対面

 とある部屋の一画。

 戦闘から時が経ち、すっかり黒が支配する夜となった街中でその中心に建てられた皇宮にて明かりが点いている部屋の一つがそこだ。

 その部屋の中央にて、両端が半円かつ横長という、一つの円が伸びたような形をしたテーブルが並べられている。

 そのテーブルには大人数がそれぞれ向かい合うように椅子が配置されており、これらが使用される目的は主に、この場に訪れる人間たちのそれぞれの意志が強くぶつかり合う、言葉による戦争が昼夜関係なく繰り広げているのだ。

 そのテーブルの外が見える窓際には右からラヴェリア、エルマ、ルーヴェ、そして体力を回復させたルヴィアーナの四人が何かを待ち構えるように座っている。また、その後ろにはノーティスがルヴィアーナに寄り添うように立っていた。

 反対に出入り口が見える方のテーブルには、左からラドルス、ルヴィス、そして無理やり医務室から抜け出したヴェルジュの三人がルーヴェたちと向かい合うように座っていた。その後ろにはケヴィルが立っている。

 その中でルヴィスはルーヴェの姿を見て、驚くように目を見開かせていた。彼らの目の前に死んだと思われていた義弟がいるのである。驚くのも無理はなかった。

「本当に生きていたとはな……。しかし、なぜ私たちの前に現れようとしなかったんだ? ……ルーヴェリック」

「…………」

「聞こえているのか!? オイ!」

 ラドルスたちを前にして名前を呼ばれたルーヴェは腕組みをしたまま口を開こうとしない。その態度を不快だと感じたヴェルジュは思わず声を荒らげる。十年も言葉を交わさなかったせいもあって、彼らにわだかまりがあってもおかしくない。ましてやお互い仲が良くなかったことも拍車をかけている。

 同じくその振る舞いを見ていたエルマとルヴィアーナは共に悲しみを含ませた視線をルーヴェに向ける。そのルーヴェは一向に腕組みを外そうとせず、鋭い目つきでラドルスたちを睨んでいた。

「……今までお前にしでかしたことについては悪かったと思っている。だから、お前が経験したことを話してくれないか、ルーヴェリック? 何でもいいから……」

「! ヴェルジュ義姉様……」

 ヴェルジュの対応があからさまに先程とは異なっていることにルヴィア―ナは驚きを見せる。今までの彼女とは大違いであった。

 元々、ルーヴェとルヴィアーナを産んだ母親の生家であるカルディッド家は小貴族であり、地位もかなり低かった。そのため、他の貴族からナメられることも少なくなかったそうだ。

 ただ、王妃として皇帝に見初められたのは彼女が他の貴族の淑女よりもかなりの美しさを持った人物であったからだ。小貴族としてはもったいないほどであり、皇帝は我がものにしたかったに違いない。それもあってか、皇帝を篭絡した魔女として見られることもあった。

 二人を産んでからは少なくなったものの、ヴェルジュを含めた大貴族であるクルディア家は依然として彼女を認めようとしなかった。

 もちろん、ルーヴェリック(ルーヴェと名乗る前)とルヴィアーナも彼女の子ということもあり、その対象に入れられていたのである。当然、ラヴェリアとの仲は良くもなかった。

 だが、今の彼女はルーヴェと対話を試みようとしていた。これまでの確執は抜きにして、とにかく言葉を交わそうとしていたのだ。

 その意志を感じ取ったのかルーヴェはずっと立ちはだかる扉のごとく閉ざしていた口を開いた。

「そんな昔のことなんざ、今はどうでもいい。……ただ、アンタがようやく俺を見るようになったことだけは褒めてやる」

「そうか……。だったら、今までに起きたことを話してくれ……」

「いいだろう。まずLKワクチンがどのように作られているのかアンタたちは知っているはずだ」

「LKワクチン?」

「デッドレイウイルスの特効薬に決まっているだろ?」

 LKワクチンという見知った単語を耳にしたラドルスたちはなぜそれが出るのか疑問を浮かべるが、ルーヴェは言葉を続ける。

「あのワクチンを作るには相当の時間を有する。実際、その担当を務めていたラヴェリアもかなり手こずっていた。だが、を利用してからはワクチンの製造が一気に進むようになったんだ」

