空から降ってきてなにが一番怖いか



 空から降ってきてなにが一番怖いか知ってるか?

 雨? 槍? 火の玉?

 まさか! そんなのてんで怖くもないさ。

 一番怖いのは決まってる。竜が降ってきた日にゃ一目散に逃げなきゃいかん。

 なぜってそれは――


                   ――神代の故事




 ――それは高高度上空での出来事。


 ある天上空域において、一匹の属性竜が飛行していた。

 雲一つない青空を悠々と羽ばたき、まるで天上から地を睥睨へいげいする支配者のように遊覧している。


 空は彼ら竜の領土だ。

 翼持つ存在はこの世に数多おれども、最も力持つ存在は竜をおいて他にいない。

 誰よりも堂々と空を舞い、目障りなものがあれば蹴散らす。天上の暴君とも呼ばれる所以だ。

 しかしてその日、王は失墜する。


 ――星が瞬いたのだと、その属性竜は思った。


 そして彼は墜落した。



    ◇



「なんでいなんでい。やけに騒がしいじゃねェの」


 ある小さな村を訪れたときのこと。

 腹ごしらえと適当な食事処の暖簾をくぐれば、そこは満員満席の大渋滞となっていた。

 こんな片田舎にどうしてまたと、首を傾げながらも三馬鹿一行は数十分待って、ようやく声がかかる。テーブル席は全て埋まっているらしく、案内されたのはカウンターだ。


 三人並んで揃って座る。座ればすぐに愚痴交じり、シノギはカウンターの向こうのマスターに声をかけた。

 マスターは苦笑しながらも驚きのほうが大きく、瞠目して問い返す。


「お客人、知らんで来たんですかい」

「知らんてなにを」

「竜ですよ、竜! 竜が空から降ってきたってんで今ここいらじゃ大騒ぎでさぁ」

「へぇそりゃまた奇妙な天気だな」


 晴れ時々竜とは、予報士もビックリな悪天候だろう。

 マスターはきっと今日何度もしたであろう話をうんざりした風もなく楽しそうに語る。


「一週間くらい前ですかねぇ、なんの脈絡もなく村の端に空から竜が降ってきましてね。結界突き破って路上にですぜ? もちろん、即死してましたが、流石に竜の頑健さで原形はきっちり留めてたんですよ」

「んで、物珍しさに噂が広がって人が集まってきたって?」

「その通りでさぁ」


 通りでこんななにもない小さな村に人の多いこと。

 それに堅気でない風情の輩が多いのも頷けた。竜の死骸は素材の宝庫。まあ強奪なんて物騒はおこらないと思うが。


「その死骸どうすんだよ、展示品にして飾るのか?」

「いやいや、売りにだすって話でさぁ。なにせ竜ですからね、いい値がつくでしょうや」

「ふん、じゃあ今は品見せの段階か。ま、一番堅実な安全策だわな」


 売りにだすと前もって告知されている――強奪がないと踏んだのはそれ。

 人が集まりすぎている。情報が流れすぎている。

 この状況で無理に横取りしようものならどこから恨みを買うかわからない。どうしたトバッチリを被るかわからない。

 正規に買い叩いたほうが安上がりに安全に済むのだ。


 不意に会話の隙間でリオトが問いを発する。


「墜落の際に怪我人はでなかったのか? 結界に影響とか」

「神父様は慈悲深くてありがてぇ。そこらへんは問題ないらしいですぜ。道端でしたし、明け方のことで出歩くもんもいませんで」

「そうか、それはよかった」


 リオトとしては此度の話、興味ある点はそれだけだった。

 割とどうでもよく、被害ないなら首を突っ込む気もない。

 シノギもまたあまり面白みは感じていないらしく、それより切実に寝床の心配が先んじる。

 

「んじゃ当面の問題は宿屋だぁな」

「あぁ、そりゃ苦労するかもなぁ。今じゃどこも部屋が埋まっちまってるでしょうしね。なんなら別に他の村を早めから目指して出立したほうがまだしも確率があるかもしれませんぜ。隣村はまだ近いほうですから」

