スーツとカソックとドレス



 服とは人を覆い守る最後の鎧にして、纏う者の意見をまず主張する最初の剣である。


                 ――ある服飾人の繰り言




「そういえばさ、リオト」

「どうしたシノギ」


 それはいつかの夕食の席。

 特に事件もなく、問題もなく、つつがなく郵便業を終えたと日記に残す日の夜のこと。


 宿の食堂、丸テーブルを三人で囲んで、名物だという太っちょ豚のソテーをメインにフォークをぶつけあいつつ交わした会話のひとつに、こんなものがあった。

 シノギが世間話の調子で言った。


「今更だけど、あんたって神父なのか?」

「……確かにずいぶんと今更だね」


 リオトは困ったように苦笑して、それから小さくため息を吐きだした。

 時々、シノギは思い出したように妙なことを口走る。脈絡もないため、こっちとしては突如にいつも驚かされる。


「まあ、俺も一応、神父になる、のかな」

「歯切れが悪いな」

「そう信心深くもないからね。というか、このカソックは仲間の形見だ」

「は?」


 いきなり話が重くなる。

 指先のフォークすら重くなった気がして、食事の手が止まる。

 リオトのほうはあまりシリアスにならないようにと口調を軽く、懐かしむ調子で続ける。


「まだ俺が勇者となっていなかった頃、共に旅していた神父がいてな。彼が、無念にも落命する時、俺に使ってくれと、自分は駄目だったが、このカソックだけでも魔王打倒に役立ててくれと。

 このカソックは彼によってあらゆる加護を付与された堅牢な鎧みたいなもので、並大抵ではほつれもしない。まあ、魔道具の一種だな。

 幸い、体格は似ていたし、袖を通せば問題なく着ることができた」

「んで、じゃああんた、神父じゃねぇのか。ただカソック着た元勇者なのか」

「いや、魔王を倒して俺の魔力蓄積器官が壊れてしまって、そのあと、積極的に戦いに出るのも皆に止められてしまったから、教会に帰依してみた」

「なにそのやることなかったから出家みたいな」

「まあ、間違ってはいない」


 実際は、様々な感情と紆余曲折経た複雑な事情が混ざり合って、どうにか誰も不幸にならない選択としてそこに結論したのだが、それは語らない。

 団欒の食卓が本当に暗く落ち込んでしまうだろうし、楽しい話でもない。


 なにかを隠した。どこかを覆った。それはシノギにも感じ取れたが、こちらもなにも言わない。言いたくないことを言う必要はない。

 というか、だからただの食事の席なのだから、会話の内容は冗談と軽口だけで済ませたいのだ。


「とりあえずリオトがカソック着てる理由はわかった」

「なんだ、理由が気になったのか?」

「いや、おれたち外から見たらどんな三人組だよって突っ込みが多いじゃん。それって明らかに服装のせいじゃん。おれスーツ」

「俺はカソック」

「んで、ベルはドレスじゃん?」


 話題に上がった幼女に視線を飛ばせば、男ふたりの会話を無視してひとり黙々と豚肉を平らげている。割と気に入ったらしい。

 とはいえ、流石にふたりの目線が集まれば、おやと顔を上げる。ふたりに倣って食い気を抑えてフォークを置く。


「なんじゃ、服装の話かや」

「おう、おれらって全員バラバラな服装着ててなんの集団かパッと見わかんねぇよなって。それでなんでそんな服着てんだよって疑問だ」

「理由かや。可愛いじゃろ、麗しいじゃろ見惚れるじゃろ。他になにかいるのかの」


 本気で不思議そうに、ベルは小首をかしげる。

 シノギ的に、理由はそれでいい。最初の疑問は成程で終わる。

 けれど、この会話の流れを利用して、積年の言いたかった思いを開放することにした。


「……なあ、ベル。実はな、ずっとずっと言いたかったことがあるんだよ」

「む?」

「ベル、いんやティベルシアさんよぉ。あんたァ舐めてんのかい」

「なにがじゃ」

「その服装だよ。死線くぐって戦いがある度に思ってたけど、あんたマジでもう少し動きやすい服にしろや! そんなナリじゃ、いつか裾を踏んでスッ転んで死んじまうぞ! なんだいその機能性を無視したファッションは! これからパーティにでも洒落込もうってのかい!」

「可愛いじゃろ、麗しいじゃろ、見惚れるじゃろ」


 どやぁ、とベルは自ら着飾るその衣装を強調するように胸を張る。


 それは黒を基調とした白と赤で色どる可愛らしさを押し出した華美なドレス。

 腰元はキュッと締まって細身を強調するが、スカートや袖にかけてふわりと膨らみゆったりした風情も見せる。

 白いレースとフリルは黒地に咲く花のよう。赤いリボンは鮮烈に燃える炎のよう。

 装いに見合ったヘッドドレスにチョーカー、ブーツ、上品で肌触りのいい絹の長手袋がさらに可憐を引き立てて、幼い童のように無垢で愛くるしい。魅力的な淑女のように上品で艶めかしい。


