勧誘

 シュナイダーを収容・修理を行っている格納庫では、喜びではなく緊張感だけが周囲に拡散しており、その場にいる士官と整備班を務めるメカニックが所狭しに動き回っていた。

 帰還するヴェリオットたちが乗るシュナイダー部隊を迎え入れようと大急ぎで手を動かしているのだ。

「…………」

 整備班の一人が「急げ!」と大きな声で口を動かす中、格納庫を囲む壁の一部に背中を寄せるエルマ。

 元々、彼女は軍には関わりのない一般人であり、メカに対してあまり詳しくもないため、邪魔にならないようにひっそりと立っていた。

 その近くから気配を感じたエルマはその方向に顔を向ける。その方向から彼女の母であるラヴェリアとノーティスがこの場所に訪れて来ると、彼女は二人の傍まで走り出した。

「ご苦労様ってことかしら。……ま、私もそうだけど」

「お母さん!」

 格納庫へ訪れたラヴェリアは自分の呼び名が聞こえた方向へ顔を向ける。そこからエルマがやって来た。

「ちょうどよかった。すぐに迎えに行くわよ」

「迎え?」

「この国の英雄様をよ」

 何かの冗談にも思えた彼女の言葉にピンときたエルマとノーティスは揃って、英雄の帰還を待つことにした。


 それから数分後、ようやくヴェリオットたちが乗るシュナイダー部隊が皇宮に赴いてきた。その上にはヴィハックの侵攻を食い止めた立役者である二機が飛んでおり、彼らと共に向かってきていた。

 遠くから見ても、どの機体も目立った外傷がなく、コクピットに座っているアドヴェンダーの顔を見ずとも全員生きていることが分かる。

 特に帝国で開発されていないアルティメスとアスクレピオスに関しては、再三新型の攻撃を受けても問題なく稼働していた。

 皇宮の前にそびえ立つ巨大な門が迎え入れるように開かれると数機のディルオスが門を通り、地下に増設された格納庫へと突き進んでいく。

 さらに彼らと共に来ていたルーヴェたちは空を飛んだまま門を通ることなく、その上を超えていった。皇宮の敷地に入ったルーヴェはルヴィアーナに着地を促す。

「降りるぞ、ルヴィア」

「はい」

 二機は飛んだまま地面に近づくと噴射を続けていたスラスターを切り、重力に任せて皇宮の敷地内に着地した。そして、それぞれ展開していたスラスターを閉じ、そのままヴェリオットたちについていくように格納庫へと向かっていくのだった。


 格納庫の壁の一部が左右に開き、奥からディルオスが入ってきた。戦場から生きて帰ってきた戦士たちの帰還だ。その奥からも同じ形状の機体が行進するように次々とこの場所に入ってくる。

 そして、行進の最後にディルオスとはまったく外観が違う機体が入ってきた。先の戦場の立役者だ。初めて見る機体に整備班らは見入るように立ち尽くしていた。

「何だよ、アレ……」

「カッコいい……」

 騎士とは異なる外観の前に魅了された者たちから声が出てくる。未知の存在に刺激を受け、今行うべき仕事を彼らは頭の中から忘れかけてしまう。

「!」

 ルーヴェは皇宮を上から見ていると地上にいる何かを発見する。モニターの一部を拡大してみると、格納庫内に留まっていたラヴェリアたち三人が戦場から帰ってきた自分たちを待っていた。

 二機が着地したことを確認したラヴェリアたちはそのまま彼らの元へ歩み始める。

 アルティメスと並ぶように降り立ったアスクレピオスは、それよりさらに姿勢を低くしつつ右ヒザを曲げ、地面に接地させた。

 降りるのを待っていた三人が二機の元へ来るとその二機の胸部にあるハッチが上に開き、ルーヴェたちが姿を現した。

「フウ……」

 数時間ぶりに外の空気を吸ったルーヴェはハッチに搭載されたワイヤーを使用してアルティメスの足元へ降りていく。

 一方、ルヴィアーナは胸部からアスクレピオスの左手に移り、そこから伸びる指を操作して足元に移動していった。その理由は、ワイヤーによるコクピットの昇降に慣れていないためである。

 ルーヴェよりも先に降りたルヴィアーナの近くにノーティスが走り寄ってくる。するとルヴィアーナは糸が切れたかのようにバランスを崩し、彼女に体を預けた。激しい息遣いがノーティスの耳に入ってくる。