「そりゃアドバイスありがとよ。とりあえず宿屋巡って、駄目ならそうすっかねぇ――で、注文いいかい?」


 空腹でこの店にたどり着き、混雑に待たされたこともあって、もう腹と背中がくっつきそうだ。





「で、ベル。なんか考えてたな、なんだよ」


 腹ごしらえも済んで、心に余裕を得て、すると他方の沈黙に目を向けることができるようになるもので。

 シノギは店を出て早々に切り出した。


 面白そうな話題でベルが黙っていたので、またぞろ妙なことを考えているのではと勘ぐったのだ。

 そしてその予測は当たらずとも遠からず。

 むしろベルのほうが胡乱げな様子で半眼となる。


「いや、というかおぬしらや村の悠長さに戸惑っておったのじゃが。まさか知らんのか? 『空から降ってきてなにが一番怖いか』という故事を」


 ――世には「自走式神遺物ラニエ・アーティファクト」という危険物が存在する。


 数ある神遺物アーティファクトの中でも人の手を介さずして稼働し、インプットされた目的を永続的に遂行し続ける系統のものを指す。

 多くは人を害する区分である「災厄神器さいやくじんぎ」とも重複し、魔物に次ぐ突然にして抗うことのできない理不尽として認知されている。


 そして、また神代の頃から現代に伝わる故事がある。それはおおよそにして自走式神遺物ラニエ・アーティファクトに対する警句であり、不意に訪れる理不尽への警告である。

 それを知らぬで不幸にかち合えば勇者や魔王ですら滅ぶ――などという故事さえあるのだ。


 たとえば曰く――有名な故事、『空から降ってきてなにが一番怖いか』。


 それを知っているのなら、この村とふたりの暢気はどうしたわけか。

 シノギは僅かばかり記憶を手繰り、それでようやく思い出す。


「ん? ああ、なんか聞いたことあんな。リオトは?」

「知っている。けどそれは……」

「それは?」

「終わった話だろう?」


 きょとんと、リオトは疑問符を浮かべて首をかしげる。

 それこそ上手く理解ならず。ベルも、そしてシノギまで同じように首をかしげてしまう。


「? どういう意味じゃ」

「なにが終わるんだよ」

「あれ? ティベルシアはともかくシノギもわからないのか?」

「だからなにが」

「んん?」


 三人まとめて互いの話を飲み込めず、どうにも行き違って齟齬ばかり。

 ハテナがハテナを誘発し、不明がまたさらに理解を遠ざけて、三人の距離が酷く遠のいてしまった気がした。生きた時代の差異が如実に現れて迷子の気分になる。


 馬鹿な。手を伸ばせば届くとも。

 ベルが鼻で笑って冷静にふたりを手で制す。一旦落ち着こうと。


「ふむ。どうやら三人、三つの時代で知識がどうにも食い違っておるようじゃな。各々、情報を整理すべきと思うが?」

「んじゃ、古い順に整理してくか。というわけで、ベル」


 言いだしっぺから、というわけでもないが、順番を作るとしたら新古で並べるのが整理には丁度よかろう。

 ベルは頷き、懸念をこめて説明を。


「うむ。わしの時代じゃと、竜が降ってくるのは凶兆でな。なぜならば竜を落としたなんぞかやが上空に在るということじゃからな」

「おう、それは故事の時点で推測できんな。で、その落とすなんぞかってぇのは?」

「竜殺しの神遺物アーティファクトじゃ。その昔、なぜか極度に竜を嫌った神が一柱おって、そいつが創ったという自走式浮遊神遺物アーティファクト天の光は統べて星屑ソルナ・オービタル・レイ』という代物が空を彷徨っておる」

