変わらぬ友情

 ギャリアニウムを暴発させる波動を発し、勝利を無理やり奪い取ったことを確信した新型は起動停止したアルティメスと組み合ったまま、光線を放とうと大きな口を開けて、エネルギーを貯めていく。

 エネルギーが解放されるその瞬間、アルティメスの赤い瞳が突如として輝き、両腕に力が篭もり始める。そして、両肩にあるバルカンから実弾が発射され、虚を突かれた新型はゼロ距離で胸部に命中される。

「ガァアアア!」

 一旦エネルギーを体内に飲み込んだ新型は慌ててアルティメスから距離を取る。そして、動けなくしたはずの標的が動き始めたことに驚嘆し、いったいなぜ?と状況を飲み込むことができなかった。


「ど、どうなっているんだ……? なぜアレが動ける?」

「ラヴェリア、あのシュナイダーに何を仕込んだんだ……!? 答えろ!」

 その状況を遠くから見ていたラドルスたちも同様に、全く追い付けていなかった。

 新型が生み出す波動を受けたシュナイダーは稼働させる燃料であるギャリアニウムを暴発させられ、システムそのものがフリーズして動かなくなるはずだ。だが、アルティメスにはそのようなダメージも確認されず、むしろ平然と反撃できている。

 それを瞬きせずに見ていたラドルスたちは氷山に眠りつかされていたヤバい生物がいきなり目を覚ましてそのまま氷を砕くような経緯が描かれた映像を見せられた気分であり、そんなあり得ないものを見せられ、興奮せざるを得なかった。

「さっき言ったはずですよ。あの新型がギャリアニウムを意図的に活性化させるなら、アルティメスとアスクレピオスはそれを抑制させるってね……」

「「「!」」」

「それはギャリアニウムの活性化を封じたということなのか……!?」

「ええ。中和、もしくは波動を対消滅させる形でね」

「非常識にも程があるぞ……!」

 エネルギーを抑制させることは、他国に点在するギャリアニウムを無力化させることにも繋がる。

そもそもギャリア鉱石が生み出すギャリアニウムはこの世界全体を動かす源であり、それに勝るものは現時点で確認されていない。

 元々、強大なエネルギーを活用することで技術の進歩や国家の繁栄を築いてきたのだが、それを抑制させることは活用させるよりもはるかに難しく、作り上げれば一歩先を行くことも容易い。

 当然、他の勢力への牽制にもなるし、自身を守る存在にもなる。どの時代でも強い力を発揮させるのは力を最大限に活用させる技術力に違いないのである。ガルヴァス帝国もまた、そうやって国家を築き上げてきたのだ。

 自身が開発したシュナイダーに搭載されたシステムが新型の異能を無効化させたことにラヴェリアは悪ノリするような笑みを浮かべる。自分が時間をかけて完成させた技術が十二分に発揮される姿を見るというのは、愉快の他にならないからだ。意識せずとも自分を褒めたくもなる。

 だが、彼女が完成させた技術はゼクトロンシステムだけではない。その成果を見せるようにラヴェリアはラドルスたちに視線を送る。

「あ、そうだ。アレを見て」

「「「!?」」」

 ラヴェリアは胸の前に組んでいた手から人差し指をモニターに差す。

 ラドルスたちは目を丸くしながらその指が差されているモニターに顔を向けると、意外なものを目にした。

 地上で駆除を進めていた多数のディルオスが何ともない様子で動きを見せる。新型の波動を空中から受けたにもかかわらず、機体各部からは痛みを表すスパークが走っていなかったのだ。

『こちら、ヴェリオット! 機体の不調は見当たりません!』

『自分もです!』

「なっ!?」

 通信を入れた部隊からは不調すら感じさせない元気な声が次々と出てくる。よほどの衝撃だったのかヴェルジュの口は空いたままであり、言葉すら出てこない。

「言い忘れてたけど、あなたたちの機体も無事よ。ちゃんと対策積みだから」

「対策だと!? いつの間に……!?」

 いつかというと、先に帰還していたシュナイダー部隊が援軍としてやってくる間にラヴェリアがシュナイダーに新型の能力への対策を施していたのだ。もちろん、ヴェリオットとグランディが乗る機体にもそれを施している。

