第3話

「どうしたのかしら?」


 碧がドアの人だかりを見て玄に問いかける。


「先頭の人がドアを塞いでるみたいだな。どうしたんだろな」


 玄は自分に見惚れてると知らずに疑問を投げかける。


「どうしたんだ? そんな場所で止まってたら邪魔だぞ?」

「……はっ! す、すみません。今どきます」


 入り口を塞いでいた二人がどいたため廊下に溜っていた生徒が教室へ流れてくる。必然的に二人以外のクラスメイトが玄と碧の事を視認する。見た人すべてが驚いた表情を浮かべ、教室に入った後もちらちらと玄を盗み見る様に見る。


 玄は見られている気がするが特に何かしてくる訳でもないので気にしないことにした。


 クラスメイトは席に座り上下左右の気の合いそうな人を探しながら喋る。時間がたち教室がやがやと騒がしくなる。


『ガラッ』

 教室の前のドアを開けスーツ姿の小柄な女性が入ってきた。


「はい、皆さん、おはようございます」


 言動からは教師と言う事が分かるがその姿は少女そのものだった。


 教卓の前に立ち生徒たちを眺めようとするが背が小さく奥まで見えない様子だった。つま先立ちになり少しでも高さを稼ごうとしていた。疲れたのかぷるぷると震え始める。


「うー、私は教師。威厳のある女性にならなくては……」


 心の声が漏れてしまっている。


「…ふぅ、威厳に身長は関係ないよね……」


 足が限界に来たのか背伸びをやめ自分を納得させる理由を心の中で言ったつもりで口にだす。


 威厳に身長は関係ない。という意見は賛同するけど…… それ以外―身長を稼ごうとつま先立ちになったことや、それにより体をぷるぷると震わせたこと、心の中で言った声を外に出してしまったこと、のことで威厳というよりも可愛らしいな。


 玄を含めたクラスの皆の共通認識が今できた。


『タン、タンタン』

 小・中学校で聞いてきた馴染みのある音がする。黒板にチョークで文字を書く時の音だ。


 身長が足りないのか黒板の真ん中から下に文字が書かれている。


「えっと、今日から君たちの担任になりました。日向ひなた比奈ひなです。頼りがいのある先生を目指して頑張っていきますので…… がんばりますので…… がんばります!」


 可愛らしい姿を見てクラスの空気は和む。


「えーっと、ひとりづつ自己紹介をしてほしいと思います。三分間待ちますので皆さん考えてください」


 自己紹介か…… といっても何も話すことないなぁ。前の人の自己紹介を聞いて考えるか。


「それではこちらの席の人から一人づつお願いしますね」


 そう言って日向先生は廊下側の一番前の席の生徒を指名した。指名を受けた生徒は少し緊張をしながらも自己紹介を始めた。


「私の名前は青葉あおばうみです。趣味は読書とテニスです。中学の頃はテニス部に入っていました。一緒にテニスをしてくれる人を募集中です。一年間よろしくお願いします」


 はい、ありがとうございました。次の人を願いします。


 私の名前は―― クラスメイトのほとんどが自己紹介が終わった。そろそろ玄の番が近づいてきた。


「私の名前は桜木碧です。趣味は読書です。中学の頃はあまり友達がいなかったので皆さんと仲良くできたら嬉しいです。一年間よろしくお願いします」


 碧がクラスメイトを見て微笑みを浮かべる。皆が碧を見て可愛いや、綺麗などほめる言葉をこぼす。

 この後に自己紹介をしなくちゃいけないのか。つらいな。まぁ、仕方ない。玄は少し緊張しながら自己紹介を始める。


「俺の名前は黒井玄です。趣味はゲームです。えーっと、一年間よろしくお願いします」


 ぺこりとお辞儀をする。顔を上げクラスを見るとどこか反応が鈍い。どうしたんだ? 滑った気がする。作り笑いを浮かべそのまま席に座る。


 ……あっ! ありがとうございました。み、皆さん一年間の間にたくさんの思い出を作りましょう! 日向先生が話し始めた。


 碧が後ろを向き玄に話しかける。


「玄に皆が見惚れていたわね」

「…? 碧がだろ? 皆が可愛いって言っていたし」

「玄って純粋なのね」


 それは褒められたのか?


