第9節 その頃、剣持勇也は

 店を出てしばらく歩いていたら、偶然剣持勇也と鉢合わせた。挨拶だけして通りすぎようとしたら「ちょっと待って!!」と慌てたようすで呼び止められた。はて、何かあったのだろうか。

「あんなことがあって翌日からいきなりスルーとかあるの!?俺ビックリしたんだけど!」

「え? いや、君の周辺の脅威はもう取り除いたから……」

「えええ冷たい……」

 何がだ。昨日は、けっこう気を遣ったつもりなんだが。召喚魔法の危険さを丁寧に説明し、注意し、無事に彼を家まで送り届けた。これ以上何かあるのか?

「もう危険がなくなったらそれでおしまいなの?」

「そうだよ?」

何を当たり前のことを言っているんだ。

「こういうのってさ、正体を知った人間と仲間になって色んな事件解決していくとかそういう展開になるんじゃないの……? そういう漫画見たよ。」

「無いな。一緒に事件を解決しようと、一般人を巻き込む時点で、そいつ駄目だろう。」

 そもそも一般人を巻き込みたくないからこうして一人で動いているんだ。少し抗魔力が高いだけで魔術のことを何も知らない彼に、何かできるとは思えないしな。

「知識として知っているだけだが、こちらの世界の、例えば警察官なんかは、事件が解決したら関係者とそれ以上馴れ合ったりしないだろう。それと一緒だよ。」

「……俺は、亜久津さんと、もっと仲良くなりたいんだけど……。」

 おっと、この返しは予想外だったな。

 仲良く、か……魔族として生きていた頃にはまったく無かった感情だが、確かに、多くの人間は一人では生きていけない故に、仲間を作る生き物だと聞いている。助け合わねば生きていけない種族である一方で、小競合いやいじめが絶えないのだから不思議だ。

「せめて、連絡先交換しない? ほら、また変なことに巻き込まれそうになったら教えてって亜久津さんも言ってたよね?」

 あぁ、そういえば確かに連絡先の交換は忘れていた。

 元の世界では、風に宿る精の力を使って伝言を遠くへ届ける手段が一般的だったので、連絡先を交換するという習慣が無かった。

魔族は好き勝手にうろうろしているからいつ誰がどこにいるかなんて普段は把握していないし、人間の方も、字を書ける人口が圧倒的に少ないからもっぱら風の魔術を略式化した連絡技術に頼っているんだったか、確か。

 こちらの世界に来てから1日かけて使いこなせるようになったスマートフォンを取り出して、剣持勇也と連絡先を交換した。そういえば茨城美姫の連絡先は聞かなかったな……まぁいいか……。

「レインとか送ってもいい?」

「なるべく緊急時に限ってほしいんだが。」

「親父の新作ケーキ出た時とかは?」

「その情報は要る。」

「ふふふ、わかったよ。」

 何故か満足そうな表情で、剣持勇也はスマートフォンをしまった。

 ふと、疑問に思っていたことを思い出して、私は剣持勇也に尋ねる。

「ところで、剣持くんは『グリッテ王国へようこそ』というゲームは知っているか?」

「ぐり……なんて?」

「いや、知らないなら良い。」

『グリッテ王国へようこそ』というのが、フィデリオが登場する原作のゲームらしいのだ。

 茨城美姫は、このゲーム及び派生した漫画やアニメに惹かれたそうだが、そうか剣持勇也は知らないのか……。

 となると、異世界召喚の魔術は、剣持勇也だけを狙っているわけではない、ということになる。

 何人かに候補をしぼって、そのうちの誰かが引っ掛かるように罠を仕掛けているのか、それとも手当たり次第なのか……

 異世界召喚という大魔術に手を出している以上、失敗できないぶん、候補はできる限りしぼって作戦を練っているとは思うのだが。

 まだ敵のしっぽが掴めないのが歯痒いと思った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る