第6節 勇也くんは亜久津さんの視線が気になる
いよいよ明日は体育祭だ。
バレーボールのルールと力加減は把握した。明日は問題なく、活躍しすぎることもなく、無難に参加できるだろう。
心配していた周防も、問題を起こさないように努めているようだ。たまにカッとなることはあるようだが、今のところはよく堪えている。
また、体育祭用の看板やら応援旗やらをクラス皆でつくるというのは私にとって初めての経験であり、新鮮に感じた。……正直、これらを作るのに、人の手では予想以上に時間も手間もかかることに驚いた。私の本来の力を使えば、材料が揃えば、完成図を思い浮かべて指を鳴らせばすぐに材料が分解されて、再構築してモノを作ることができる。人間って大変なんだな。
しかし、皆がわいわい言いながらひとつのモノを作ることは、決して悪いものではなかったように思った。……これらが魔族によって、あっという間に破壊される心配も、この世界には無いのだからな。
「あれ、亜久津さん。まだ帰らないの。」
物思いに耽っていたところで、剣持が声をかけてきた。幸い、今クラスには誰もいないので、自然と口調が本来のものに戻っていく。直しても良いのだが、と剣持に以前言ったら「俺にだけそのしゃべり方なの、なんか嬉しいから直さないでほしい!!」と言われた。やれやれ。
「そろそろ帰ろうかと思っていたところだよ。」
「じゃ、じゃあ一緒に帰らない? 親父が新作の抹茶ケーキできたらしくて」
「すぐ行こう!!!!!!!」
先日貰った抹茶グミは正直感想に困ったが、剣持のお父上の作ったケーキなら間違いなく美味しい。なかば彼を引っ張る形でケーキ屋もとい彼の家に向かった
「素晴らしい……」
私は思わずため息をついていた。初夏を象徴するような、鮮やかな翠色のケーキ。頂きに添えられた金粉が高級感を醸し出している。(しかし実際の値段は驚くほど良心的だ。)フォークですくって口に入れれば、薫り豊かなお茶の味がふわりと広がる。アクセントにビターチョコクリームが入っているのか、なるほど。滑らかな抹茶クリームとチョコクリーム、生クリームが絶妙なバランスで、舌の上で溶け合い、混じる。あぁ、このまま時が止まったらどれほど幸せだろうか……
「亜久津さんさ……最近よく周防君のこと見てるよね……なんで?」
剣持勇也の声で、急に現実に引き戻された。なんだ興醒めな奴だな。しかし……。
「……そんなに、見てるつもりは無いんだが」
「ごまかさなくて良いよ。見ればわかるよ。」
馬鹿な……何故私が周防を監視していることに気がついたんだ。さすがに透明化はできないとはいえ、監視していることが周囲にバレるようなヘマはしないと思っていたのに……
「何故わかった。」
「えっ。そ、それは亜久津さんのこと見ていたら、わかるよ……。」
「なんてことだ……私も腕が落ちたのか……?」
「ん……? なんか全然違うところで落ち込んでない? もしかしてだけど、周防くんも異世界召喚されるかもしれない、とか?」
「いや……」
やたら目敏い彼には、もう全部話した方が楽だろうか。しかし、本人が真面目に生きる努力を邪魔するつもりはない。必要なところだけ、話すとしよう。
「彼の前世は、魔界の魔物だったんだ。何となくだが、彼自身もそれを思い出しているらしい。だからつい、懐かしくなってしまって。」
うん、こんなところではないだろうか。嘘は言ってないと思う。
しかし剣持の顔は曇った。なんだ?
「……もしかして元カレとか?」
モトカレ?
しばらく頭のなかでその意味がわからず、私としたことが固まった。しかし、すぐに私はその意味にたどり着き、嗤ってしまった。
「馬鹿な……周防の前世は、下級魔族だぞ。先日君が遭遇した泥よりちょっと固くて、跳び跳ねることができる程度の生き物だったんだ。そんな生物と恋愛なんてあり得ないな。」
「そうなの!?!?!? なーんだよかったー!!」
剣持勇也はみるみるうちに元気になり、私にアイスコーヒーを差し出してくれた。
うん、抹茶ケーキにアイスコーヒー、合うな。なかなか気が利くじゃないか。
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