「……あ、褒めているのよ? 私の周りには打算的な人たちしかいなかったから。玄と知り合えて嬉しいのよ」


 碧は恥ずかしそうに言い前を向く。一応返事をしておく。


「俺も嬉しいよ」


 碧は俯いて玄に顔を見られないようにする。


「それでは、明日の持ち物は体育着と筆記用具です。忘れないようにしましょう!」


 日向先生が話し終わり学校初日は終わりを迎え、放課後になった。


 よし、帰るか。課題も回収されなかったしラッキーだ。碧も一緒に帰れるか聞いてみよう。あの場所であったってことは方向も一緒だっと思う。そう考え席を立とうとする。


「初めまして黒井さん」

 クラスの女子が話しかけてきた。名前は確か……


「青葉さんだったっけ?」

「あ、名前覚えてくれたんだ! 嬉しい」

「自己紹介を聞いたばかりだからな。それで、どうしたの?」

「黒井さんって凄く綺麗だけど外国の人なの?」


 キャラメイクをして作ったのだからどう答えるのが正解何だろう? 中身は純粋な日本人だから日本人でいいのか。


「ううん。日本人だよ」

「そうなんだ」


 青葉さんを切っ掛けに他のクラスメイトも話しかけてきた。


「どこの中学校だったの?」

「どうしてそんな口調なの?」

「肌綺麗だね。何かしているの?」


 人にここまで聞かれるのが人生で初めての経験だったため少し困惑する。碧の方を見ると同じように囲まれている。


「ごめん、今日は疲れているからまた明日。碧、一緒に帰らない?」

「ええ、帰りましょう。……ごめんなさい。質問はまた明日ね」


 えー と不満そうな声を漏らす人もいたが引き留められることなく教室を出る事ができた。一緒に帰りたいと考えている人は少なからずいたが美少女二人に囲まれて帰ることを考えると肩身が狭く感じるため皆があきらめた。


 学校を出るまでものすごい注目を浴びた。碧と隣り合わせに歩いているため、廊下を歩くだけで視線がこちらを向くので少し怖かった。そこまでは気にしなければいいだけだったが数人は話しかけてきた。


 俺たちイケメンですオーラ出してるイケメンじゃない5人グループの男子生徒たちが

「可愛いね。君は新入生? 何組なの?」

 と聞いてきた。


 下心が丸見えな人たちと話したくなかったので無視をして歩く。


「彼氏とか――」

 他にも聞かれていたが無視をして帰る。


 学校の正門から少し出た道で碧と玄は休憩できそうな公園で話をすることにした。


「玄……今日は助けてくれてありがとう」

「こっちのセリフだよ。絡まれてる時も迷ってる時も助けてくれたし本当にありがとう」


 正面からお礼を言われると少し恥ずかしい……


 碧も恥ずかしかったようで頬を赤くしている。二人で恥ずかしく妙な沈黙が続いた。沈黙を破る様に碧が話し始めた。

「私、中学の頃は友達が居なくてだから……お、お友達になってください!」


 玄は少し驚いたが拒否する理由などなく、むしろこんな美少女と友達になれるとは願ったり叶ったりである。まぁ、本当の所はすでに友達だと思っていたので勝手にそう思っていたことについて申し訳なくなってもいた。


