきの悪さと相まって、酷く酷薄な笑みであったが。


「阿呆だろ?」

「紛うことなくな」

「吐き気がするわい」


 三人揃って不愉快そうに吐き捨てる。


 きっと、長く犯罪者たちと同じ空気を吸い、そして暴力で取り押さえる万能感に酔いしれて、看守らはみな腐っていったのだ。狭い都市で蓋されて、風通しも悪くて、そうして徐々に腐敗していったのだ。

 監獄という特殊極まる狭い世界を、この世全てと勘違いしてしまうほどに。


「んで、そんな阿呆どもだ、もちろん合議もなにもなく一方的な支配がやってくる。外から来た負い目とか、そもそも戦力的に圧倒的に看守どもが上で、避難民は従う他ないわけだ」

「だからこの都市は」

「ああ、そういう下地の上に発展して、なら結論は火を見るよりも明らかだな?」

「階級制度の著しい――否、繕わず言ってしまえば囚人どれい看守しゅじんの都市ということじゃな」


 一部の特権階級だけが支配し、それを除く全てが平服する社会制度。

 さすがに囚人奴隷、主人看守という呼称だけは避けて、下民と上民という括りで区分され、その地位は断絶されている。

 下民は生まれた時から服従と貧困を強制され、上民は生まれた時から権力と金を約束される。


 都市という体裁だけを繕った、ここは未だに監獄であった。


「だからこそ、外部との接触も極力断ってて、監獄時代からある強力無比な結界が断絶してる。入都だけでもだいぶ苦労する。まず通行料高ェし武装してたら奪われるし、検問厳しくて用事まで問われて内容如何では門前払い。どこの閉鎖国家だっての」

「だから――魔術でこっそり無断侵入したと」

「おう」


 シノギはなんとも清々しく歯を見せ笑った。

 実は以上、長々とシノギの語っていたのは言い訳である。


 リオトは選んでカソックを着衣し続けるだけあって善性に寄った性格で、正義感に溢れた好青年である。そのため、友人が悪いことをしたら叱って諭す。説教並べて殴ってでも間違いを正そうとする。

 そしてシノギは彼の真っ直ぐすぎる説教が非常に苦手であった。目を背けたくなるほどに眩しいと思う。


 だから、今回の悪行には理由があるのだと主張して、言い訳を先に述べることを許してもらったのだ。

 ちなみに、言い訳している悪行とは、言ったように無断侵入である。



    ◇



 トピアリーの都市に踏み入るに際し、シノギは初手からベルにこう言った。


「なんかこう、姿を見えなくする感じの魔術頼むわ」

「相分かった」

「ちょっと待て!」


 こういうところノリのいいベルは即答して術を執行。

 こういうところ生真面目なリオトは即刻に猛反対。


 とはいえ門前で言い合うのもよろしくない。というか術は既に発動され、三人は目に見えぬヴェールに包まれ不可視となっていた。そしてシノギとベルは門番たちの目を掻い潜ってさっさと侵入しようとする。他の訪問者の列を無視して、検査中の兵士たちを通り越して、素早く門へと忍ぶ。


 リオトは、あらゆる言いたいことを飲み込んで追いかけるしかなかった。あとで言い訳をするという言葉を信じて。


 ――だが次の瞬間にバレた。


 ゥウ――――!