「ハァッ、ハァッ……!」

「姫様! どうしたのですか!?」

「初めての戦闘だったことだし、疲れが出たんでしょうね。大したことではないわ」

「…………」

 おそらく極度の緊張感が続いたため、彼女の中に溜め込まれていた疲労度は半端ではなかったようだ。地上に降りる時も神経をすり減らしたに違いないとノーティスは頭の中で推測する。よくここまで耐えたものだと彼女は小さく微笑んだ。

「でも、さすが皇女様ね。実戦でいきなりアスクレピオスの性能を引き出すなんて」

「当たり前だ。俺の妹なんだからな」

「ルーヴェ君……」

「でもまぁ、ゆっくり休ませておきたいしな……。ノーティス、妹のことは頼んだぞ」

「!……わかりました。任せてください、ルーヴェリック様」

 ルーヴェの指示をしっかり聞いたノーティスは疲れ果てた主を抱えたまま、ゆっくりと彼女の部屋へと赴いた。

 このまま一晩中眠りにつくかもしれないため、彼女には安らかに眠らせおきたい。ルーヴェの頭の中にあるそんな思いをノーティスは察し、彼の背中を見ていたエルマとラヴェリアも同じ気持ちであり、あえて言葉を発さなかった。

 そのルーヴェの元にカツカツと聞こえてくる足音と共に二人の影が近づいてくる。その気配にルーヴェは気づくとそのまま体ごと振り向いた。その人物とは、彼と共に帰還していたヴェリオットとグランディであった。ちなみに、この二人に関してはルーヴェにとっては既に見知った存在でもあった。

「アンタたちは……」

「……まさか、本当に生きてらしたとは……」

「?」

「今回の戦闘に救援をしていただき、本当にありがとうございました! さすがは我がガルヴァス皇族の皇子でございます!」

「⁉」

「それに……ルヴィアーナ様も大変苦労を重ねてしまったことは、自分たちの未熟さによるものだと反省しております。それに申しましては感謝という言葉しかありません!」

「…………」

 突然二人が揃って姿勢を低くし、自分との身分の違いを表す姿を取ってきたことにルーヴェは戸惑いを覚えてしまう。元々皇族として生まれてきた彼にとっては別に知らないわけではないのだが、改めてその身分の違いを見せつけられるのは気持ちのいいものではなかった。

 さらにはシュナイダーから降りてきたアドヴェンダーたちもぞろぞろとルーヴェがいる場所まで集まってくるとヴェリオットたちと同様に姿勢を低くする。助けていただいたという感謝をルーヴェに対する敬意として払っているつもりだろう。一向に頭を上げようとしなかった。

「フフ……人気者ね、彼。まあ、当然と言えば当然だけど……」

「…………」

 ルーヴェたちの様子を横から見ていたラヴェリアは小さくほくそ笑む。その彼女の隣で見ていたエルマは珍しそうにルーヴェを視界に捉えている。

 今は立場が違えど生まれながらにルーヴェの中に流れる高貴なる血には逆らえないという人間の様子がそのまま表現されており、いつ見ても興味を持たずにはいられないからだ。

 しかも作業を進める整備班の者たちの視線がそのままルーヴェたちの方へ向けられており、作業を行うはずの手も止まっていた。

 一向に顔を上げようとしないヴェリオットたちを見て、ルーヴェは気まずそうに頭を掻き、天を見上げつつ両目を隠すように手を置くと諦めるように口を開いた。

「あぁ……もういいから、頭を上げてくれない? こっちが恥ずかしくなる」

「?」

「あの時まではそうだったかもしれないけど、今の俺は皇子じゃないから。ホラ、アンタたちもやることがあるなら、さっさとどけてくれない? 手を動かしている人の邪魔にもなるし」

 ルーヴェは顔を元の位置に戻し、左手でシッシッと左手で目の前のものを追い払うように振ると顔を上げたグランディはキョロキョロと周りを見渡し、自分たちの今の状況を理解した。

「!……す、すいません! お手を煩わせてしまって……」

「構わないから、ヴェルジュの様子を……」

「分かりました! 行くぞ、グランディ! お前たちも一応医務室に足を運んでおけ!」

「「「イエッサー!!」」」

 ヴェリオットの掛け声で、この場にいた兵士たちは彼の指示通りに足を運んでいき、彼も主がいると思われるその場所へと向かっていった。

「ハァッ……!」

 それを見届けたルーヴェは深くため息をつく。自分に向かってペコペコと頭を上げるその姿を見るのはやはり抵抗感があり、それがいなくなると一気に気分が抜けていったのである。その彼にずっとその様子を見て黙り込んでいたラヴェリアたちが近寄ってくる。