「こちらこそお願いします」

「そ、それじゃあ。お、お友達ね」


 これでお互い友達だと思っている関係になった。それにしても……


「……ぷっ、そんなに構えなくても大丈夫だよ」

「でも、今まで友達と言える人できたことなかったから……」

「今まで通りでいればいいんだよ」

「わ、わかったわ」


 その後も友達と言い合うくらいの他愛のない会話を楽しむ。

 楽しい時間は直ぐに過ぎてしまうものだ。


「それじゃあ、そろそろ帰ろうか」

「そうだね。明日も会えるのよね」

「あぁ、じゃあ、また明日」

「えぇ、また」


 名残惜しいが分かれ家まで歩く。帰り道は路地裏などを極力避け大通りを通って帰った。そのためか、何もなく家までたどり着く事ができた。


『ガチャ』

 家のドアを開ける。高校生初日だというのに初めて不良に絡まれるという貴重な経験をして疲れていた。家に帰り疲れをいやそうと考えていた。


「ただいまー」


 結衣が階段からとんとんと足音を鳴らし降りてきた。


「おかえりー、ご飯できてるよー。あと、くろ兄のために服を揃えておいたから、後で試着ねー」

 ママも一緒にだってー そう言い残しリビングに入っていった。


 まじか。食後の後にあれを着ろと……


 結衣が手にしていた服を見てしまった。純白のワンピースであった。もしかしたらそのような服が大量に用意されているのではないかという考えがよぎる。


 リビングに行くと母親と妹がいつもの席に座っている。テーブルの上には昼ご飯が置かれていた。


「くろ兄ー、はやくたべよー、お腹すいちゃった」

「ほら、玄、ご飯冷めるわよ」


 自分の姿が変わったと言う事を忘れるくらい家族がいつも通りであった。適応力っていうのかな、そういう面ではうちの家族は最強だな。


「あぁ、今日はカルボナーラか」


 一昨日も食べた気がするな。家は食のレパートリーが少ないな。もっといろいろなものが食べたい。そう思っているが言ったら怒られるのが目に見えているので心の内に秘めておこう。


 玄も椅子に座り皆で手を合わせる。

「「「いただきます」」」


 食べる前はレパートリーが少ないと文句を言っていたが料理自体はとてもおいしいのと、昼ご飯を食べるのが遅くなりとてもお腹がすいているため一人前をぺろりと完食した。


「ふぅ…… あぁ、食べた。お腹いっぱいだ」

「私もお腹いっぱい。おいしかったー」


 母親がすっと席を立つ。

「これでお腹もいっぱいになったし思う存分やるわよ」

「はーい!」


 その掛け声で妹も立ち上がる。そして二人は瞬く間に食事のかたずけをし試着の準備を終わらせる。リビングは大量の服で溢れかえる。そして大半の服がフリフリが付いた可愛い物である。


 分かってはいたが……

「これを着ろと?」

「えぇ、これを着た玄ちゃんは可愛いと思うわ。だから、ね?」


 これは着なくてはいけないパターンだ…… 前にも同じような事があったから分かる。俺がやっていたゲームを『やりたいやりたい』と言われた。戦績にかかわる事だから『いやだ』と断ったがその後も何かあるごとに『今日は出来るの?』『いまはやってないよね。だから私にも……ね?』と二週間もの間言われたためゲームをさせた。やったらやったで俺よりもうまくどうなっているんだ!? と思ったが…… まぁ、お母さんがやりたいと言い出したら止まることを知らないから折れた方が賢明だ。


「あー、はいはい、どれから着ればよろしいのですか」

「着てくれるのー、うれしいー」


 どれから着てもらおっかー ねぇ、結衣ちゃんこれなんかどうかしら? わぁ! かわいい! 二人で盛り上がっている。なんと恐ろしいことか。あの二人が持っている服を着なくてはいけないとは…… 十分ぐらいしたら着せる服が決まったらしい。


「まず私からね、これから着てもらうわ」


 母親が取り出したのはボーイッシュな感じの服装であった。男にボーイッシュな服装っておかしいが気にしたら負けな気がした。


 隣の部屋で渡された服に着替える。


 寒いな。ってか思っていたより露出多くないか? 少し恥ずかしいな……


『玄ちゃん着替え終わった?』


 何気にお母さん俺の事をちゃん付けしてるし……


「終わった、今戻る」


 リビングに戻ると二人は興奮していた。


「くろ兄ー、可愛すぎる!」

「くっ、予想以上ね。破壊力抜群だわ!」


 写真を撮ろうとしていたがそれだけは阻止をした。さすがにあんな服を着た格好をした写真を撮られたくはない。


 こんどは私ねー、これなんか可愛いでしょー。玄関であった時に持っていたあのワンピースを掲げて言う。


 こうして玄の試着会は続いていった。

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