「…………」

「そのあるものって言ったら、どんなものが思いつく?」

 説明を続けるルーヴェから出された問いに、ラドルスたちはそれぞれ答えを口に出す。

「それは……ウイルスそのものか?」

「いや、そのウイルスに感染した人間だろう」

「まあ、どちらも当たりっちゃ、当たりだが……厳密には少し違う」

「違うって何が?」

「……ウイルスに感染した人間はステージⅢを超え、死亡すると同時に、ヴィハックへと変貌する」

「「「!?」」」

 ルーヴェの口からでた衝撃発言にラドルスたちは揃って、驚愕に包まれる。彼らもどうやら知られていないためか事実を知って、冷静な態度が取れておらず、演技としては上手くもない。完全に不意打ちを食らった様子であった。

「バカな……。そんなことが本当にあるのか!?」

「事実よ。この目でハッキリ見たのよ。人間が異形の化け物になる瞬間を……」

「…………!」

 その事実を認めまいとルヴィスは言い募るが、反対にラヴェリアは肯定を続ける。

 元々、ラヴェリアはワクチンの最初の開発者である。ならば、感染した人間の末期症状がどんなものなのか知っていてもおかしくもない。それなのにラドルスたちが知っていないということは、外部だけでなく内部まで意図的に伏せられていたことが正しかった。

「やっぱり、知られていないんだ。まあ、がそれを許すとは思えないだろうし……」

「! まさか、父上が……?」

「ええ。そして、最初に私が見た感染者は、私の夫だったのよ」

「!!」

 そこにエルマが椅子をどかしてガバッと立ち上がる。いきなり大きな物音がしたことにラドルスたちは彼女の方へ視線を向ける。そのエルマはなぜか目を大きく開いていた。

「お父さんが……!? ちょっと待って! そんなこと一つも……!」

「そうですよ! なんでそれを……!」

「そりゃそうでしょ。特にあなたに言えるわけがないもの。それにルヴィアーナ様。あなたのお母様にも関わることですし……」

「え……!?」

 まだ聞かされていないことにエルマは憤慨する。さらにルヴィアーナも追い打ちをかけるが、ラヴェリアが彼女に重大な事実を伝えるとルヴィアーナは思わず呆気にとられた。その後ろにいたノーティスも同じ表情であった。

 すぐに我に返ったルヴィア―ナはラヴェリアの隣にいるルーヴェに気づき、視線を向けるとそのルーヴェもまた彼女に視線を向けていた。

「…………」

「!」

 両者の視線が交わされる中、ルヴィア―ナは彼もその事実を既知であることを察した。そこに割り込む存在の声が上がる。

「! お前はまさか、アレク・ラフィールの……!」

「「!」」

 先程から頭の中が整理できなかったルヴィスはようやくエルマが祖国の軍隊と深い関わりを持つ人物だったことに衝撃を受ける。同時に、三人は少女がラヴェリアの血縁者、つまり一人娘であること、この場にいる意味を察することができた。

 そして、その衝撃の余韻を後押しするようにラヴェリアは口を開いた。要約するとこうだ。

 十年前のあの頃、既にウイルスに感染して物言わぬ遺体となった夫をワクチン開発の研究を行っていた。

 ラヴェリアは自分で夫の体を斬り刻むことはかなりの抵抗があった。既に亡くなっているとはいえ、この手で親族に刃物を入れるのは予想できるはずもなく、拒否してもおかしくなかった。

 だが、これ以上の悲劇を起こさせないように彼女は覚悟を決め、ウイルスに対抗できるワクチンの開発を進めた。しかし、絶望はさらに加速する。

 彼女が覚悟を決めたその日、研究用の材料として大きな大の上に置かれていたアレクの遺体が突如、姿、形を変えていき、体中が黒に塗れていく。そして、死んだことを否定するかのように動き出した。それはかつて祖国へ襲い掛かった化け物であった。

「そんな……。じゃあ、ヴィハックは……」

「元は人間だったということよ……。もしかしたら、宇宙から飛来してきた個体も……」

「…………!」

 長年国を襲い掛かってきた化け物の正体に、ラドルスたちは戸惑いを隠せなかった。あの生物が人間から変化したものだったなど、受け入れられるはずもないからだ。

 もしそれが本当のことだったならば、過去にこの地球に飛来してきたヴィハックもかつては人間だったということに繋がる。それらを察したラドルスはその衝撃の余韻が残っているのか言葉を口にすることができなかった。