「なに、空を放浪して出くわす竜をぶっ殺して回ってるって?」

「然り」

「なんつぅ神遺物しんいぶつだ」


 創造した神は一体、どれだけ恨み骨髄に徹していたのだか。というか物凄く個人的な事情で、なんとも神さま自由すぎないか。

 質問。


「でも、それがなんで怖いんだ? むしろ恐ろしい竜を殺してくれんだ、大助かりじゃねぇか」

「神は偏執狂じゃ。つまり、竜が嫌いで、その原形すら留めておきたくはなかったのじゃよ――追撃の機能が備わっておる」

「追撃? 死んだ後もか」


 嫌な予感がする。

 神々の悪辣はその予感を後押しする材料にしかならず、告げられる前からなんだかゲンナリしてしまいそうになる。

 ベルは重々しく首肯した。


「むしろ、死を確認した後に殺傷力より焼却力を重視した滅殺の一撃を放ってくる。それは往々にして地上に墜落した後の砲撃で、そして広範囲に被害を及ぼす滅びの火となる」

「うわぁ、傍迷惑極まるな……」

「それの被害範囲は?」


 リオトが厳しい表情で問う。

 返答はあっけらかん。内容は悲惨。


「聞いた話では村をひとつ丸ごと蒸発させたと言う」

「ほんっとに神さまって奴は巻き込み事故に頓着しねェよな! 大雑把すぎるわ、マジで!」


 自分のやりたいことしか眼中にないから、まさか追撃の一撃で他の木端な人類が巻き込まれて多数死亡するなど思慮の外なのである。

 そりゃ故事にも残すわ。それくらいしかできんわ。


 とはいえ、それにしてはやはり現状と矛盾が生じている。細かくも重要な事実の指摘を、シノギは忘れない。


「けど、この村にゃまだ竜の死骸は残ってんだろ? だから盛んに人が訪れて満席だったじゃねェか。つまり、その追撃はなかったことになるぜ」

「む、それはそうじゃが……」

「そこで俺の時代の話になる」


 どんなことにも理由はあるのだと。

 ことに全く悲観せずに楽観していたリオトの語る番だ。


「お、そういや情報の食い違いがあるんだったな。次はリオトか」

「わしが寝ておる間になんぞあったのかや」

「ああ。と言っても俺も知識として知っているだけで、実際に見たわけじゃないんだが」


 リオトが生まれるより少し前。ベルが眠りについてから百云十年後。


「ある日、竜の大軍が空を覆った日があったそうだ」

「あー、そうか。人の被害もやべェが、一番の被害者は……」

「あの竜どもが集まったのかや。プライドの塊であったが、遂に容認できんくなったわけじゃな」


 まさか竜ともあろう天の王、死の象徴、天災に等しき怪物が、手を取り合って協調するなどありえない。王はひとり頂において全てを見下す存在だろう、同族とはいえ集団で単一の敵に挑むなど片腹痛い。

 とかなんとか、そんな言葉をかつて聞いたことのあるベルである。


 知恵を得ても、竜は傲慢な者が多い。

 そんな竜どもが結集するなんて実に驚きで、大事件だろう。よほどに腹に据えかねたと見える。


「竜たちが件の神遺物アーティファクトへの堪忍袋の緒が切れた。全ての智ある竜が集結し、そして竜殺しの神遺物アーティファクトに挑んだという。『竜神大戦』と呼ばれる日だ」

