決着
アスクレピオスの全身から放出されたゼクトロン粒子が機体を包み込み、球体のバリアと化していく。そのまま光線は球体に直撃し、アスクレピオスを食い止めると後ろにいたアルティメスは咄嗟にそれを支える。
「グッ……!」
ルーヴェはアルティメスを前屈みにしてアスクレピオスを支えるが、放射されるエネルギーが強大すぎるためか少しずつ後退させられる。舗装された地面には足と同じ形の跡が刻まれていた。
球体から弾かれ、さらに拡散されて行き場を無くしたエネルギーの奔流が二機の後方にいるガルヴァス軍より後ろへと突き進み、その矛先である地面へと落ちていった。中にはこれまでの戦闘でまだ傷ついてもいない建物もあり、赤い奔流が街を壊していった。
その本流から免れ、ルーヴェたちの後方にいた数体のディルオスはそこから動かず、上半身を屈んで自分の身を守る態勢を取っている。少しでも動けばエネルギーの奔流が襲い掛かり、命を落とす危険性があるからだ。
また、アルティメスとアスクレピオス、新型との戦いは既に異次元のものと化しており、コクピットに座っていたヴェリオットはそこに割り込むことができず、ただ戦闘を見つめていた。
実力は申し分がなくとも、予想以上の性能を発揮する両者があまりにも凄すぎて、目で追っていくことが精一杯であった。
同じ戦場に立っているにもかかわらず、ただ高みの見物をしているだけという自らの無力感を嫌というほど味わい続けていた。
ただ彼らの頭の中にあったのは、この国を守ってほしいという願いのみだった。
「まだこんな力を……! 大丈夫なのか!?」
「私が造り上げたアスクレピオスはこんなことでは倒れない! それにヴェルジュ殿下、彼らを信じなさい! 仮にも義姉あねでしょ!」
「…………!」
ヴェルジュはタイタンウォールを破壊した光線を受け止めるアスクレピオスを見て、この国を守れるのか疑念を抱いた言葉を口にする。
しかし、新型との互角の戦いを繰り広げた二機が終わるわけがないとラヴェリアの意志は揺らがない。それどころか、ヴェルジュに向かって喝を入れると彼女は押し黙ってしまった。
ラヴェリアの言う通り、今あそこで戦っている彼らもまた、帝国の皇族である。仮に母親が違えど共に育ってきた家族でもあり、そのことを一応理解していたヴェルジュは彼らへのこれまでの対応を、まるで間違っているように悩み始めるのだった。
「あなた達も!」
「「!!」」
「今あの化け物を倒せるのはあの二人だということを自覚しています? だったら、信じてあげてくれてもいいじゃないですか……!?」
「「…………」」
ラヴェリアの喝にラドルスとルヴィスも押し黙る。しれっと彼女が失礼な言葉を発していたことも気にかかるものの、それを捨て置き、二人も目の前に広がる光景から目を逸らさなかった。
前面にいたルヴィアーナも赤黒い光が視界を覆い尽くす中、バリアを解除されないように踏ん張っていた。
(こ……こんなところで終わりたくない。ようやくお兄様に会えたのに、ここで終わるなんて、認めたく……ない!)
