第9節 亜久津さんは異世界召喚について語る

 抗魔力の高い剣持勇也に、隠し立てするよりは、いっそ事情を話してしまって信用を得た方が得だと判断した私は、彼の置かれている状況を説明した。念のため、泥を撃退する前に張った結界はそのままにして、その中で話す。

 私が、もともと別世界の生物であること。

元いた世界では、ここ、現代日本から人を勇者として召喚し、魔王と戦ってもらおうとしていること。私はそれを止めにきた、ということ。

 そして、これはまだ確定事項ではないが、剣持勇也が勇者候補として狙われている可能性が高い、ということ。

 幸い、この世界では、召喚魔法によって異世界に召還されたり、移転したりする小説が流行しているようで、そもそも異世界召喚とは何か、という説明が省けたのはよかった。

 しかし、剣持勇也本人は、なかなか自分のこととして受け止めることはできない様子だ。まあそれはそうだろう。猛スピードで受け入れられたらむしろ怖い。だが、先程見てしまった魔界の泥と、私が使った魔術、それにこの結界を見れば、信じざるを得ない、と彼は言った。

「でも、向こうの人、困っているんだよね……? 俺でも、役に立てるんだったら」

 この世界の人間のお人好しな性格は一体なんなんだ。病気か何かなのか。

「いや、止めておいた方が良い。そもそも、自分の世界の問題を、別世界の人間になんとかしてもらおう、というのが間違いなんだ。」

「でも……。」

 見たこともない人間に同情しているらしい彼に、私はため息をつきながら言う。

「簡単に言うとだな。異世界召喚なんてものは、高校野球で例えるなら、弱小野球部が、どうしても試合に負けたくないからと言って、本人の許可も得ずにメジャーリーガーを呼び出して、すみませんがうちのチームの為に戦ってくれませんか、と頼むようなものだ。しかも本人に拒否権が殆どない状況で。」

「え、俺メジャーリーガー級ってことなの?」

「……連れてきた一般人を無理やり改造して、メジャーリーガー並の選手に仕立て上げる方法もあるぞ。」

「え、何それこわい。」

 うん、改めて他人に説明してみると召喚魔法って本当に外道な魔法だな。要は見知らぬ人間を拉致して兵士になってもらう方法ってことだからな。

「それに、慣れない世界で暮らしていくのは大変だぞ。あちらには電気も通っていないし、寝床だって、地べたに毛布を敷いてなんとか寝ている人間がほとんどだ。食料事情も貧しいから、美味な料理や甘味を楽しむことは、一部の特権階級にだけ与えられた贅沢……それだって、こちらの料理に比べたらゴミみたいなもんだぞ。」

「阿久津さん、料理に対する熱がすごいよ……でも、どうして亜久津さんはそんなに俺のことを心配してくれるの?」

「あ、それは簡単だ。君が異世界に召喚されたら、私も元の世界に帰らないといけないんだ。そもうあんな飯がマズい世界には戻りたくない。私はこの世界で普通に生きたいんだ。」

「なんて力強い返事なんだ……。」

 正義感もへったくれもない私の返事に、剣持勇也は取り敢えず納得したらしい。

「今後またこういったことに巻き込まれるかもしれない。何かあったら、必ず私に相談してほしい。」

 私の言葉に、剣持勇也はうなずいた。よしよし、素直なのは良いことだ。

「ところで、亜久津さん、口調変わった?」

「……素を隠すのが面倒くさくなった。」

 なんだか、自分の素性まで打ち明けておいて、口調を偽るのが馬鹿らしくなってきてしまった。そんな私を、何故か剣持勇也はちょっと嬉しそうに見て、ふふ、と笑った。なにがおかしいのか、全くわからない。

 さて、そろそろ帰ろう。結界を解除すれば、時間と場所は、彼が襲われた直後に戻る。かなり話し込んでしまったが、結界内の時間の経過は、現実世界には反映されないのだ。

「……ところで剣持君。私が帰った後、家にいたのにどうしてあんな所にいたんだ?」

 結界を解除しつつ、気になったので彼に尋ねる。まあどうせコンビニに行きたかったとかそんな理由だろうと思いながら。

「あ、いや、亜久津さんがウチを出たあと、ニュースで通り魔事件があったことを知って、心配になって……。」

「……通り魔?」

 なんだと。では、最初に襲われたのは剣持勇也ではない、ということなのか。

「いや、でも、それ同じ奴かわからないし……。取り敢えず、帰り道には気を付けた方が良いよ。」

 彼に言われて、大人しくうなずいたが……なんだか、引っ掛かるものを感じた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る