混沌
片方の翼を失った新型が落ちた位置は奇しくもヴィハックの大群が駆除された場所とそんなに離れてはいなかった。その近くにはヴェリオットたちが乗る数機のディルオスが武器を保持したまま佇んでいた。
『ヴェリオット卿……!』
「分かっている! あの二人がやってくれたのか……!」
ついさっきまで手も足も出なかった新型を地面に引き摺り込んだことにヴェリオットは小さく喜びを露わにしていた。ところが、彼の感情は喜びよりも戦慄が勝っていた。
(ヴェルジュ殿下でも敵わなかった、あの怪物を……!)
リザードどころかドレイクすら寄せ付けない強さを持つアルティメスを見て、ヴェリオットはヴィハック以上に脅威であると感じていた。
性能の差ということも含まれているものの、新型の攻撃をものともせず立ち向かえることに彼はずっと歯がゆい思いをしていた。
さらにはルヴィアーナが戦場に立ち、国を守ろうと戦うことを知って、一刻も戦いを終わらせようとヴェリオットはヴィハックの大群を相手にしながらも、焦燥感に駆られていたのである。
そして、ヴィハックの大群の駆除が終わった今は、新型と相対する二人の戦いをずっと見ているしか彼らの頭になかった。
「!」
ヴェリオットが自らの無力を噛み締める中で煙を立てる建物がいきなり爆発するように破片が飛び散り、地面にゴロゴロと転がっていく。
その煙の中から大きな手が伸び、大量のヴィハックの死骸が埋め尽くしていた地面に高い音を立てながら置かれた。まだ戦いは終わっていないことを強く意味している。
そして、パラパラと小さく砕かれた破片が地面に落ちる中で新型が姿を現す。
「ウゥウウウ……!」
新型の口から低い呻き声を発するが、翼を切られているあたりその声に怒りが篭っているのが明瞭だ。地面に置いている爪を喰い込ませている。翼をやられても目の前にいる障害に向けて畏怖を広ませていた。
「!」
新型の頭部が上に向く。その先には先程翼を切った黒い狩人と紫の魔法使いが共に高度を下げ、新型と同じ地点である地面に降りて来ていた。
そして、新型と向かい合うように両足を地面につけ、先程まで吹かしていたスラスターの噴射を止めると二機はそれぞれスラスターを閉じた。
常識を超えた二機と一匹の戦いは誰も阻むことのない空中から四方を囲む地上というステージへと切り替わった。
新型の血の色に彩られた瞳がまっすぐに二機へと向けられる。さらに上半身を上げ、前足として地面を踏みにじっていた両手を地面から離して、大きな胸を前に出した。
れっきとした二足の直立不動の態勢であり、今までのヴィハックとは大きく異なるのが分かる。そして、この態勢を取ったということは自身の最大の敵であるアルティメスとアスクレピオスに立ち向かうために合わせてきたというわけだ。
「グゥルルル……」
二機を既にエサではないと判断していた新型は脇目にある同胞の死骸を目にする。その死骸を手に取り、そのまま噛り付いてきた。
「「!!」」
新型が同胞の死骸を食らうという常識外の行動を目にしたヴェリオットとグランディは揃って目を大きく開く。
「いきなり何を……!?」
目的が全く分からず、考えることすら諦めたのか思わず手を口で塞ぐヴェリオット。目にするだけでも吐き気が襲い掛かり、表情を青くしていく。
新型は死骸を喰い尽くすとまた別の死骸に手をかけ、口に持っていく。それはもう一匹の獣の食い方だった。
「うっ……」
ヴェリオットと同様に手で口を塞ぐルヴィアーナは目にすることもせず、視線を横に逸らす。
生き物が生き物を食らうという生物にとって自然ではあるものの、それを生で見ることにはさすがに抵抗感がある。ましてや生物の肉を形が保ったまま貪るなど目にしたくもないのは当然である。
「…………」
