空中戦

「しかし、よかったのですか? 一般人にこの光景を見せて……。陛下が認めなかったら……」

「――どの道、情報統制も限界が訪れる。中には事実に気づく者だっているはずだ。これ以上隠しても咎めることはない」

「そう、ですか……」

 シェルターや皇宮内に設置されているモニターに現在の様子を流すよう指示したのはラドルスだった。広範囲に被害が広がっている今、市民らがどういうことなのか申し立てたとしても誤魔化しきれない。悪く言えば、逆に信用そのものを失うからだ。

 しかも市民らもウイルスの症状が確認されたことで、どのような原因で起きたのか興味が尽きることはない。たとえ閉鎖区からウイルスが流れてきたというならば、納得する者も出てくるだろうが、罪のない市民からのクレームも激しいものになることは想像に難くなかった。

 そのことに痺れを切らしたからかラドルスは現在の様子を流すようにしたわけである。

「兄上の仰られることも分からなくはありません。兵士たちの半数を失い、対抗できる手段を何度も封じられたのですから、士気もひどく下がっていました。義姉上も倒され、このまま蹂躙されるかもしれなかったのです……」

「殿下……」

「――ただ、ルーヴェリックとルヴィアーナがあそこまで体を張っている今、市民を不安がらせるわけにはいかない。だから……!」

 今や義弟妹たちが乗るシュナイダーがルヴィスたちの希望である。その希望が命を張っている姿を市民らに見せることでまだ希望があることを証明させたかったのだとラドルスは頭の中でそう思っていた。

 そのことを察したルヴィスは義兄の言葉を信じ、反論を口にしない。戦いが終わった後の市民からの要求など後回しにして、まずはこの危機を乗り越えることを優先させるべきなのだ。それが彼らの選択である。

 彼らの背後から静かな足音が近づき、それに気づいたケヴィルはその方向に振り向く。その視界に彼が仕える皇族の一人が立っていた。

「ヴェルジュ殿下!」

 ケヴィルがその名を叫ぶとルヴィスとラドルスも振り向く。

「姉上……! まだ横になった方が……」

「……目の前で愚弟たちが戦っているのに、寝ていられるか! グッ……!」

 痛みをこらえながら怒号を上げるヴェルジュだが、やはり痛みが和らいでいないためか体が前のめりになりかける。彼女の肩を貸していたラヴェリアとノーティスも寄り添うように膝を曲げる。

 ラヴェリアたちがヴェルジュと共にいるのはラドルスたちに通信を繋ごうとしていたところ、足元がふらついていた彼女を見かけたらしく、両方の肩を担いだ状態でここまで来たからだ。

 ちなみにエルマは格納庫内に留まって、戦況を見届けると同時にスマホでイーリィたちと連絡を取り合っている。友人の声を聞けたことが嬉しいのか素直に喜んでいた。

「二人はどうなっている……?」

「今、新型と交戦中です。先にルーヴェリック殿下が戦っていましたが、つい先程ルヴィアーナ様も合流したそうです。あと地上では、あと少しで駆除を終わらせられるかと……」

「そうか……。ヴェリオットたちが合流したら、すぐに援護に向かわせるんだ。そして、空で踊っているあいつらにこう伝えろ。さっさとケリをつけてしまえ、とな……」

「分かりました」

 ラヴェリアたちに肩を担がれていたヴェルジュは二人を振り払い、満身創痍のまま立ち上がる。すぐに現場に向かいたい彼女だったが、歩くどころか足を動かすことすらできないためこの場に留まり、後方から前線で戦っている自軍に指示を出すことが彼女にとっての最善だった。

 そんな歯がゆい思いを心の中に留めるヴェルジュはチラリとラヴェリアに視線を向けるとすぐにモニターへ戻した。

「……お前がこんなとんでもないものを作るとはな……。十年前とはえらく大違いだ」

「お褒めに預かり光栄です。もっとも、あれはウイルスに対抗するためのものだったのですが……」

「?」

「逆にあなた方の軍事力そのものを奪いかねないものを作ってしまったのですから」

「「「「!?」」」」

 ラヴェリアの一言にヴェルジュだけでなく、ケヴィルを含めたガルヴァス皇族二人まで過敏に反応し、一斉に彼女の方に顔を向ける。彼らの表情は驚嘆一色で、一方、ラヴェリアは口角を上げて笑いの感情を表に出していた。

