拮抗

「!」

 先程貯めていたエネルギーとは少し小さく見える。しかし、今にも発射されそうな様子が醸し出されており、必ず起こるであろう危機を感じ取ったルーヴェは瞬時に回避を優先させ、アルティメスを左に移動させる。

 その判断が間違っていないことを証明させるように新型の口から小さな赤い光弾が放たれた。タイタンウォールを破壊した時よりも弱々しく見えるが、それよりも速度があり、避けることも難しい。

 放たれる前にアルティメスがその位置から離れたためか光弾はまっすぐに突き進み、目標がいなくなった場所を通り過ぎる。その後ろにある建物に着弾すると建物は跡形もなく砕け散り、破片は周囲に広がっていった。

 地面に広がる破片から、威力も弱まっているものの、速射できるあたり光線よりも厄介であった。それを確認したルーヴェは再度新型に目を向ける。

「…………!」。

 彼が向けた目には新型が再び口を開いて先程の光弾を生み出していた。エネルギーを前もって体内で貯めていることと使用するエネルギーが小さいためか、発射までのタイムラグが短い。

 再び自分に狙いを向けられていることを知ったルーヴェはさっきと同様にアルティメスを右に移動させる。その時、新型から光弾が発射された。

 先程と同じように光弾が放たれたのだが、異なるのはその数だった。最初は一発だったが、今度は十数発の光弾が広範囲にバラ撒かれたことでアルティメスが移動した位置にも数発の光弾が迫ってきた。

「クッ!」

 迫ってくる無数の光弾を前にしたルーヴェはレバーとペダルを操作して、光弾と光弾のスキマを這うように避けていく。最小限の動きで避ける辺り、操縦の高さが如実に表れている。

 もっとも、一瞬でも気を抜けば光弾に直撃され、立て続けに集中砲火を食らわれる可能性があり、弾丸のごとき光弾の速さもあってか実は結構ギリギリで避けているためルーヴェの神経をすり減らさせているのだ。

 しかし、光弾に晒されながらもアルティメスは少しずつ前に出て来ており、光弾を放ち続ける新型との距離を詰めていた。

「…………」

 それを下から見つめていたヴェリオットは苦い顔をしつつもアルティメスの動きから来るルーヴェの操縦の腕を認めざるを得なかった。

 その光弾の霰がなくなるとアルティメスは加速し、新型の距離をゼロに詰める。

 その状態でアルティメスは左腕に搭載されたシールドの先端にあるクローを新型の頭部に突き出すが、新型は右手で先端を掴み、並外れた膂力で抑えつける。

 光線など新型の攻撃の中心である頭部を破壊すれば、新型を絶命させることができたのだが、それを気取られたのか新型は寸前でアルティメスの攻撃を食い止めた。

「グゥルルル……」

 よほどアルティメスが気に入らないのか、それとも獲物であるギャリア鉱石や人間を食らうことができなかったのが悔しいのか、新型はアルティメスに殺意を向ける。

 食の衝動が強いヴィハックは衝動から来る飢えを満たすためにエサであるギャリア鉱石や人間を食らうことがすべてである。それらを食し、自身の体が変化してもなお衝動は収まらないが、獣よりも高い知能を得て、より飢えを満たすために行動をする。

 それでも決して満たされることのない飢えを満たそうとする食欲は留まることがなかった。しかし、人間たちの抵抗は激しく、飢えを満たすことが難しくなった今は更なる進化を得ることでその抵抗ごと蹂躙するつもりだったのだろう。

 それをことごとく阻んできたのは翼を生やした黒い狩人、アルティメスだった。

 進化による賜物すら受け付けず、逆に自身を狩り取ろうとする狩人の姿を見た新型は不愉快以外の何物でもなかった。あれこそが最大の障害であると認定するには遅くはない。空という自由を手に入れても、そこに踏み込んできた狩人を仕留めなければ常に脅かされるだけであった。

「…………」

 攻撃を止められ、未だに距離を詰めた状態となっていたルーヴェは特に焦る様子もなく、ただ冷静にレバーを動かし、アルティメスの右手に握られた刀で新型の胴体を刺しに行く。

 しかし、新型は空いた左手で胴体に突っかかってくる刀を掴んで、右手と同様に急所から外させた。ただ、直接刀を掴んだことで新型の左手からは黒血が手のひらから刀の刃面に伝っていた。