その汚らわしい食い方をする新型を見つめていたルーヴェはただじっと思考を張り巡らせていた。誰もがこの光景に目をつぶる中、彼はあることに気づく。
そして、アルティメスの肩にある機銃から無数の実弾が発射される。その矛先は新型が貪っていた死骸だった。
「! お兄様……?」
横から高い音を耳にしたルヴィアーナはその音を発したアルティメスに目をやる。機銃から煙が噴き出している様子から攻撃を行っているのは明らかだが、その行動の意味が分からず、新型の方へと目を向けても無傷であることやその理由が理解できなかった。
「てめえがエネルギーを蓄えようとしているのが見え見えなんだよ……。その隙を与えてたまるか」
「…………!」
ルーヴェの言葉にルヴィアーナは新型の行動にようやく合点がいった。
新型は死骸に含まれる血肉を食らうことで自らのエネルギーとして貯めていたのである。やはりギャリアニウムを暴走させる波動やタイタンウォールを破壊させる光線を生み出すには相応のエネルギーを消費するわけであり、それに似合ったエネルギーを体内に取り込む必要がある。
ヴィハックもまた生物というならば、その法則に当てはめられてもおかしくない。
そもそも生物が自然の中で生きるために他の生物を食らうことと同じであり、活動するには強大なエネルギーを食らう必要があったのだ。
ヴィハックがギャリアニウムでできたギャリア鉱石に目を向けることも納得がいき、あの行動は消費したエネルギーを補充するためのものだったとルヴィアーナは頭の中で理解すると気持ちを改めてレバーに手をかける。
一方、エネルギーの〝補充〟を邪魔された新型はそのままアルティメスとアスクレピオスに目を向ける。飢えを含めてよほど枯渇していたためか十分に補充できてはないが、動けるには問題はなく、指を動かしていく。
新型と相対し、共に並び立つアルティメスとアスクレピオスはすぐに襲い掛かりそうな雰囲気に晒されても微動だにしない。その中にいるルーヴェとルヴィアーナも同様だった。
「これで最後にするぞ」
「はい、お兄様」
激しい戦いの中でも落ち着いた表情を見せるルーヴェ。
そこには侮りも焦りもなく、ただ目の前にいる相手を狩ろうと意識を集中させている。彼と〝接続〟しているアルティメスは右手に持つ刀を右に振り、いつでも動ける態勢を整えた。
一方、ルヴィアーナは生まれて初めて戦場の空気に触れてもパニックにならず、程よい緊張感を持っていた。今まで自身に仕えていた者たちが必ず命を落とす戦場を目にし、内心恐怖に怯えながらも国を守るために自らを奮い立たせた。
そして今、生き別れてしまった兄と共にいる。彼女にとってこれ以上の安心はなかった。
彼女と〝接続〟しているアスクレピオスは右手に持つライフルの銃身の下部からエネルギーを発振させ、鎌の形へと変化した。
実は新型の翼を切った武器もそれであり、ライフルの長さもあってかまるで命を狩り取る鎌そのものであった。その鎌を両手で持ち、鎌の刃を前に向けるとルヴィアーナは再び臨戦態勢となる。
二人は獣のように感覚を研ぎ澄ませ、次第に両者の間に緊張感が走っていくと体の中に流れる心臓の鼓動も徐々に高まっていく。
「「!」」
そして最高潮に達すると両者は地面を蹴り上げ、目の前にいるお互いの敵に向かって突っ走っていった。
背中のスラスターを噴射させながら新型に向かっていくアルティメスとアスクレピオスはそれぞれ新型の喉元を掻っ切る刃を振り出す。
一方、新型は獣のごとく前屈みとなった四本足の態勢で駆け抜ける。足を動かし、体を揺らすたびに翼が映えた箇所から黒血がポタポタと地面に沁み込んでいく。
「ギィアアア!」
同じく距離を詰める二体の刃が新型に迫り、刃が届こうとしたその時、
ガギィ!!