ルヴィアーナの意志はもはや戦士のそれであった。国を守るという、たった一つの思いが今の彼女を作り出していたのだ。
「私が……この国を、守るんだぁーーー!!」
自らの力を振り絞る主の意志に応えるようにアスクレピオスの瞳は一層輝き出し、バリアの出力も上がっていく。
そして、そのエネルギーが途切れると辺り一面は煙に包まれ、周囲を見えなくしていた。
「ウゥウウ……」
新型はすべてを出し切ったかのごとく後ろへ振り向き、この国を去ろうとしていた。
同胞たちもすべて駆除された上、反抗できる力も残されていない今、ここにいるだけでも無駄である。おまけに人間もかなり生き残っている可能性があり、また襲撃する算段も整えなければならない。
両手も失っているため倒れたとしても自力で立ち上がる可能性もほとんどないに等しかった。息もかなり上がっている。
立ち去ろうとしたその時、足を止める。気配を感じたからか背中に何かが襲い掛かってきている。ヴィハックはその身でギャリアニウムを感知する力を有しており、もし感じている気配がその一種なら、それはもう間違えようのないものである。
そして、恐る恐る後ろへと振り向いてみると煙の中から一体の巨人の影が浮かび上がっていた。
その煙が晴れると球体のバリアを発し、一度たりとも解除させなかったアスクレピオスが姿を現した。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!」
ルヴィアーナの激しい息遣いがコクピットの中に響く。額からは汗が流れており、今の彼女の姿は美しさを兼ね備えた皇女と思えなかった。いや、むしろ美しさが増している。この国を率いる存在であることを無自覚ながら実行していた。
その後方にいたディルオスも被害がなく、誰一人として犠牲となってもいない。それを確認できたヴェリオットは小さく息を吐いた。モニターに映るグランディの姿が確認できることから彼も無事だということだった。
無論、たくさんの人々が行き交う街中の建物は既に避難で出払っているため、数棟しか被害が出ていなかった。まさしくルヴィアーナがこの国を守ったのである。
「……見てくれましたか……お兄様……?」
自身の後ろから支えてくれたルーヴェに目を向けようとするが、外を映し出すモニターにその兄が乗るアルティメスの姿がなかった。レーダーで探そうとするも反応がなく、どこにも見当たらない。
「え?……お兄様、どこですか?」
モニターに映る映像を含めて全体を見渡すルヴィアーナの眼にはアルティメスの姿が映っていない。それをモニターで見ていたラドルスたちも同様であった。
「何がどうなって……?」
「一体、あいつはどこに……」
「…………」
今度はアルティメスが姿を眩ませたことにレーダーを使って探そうとするが、相変わらず反応が映ろうとしない。しかし、どこかで息を潜めているのは確実である。それを既に知っていたノーティスは狼狽えようとしない。
最後に自身の攻撃を守り切ったアスクレピオスを目にして、新型はすぐに退避しようとするが、何かが走るといきなり新型の視界がズレた・・・・・・。
「!」
見ている世界が真っ二つに切られ、徐々にズレが広がるのを見た新型はようやく自分が斬られていることに気づくのだった。
その正面にいきなり透明なカーテンが降り、その下から黒い装甲を身に包んだアルティメスが姿を現した。新型の頭部は首ごと斬られ、地面に転がっていく。
「! お兄様!」
ルヴィアーナを含めた誰もがアルティメスの姿に驚愕するが、既に新型の頭部が体から離れていたことに遅れて気づいた。
そして、アルティメスは事を終え、クルリと反転させるとアスクレピオスの元へ歩き出した。一方、首をなくした新型の体はバランスを失い、背中を大空に見せるように倒れ込んだ。
アルティメスのレーダーに映る一つの反応が小さくなっていく。そして、「LOST」の文字が浮かび上がるとその地点にあった新型は指一本も動かぬ死骸と化した。
「……対象沈黙。新型の駆除、成功しました!!」
皇宮でもそれが確認されるとレーダーを担当していたオペレーターが声を大きく上げる。それはこの地にいる人間たちにとって最大の喜びを引き寄せるものであった。
その近くで耳にしたガルヴァス士官らは腕を大きく天へと伸ばし、言葉にもならない声を上げるのだった。
「「「「「ワァッーーーーー‼」」」」」
その歓喜は一生にない、夢が叶った瞬間に立ち会ったような感情を大きく吐き出し、そこから溢れ出る熱気は留まることはなかった。
それは皇宮にいたガルヴァス軍人だけではない。シェルターで外の状況を見ていた一般人らも歓喜に震えており、前代未聞の記録を打ち立てた時よりこの時代に生き残れたという実感だけが人々の心に大きく刻まれていた。
「…………」
人々が喜ぶ一方で、あまり騒がずじっとモニターを見ていたラドルスは隣にいるラヴェリアに近寄っていく。彼と同様にモニターを見つめていたラヴェリアもそれに気づき、視線を向ける。そこにラドルスの右手が差し伸べられていた。
