第8節 亜久津さん、勇也を分析する

 邪眼の力がうまく働かなかった? 

 いや、こちらの世界にやってきてから使った他の魔術は完璧に発動していた。また、邪眼による魔法陣破壊も難なくこなした。眼に異常が発生しているとは考えにくい。

「亜久津さん、どうしたの……わっ。」

 剣持勇也を囲っていた籠を消して、落下する彼を受け止める。

 そして、腕の中の彼を改めて観察する。魔力の欠片もない、至って平凡な少年にしか見えないが……。

「あ、亜久津さん、あんまりじっと見つめられると恥ずかしいよ……あと、そろそろ降ろして。」

 知るか。こっちは酔狂で見ているわけじゃないんだ。

 しかし、どれほど観察しても、彼に変わった所は見られない。

 私は抱きかかえていた彼を地上に降ろした。

 ……見てもわからないとなれば、残されている確認方法はごくわずかだ。中でも一番確実な方法は……。

 私は、彼にわからないように、目に見えないほどの小さな光の棘を魔術で出現させる。なぜか顔を真っ赤にして黙っている彼の、右手人差指の腹を狙って、ちくりと刺した。

「いてっ、ん……?」

 剣持勇也は、小さな痛みを感じてわずかに眉をひそめ、訝しそうに右手の人差指にぷっくりと浮かんだ血の玉を見た。

「剣持君、指。」

  すかさず、彼の右手首を掴んで引き寄せる。すまんな、その血で確かめたいことがあるんだ。

「えっ、だ、大丈夫だよ、唾つけときゃ直るって……。」

 剣持勇也の言葉を聞き流して、私は彼の指から出た血を舐めとった。

「へああああああ!?」

 剣持勇也の絶叫が響いた。……あ。この血、ピリっとする。ぱっと剣持の手を離した。

 私としたことが、どうしてもっと早く気が付かなかったのだろう。……いや、彼に魔術が行使されたのはこれが初めてだ。気付けるはずもなかったか。

 剣持勇也は、抗魔力が高い……つまり、魔術や呪いにかかりにくい体質なのだ。

 抗魔力というものは、その性質上、魔術にかかってみなければ、その有無を見た目で判断することができない。体液を舐めてみてやっと、私たち魔族に抗う力があるかどうか、確証が持てるのだ。ちなみに抗魔力が低い処女の血は、元の世界の魔族の大好物でもある。

 まったく厄介な……だが、なるほど。抗魔力は、一番勇者に必要な要素かもしれない。

「あ、亜久津さん!! あのねえ、いくら何でもやっていいことと悪いことがあるんだからね!」

 しかし、困ったな。抗魔力が高いと、いくら私が強力な記憶消去の魔術を使ったとしても、ひょんなタイミングで記憶が戻ってしまう可能性がある。それで後でパニックになられては却って面倒だ。ふむ、だったら、いっそ……。

「ちょっと、亜久津さん、聞いてるの!?」

「剣持君、話がある。」

 私が静かに言うと、騒いでいた剣持勇也がぴたりと黙った。

「な、何……?」

「これから大事な話をしたいんだ。ちょっと付き合ってほしい。」

 邪眼の力は敢えて抑えて、先ほどやや乱暴につかんだ彼の右手を、今度は丁寧に両手で包み込んで握った。私がここまで他人に丁寧に接するのは珍しいんだぞ、剣持勇也。

 剣持勇也は、口を魚のようにパクパクさせていたかと思うと、やがてうつむいてしまった。

「……ず、ずるいよ、亜久津さん……。」

 小声でそう呟くのが聞こえたが、一体何がだ。

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