 一方でその事実を先に周知していたルーヴェたちは涼しい表情や悲しみを含んだ表情をそれぞれ浮かばせ、じっとラドルスたちを見つめていた。

「続けていいか?」

「!……ああ、済まない……」

 ルーヴェの応答にラドルスは答えるものの、動きがぎこちなく、たどたどしい言葉を発している。たとえ立場が逆転していたとしても同じ動作をするはずだとルーヴェは考える。それほどまでにこの事実は生身の体で受け詰めるには重かった。

「ところで、その方はどうしたのですか……?」

「処分したわ。いきなり動いて、助手たちを食らって、もうどうにもなんないと思ったら、この手であの人を殺していたのよ……」

「!」

 ヴィハックへと変貌していったアレクはそのまま研究室をメチャクチャにし、警備員が突入してもそのまま食らい尽くしていった。

 人ならざる者による蹂躙を目にしたラヴェリアは無意識に警備員が所持していたライフルを手に取り、自我を保てないままアレクを殺処分したのである。異形と化したアレクの遺体はそのまま焼却された。

 研究用として抜き取ったアレクの体の中にある血液は黒く染まっており、もはや生き物という概念はないに等しかった。しかも血液の中にウイルスが確認され、もし感染すれば自ずとヴィハックへと変貌する恐れがあるとラヴェリアは結論付けた。

 同時期に、世界各地でヴィハックの出現が相次いでいった。末期症状を到達し、ヴィハックへと変貌していった人間が同じ人間を襲い始めたのである。これがのちに神隠しと呼ばれる噂の正体であった。

 しかし、その事実は隠匿され、噂として流れる程度にとどまった。もしそのまま世間に知れ渡ったら、今度こそ国が崩壊する恐れがあったのである。

 事実を伝える勇気と、不安を与えなたくないという優しさのジレンマがラヴェリアの心に重くのしかかっていった。

「あの人を自らの手で終わらせた人殺しが、娘の前に現れるって、どんだけ傲慢なのかしら……。ホントに……」

「…………!」

 溜め込まれた思いを吐き出し、感情を漏らすラヴェリアは右手で顔を隠した。その指の間からは贖罪にも似た彼女の心が溢れ出た涙が流れていた。

 その思いを立ち上がったまま聞いていたエルマは母の苦しみを知る。

 化け物に変貌してしまったとはいえ、元は家族。この国を救うために夫の体を使用しているだけでも苦痛のはずなのに、その上で亡き者にするなんて簡単に気持ちが折れてしまうのも仕方がなかった。

 夫を殺した罪悪感に苦しんだラヴェリアはエルマと離れることで、苦しみから逃れたかったのかもしれない。それだけ彼女の心は徐々に黒く蝕んでいたようだ。

 母に襲い掛かった不幸がどんなものだったか想像するだけでも絶するほどだとエルマは言わずとも深く理解する。すると、彼女は無自覚で左の頬に涙が流れているのだった。

 ラヴェリアの口から出た真実に、ラドルスたちも表情を歪めている。祖国、ましてや父が起こした戦争の後始末がこんな残酷さを生み出すことになるなど想像できるはずもなかった。それはラヴェリアが夫を失ったと同様に、義弟と義母を失ったという深い悲しみが先行していたからだった。

 それを隣で聞いていたルーヴェは両手で前を隠しつつ顔を下に向け、涼しそうな表情を取り続ける。ところが、その心中は冷ややかにも見える表情とは裏腹に、あまり穏やかではなかった。

 大切なものを失う悲しみ、大事なものを手に掛ける罪悪感、そして身を粉にしてやり遂げる覚悟。どれも生半可なものではなく当時は理解することも学ぶこともなかったものだが、現在ではそれに秘められた思いがよく理解できる。

 彼もまた、生みの親である母、そして自身と血を分けた妹と暮らす毎日は苦痛ではなかった。周囲からの偏見には痛みを感じてはいたが、ほんの小さな幸せが彼の心を癒していたのは事実である。ところが、その幸せは続かず、五年眠りにつき、その五年が経った時に母や妹がいなくなっていたことには寂しさを覚えていたのである。

 その悲しさに共感したからか、ルーヴェは自らの手で世界を再生することを決めたラヴェリアと協力する道を選んだのだ。そこには利害が一致していたことも含まれていた。

 それは二人が、人間の所業とは思えないものに関わっていたのである。

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