「あなたと、義弟妹きょうだいのおかげで帝国を守ることができた。感謝するよ」
「別に、私はただ自分がやるべきことをやったまでよ。あなたたちのためではないわ。それに、まだ許したわけではないけどね……」
「……父上のことについては、私から言っておく。今は喜びを分かち合おうじゃないか」
「…………」
差し伸べられた手をラヴェリアは取ろうとせず、この場を去っていった。その後ろにはノーティスが付いていった。ルヴィアーナの迎えに行くことはラドルスたちも理解していた。
握手を拒否されたラドルスは苦い顔をして、彼女が歩いていったその先を見つめる。その近くにルヴィスが近寄る。
「今回は彼女に花を添えるべきではないかね?」
「否定はしません。アイツと、あのシュナイダーが来なければ間違いなく墜とされていました。悔しい限りです」
「そうか……」
ルヴィスが国を守れなかったことに悔しがる中、ラドルスも同じ感情であった。戦いに参加したわけではないが、常識外れの攻撃の前に手も足も出なかったことが一番辛かったに違いない。
この戦況を通してラドルスは誰も責めることができなかった。戦った兵士たちは間違うことなく彼の指示に従っていたのだから。
「ウグッ……!」
「ヴェルジュ殿下……! とりあえず医務室に戻りましょう! 傷口が開けば、今後のことにも支障が……!」
「仕方ないか……。だが、あいつらに後れを取るなど……よほど私が傲慢だったということか……」
先程の戦闘で受けた傷が開いたヴェルジュはケヴィルに支えられながら医務室へと歩いていった。彼女も勇敢に立ち向かい、牙を届かせようとしたものの、まるで相手にされずに追い払われたことに悔しさを滲ませていた。この場を去っていく時も悔しさを背中が語っている。
しかもあの時まで幼かった義弟妹たちが自分の代わりに戦ってくれたことに妬みやら嬉しさやら何とも言えない感情が彼女の頭の中を支配しており、どのように言えばいいのか分からずじまいであった。
侵攻を耐え、敵の大群を駆除したとしてもまだ仕事が終わったわけではない。
ラドルスはこの事後処理を行うことが今の自分の仕事だと瞬時に判断するのだった。
「総員、ケガ人の収容、シュナイダーの回収と街中に広まったウイルスの駆除を直ちに実行! 動ける者は他の者の手伝いをするように伝えよ!」
「! イエッサー!」
「「「「「イエッサー!!」」」」」
ラドルスの号令に先程まで喜びに満ち溢れていたオペレーター達は一斉に行動を切り替え、迅速に指示を実行させていく。戦闘が終わったとしてもまだ気が抜けないからだ。
「私も手伝います」
「助かるよ」
皇族であるヴェルジュが動けない今、同じ皇族のルヴィスは自らヴェルジュの仕事を請け負うことをラドルスに志願する。ラドルスは反対することなく承諾した。たとえ人手が足りても、相応の腕を持つ者がいないことは事実であった。
新型を狩り取ったアルティメスとそれに乗るルーヴェは義妹が乗るアスクレピオスの元へ近づいた。モニターの脇にルヴィアーナの姿が映る。
『お兄様……急にいなくなって、どうしたのかと思いましたよ』
「済まない。どうしても奴のスキを窺っていたものだからさ、あの場しか手立てがなかったんだ。許してくれよ」
「もう……今度からは急にいなくならないでください。悲しみますよ、ホントに」
新型を仕留めるあの時、姿を消したのは身を隠すための光学迷彩ステルスを使用したからだ。
カラクリはこうである。
新型が光線を放ち、アスクレピオスがバリアを張って、周囲が煙に包まれた時、お互いが姿を見失ったことでルーヴェは偶然にも新型に近づくチャンスが巡ってきて、それをものにしようと光学迷彩ステルスで一旦姿を見えなくしたのだ。
そのまま新型に近づき、気づかれずに刀で新型の頭部を斬ったわけである。
いわばアスクレピオスが新型を地上に墜とした時と同じ戦法であったが、そう何度も巡ってきたわけではないため、ここぞという時に実行したのである。
気づかれずに近づくなどギャンブルに近かったが、立地条件を利用した詰め将棋というべき戦略を立て、闇討ちを実行させた。そして、ギャンブルを成功させたことでルーヴェは勝利を確信したわけである。ルヴィアーナたちにとっては唐突だったが。
「…………」
「どうしたのですか、お兄様?」
「……ここで恩を売っておくのも悪くないかなと思っていただけだ……。別にそんな大それたことじゃねえよ」
「だったら、ラドルス義兄様たちに会いましょう! きっと喜びますよ」
「……考えとくよ」
最後に義妹の言葉に圧されたルーヴェは、とりあえず皇宮に向かうことに決めた。
これまで会うことのなかった義兄たちと対面するわけだが、ルーヴェは別のことを頭の中で考えていた。
それは避けることのできない現実との対峙であった。
(……待ってろよ、皇帝陛下親父!)
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