第3節 秘密の書

 茨城美姫のことは気になるものの、剣持勇也の時のように危険な誘導体を持っているでもなければ、何か魔術が仕掛けられている様子もないので、一旦、彼女に関しては保留だ。剣持勇也の件が落ち着いたところだし、たまには甘味以外で気分転換でもしよう。私は、放課後に書店へ寄ることにした。

 この世界では、庶民も廉価で書物を簡単に手に入れることができる。元いた世界では、本は高級品だった。所持できるのは僧侶か貴族か魔術師くらいのもの。そもそも字が読める人間が圧倒的に少なかった。そして本の種類も少なく、聖書、魔術書、歴史書、哲学書くらいだったか。少なくとも娯楽用の書物なんてものは無かった。

 こちらの世界の科学や数学の知識は、ほぼ元の世界の原理を応用すればだいたい理解できたのだが、歴史書、哲学書については、元の世界と全く違うところもあれば、思わぬところで似かよっている部分もあって、読んでいて非常に興味深い。また、絵と文字で架空の世界を描く漫画というものには驚いた。異世界召喚を題材にした空想物語については、色々実情と違う部分も多いが、人間が頭をひねって想像した産物であるし、実際に行ったことがある人間などいるはずもないのだから仕方なかろう。むしろ、人間はこんな想像をするのか、という視点で、おもしろく読める。

 最近では書物もすべて小さなスマートフォンで閲覧できるそうで、普段は私もアプリを使って書籍を読んでいる。だが、書店に行って、元の世界では高級品だった書物がずらりと並んでいる様を見るのが楽しく、良い気分転換になるのだ。その気になれば書店にあるすべての本を透視して中身を見ることもできるのだが、人間のルールに反するので、やらない。

 こちらに飛ばされてから、気に入った本屋はあるのだが、今日は新しい店に挑戦してみることにする。

 通学路から少し外れた、ビルの中にある書店に入る。こちらの店は初めてだが、どうやら漫画を中心に取り扱っているらしい。漫画の登場人物を模した文具やキーホルダーなども売っている。ふむ、漫画やゲームの愛好家が多く利用するのだろう。何かおもしろそうなものが見つかると良いんだが。

 

……ん?


書架の片隅から、異様な気配を感じる。


まさかと思って気配の元を辿ると、1冊だけ妙な魔力を纏った本があることがわかった。

本の中身を見ずともわかる。これは誘導体だ。しかも、先日剣持勇也が拾った石と魔力の系統がよく似ている。

おいおい、なんでこんなところに。

その書架は、店の奥の、あまり人気の無いところにあるとはいえ、一般人がうっかり買ってうっかり開いてうっかり異世界召喚に巻き込まれる危険性はゼロとは言えない。

 この本に勇者候補は興味を持つ、と向こうの魔術師は考えたのだろうか?剣持勇也が興味を惹かれそうな内容なのか……?

それとも、もう向こうも自棄になっているのだろうか……?

 まったく、油断も隙もないな。

 今日は本を一冊買えるだけのお金しか用意していない。勿体無いが、召喚魔法を防ぐため、私がこの本を買って処分するしかないか。

 私がその本に手を伸ばし、手に取ろうとしたその時。

 突如、横から伸びてきた手が、私の手と重なった。

 誰だ、こんな本に興味を持ってしまった憐れな奴は。

 反射的に、手が伸びてきた方を振り返ると、そこには、サングラスとマスクと帽子で顔を覆い、真っ黒な薄手のコートに身を包んだ人物がいた。

 ……えっ、茨城美姫?

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