第2話 恋人じゃない子と…

時計は午後11時を回った。

(紫穂ちゃん、寝ちゃってるかな)

スマホの画面を閉じられない。ベッドで仰向けになったまま、一度深呼吸してみる。もう部屋着はワンピ代わりのロングTシャツ一枚で寒くない。

今日、合唱の部活が終わって下校しようとしたときだった。校門の手前で呼び止められたのだ。

「あの、今週末とか暇ですか?」

紫穂は合唱部の一つ後輩、高等部一年生だ。麻衣子の同級生でもある。麻衣子と私の仲を知っている数少ない存在のうちの一人。

「?」

紫穂は続ける。

「遊びたいなぁ、って思って。よかったらデート、しませんか、麻衣子に内緒で?」

いたずらっぽく笑う。

「もう、どういうこと?」

冗談はだめ、という顔をするしかない。

「麻衣子、風邪まだひどいみたいだから、週末もきっとダメですよ。私でよかったらラインくださいね」

言うと紫穂はわざとらしくぺこりと一礼して小走りに去っていった。その制服の後ろ姿を目で追った。

麻衣子のことは大好きだ。ただ、大事に思いすぎているのかもしれない。大人しくて奥手。そんなところに惹かれて告白したのだけれど。

女子校だし、私ももてないわけではないから、女の子と付き合うのも初めてではない。でも麻衣子に対しては、なかなか進展できないでいた。指先をつなぐだけで麻衣子は真っ赤になってしまうし、とうとうキスをしたら、感極まって泣いてしまったのだ。

紫穂は対照的なタイプだ。派手めな顔立ちで、上級生からの人気は高い。胸もふくらんでいるし、制服のスカートも一年生の中では目だって短くしている。自分が注目されているのを知っていて、さらに挑発している。

ちょっとずるいタイプの女の子。誰かと付き合っているという話は聞かない。

麻衣子がいるから、紫穂とどうこうなりたいとか考えたことはない。でも、魅力を感じないと言えばもちろん嘘になる。どころか…

紫穂の姿を見ればついつい目で追ってしまうし、正直、性的な空想をするときにしばしば紫穂が登場する。まずい、今も…。

今日、あんなことを言って去って行ったときの、紫穂の、揺れるスカート。その下に伸びていた脚の線。ふくらはぎを包んでいたハイソックス。

手のひらで自分の太ももをさすってしまう。

(紫穂ちゃんもこんなふうに始めちゃうことあるのかな。エッチなこと考えちゃって、自分の体に触れちゃうこと)

そんなことを考え始めるともうダメだ。紫穂が自慰をするシーンを本格的に空想し出してしまう。

恋人にする前は、麻衣子のことも性的な空想の材料にすることがあった。でも付き合い始めて、麻衣子が想像していた通りの女の子だとわかって、そうしたことはなくなってしまった。罪悪感。それにいずれ自分のものにできるという安心感みたいなものが、その体への興味をそいでいる気がする。

紫穂はまだ私には距離のある存在。でも、伸ばせば手の届くところまで来てくれたというの? そんな思いが、近すぎる麻衣子とも、顔を知っているだけの可愛い後輩とも違って、リアリティのある欲望をかき立てている。

もう我慢できない。想像の中で徹底的に紫穂に恥ずかしいことをさせて、快楽に溺れることなしに、今夜は眠れない。

でもその前にすることがある。スマホを握り直す。週末のデートの約束を紫穂に取り付けるために。


(完、かな)

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