第5節 プリンアラモード

「あっ、亜久津さん。頼んでたもの、来てるよ。」

 喫茶店の化粧室を出て席に戻ると、茨城美姫が緊張した面持ちで声をかけてきた。もうマスクやサングラス、帽子は外している。というか一緒にここまで歩くのに、目立って仕方がないので外させた。

 その顔立ちは西洋人形のように整っているが、ひどく不安そうだった。彼女にそんな顔をされると、こっちが悪役の魔女になったような気持ちになってくるので、正直、止めていただきたい。

「ありがとう。ごめんなさいね、ご馳走になってしまって。」

 そう、「何でもする」と言った茨城美姫に私が要求したのは、この喫茶店のデザートをおごってもらうことだった。できるだけ、あの本と値段が近いものを選んだつもりだが、ずっと食べてみたいと思っていたものだ。

 ふと、茨城美姫の席を見てみると、彼女の目の前には何の料理も運ばれてきていない。

「茨城さんは何か食べないの?」

「わ、私は良いから、食べて?」

 彼女の注文したものは後から来るのだろうか。まぁ本人が良いと言っているなら変に遠慮しなくても良いか。

「どうもありがとう。では、これで今回のことはチャラってことで。それでは、いただきます」

「えっ……い、良いの?」

 茨城美姫はひどく驚いた顔をしている。何をそんなに戸惑っているんだ?

「良いも何も。これ以上、茨城さんが何かする必要なんて無いじゃない。」

 本当なら、おごってもらう理由も無いんだが、彼女が何かしないと気がすまなそうだったのだから仕方がない、ということにしておく。

 何か言いたげで、しかし黙ってしまった茨城美姫から、私は注文したデザート……プリンアラモードに意識を集中する。

 ガラスの方舟には、プリンを中心に、バニラアイス、缶詰のフルーツ、生クリーム

が贅沢に飾られている。

 プリンは少し固めの食感だが、それが良い。むしろ最近のプリンはトロトロを意識しすぎだ。

 プリンに生クリームと少しのバニラアイスを絡めて、口に入れる。うん、少し苦めのカラメルソースが良い感じだ。

 一口目を食べきってからは、フルーツ、アイス、クリーム、プリン、またアイスを順不同で口に運び、それぞれの味をゆっくり楽しむ。おいしい。

「……阿久津さんって、いい人なんだね。」

「え、何が?」

 味に集中していたところに、突然だんまりだった茨城美姫が話しかけてきたものだから不意を突かれてしまった。

「その、スイーツ1つで黙っててくれるなんて。その気になったら、脅したり揺すったりすることだってできるのに。」

 私を一体なんだと思ってるんだ……と、思いかけて、ふと気がついた。

「もしかして、こんなことが原因で、脅されたことがあるの?」

 びくり、と彼女が肩を震わせる。

「……まぁ、話したくないなら話さなくても良いけれど。」

 実際、プリンアラモードの味に集中したいのに、特に親しくもない彼女の身の上話など聞かされるのは、こっちも御免だ。

「……亜久津さんになら、話しても良いかな。」

 は?

 おいやめろ、私を巻き込むな。

 私のささやかな願いもむなしく、茨城美姫はぽつぽつと語りだした……。



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