 それでもルーヴェは動じず、眉一つも動かさない。たとえ新型から例の波動を発してもアルティメスには効かない。新型もそれを理解しており、迂闊には攻撃もしてこなかった。

 この膠着状態の中、ルーヴェはこの状況を打破できる何かを探っているより、その何かを待っている様子だった。

 下手に刺激を与えれば新型との距離を置かれ、新型は遠くからの攻撃に専念するだろう。そうなれば、ルーヴェはまた新型を駆除させる方法を新たに探らなければならないため、このように距離を詰めている方がまだ安心できるのだ。

 アルティメスと新型との性能は五分と五分。どちらも戦況を優位に進める決め手に欠けており、一方が優位を失わない限り、この鍔迫り合いは続く。

 一見、アルティメスと新型の一騎打ちにも思えなくもない。地面がない大空には彼と新型がこの空という上から押さえつける重力に縛られることのない場所にいるのだ。だが、ルーヴェは忘れているわけではない。この状況下でも自分は

 それは地上にいるガルヴァス軍に向けてではない。彼らを含めて、もう一人自分と同じ場所にいる者がにいるのだった。



「何をしている! 早くルーヴェリックの援護に迎え!」

『無理です! 我々の今の装備では、あの化け物に報いることができません! それにあの黒いシュナイダーまで巻き添えに……!』

「…………!」

「どうすれば……」

 ルヴィスは地上にいるヴィハックの大群の駆除を終えたガルヴァス軍にアルティメスの援護を促すが、そこにいるどのディルオスも援護に迎えるほどの装備を持たないことに歯噛みしていた。

 その理由はディルオスが先程まで大群の駆除に弾薬を使い回しており、あと数発程度しか残されていなかったのである。さらには駆除に疲れ果ててしまったのか十分に稼働できるほどの燃料が少ないことも拍車に掛かっていた。

 どうすることもできない状況にヴェリオットたちアドヴェンダーは気持ちを焦らせる。彼らと同様にラドルスも顔をしかめる。

「慌てないでください、殿下。まだルヴィアーナ殿下がいるじゃないですか」

「それはそうだが……ん?」

「兄上、どうしたのですか?」

「アレは……ルヴィアーナはどこだ?」

「「「「!?」」」」

 ラヴェリアの助け舟と呼んでもいい言葉を聞いても苦い顔をし続けるラドルスはあることに気づいた。ヴェルジュは彼にそのことを尋ねるとラドルスの口から出たのは義妹がことだった。

 ラヴェリア以外の誰もがそのことに気づくとレーダー担当を務めていたオペレーターが目の前にあるレーダーからルヴィアーナが乗るアスクレピオスの反応を探し出す。しかし、観測範囲を広げようともどの地点にも表れていないことに驚愕する。

「ダメです! 反応がどこにもありません!」

「バカな! いつの間に……!」

 オペレーターの返答にヴェルジュは驚きを隠そうとしなかった。当然、ラドルスたちも同様であった。なぜなら、シュナイダーが戦場で姿を眩ませることなどあるはずがなかったからだ。

 戦場においてギャリアニウムの強い反応を示すシュナイダーはレーダーに観測されることは難しくない。にもかかわらず、急に反応が消えることは全くあり得ないのだ。

(まさか……)

 そんな中、ノーティスはこの事態に見覚えがあり、自分の記憶を探っていくとあることに気づいた。

 彼女が主と共に帝国の街中を探していた頃、ルーヴェと傍にいたエルマと共にラヴェリアの元に行こうとしていた時に目の前にアルティメスが煙のように現れたことだ。

「!」

 あの時と全く一緒であることを思い出したノーティスは左にいるラヴェリアに視線を向ける。そのラヴェリアはラドルスたちがルヴィアーナの捜索に慌てているにもかかわらず、表情を崩すどころかニヤリと笑みを浮かべていた。

(お楽しみはこれから、ということですか……。ラヴェリア博士)

 ラヴェリアの表情の意味を汲み取ったノーティスは真剣な眼差しでモニターに向ける。実は彼女からアスクレピオスの性能を聞かされており、これもその一つだと理解した。

 あの機体から粒子を放出させた〝ゼクトロンフィールド〟がデッドレイウイルスを抑制させたというが、その他にもまだ隠している武装があるのではないかとノーティスは睨んでいた。