 と、得体のしれない怪物の唸り声のようなブザーが響き渡る。けたたましく騒がしく、この都市中に轟けとばかりに警戒命令の音色が大音量で劈く。


「警戒網に感あり! 繰り返す、警戒網に感あり! 侵入者だ!」


 即座に門番たちが伝達を叫びながらも周囲へと警戒を向ける。臨戦態勢に移行する。


 見えず感じえないなんらかの結界のようなものがあったらしい。不可視のヴェールで覆っても、無許可で踏み込んだ時点で反応する仕掛けのようだ。

 この時間帯、門下なら内外断絶の結界は素通りできるはずと聞いたが、それと別にここまで鋭敏な感知結界を伏せていたとは想定していなかった。


 続けざま門扉は落ち、都市と外界は分断される。断絶結界が作動してこの都市は隔離される。

 侵入者が未だ外ならもはや忍び込むことは叶わない。

 だが。


「ほう、万全でないとはいえわしの隠身を暴くか、なかなか高度な術式が敷かれておるようじゃな」

「元が監獄だからな、そういう探知探索はお手の物だろ。特にひとつしかねぇ門の出入りにゃ敏感で、徹底的に対策してるだろうしな」

「わかっておるならやらせるでないわい!」

「あんたならできるかと思って」

「むっ、むぅ」

「まあなんにせ、ここまで踏み込めただけ上首尾だろ、走るぜ!」


 三人はすでに都市内。わらわらと集まってくる警備兵たちを尻目にさっさと退散してしまう。

 不可視の術は感知結界は誤魔化せないが、人間の視覚は騙しおおせる。集結する兵士を素通りし、逃げ足早い三人はそのまま行方をくらませた。


 そして幾らか走って、兵士の囲いを潜り抜けて。

 落ち着いた段階で、リオトは我慢をやめて声高に非難を叫ぶ。


「完全に侵入者! 犯罪だぞ、なんてことさせるんだ!」

「言い訳するから待て。あ、ちょうどいいし、カフェ寄ろうぜ、ノド乾いた」

「わしも賛成じゃー」

「ちょっ!」



    ◇



 と、そんな経緯でこうしてのんびり茶を飲んでいるというわけだ。


 ちなみに三人の会話の一部始終はベルの魔術でかき消されて外には届いていないので、情報漏えいはない。果てはシノギとリオトの腰にく刀剣の武装もまた不可視にされて、見た目で彼らを取り締まる理由もない。


 無警戒に油断するわけにはいかないが、焦って身を隠す必要もない。こうしてオープンカフェで一服できる程度には三人、余裕があった。

 そしてシノギは最後にこれだけ言って言い訳を締めくくる。


「おれも本当はこんなことしたくなかったけど仕方なかったんだ。郵便屋として手紙を届けないと死んじまうんだ」

「はぁ……」


 だいぶ空々しいシノギの発言である。

 とはいえ、語られた事情を鑑みれば、確かに正規の手順では門を潜ることは困難であっただろう。


 それに、今回の郵便依頼は善行であると知っていて、ならばリオトもそう咎めるに忍びない。

 ふとベルが口を開く。実は依頼内容を知らない、知る気のなかった彼女であるが口を噤むリオトを見て気になったらしい。


「しかしこんな閉鎖された都市でどこの誰から郵便の依頼なんぞあったのじゃ?」

「昔昔、ここで世話になったとかいう旅人が、ある恩人に借りてた金と恩を返してぇんだとよ。んで、お礼の手紙をしたためたわけだ」

「それは、すごくいい話じゃな」


 こんな監獄が如き都市にも善人はいて、それを忘れず返礼をしようとする者がいる。

 なるほどリオトが好みそうな話だ。


 ここまでは。

 ここからはむしろリオトの嫌いそうな話になっていく。そのためまだリオトにも語っていなかった続きの事情。


「けど問題がある。今回の届け人ってのが下民の花嫁さんらしい。近々婚姻するってさ」

「めでたいじゃないか、なにが問題なんだ」

「それは花嫁の心持によりけりだな。なにせ、今回の結婚は上民権力者が美しい野花を摘んでお家で愛でようって話らしいぜ」

「金と権力に物を言わせて無理やり、か」


 嫌悪露わなリオトは、そうした曲がったことが大嫌いな男。

 一方ベルは別段、感じ入ることもなく現実的に語る。彼女は既視感ある出来事にはあまりかかずらない。


「よくある話じゃ。考えようによっては悪くなかろう。権力者に見初められたのじゃ、その一族に入ることになる。家族そろって養ってもらえるし、下民な立場から一発逆転といいこと尽くしではないか」

「けど、望んでいないなら、よくないだろ。結婚っていうのはそういう打算じゃないはずだ」

「んなこと言ってもおれたち無関係だし、そこはもうよくある悲しい出来事のひとつとして流せ」


 リオトの正義感は正しいし、その義憤はまこと有り難いことだろう。

 とはいえ、そこにばかりこだわって話を止めても進まない。赤の他人の三人にはどうしようもない。シノギはやや強引に進める。

 それに乗っかる形でベルは続きを促す。


「して、問題とは」

「権力者の花嫁だから、会わせてもらえん。外出もたぶん禁じられて、籠の中の鳥な状態」

「あぁ、手紙をどう届けるか、じゃな」

「馬鹿正直にお宅に手紙を渡しても捨てられるだけだろうし、本人は広い屋敷の奥だろうし。そもそもこういう都市だ、無駄に警備が多い。反発する下民がでてもいいように制圧の準備も常々してあるから、武力行使されると面倒だ」