「じゃあ、私たちはお客さんらしく別の場所に移動しようかしら」

「そうしよう。今日はドッと疲れたわ……」

「決まりね。エルマ、行くわよ」

「え!?」

 格納庫を後にして、別の場所で待機しようとするラヴェリアの意向に賛同したルーヴェ。

 一方、ラヴェリアはエルマもついてくるように促すが、突拍子のないことに彼女は思わず驚嘆してしまう。

「えっ?って、当然じゃない。忘れたの? あなたはお尋ね者だってことに……」

「あ……」

「別に悪いことはしないだろうし、……まあ、ほとぼりが冷めるまでは休んでも構わないしな……」

「……それなら……」

 母の助言にエルマは本来の目的をすっかり頭の中から抜け落ちていた。そもそもウイルスの感染の疑いをかけられていた彼女は自分の変化を調べるために母親であるラヴェリアの元へ赴いたのだ。それからは危険を察知してまた本国へと戻ってきて、ラヴェリアの手伝いをするなど当初の目的を頭の奥へと追いやっていたのだ。

 ルーヴェが今は安全だと彼女の心が軽くなるように声をかけるとエルマはラヴェリアの言葉に賛同した。ところが、それに待ったをかける者の声がその後ろから聞こえてきた。

「ちょっと待ってください! この状況を見て、何も手伝おうとしないんですか!? ラヴェリア博士!」

「?」

 その人物とは、キール・アスガータ。ラヴェリアと同じ分野を専攻する天才科学者である。

 彼は戦闘が終わってもなお休む暇もなく、帰投したシュナイダーの整備・修理などに追われていた。

 その声を聞いて、ルーヴェたち四人は振り向くが、ラヴェリアは不機嫌そうな表情で格納庫の様子を見るのだった。

「何よ」

「手が空いているなら、手伝ってくださいよ。こっちはメッチャクチャ忙しい身なんですよ……」

「それはあなたたちの仕事でしょ。私が関わっていい問題じゃないわ」

「え~~」

 キールは同じシュナイダーの開発に詳しいラヴェリアに手を貸すように頼み込むが、当の本人は自分の仕事ではないと突っぱねてしまう。

 彼と共に作業を行う整備班らも一生懸命手を動かしながら進めているものの、新型によるウイルスの発症でこの場を離脱した者もおり、人手が足りないことからキールはラヴェリアに頼もうとしていたのだ。

 しかし、ラヴェリアは、かつては軍に協力をしていた身ではあるものの、今はその籍を捨てている。侵攻の時はシュナイダーの修理や電源の復旧に手を貸しているが、あくまで応急処置を施したわけであり、特に義理を果たすようなことをしたわけではない。

 現在の彼女はあくまで一般人という立場であり、その前に引かれた境界線から飛び越えることを避けるためであった。

「お母さん、手伝ってあげても……」

「ダメったら、ダメ。あなたがここにいるだけでも運がいいと思いなさいよ。気持ちは分からなくもないけど……」

「でも……」

「なら、君に手伝ってほしいよ! あの時、すぐにプログラムを書き換えた君なら問題はない! もしも細かいことや分からないことがあるなら僕が教えてあげるから!」

「…………」

 別方向からエルマの援護射撃が飛んでくるが、ラヴェリアは物ともせず、意志を曲げようともしない。すると今度はキールがエルマに近づき、興味を浮かべたかのような表情で自分たちの仕事に引き込んできたのだった。

 キールからの思いがけない勧誘にエルマは苦い顔で戸惑いを感じてしまう。

 そもそもラヴェリアと同じ科学者を目指していた彼女にとって、これは好機だと捉えていた。今までは母親のことを嫌っていたエルマだったが、やはりその影響を受けていたことは少なくなく、本気で科学者の道を歩んでいたのだ。

 しかもヴィハックの侵攻で機能を停止させられた皇宮の立て直しに彼女自身が尽力していたこともあり、キールはそこに目を付けたわけである。

 そのキールの瞳には物欲しそうにキラキラと光り輝く。まるで純粋で珍しいものに興味を抱く小さな子供のようであった。

 未だに成人にもなっていない高校生にもかかわらず、複雑なプログラム入力を行うなど不可能に近い。しかし、彼女の才能は間違いなく母親であるラヴェリアと似たようなものだとキールは睨んでおり、その片鱗を見逃すことなどしなかった。

 ところが、当の本人はすぐに答えようとしなかった。いや、できなかった。

 今の彼女の頭の中は理解が追い付かず、順序そのものが全く整理できていない状態であることは言うまでもなかった。

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