第6節 茨城美姫の独白

 私、茨城美姫は、中学生の時は身長150㎝、体重100キロを超える肥満体型だった。

 おまけに人付き合いも苦手で、暗くて、教室の隅に息を潜めて、太い体を丸めているような子供だった。

 小学校、中学校では格好のいじめのターゲットだった。

 一度、両親や先生に、いじめられて辛いことを相談したこともあったけど、他の子みたいに元気に外で遊んだりしないお前が悪い、ちょっと運動して痩せたら? と取り合ってもらえなかった。しかも大人に話したことがバレて、いじめは更にエスカレートした。無視されるだけならまだ楽だったのだけど、休み時間や放課後にずっと嫌な絡み方をされたり、物が隠されたりなんてことはしょっちゅうだった。トイレに入ってたら上からホースで水をかけられたことも……これ以上は、思い出すだけで吐いてしまいそうなほど、気持ちが暗くなる。

そんなときに、とある漫画のキャラクターに恋をしたことがきっかけで、私はその漫画、更にはそれを原作に作られたアニメ、ゲームにはまって、ますますクラスメイト達との距離を広げることになった。いわゆる大衆に受けている少年漫画や少女漫画なら良かったのかもしれないけど、私がはまったのはちょっとマイナーで、同級生は誰も知らないような作品だったから。

 漫画の中の王子さまは、私をいじめはしないけど助けもしないことに気がついたのは中学3年生の頃。

 このまま一生を過ごすなんて地獄だと思った。受験勉強と同時進行で、がむしゃらにダイエットをして、一気に50キロも痩せてしまった。そして、ちょっと髪型を整えて、眼鏡からコンタクトに変えて、大人にバレないように薄いメイクをしたら、今の私ができあがった。

 高校に進学して私の環境は一変した。周りはみんなちやほやしてくれるし、苦手だった人付き合いも、とりあえず周りに合わせて笑っているだけで何とかなった。ファンクラブができたときいたときには、思わず笑ってしまった。

 親の態度も急変した。やっと自分達の娘らしくなってくれた、と嬉しそうに言われて、何とも言えない気持ち悪さを味わった。

 確かに外見は変わったかもしれない。

 でも、私は、中身は何も変わってない。

 今でも、人の顔色ばかり気にする、弱虫な自分のままだ。小中では周囲にブタだのブスだの死ねだの言われていたのが、高校になったらみんな親切になったので、逆に人間に不信感を覚えた。(今の高校に過去の私を知る人は誰もいない。そういう学校を選んだんだから。)

 いつもニコニコしてるって思われたいからそうしているけど、心から楽しいと思えることなんて殆ど無い。

 私が心の底から癒されるのは、ゲームや漫画の推しキャラを愛でているときだけ。

 でもそんなことがバレたら、私から一斉に人は離れていくだろう。再びいじめの地獄が待っているに違いない。

 とにかく、もうあの地獄の日々に戻りたくない一心で、これまでやってきた。

 私の心にあるのは、ただ嫌われたくない、いじめられたくないという恐怖心だけ。再び太ってしまうのも怖くて、高校に入ってからは、ずっとサプリメント漬けの毎日を送っている。

それがまさか、あの亜久津さんに自分達の趣味がバレることになるとは思ってもみなかったけれど。

「こんなことになるなら、ダイエットしたときに一緒に、オタク趣味のものも全部捨てて、心も生まれ変われたら良かったのにね。」

私は、亜久津さんに言い訳したいような、自虐したいような気持ちでそう言った。

対面に座る亜久津さんは、なんだか苦虫を噛み潰したような顔をしている。せっかく、私と違って(たぶん)元々綺麗な人なのに台無しだなと思った。

 


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