 その対策というのは、多大なエネルギーの活性化に耐えられる絶縁体を生み出すプログラムと技術によって生み出された絶縁シールをギャリアエンジンに組み込んだのである。他にも機体の関節部にもシールを施しており、活性化による負担を軽減させているのだ。ちなみにアルティメスやアスクレピオスにも試験的に導入されている。

 もちろん動ける機体すべてに施すにも時間が掛かるため、科学者かつ技術者であるラヴェリアとキールにプログラムの入力、技術スタッフには絶縁シールの貼り付けをやってもらった。さらに機械に詳しいエルマとノーティスにも手伝ってもらったのだ。

 エルマの隣で見ていたキールは母親譲りの機械操作に驚きつつ作業を進め、すべて終えた時は椅子ごと地面に転がり、「疲れた~」と死んだようにグッタリとしていたそうだ。

 スタッフも仕事を行って精魂尽き果てたのか仰向けになったり、立つことすら出来ずに座ってたりと一人も動こうとしなかった。今ではモニターに流れている映像にも目をくれようとしない。

 エルマも重力に惹かれるようにキーボードに顔を押し付けており、連絡したのは体力が回復した後であった。

 ラヴェリアたちが施したのはアルティメスのとは程遠く、応急処置ではあるものの、見るからに効果が発揮している様子から成功しているのは明らかだ。

「まさかここまでとは……」

「あらゆる可能性を探るというのは科学者にとっては常識中の常識よ。現時点で対策を生み出すことぐらいできないことはないわ。ちなみにワクチンも投与させているから発症の心配はないわ」

「…………!」

 問題を予習しておいたかのようにクリアし、次々と先回りしていくのを聞いて、ルヴィスは恐ろしいものだと戦慄する。

 本来、兵器は使い手が存在しなければただの置物と化し、使い方を間違えれば自身に危機が降りかかる。また、手入れしなければ使い物にならないガラクタになり果てる。

 当たり前に思えるが、造る者がいなければ、兵器は存在することもない。やはり脅威をもたらすのは兵器そのものではなく、兵器を生み出す開発力、独創力を持つ人間が敵か味方に分かれるだけで国そのものに影響を及ぼすのである。

 実際、ラヴェリアが残した研究データがなければワクチンを作り出すこともできなかっただろうし、シュナイダーも作り出されることもなかった。自分たちはただそれを利用していただけに過ぎないからだ。

 義弟が乗るあの黒いシュナイダーもおそらくは自分たちに牙を剥くために造ったに違いない。ギャリアニウムの抑制も含めて、彼女が作る兵器を今の自分らの戦力だけで止められるのか不安になってきた。

 さらには背中に冷や汗が流れ、心配が彼の周囲を取り巻き、敵に回すことは避けたいと心中願っていた。唯一救いだったのは、今ここにいる彼女が敵ではないことであった。



「そう。あのシュナイダーは私たちの国を守ろうと戦っているの。だから心配しないで」

『でも、あんな化け物が襲ってきていたなんて、何だか怖いよ……』

「気持ちは分かるよ。こっちだって必死に抗っているんだから、信じて」

 格納庫に残っていたエルマはスマホでシェルターにいる友人たちに電話を繋いでいる。内容はもちろん、外で起きている戦闘だった。

「……聞いてると何だか落ち着いているように言っているみたいだけど、もしかしてエルマ、知ってたの?」

「……どっちかっていうと今日、正確に言えば皆よりも早くってところかな……。いろいろ知って、まだ混乱していることもあるけど、今私の中にあるのは、早くこの事態を終わらせてほしいってことだよ」

「…………」

「だから、諦めないで。必ず生き残ろう」

 自分とは異なる場所で固まっているイーリィたちに勇気づけるエルマ。

 疎遠だった母親や、ついこないだまで知り合った転校生であるルーヴェや皇女として民衆の前に姿を現したルヴィアーナが前線でこの国を食らいつこうとする化け物に打ち勝つために戦っている。

 知るはずのなかった事実を知り、赤の他人ではなくなった自分もできることをしようと前に進んだ。そして、それが結果として結びつくことを信じ、今はここに留まっている。

「……そっか、エルマもやれることをやろうとしているんだよね。だったら、私たちもあのシュナイダーが勝つことを信じるよ!」

「うん!」

「……私も」

「……ありがとう」

 自分のことをこんなに思ってくれる友人たちにエルマは目尻に雫が浮かび上がろうとした。今は彼女たちと離れて、しかも大事なことを言うことができなくても信じてくれることに心の中で感謝するのだった。