 というか、改めて見てみるとこりゃ。


「フリッフリじゃねーの!」

「フリッフリじゃよ、可愛かろうが」

「実用性皆無だろ!」


 ふっと、ベルはわかっていない小僧を鼻で笑う。重々しくも悟ったような口調で、その真理を告げる。


「お洒落は我慢じゃぞ」

「命かけるほどかい」

「命懸けの最中であっても優雅に美麗だからこそ、粋でイナセで萌えじゃろうが」

「萌えかぃ、それなら仕方ないな」


 なんとここで納得しだすシノギ。慌ててリオトがツッコミに回る。


「え、仕方ないの? というか萌えってなに?」

「生き様じゃ……」

「あっはい」


 よくわからないが、よくわからないままのほうがよさそうだ。知らないほうが幸せなことが、この世にはままある。

 リオトは口出ししたことに後悔した。激しく。以後この話題に関し沈黙に徹しようと思った。


 饒舌なのはベル。ぴっと指を立てて教え込むような態勢をとる。


「まあ冗談半分はさておき、わしのドレスもリオトのそれと同じく魔術の細工が施された品じゃ、替えはきかん」

「へぇ、どんな魔術が刻まれてんだい」

「ふ、聞いて驚け、知っておののけ。このわしが全盛期に全霊で付与した魔術の結晶」


 最強にして最悪とまで称された魔の王。最後の傲慢たる者。深き歴史の底に埋もれ、なおお伽噺として語り継がれる最も高き者。

 そんな魔王が全霊を注いで作り上げた魔道具である。一体どれほどの魔力が浸透し、如何なる高位の術が刻印されているのか。


 かっと目を見開いてベルは滔々と力強く語りあげる。なんかセールストークの商人のように早口に、丁寧に、怒涛と。


「なんと! 破れてもほつれても汚れても、即座に自動修復する機能じゃ! 大気中のマナをエネルギー源としておるため半永久的に稼働し続けるぞ! 人生三回は着替える必要もなく清潔に着こなせる一品じゃ!」

「……防御能力とかは」

「そんなものはない! じゃがどんな酷く破られても焼かれても修復するぞ! これで戦闘中のポロリもドッキリハプニングもオサラバじゃ!」

「それ重要?」

「無論じゃ、淑女は無暗に肌を見せたりはせんゆえな」

「…………」


 かっかっか、とベルは高らかに笑った。

 そういう問題なのだろうか。いや女子的には甚大に重要なことなのだろう。


 そういうところを男がなにぞ指摘するのもどうだろう。踏み込めない領域に話が変遷してしまい、シノギは諦観のように肩を落とす。


「まあ、わかった。服はそれでいいよ、もう」


 高度な魔術を刻まれたワンオフらしいし、代わりがないなら仕方ない。というか酷く意固地になって執着している、無理やりに剥ぐなどできない。


「はい、これで話終わり。飯再開しようぜ」

「いや待った」「いや待て」

「あん?」


 勇者と魔王が息を合わせてストップをかける。ふたりはいつもシノギの奔放さに一致団結する。

 こちらだけ聞いておいて、そっちはどうなのだと。


「シノギはどうなんだ、どうしてスーツなんだ、郵便屋さんなのに」

「そうじゃそうじゃ。わしらだけ聞き出しておいて、自分は語らず仕舞いにする気かや」

「ん、あ? なに聞きてぇの?」

「実際、そんなに気にしてなかったけど、この流れからしたらとても興味深い」

「わしは前々から聞きたかったぞ」


 ふーん、とシノギはどこか意外そうに片眉を上げ、すぐにさらっと返答する。

 隠し立ても、勿体ぶりもせず、あっさりと一言。


「伊達と酔狂」

「「えぇ……」」


 ふつう逆では。

 伊達や酔狂でこんな格好していないというのが常道では。


 そんな心のツッコミというか轟々の非難に、シノギはわけがわからんと言ってのける。彼の美学と哲学において、伊達と酔狂が理由というのはなにより論理的なのである。


「いや、スーツってカッケェじゃん。あとグラスに似合う衣装ってのもな、他に思いつかなかったし。これ以上ない理由だろ?」

「わしに文句をつけた機能性とやらは」

「いやいやこいつ、機能性は抜群だぜ? あんたらほどじゃねぇけど術も付加してあるから汚れも清めるし防護性能もある。それ用に特注したから動きも阻害しねぇ。

 やっぱ服飾に必要なのは機能とカッコよさだぜ」

「はぁん? 見目麗しさと清潔さじゃろ」

「俺は機能性と、思い入れが大事だと思うけど」


 噛み合っているような噛み合っていないような。重なっている部分もあるのに的外れの部分もある。

 どうにも、三人一致の満場一致とはならない三人組である。

 みっつの意見は三人の服に等しくバラバラで、見る者すべてに共通を思わせない。全く別々の道を生き、ゆえに全く別々の異装に身を包む。


 けれども奇妙に色合いだけは統一されて、心根の繋がる連理の奇縁がどこか見え隠れしている。

 道は違えど好みは似通う。背を向け合って歩むけれど、それは背中を預け合っているのだと。

 シノギは対立意見からも通ずるものを感じて苦笑する。


「まあ、あれだ。全員服装には一家言あって、着替える気がねェのはわかった。どいつもこいつも頑固だぜ」


 そうして締めくくり、彼らはまた別に話題を変えて駄弁り続ける。

 べつに、意見が食い違うなんて日常茶飯事。取り立てて話し込むことでもない。


 違う意見も受け止めて、違う自分を見せつけて、されど同じ道を歩むに支障はなし。

 どうせ長い道中、意見がひとつじゃ飽きちまう。三人いるんだ、統一なんざ面倒くせぇ。

 おれは好き勝手に行くから、あんたらもどうぞ気ままに道を行け。

 けっきょく、いつの間にやら同道してるだろうから。




 ――スーツとカソックとドレス 了



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