「りゅう……たい……ああ! なんか聞いたことあんな、それ」


 今更、思い出すシノギである。

 歴史的知識としてそれはあったが、竜殺しの神遺物アーティファクトとの因果関係を少し失念していたらしい。汗顔の至りだ。

 一方でベルははじめて聞くそれに大層悔しそうに歯噛みする。


「なんともはや。そんな盛大に面白そうなイベントが……わしも見たかったのぅ。して決着は?」

「竜たちは破壊叶わぬ竜殺しの神遺物アーティファクトを封印した、と聞いたぞ」

「なるほどのぅ。それでおぬしは特段に焦りもせず――」

「現代の知識として、けっこう廃れてる。おれが忘れるくらいにな」


 最後、シノギは語る。


「というかな、現代の故事だと『空から降ってきてなにが一番怖いか』、それの答えは語らないでいることが多いんだ。そのほうが洒落てるからな」


 たぶん、深く調べればどこぞの古文書には記載があろうが、そこまで調べる輩は多くない。シノギも、別に拘らずに簡単に知れる範囲でしか知識にしてはいなかった。

 とはいえ、知識を欠落させることに不快感しかない魔王は不服げ。


「なんじゃそれ、腹立たしい限りじゃの」

「まあ、古い言葉なんてもんは役立つか面白いことしか残りゃしねェんだよ」

「残念至極、じゃのぅ」


 結局、情報を整理してみれば、この村の楽観もわかるというもの。

 ベルはまとめるように結論付ける。


「竜殺しの神遺物アーティファクトは封じられ、活動しておらんと。なればこそ神遺物アーティファクト自体が忘れ去られ、誰も恐れることもなし」

「そんな感じだな」

「じゃがすると、ではどうして竜が降ってきたのじゃろ」

「普通に縄張り争いとかじゃないのか」

「むぅ」


 ありきたりなことを言われると、ベルはどうにも同意しがたい。

 面白くなさそう、という感想もあるが、それよりも魔王としての、これは勘みたいなもの。長く生き、多く見て、深く知る賢人の些細な違和感。


 疑問がある。


「なんぞ、なにか、どうしても。うむぅ、納得いかんぞ。そもそも封印とは、竜どものそれは確実なのかや」

「え。それを言われると、わからないけど」


 別にリオトがその目で見たわけでもない。人づてに聞いた話であって、疑おうと思えばいくらでも可能だろう。

 とはいえ、ここ二百年で竜殺しの神遺物アーティファクト天の光は統べて星屑ソルナ・オービタル・レイ』による被害は報告されていない。竜の墜落は物珍しいし、村が突然蒸発したなんて話も聞かない。


 そのデータは答えにならないのだろうか。ベルにとってはならないらしい。


「わしは自分の目で見るまで信じんぞ」

「じゃあ自分の目で見てみりゃいいだろ」

「むっ」


 拗ねるように放った言葉に、予想外の真っ直ぐな返球。

 ベルが戸惑って目を広げている内に、シノギはニヤリと笑って続ける。


「もしも本当に竜殺しのせいでこの村に竜が降ってきたんなら、この村の直上付近にいるはずだろ、その竜殺しがよ。論ずるよりも、とっとと見てみりゃいい、だろ? 魔王サマ」


 あんたなら遥か上空高くまで眺める眼をもっているはずだろう。

 なるほど道理だ。

 ベルは目から鱗とばかりにいたく感心してから、さっそく魔術にとりかかる。


「“遠きを見通す目をここに”」


 ふわりと開いた手のひらから、眼球のように小さな球体が出現する。その白い球体はベルの視覚とつながっており、三百六十度全てを見渡す探索系魔術サーチ・アイ


 念ずれば飛翔し、真っ直ぐ真っ直ぐ天を目指す。高速で大気を蹴飛ばし、雲を突き破って空の彼方へと球体は疾走する。

 ぐんぐんと高度を上げて、空気は薄まり、竜が飛行する程度の上空にまで到達する。

 雲上のためその視界を遮るものはなく、陽光だけがぎらぎらと眩い。周囲全域をその探索眼は俯瞰し――見つけた。


「あったぞ。ふむ、以前も観察した――『天の光は統べて星屑ソルナ・オービタル・レイ』じゃ」

「ていうか、あんた、前にも見たことあんのかよ。相変わらず好奇心の塊だな、おい」

「いや! それよりも、まさか存在したのか!?」


 暢気に笑うシノギに、リオトが切迫した声をあげる。


「どうなんだ、稼働しているのか!?」

「む。して、おる――おらんか? いや……なんぞ。様子が変じゃの」


 地上からの操作により、すいすいと探索眼は神遺物アーティファクトへと近づいていく。

 そしてベルはそこに真実を見て――


「ふ」


 大笑いする羽目になった。


「ははははははははははははははははははははははははははははは!!」

「おい、ベル?」

「どうしたんだ、ティベルシア!」

「ふははっ、はひ。はー、はー。ちと、ふふ。待て。くく……」


 なんとか湧き上がってくる笑い声を腹に抑えようと苦慮するも、なかなかに手間取ってしまう。まるで脇腹を直にくすぐられているような心地だった。 

 結局、実に三分、ベルは腹を抱えて笑い続けていた。


 どうしようもなく手持無沙汰に待っていた男たちの視線を受け、なんとかベルは持ち直して――綻んだ頬は修正しきれていないが――話を再開する。


「いやはや、全く封印か。封印じゃな。なんとも、くく、冗談がキツイのぅ」

「落ち着いたんなら説明たのむぜ」

「うむ。まず端的に言うてじゃな、天上の神遺物アーティファクト天の光は統べて星屑ソルナ・オービタル・レイ』は稼働しておったよ。休むことなく、延々と、その目的に邁進し続けておる」