 その予想は当たり、今起きていることがラヴェリアの望んだものなら、ここで見逃すわけにはいかなかったのである。


 ――なぜなら、姿を眩ませたアスクレピオスはのだからだ――。


 そして、状況は思いがけないところで動き出すのだった。



 青空の下で繰り広げるアルティメスと新型との取っ組み合いはどちらも引かず、押し合うようにその場に留まっていた。

 新型は生物特有の白い牙を剥き出しにしている一方で無機質の産物であるアルティメスは表情を動かすことはなかった。

 生物としては明らかに理不尽とも言えるヴィハックの膂力を人類の技術によって生み出されたシュナイダーの出力で抑えつけており、この場から押し切らせないように拮抗させていた。

 それを信じているからかルーヴェは表情を崩すこともない。もっとも、理由はそれだけではないが。

(……まだか……)

 ルーヴェは何かを待っていた。この状況を打破できる機会を。

 しかし、この空間には彼と彼が乗るアルティメス、そして今向かい合っている新型だけである。周囲には何一つ確認されないのになぜか彼は別の何かに対して機会を窺っていた。

 しかし、この空の中では隠れるものが存在しておらず、そこに佇むだけでは誰の眼にも止まってしまうのは明らかだ。ただ、飛んでいるだけでも存在自体は丸裸となってしまうこの何もない空間に何かが揺らめいた。

 その空間に同化するような透明な何かがアルティメスと新型の他にいた。

その存在が二体の近くにいるにもかかわらず、新型は気づこうとしない。ましてや新型は目の前にいる敵を排除しようと敵意をアルティメスに向けている。気づくはずもない。

 その時、空気を切り裂く音が響くと共に合間を塗るような生々しい音が響いた。

「ギィアアア――!!」

 突如として新型が叫ぶ。その叫びはどこか感触があったためか何かに痛がるような断末魔が大きく響き渡る。その正体は新型の背中に生えた翼の右側が背中から途切れていた。

 異変を知ったアルティメスは瞬時に新型から離れ、危機から脱するように距離を置く。

 一方、新型は尋常ではない痛みに苦しんでおり、さらには片翼になってバランスを失ったことで重力に逆らうことができず、地上に引き寄せられるように落下していった。

 雄叫びをあげながら新型は地上から生えている建物を上から落ちていくと大きな音を立てながら煙が舞い上がり、その周囲を包み込んでいった。

「……よくやった、ルヴィア」

 ルーヴェは空だけが映る正面に向けて義妹の名前を挙げて声をかける。そこには何もないと思われたが、一部だけ青白い三日月のようなものが空間に浮かび上がっていた。すぐにその三日月は消え、今度こそ何もないものと化した。

 ただ、アルティメスと肩を並べる何かがそこにいるのは明らかであった。そう、誰もいない……はずであった。

 その何もない空間に透明なカーテンが降りるように下から紫のものへと変わっていく。初めに肩が現れ、次に腕と足が、最後に特徴的な頭部が現れ、全体像を露わにした。

その正体はアルティメスと同様に空を飛ぶことができるアスクレピオスだった。

「一発勝負でしたが、成功させて良かったと思います」

「アスクレピオスをここまで引き出すとはな……。さすがというべきか」

「いえいえ、最初にお兄様とラヴェリア博士が教えてくれたおかげです」

 二人の会話から見ても、事前に打ち合わせをしていたのは明らかであった。おそらく、何度も取っ組み合い、不意打ちできるタイミングを計ったに違いない。

 アスクレピオスはアルティメスと同様に光学迷彩を搭載させている。先程発揮されていたのはそれだ。

 もっとも、敵地の離脱や潜入する時の隠れ蓑として使用していることが多いが、敵を欺き、不意を突くことはあまり推奨されていない。流れ弾が飛び交う戦場ではあまり機能しないためだ。無闇に多用しても相手に警戒される。

 しかし、ここ一番で相手の不意を突くことで流れを捕まえることは有効であり、現に新型を地面に引き摺り込ませることができた。

 そこは二人の腕に掛かっていたのだが、自分の腕と機体を信じた二人の作戦勝ちであった。

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