「どういうことだ、それは?」

「要するにあの新型とは異なるベクトルで敵を無力化させるってことよ……。つまり私が作ったあの二機にはシュナイダーもヴィハックも抗えないってわけ」

「!」

「もし、それが本当なら……」

「パワーバランスも一気に崩れるってこと」

 ウイルスを寄せ付けない《適合者》とギャリアニウムを抑制させるゼクトロンドライヴの組み合わせはまさに最強だ。たった一機だけでも戦況を覆ることができるし、その場にいるだけでも効果は発揮され、微弱ではあるもののプレッシャーを与えられる。どちらか片方につくだけで相手は優位を失うことに繋がるのだ。

「…………!」

 科学者が生み出す技術を腹の底から舐めていたことにヴェルジュは無言のまま焦り始めていた。

自分たちの武器に対抗できる術を持っていることは、それが発揮した時に自分たちが必ず跪くことは新型との戦いで既に経験済みである。

 新型が生み出した波動によって、シュナイダーを含めた都市機能が強制的に鎮圧されることは恐怖でしかない。一瞬で戦況を覆す〝性能〟の恐ろしさとはこういうものだ。

 あの新型は対シュナイダーに特化した個体であることは間違いないのだが、それと相対しているアルティメスとアスクレピオスもまた、あれと同様に特化した機体であった。

 ラヴェリアの言う通り、新型とは異なるベクトルでヴィハックに対抗できるあの二機は都市そのものを無力化できるのではないかと予想できる。

 この世界のほとんどがギャリア鉱石から生み出されるエネルギーに依存している今、百パーセント有効に発揮できるため、大げさではあるが一歩間違えればこの世界を支配することも不可能ではない。

 それほどの可能性が秘めているならば、誰もがそのままにするはずがなく……

「――だったら、その技術を我々のために使わせてくれないか?」

「!」

 ウイルスを抑制できる技術に目を眩んだのか、ルヴィスはラヴェリアに懇願する。ヴェルジュも思いは同じなようで、視線を再び彼女に向ける。

ところが、彼女から返ってきた言葉は、

「断る」

 国を治める者に与えられた地位すら無視するほどの冷たい声色が大きく含まれていた。「「「…………!」」」

「あなた達には関係ないかもしれないけれど、私がなぜこの国を去ったのか理解しているのかしら?」

「そ、それは……」

 ラヴェリアが帝国を離れた理由はラドルスたちも知っているが、大まかなことしか知らないため強く言うことができない。それを知ってなのか、ラヴェリアは言葉を続ける。

「どうせ、ヴィハックの殲滅を終わらせたら、今度は各国にこれを使うつもりじゃないの? 戦争好きの皇帝なら、今にも浮かびそうな考えね」

「! そんなことは……」

「ないと言い切れるの?」

「…………!」

 十年前のギャリア大戦は帝国から宣戦布告を行い、各地に侵攻してきた。ヴィハックの襲来によって、ないものにされたのだが、争いを持ち込んだ罪は未だに消えてはいない。

 ましてや、ラヴェリアが新型爆弾の使用を断念させようと交渉しても皇帝が聞き入れることをしなかったため、皇帝を許すはずがないのだ。その上、夫を死なせたことも起因しており、溝が深まり続けているのだ。

「きっと、あの二人も同じことを言うはずよ。ワクチンを作るために人体実験されたとあっては……!」

「人体、実験……!?」

「やっぱり知らなかったんですか。ワクチンのことを」

「何!?」

 追い打ちをかけるようにラヴェリアは自身と同様の意志を持つ存在を口にする。さらにワクチンが製造される過程に関わる秘密も込めて。

 それを聞いたラドルスは初めて知ったような様子を露わにしている。それをじっと見つめていたノーティスは彼ら自身にも聞かされていないことを予想していたのか冷静かつ低い声で口を動かす。

「答えてくれ。どういうことなのか」

「……今は答える義理はないわ。答えるのは、これが終わった後からよ」

 ラドルスの問いに渋るラヴェリアは誤魔化すようにモニターに視線を送る。頑なに口にしないラドルスたちは諦めて彼女の言葉に従った。まるで上から言われていることにヴェルジュはイラつきを覚え、時折、ラヴェリアに向けて視線を送るのだった。



「ハァアアア!」

 雄叫びを上げるルヴィアーナに応えるようにアスクレピオスのライフルから太いビームが放たれる。かなりの出力が込められた一撃はまっすぐに新型へ突き進むが、新型は口から紅の光線を放ち、閃光とぶつかり合う。