「それってまずいだろう!」

「うむ。じゃが、問題ない。そのように竜どもが細工したようじゃ。曰く、封印――ふは」


 真面目に説明しているというのに、吹き出してしまう。

 ベルは衝動のように突き上げてくる愉快な感情を押し殺そうと努める。


 さすがに笑いすぎだろうと呆れ返るシノギ。返答を今か今かと待つリオト。ふたりの視線に流石に居住まいを正す。わざとらしい咳払いをする。


「こほん。

 でじゃ、上空の状況がどうなっておるのかと言えばじゃな。端的に言えば尾っぽを食らう蛇、と言ったところか」

「あ?」

「あぁ」


 シノギは訝しみ、リオトはピンとくる。苦笑が漏れ出る。

 いやまさか、そんな単純な話とは。

 納得するリオトをしり目に、シノギの目つきは険しくなっていく。

 いや、おれはわからんぞと。

 ベルはもう少し説明を続ける。


「天上の神遺物アーティファクト天の光は統べて星屑ソルナ・オービタル・レイ』は自走式。融通のきかん自動の器械である。ならば、だまくらかすのは容易である。猛進する獣を罠に嵌めるが如くにな」

「罠ね。なんとなくわかってきた」

「それは竜を追い、殺すようにと設定された。ゆえに、それ以外は度外視で、巻き込み事故なんぞ無頓着で――なればこそ、竜を見つけて殺せないのならば、殺し続けることになる。

 要は神遺物アーティファクトに幻影の魔術を施したのじゃよ」


 神遺物アーティファクト天の光は統べて星屑ソルナ・オービタル・レイ』の知覚部位に細工し、ある幻影を見せ続けているのだ。

 それすなわち。


「竜の幻影じゃ」

「で、その幻の竜を神遺物は追っかけてお空の上を巡って」

「他には目もくれずその幻影だけを狙う、か。それで他の竜を狙われることはなくなり、竜たちは襲われる危険を回避したか」

「それを指して封印……くふ」


 またベルは腹を抱えて笑いかけるが、今度は素早く笑いを飲み込む。

 一方で、リオトは今まで信じてきた知識との齟齬を埋めるように咀嚼する。


「これ、つまり竜たちでは神遺物アーティファクトを止められなかったってことだよな。それで、苦肉の策でこの処置と」

「竜にも見栄とかプライドってあったんだなって」

「あやつらは見栄とプライドの塊じゃよ」


 ベルは訳知り顔で語るが、普通は言語を操るレベルの竜と遭遇などできはしない。できても生き残っていられるわけがない。

 知恵ある竜はそれに至らぬ者たちと比して圧倒的にその能力が高く、人の争うべき存在ではない。

 あえて無視して。


「今回の竜の墜落は?」

「おそらく若い竜がそれと知らず近づいて幻影に撃ち込んだ流れ弾でもくらったのじゃろ」

「空の上は怖いねぇ。ま、地上のおれたちにゃ関係ねェか」


 ともあれこれでベルも納得したし、ようやっと切り上げて当初の予定に戻れるというもの。


「そろそろ行こうぜ、隣村に宿探しだ」

「そうだな。ともかく幻影の術がある限りはかの神遺物アーティファクトも危険性は低いと思っていいだろうし、そもそも手が届かない。行こうか」

「ふ。じゃがしかし、皮肉じゃのぅ。やはり現代においても空から降ってきて一番怖いのは――竜なのじゃろうな」


 竜たちが施した幻影の術が、その力を失ういつか必ずやってくる日。

 それは竜の欺瞞が露見する日であり、彼らは強く恐れているのだろう。また同時に、地上の者たちにとっては予測不可能の天上からの砲撃が解禁されるということでもある。


 その時を知らせてくれるのは――やはり竜の墜落の他にないのだから。


「はっ。そりゃなんとも。故事ってのは存外にためになるもんだな、おい」

「そうだな。故きを温ねて新しきを知る――過去の人々の言葉は真摯に受け止めるべきだな」


 シノギはリオトの言葉にほんの少しだけ目を広げ、すぐに顔中で大笑いする。


「こりゃあいいや。過去のひとあんたらに言われると重みが違うぜ」





 ――空から降ってきてなにが一番怖いか 了



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