 そもそもシノギたち三人は不法侵入者である。

 面は割れていないが、下手に騒ぎを起こして露見すればこの都市の法律に則って死罪となる。


 ちらと目を向ければ、物々しく武装する兵隊は通りを巡回しており、嫌に鋭く周囲を睨みつけている。

 常に下民たちを監視抑圧し、一切の反抗の芽も許さない。監視者と囚人という図式は、昔からなにも変わっていない。


「本当に、監獄だな」

「ビビッてんのさ」

「して、どうするのじゃ?」

「押し入り郵便しかねぇな」


 あっさりと言ってのけるシノギに、リオトは尋常ならざる不吉な予感を検知する。

 単語の不穏さも、シノギの笑顔も、その予感を確信へと後押しする材料にしかならないから困ったもの。


 というか、この手の予感に関し、シノギとベルが相手であった場合において外したことなど残念ながら一度もない。

 しかし今回こそが一回目とならんことを祈り、リオトは暗中で手探りするような慎重さで問う。


「……名前からして物騒極まるけど、念のため聞いておこう。それはどういう郵便の方法なのかな」

「屋敷に力尽くで忍び込んで邪魔する奴は蹴っ飛ばして目当ての届け人まで辿り着く」

「はいアウト! 犯罪だから、それどこからどう見ても犯罪だから!」


 案の定、激しくツッコむリオト。よくないことをよくないと言える男である。

 不真面目なシノギはうるさそうに片耳を塞いで言い返す。


「じゃあどうするんだよ、否定するなら代案だせよ」

「え……じゃあ、あれだ。結婚が済んでからなら……」

「駄目ー、今回の依頼は時間指定がついてる。結婚を待ってる余裕がねぇ。というかおれたち追われてるんだぜ、悠長にしてたら捕まるわ」

「む。なら、あー……」


 それでも反論を探そうとするリオトに、シノギはため息とともに告げる。


「ていうかな、実はおれに依頼する以前に依頼人は別な方法で手紙をだしたらしい。するとだな」

「すると?」

「警備が強化されましたとさ」

「おい」

「つまり端から荒事を依頼されてんだ、今更ぐだぐだ抜かすな」


 そういう依頼で、それを引き受けて、そうしてここにいる。

 もはや選択の余地はなく、穏便に事を済ませることはできやしない。無断侵入の件からしてシノギが事を荒立ててでも手早く済まそうとしているのは、もはや開き直っているかららしい。


 リオトが不服そうながらも口を閉ざすと、今度はベルが代わって話を続ける。


「警備が強化されたというが、はて、どういう具合じゃ?」

「……後で下見に行くからそこで真偽の確認はとるが、聞いた話じゃ護衛が雇われた。おれでも知ってる、外で名の売れたフリーランスの傭兵ノーマン・イェスズってやつだ」


 フリーランスで名の売れたという、その時点で相当の実力があると証明されている。

 しかも雇ったことを秘さずに、むしろ公表しているのはその名でおののく者が多いとわかっているから。情報が知れる損失よりも、恐怖に怯える公算のほうが高い。

 そういうネームバリューが、ノーマンにはある。


「通り名は『重複矛盾ソシルド・サイコ』、奇妙な神遺物しんいぶつを使うらしい。詳細は知れてない」

「ほう! 神遺物アーティファクト、それも奇妙な! 実に興味深いのぅ、気になるのぅ!」


 急に満面の笑顔を浮かべる幼女。今までの気だるげで冷めた調子も吹き飛んで、銀瞳がきらきらと輝いている。


 彼女は既知を退屈とするが、逆に未知となれば愉快と望む子供のような好奇心を目いっぱい残していた。無知の飢えを癒す快感にとらわれた知識欲の権化である。


 その彼女をして興奮露わになるもの――神々が遺した超常なる魔術的アイテム神遺物アーティファクト

 其は形をもった奇跡、神威の化身、小さき神。


 現代の人類の知能技能では不可思議の坩堝、意味不明のブラックボックスに等しい未知の結晶だ。ならばこそ、ベルの喜色は満面でぐいぐいと話をせがんで来る。知らないことを知りたいのだと。


「して、して? なにが奇妙なのじゃ、どんな効能なのじゃ? 年代は? 作成した神は?」

「知らん。噂話を耳にしただけで、べつに調べたわけでもねぇ」

「ち、使えんやつよの」

「あんた時々すげェ偉そうだよな!」

「ふ、高貴にして傲慢の王であるがゆえ仕方ないのじゃ。許せ」


 笑うベルに、シノギはなんともなにも言えなくなる。

 こういう奴で、なにを言っても無駄なのは長くなくとも浅くない付き合いでわかっている。

 仕方ない奴だとため息のように、シノギはいう。


「とりあえず、今回は届けもんが終わったらその足でとっととずらかるから。そのつもりでな」

「すごくコソ泥っぽくて情けない……」

「まあ、こんな退屈そうな都市、長居は無用ということじゃな」


 ベルもまたカップを両手で包むように持ち上げ優美にひと吸い。

 あぁ、こんな都市でも茶は美味い。



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