第10節 ほろ苦カラメルは青春の味?(終)

 その後、魔王への定期報告も済ませた私は早々に休み、翌日同じように学校へ向かった。途中、何故か道端に隠れていた剣持勇也が、さも偶然出会ったかのように声をかけてきたこと以外はいつも通りである。人間の隠密など私にはバレバレなのだが黙っておいてあげた。

 1つだけ気がかりなのは、茨城美姫にきっと嫌われてしまっただろうなということだ。

いや、彼女にどう思われているのかはどうでも良いのだが、彼女が私を嫌うことによって周囲にどんな余波が出るのかが少しだけ気にかかるのである。まぁ仮に私がいじめの対象になったとしても、受け流せば良いだけの話なのだが。元の世界では虐めどころか同僚に命を狙われるなど日常茶飯事であったし。


 教室に着くと、茨城美姫はすでに席について友達と話していた。教室に入ってきた私を見ると、彼女は話を中断して、私の方へと歩み寄ってくる。

 来たか……。

「……おはよう、茨城さん。」

 私は、いつも通りの調子で、彼女に挨拶する。茨城美姫は私の顔をじぃっと見つめていたかと思うと、いきなり私の手を取った。

「あ、あの……昨日はありがとう!! 亜久津さん、よかったらこれからも仲良くしてね!」

 ……おっと、これはどういうことだ?

 教室もざわついている。止めろ目立つだろうが。

「昨日のプリン、私も食べてみたの。すっごくおいしかった……! お菓子食べるなんて何年ぶりだったかな。また、一緒に食べに行こ?」

「え、ええ……。」

「そうだ! 連絡先聞いても良い?」

 おいおい昨日の大人しくて弱気な彼女はどこに行ったんだ。距離感迷子か。拒否してもおかしいのでその場の流れに身を任せる格好で、私は茨城美姫と連絡先を交換した。

「……でも意外だったわ。てっきり茨城さんに嫌われちゃったと思っていたのに。」

 それとなく言ってみると、彼女は何故か頬を染め、大きな瞳を潤ませて首を振った。

「ううん、昨日、はっきり言ってくれて嬉しかった……! 私のこと慰めようとしてくれたんだよね。」

 ……そうだったっけ……?

「おい、亜久津さんと茨城さんが並んでるぞ。」

「ヒュウウゥ朝から目の保養になるぜ!」

「でもなんで? あの二人仲良かったの?」

 なんでなのかはこっちが聞きたい。

 ……よくわからないが、どうやら茨城美姫は私になついてしまったらしい。

 あぁ、なんだかめんどくさいことになってしまったな……と思った。



   ※※※



 亜久津さんが店を出てしまって1人残された私は、彼女が平らげたプリンアラモードの空の器を何となく見つめていた。それにしても、スレンダーなのによく食べるなあの子……

 もしかしてだけど、阿久津さんは私を慰めようとしてくれたのかな……一生懸命自分を飾るのも、2次元にハマるのも、悪いことじゃないって、言ってくれた……。

 私は店員さんに声をかける。

「……すみません、プリンアラモードのミニサイズをください。」

 高校に入ってからは甘いものなんて全然食べてなかった。今だってリバウンドの恐怖に怯えている私は、甘いものが嫌いなはずなんだけど。亜久津さんがあんなに満足そうに絶賛しながら食べていたそれを、私もどうしても味わいたくなったのだ。

 ほどなくして、ミニサイズのプリンアラモードがやって来た。一口すくって、口に入れる。

 ぷるぷると弾力のあるプリンが口のなかで崩れて、甘くて苦いカラメルソースの味が口いっぱいに広がった。

……あぁ、おいしい。

一口だけ食べたら後は残すつもりだったのに、スプーンは止まらなかった。

生クリームも、缶詰のフルーツも、子どもの時に食べた、ファミリーレストランのデザートの味を思い出す。

 学校にあがる前の子どもの時には、両親はよくレストランで私にお子さまランチを食べさせてくれたっけ。

 あのときは、ありのままの自分を、私自身も大好きで、両親もそのままの自分を愛してくれていた、と思う。そのはずなのに、どうして今、両親も私自身も、ありのままの茨城美姫を好きになれなくなっちゃったんだろう。

「……ううぅ。」

 あれっ、なんでだろう、目頭がじんわりと熱くなってきた。どうして泣いてるの私。

 自分でも訳がわからないまま、涙と鼻水をみっともなく垂れ流しながら、一気にプリンを掻き込んだ。周りからは奇異なものを見る目でチラチラ見られているのはわかっていたけど、何故か手は止まらなかった。

 ミニサイズのプリンを平らげて、ようやく落ち着いた私は、涙も鼻水も綺麗に拭いた。

 不思議なことに、気持ちはとても穏やかというか、スッキリとしていた。

 それにしても……亜久津さんが私の趣味を否定しないでくれたのは意外だった。てっきり、オタク趣味は嫌悪しているタイプだと思っていたのに。

 ……あぁ、見た目だけで人を判断していたのは、私も一緒だったのね。

 きちんと会話したのが今日がはじめてで、まだ亜久津さんのこと、よく知らないけれど、少なくとも悪い人じゃないことはわかった。

 こんな私でも、友達にしてもらえるかな……。亜久津さんのことを、もっと知りたい、と思った。

 明日、亜久津さんに話しかけてみよう。

 高校に入学してから、自分から声をかけに行くなんて、実は初めてかも。いや、高校に入るまではずっと虐められていたから、人生初だ。私が自分から友達を作りに行くなんて。

 ちょっぴり不安だけど、それ以上に、わくわくする。私は自分でも驚くくらいに軽やかな足取りで、お会計を済ませて喫茶店を飛び出していった。


――第2話 終わり――








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