鈍い音が両者の間に大きく鳴り響いた。その後、アルティメスとアスクレピオスは揃って足を地面に下ろした。
その鈍い音の正体は、新型が二機の武器を片手ずつ掴み取っていたことだった。右手はアスクレピオスのライフルの銃身を、左手はアルティメスの刀の刀身を生身で掴んでいたのである。
ギギギッと銃身と刀身から軋む音が響く中、ルーヴェはアルティメスの出力を上げ、刀の切っ先から青い光が灯る。すると刃先が新型の手のひらに食い込み出し、黒血が吹き出ていくと同時に刀が少しずつ新型の肩に近づいていく。
それに危険を感じた新型は両手を開くと同時に後ろへとジャンプする。
しかし、その隙を逃がそうとしないルーヴェはアスクレピオスの前に出て、刀を左から降り出すが、刃先が空を切る。
新型が足を地面につけると自身の前に影ができていることに気づく。そのまま頭部を上に向けると太陽を背にし、その頭上にジャンプしていたアスクレピオスがライフルと一体化した鎌を振り上げていた。
「ハァアア!」
アスクレピオスがそのままエネルギーでできた刃面を頭部に突き立てようとするが、新型は再度後ろへ下がり、攻撃を躱す。鎌の先端はそのまま地面に刺さり、その周りにヒビが入った。
攻撃を避けられたルヴィア―ナはすかさずアスクレピオスの左手を前に突き出し、その腕に搭載されている装甲の一部が扇状に動き出し、弓の形へと変形した。その弓の片側にある三つの銃口、両側合わせて六つの銃口から青白いビームが発射された。六つに並んだビームでできた小さな閃光が距離を置いた新型へと襲い掛かる。
本来なら上空へ逃げ込む新型だったのだが、片方をやられている今、それは叶わず、反射的に横へ移動しようとするが、六つの閃光が左右を含めた三方向を挟むように突き進んでおり、横への移動ができない。
そこで新型は脚力を利用して上空へとジャンプして左右に移動する閃光を躱した。だが、それは罠。
なぜなら、その背中にはアルティメスが刀を振り上げていたのである。ルーヴェはまっすぐに新型の背中を捉えていた。
「くたばれ」
それに気づいた新型は後ろへ目を向けるものの、気づいたときには既に遅すぎた。アルティメスが刀を振り下ろし、矛先である翼の一部を両断した。
「ギャアッ……!」
翼を斬られた新型は悲鳴を上げるが、その鳴き声が続くように再び地上へと落下していった。ドスンと背中から落ちる。距離は短かったものの、一太刀浴びせられたことは何より大きかった。
翼を失った新型はすぐに態勢を整えようとする。背中からは右側と同様に黒血が噴き出しており、そこから来る痛みに体を震わせていた。
しかし、そこに立ちはだかるようにアルティメスとアスクレピオスの二機が降り立った。そして再び武器を構え出す。
アルティメスはスラスターを噴射させ、新型との距離を詰めていくと刀で新型の右腕に斬りかかる。
その一瞬のスキを狙われた新型は一歩も動けず、右腕を失う。その右腕は宙に舞い、後に重力に従って地面に落ちていった。
「ギィアアア――!!」
右腕を失った痛みに新型は喚き声を周囲に撒き散らす。その右腕の断面からも黒血が噴き出していた。
「そこ!」
そこを狙うようにアスクレピオスはライフルの銃口を向け、引き鉄を引く。銃口からビームが放たれ、今度は新型の左腕を貫き、表皮を含めてエネルギーの奔流に飲まれていった。
「ギャアアアア――!!」
進化の証である翼とすべてをねじ伏せる両腕を失った新型から雄叫びが木霊する。その雄叫びには痛みより多分に怒りが含まれており、一層高い音が轟いていた。
これまでガルヴァス軍とのアドヴァンテージを稼いでいたものを後から来た不確定要素によってことごとく潰され、新型は逆に追い詰められていった。
さらに二機の背後にはガルヴァス軍が待ち構えているため、新型は完全に袋小路となっていた。
アスクレピオスがライフルの下部を大鎌へと形状を変え、突撃するとアルティメスも刀を振り、新型へと向かっていった。しかし、ルーヴェはある異変に気付く。
「!」
新型の口から赤い光が灯る。おそらく新型が同胞の死骸を食らった時に蓄えたエネルギーを放とうとしているのだ。
「お兄様、私の後ろに……!」
同じくそれを察知したルヴィアーナはルーヴェを後ろに行くように促しつつ両目を光らせ、割り込むようにアルティメスの前に出る。するとアスクレピオスの装甲からゼクトロン粒子を放出させる。
その粒子は波動となって新型へと吹き荒れていき、エネルギーを抑制させようとする。しかし、そのエネルギーは完全には抑えつけられず、新型は最後のあがきとも言える、体内で蓄えたエネルギーを紅で彩られた光線として放射した。
「させない!」
アスクレピオスの後ろにはガルヴァス軍が待機している。光線を避ければ彼らにも被害が出ることを恐れたルヴィアーナは、アスクレピオスに隠された機能の一つを発揮させた。
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