 ぶつかり合った衝撃はお互いの距離が空くとすかさずアルティメスが新型の頭上から刀で唐竹割りの太刀筋で斬りかかるが、それも躱され、アルティメスは地面に落ちていく。

「!」

 すぐさまルーヴェは態勢を整え、空中に舞い戻ろうとしていると後ろから新型が追いかけていることに気づき、加速させる。おそらくアルティメスが自身に危険を及ぼす害悪だと判断したらしい。

 新型に追いかけられるルーヴェに右側のモニターからルヴィアーナが映り込んできた。 

「お兄様!」

「地上の方はどうだ!?」

「今、大群の駆除が終わったところです!」

「なら、奴を地上に引きずり込むぞ! このままでは埒が明かん!」

「分かりました!」

 腹を決めたルヴィアーナが通信を切るとルーヴェは新型の方に視線を向け、さらにアルティメスを加速させる。新型を引き離し、そのままUターンすると今度は新型に向かって突き進んでいく。

 アルティメスは左手でライフルを構えると数発のビームを放ち、エネルギーでできた細い槍が一直線上に羽ばたく新型に向かっていく。

 対して新型は本能で理解し、自身が進む直線の上に移動。そのまま数本の槍は直線を通過し、新型は無傷のままアルティメスに向かっていった。

 しかし、それを見越していたルーヴェはそのままアルティメスの右手にある刀を振りかぶり、刃先を右斜め上から斬りかかる。

 だが、新型は左手一本で刀を掴み、剣筋を止めた。さらに右手を拳のように丸めて殴り掛かるが、アルティメスの左腕に搭載されたシールドの爪が新型の手首に突き刺さり、拳の軌道を無理やり捻じ曲げた。

 鈍い音が鳴り響き、新型の膂力とアルティメスの出力がぶつかり合うが、お互い一歩も譲らず、空中で組み合う。

「お兄様……」

 それを近くで見ていたルヴィアーナは刺激させないように空中に留まり、目を逸らさないように視線を動かそうとしない。

 また、地上から見上げていたヴェリオットを含めた兵士たち、皇宮から戦況を見つめるラドルスたちも真剣な眼差しで見つめる。

 そして、シェルター内から外の状況をモニターで確認していた一般人らも息を飲みながら、この行く末を見届けていた。

 このまま時間が流れるかに思えたが、痺れを切らし、先に動いたのは新型であった。

 新型はこの国を無力させた波動をゼロ距離で展開させる。

「グッ……!」

 その波動を直接感じ取ったルーヴェは苦しむが、レバーを握っていた手を放そうとしない。しかし、外を映し出すモニターに乱れが生じ、機体の外部と内部にあるコクピットにスパークが迸る。

「!」

 同じく波動を感じ取ったルヴィアーナは急いで距離を取ろうとするが、波動が追い越したため彼女が操るアスクレピオスも同様の症状が起きる。

 新型はアルティメスとアスクレピオスを無力化させるつもりであった。これまで大群のほとんどを狩り取られ、なおかつ自身を狩ろうと追い詰めようとする相手を本気で食らい尽くすことが今の考えであろう。

 ほとんど本能というより状況を整理し、冷静な判断で標的を定めた知性が光るものである。やはりヴィハックは進化に伴って、知能が上がっているのだ。

 波動を直接浴びたアルティメスの眼は光を失ってしまう。外傷は付けられてはいないものの、内部にダメージを与えられたことは間違いなく、一ミリも動こうとしない。

 それはアスクレピオスも同様であり、未だに空に浮かんだままだ。

 それを外から見た者たちからは彼らがやられたと思ったに違いない。この国を救えるはずの唯一の希望が潰えてしまうことに再び心が折れかけてしまう。

 だが、それを心の底から否定する者が存在した。

 どんな逆行からも立ち上がれることを信じてなのか、それともあれが予想の範疇にあるのかは端から見ても分からない。ただ、一つ共通していることは絶望に染まらないまっすぐな光が灯った眼が未だに消えていないことだった。

 なぜなら、その眼を持つ者はその二つをも飲み込む者だからだ。その証拠に、三人の眼が青く光る。その正体は、戦場から遠く見守るラヴェリア、ノーティス、エルマ。

 彼ら三人もまた《適合者》、すなわちウイルスの抗体を持つ者。

 その者たちの意志がまっすぐに向けられた二体の巨人に伝わる。

 そして、巨人たちの中にある暗闇から二つの眼が青く光った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る