第7節 亜久津さんは茨城美姫を心配する

 思っていたよりも、まずいな……。

 茨城美姫がぽつぽつと話す身の上話を聞いた私の率直な感想だ。

 彼女の過去は、正直に言えば私にとってはどうでも良い。

 周囲から虐げられていた彼女が、学校のマドンナと呼ばれるまでになるまでには、言葉だけではわからない想像を絶する苦悩や戦いがあったことだろう。だが、それはもう過ぎたことだ。問題は、彼女の現在の状況だ。

 剣持勇也から感じたのは、日常に対する倦怠感だったが(何故か私が彼の家を訪ねた日以降は、それが彼から消えたようなので安心している)今の茨城美姫が抱えているのは、「この世界に誰も自分を理解してくれる人がいない」という孤独感だ。

 倦怠感にしろ孤独感にしろ、異世界召喚に巻き込まれやすいのは、自分の属する世界に不満を持っている子供や若者だ。絶望感が高い分、彼女の方が危ないかもしれない。もし仮に、茨城美姫の抗魔力が低かったとしても、魔術師が無理に勇者適性を補正して、異世界で闘えるように仕立てあげることも可能ではあるのだ。そう、勇者は男がなるとは限らないのだから。

 茨城美姫が、現実とは違う、紙や電子上の人物に心惹かれている、というのは決して悪いことではない。私が元いた世界でも、物語の英雄に心ときめかせる村娘や、会ったこともない貴族の嫡子の噂だけで熱を上げてしまう令嬢など珍しくもなかった。

 しかしそれにしたって相手が悪すぎるだろう。どうしてよりによって「フィデリオ王子」なんだ。


 あの本に描かれていたフィデリオ王子は、明らかに私が元いた世界の人間側の第2王子フィデリオをモデルにしている。

 キャラクターとして人気を出すために、だいぶ脚色しているところはあったが、傲慢で女たらしなところは間違いなく奴だ。

 茨城美姫がもしも「本物のフィデリオ王子に会える」などと唆されたら、彼女は召喚魔法に応じてしまうかもしれない……そんなに馬鹿な乙女では無いとは思うが、魔術師の詐術は巧みだ。不安は拭えない。

 それにしてもさっきの本、化粧室で中身を見てきたが、驚くほど元の世界に近い描写だった……町並みや人々の暮らしぶり、王宮の様子など、多少脚色しているが、明らかにあちらの世界がモデルだとわかる。もっともそれがわかるのは私だけだろうが。

一体何者なんだ、ミラクルエンジェルとかいう執筆者は。

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