ただ、イーリィが次に投げかけることに関しては、すべてが吹っ飛ばされることになる。

「そう言えば、あの転校生君は?」

「へ?」

「何言ってんのよ。あのルーヴェっていう子。避難する時からエルマと一緒で全然姿が見えなくてさ……どこに行ったのかな?」

「もしかしたら、私と一緒で別の場所にいるってことなんじゃないかな?」

 感動に流されていたところに不意打ちを突かれたエルマはキョトンとしてしまう。イーリィはルーヴェがどこなのか知りたがっているようで、ついでに尋ねてきたようだ。

 元々、転校生という肩書きだったため嫌でも頭の中に入ってしまい、気にせずにはいられなかったらしい。それを察したエルマは必死にルーヴェの場所について誤魔化そうとする。

 彼女たちと同じ年齢の彼がまさかシュナイダーを操って、今見ている戦場で戦っているなど教えることなどできるわけがないからだ。これ以上の追及を恐れた彼女はスマホを切ろうとする。

 ところが、イーリィを手助けするカーリャの援護射撃が思わぬところで入ってきた。

「そう言えば、エルマはアッシュランド君と一緒に学園の外に出たよね?」

「!!」

「本当なの!? カーリャ!」

「うん」

「何だかデートみたいだった……」

 さらにルルの追い打ちによってエルマは段々と外堀を埋められ、表情に余裕がなくなっていく。それに加え、表情から冷気でも発せられるのかと冷や汗が噴き出していった。

「……どういうことなのかな~? エルマ?」

「別に一緒に病院に行って、それで避難に加わったって感じだから! 別にそんな深い意味じゃないから!」

『分かってる。分かってる』

「分かってない! 今彼はシュナイダーで戦ってるんだから!」

「え?」

「あ」

 イーリィの怪しい挑発に思わず口にしてはいけないことを発し、イーリィが気の抜けた言葉が出たことを耳にしたエルマはさっき出た失言を自覚してしまう。それはこれ以上のごまかしは通用しないことでもあった。

『どういうことなの、それ!? まさかラドルス殿下の発言となんか関係あるの!?』

『もしかして、ルヴィアーナ様と一緒に戦ってるってこと!? 彼はいったい何者!?』

『もっと詳しく、教えて』

 友人たち三方向による迫撃にエルマは今度こそ観念するように頭を深く下げる。

先程の友情は何だったのかと悔やむ一方、どう言い訳すればいいのか新たに考えを投じなければならないなとエルマは深くため息をつくのだった……。



 アルティメスのライフルから放たれた一発のビームが新型を貫こうとするが右方向に避けられ、一直線に突き進む。

「フッ!」

 しかし、ルーヴェはアルティメスの左腕をグイッと動かし、ライフルからビームを放ったまま新型が避けた右方向に薙ぎ払う。

 高エネルギーがそのまま追いかけてくることに新型は遮るものがない上方向に飛び、ビームはそのまま右に移動する。

「――もらいました!」

 だが、それこそ布石であり、その場所に狙いすましたアスクレピオスが右手に持つライフルの銃口から高出力のビームを放つ。

 先程とは見た目が異なるビームの威力を恐れた新型は切り返して下に戻るが、その場所にはアルティメスが待ち構えていた。

「ハァア!」

 アルティメスは刀の刃先を上に向け、自身がいる位置に来る新型に向けて左斜めから斬り上げる。新型が降下する勢いとアルティメスが斬り上げる勢いを合わせれば深く太刀筋が食い込む算段である。

 このまま決まるかに思えたが、次の瞬間、新型の翼が体の前にはためかせて急ブレーキをかけ、頭部ごと体をのけ反らせる。そのまま太刀筋は空を切り、新型の体に流れる黒い血に濡れることなく切っ先が天に向けられた。

「ッ!」

 今の攻撃を躱されたことにルーヴェは内心舌打ちをする。しかし、それに悔しがる暇は与えられなかった。

 太刀筋を避けるために体をのけ反った新型は頭部を元の位置に戻すと口を大きく開ける。その中には先程からエネルギーを貯めていた赤い球体が姿を現した。

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