疑惑

「ギャオオオン!!」

「クッ……!」

 誰もいない、鳥ですら羽ばたいていない大空の中で自由に飛び回る一体の巨人と一匹の化け物はお互いの命を削り合っていた。

 その巨人であるアルティメスを操るルーヴェは目の前に襲い掛かってくる化け物を討とうと保有する武器を駆使し、新型のヴィハックを逆に狩り取ろうとする。

 距離を詰めて黒刀で斬りかかると新型は背中の翼をはためかせて距離を置き、刃先は空を切る。すると新型の口が開き、その中から多量のエネルギーが込められた紅の光線をアルティメスに放つ。

「!」

 それに反応したルーヴェはレバーを動かし、今度は自分が新型の攻撃を躱しつつ、左手に握られたライフルから青白い閃光を放ったが、新型もそれに倣って閃光を躱す。

 今度は新型がアルティメスとの距離を詰め、指の先端から生やした五本のツメでアルティメスに突き立てるが、ルーヴェが咄嗟に突き出したアルティメスの左手に保持するシールドに阻まれた。

 するとアルティメスはそのままシールドで新型を突き飛ばしつつ距離を置き、両肩に備えられたバルカンで実弾を撃ち込む。

 虚を突かれた新型は咄嗟に両腕をクロスさせ、頭部を含めた上半身を隠して身を守る。実弾は両腕に防がれるが、弾かれることなく黒い皮膚の中に飲み込まれていった。

「!……これでも凌ぐか!」

 戦場を空中に移し替えてからルーヴェは幾度となく攻撃を仕掛けたものの、ことごとく攻撃を捌かれ、逆に新型の猛攻を受けるが、彼も同様に攻撃を捌き続けていた。

 一進一退の攻防が続く三次元の戦いはかつての戦闘機同士のドッグファイトを思い起こすほどであった。

地上ではあり得ることのない、重力に縛られない者同士による命の削り合い。

 下から上に見ることができても、上から下に見ることができない光景に上下も左右もない。自由だと誰もが浮かび上がるが、重力がない空間から見れば方向すら見失ってしまう。

 その異次元の戦いに、下から見つめていたルヴィアーナにとっては未知との遭遇であった。

 共に翼を生やした者だけが行き交う空間に魅入られた彼女は思わず、「スゴイ……!」とポロッと零すように呟いた。

 それはラドルスたちも同様であり、自分たちではどうすることもできないものだと噛み締める一方、機体を寄せる眼で固唾に見守っていた。

「……まさか、我々が到達させようとしていたものがこんなにも早く実現するとは……」

「しかも、それをラヴェリアが完成させ、死んだはずのルーヴェリックが先に現実のものにしていたというのは、いささか皮肉だな……」

「その上、それに頼らざるを得ないのも我々は無力としか言えませんが……」

「そうだな……」

 戦況をモニターから見ていた三人はそれぞれ愚痴を零した。どれも口にして自身が悲しい気持ちになるには頭の中で理解していても認めざるを得ないものがその先にあるのだ。 

 ルヴィスが拳を握るその姿はまさに自身の不甲斐なさを表に出している証明となっていた。

「ヴェリオット機、グランディ機、共に応急処置が終え、すぐに発進できる態勢にあるそうです! いかがなさいますか?」

「もちろん、発進だ! 奴らを駆除できるまで決して手を抜いてはならん!」

「イエッサー!」

 ヴェルジュと共に帰還していた二人が再び出撃することを聞いて、ラドルスは条件反射の要領で発進を促す。ルヴィアーナがかなりの数のヴィハックを駆除したことは嬉しい限りだが、まだそんな時ではないことを彼は理解していた。

 シーソーのように揺れ動いていた戦況が一気に傾き、こちらが優勢となったとしても油断せず、不動の態勢を取り続ける。これだけでも皇族としての裁量が表れていた。

「……もし彼らが戻って来たなら、受け止めなければならないな。皇族としてではなく、この国を救った〝英雄〟として」

「! 兄上……」

 ラドルスの呟きにルヴィスは一度振り向き、またモニターに映るアルティメスを見ると今度は口を閉ざし、弟であるルーヴェリックを思い返していた。腹違いの義弟だった少年と言葉を交わした時間はとても短く、小さい時にいなくなってしまったことに虚しさを感じたのか、さらに顔を下に向ける。

 本当なら政敵に取るに足らん存在だった義弟があっさり死んでしまったことにルヴィスは物足りなさを覚えていた。たとえ母親が違えど自身と同じ血を持つ義兄弟であることには変わりないため、やはり情にほだされる。

 国を治め、人を導く皇族であれど同じ人だという証明にも繋がっていた。

「だったら、あいつらにしっかりお膳立てするべきではないでしょうか……?」

「?」

「ルーヴェリックがこなければ、さらに命をなくした兵士もいた……。ラヴェリアがギャリアニウムの秘密を解明しなければ、気づく前に我々が死んでいた……。そして、あのルヴィアーナまでも国を守るために戦っているならば、我々ができることはあいつらを支えるべきだと思うのです……」

「「…………」」

 ルヴィスの言う通り、彼らがやってこなければ、この国はとんでもない事態に陥っていた可能性があることをラドルスは感じた。いや、存続できたことも怪しい。

 ラドルスたちは知らないが、祖国に対していい感情を持っておらず、去ってしまった彼らが祖国を守っていることは間違いなく皮肉ではあるものの、彼らが生み出した奇跡がこの国を救おうとしている。それを深く考えたラドルスは決心し、真剣な表情を取った。

「……ルヴィス、君の言葉に賛同することにしよう」

「!」

「一回だけ音声をこの皇宮全体に広げるようにしてくれ」

「え……どうしてですか?」

「いいから」

「あ……はい!」

 女性オペレーターは急いでラドルスの指示の通りに地下を含めて音声を届くようにした。

格納庫から移動していたラヴェリアたちも妙な音を聞いて、その音が聞こえた方向に顔を向ける。

「この国を守る同志たちよ、手を止めずに聞いてほしい。今、我々と同じ皇族であるルーヴェリック・カルディッド・ガルヴァスとその妹であるルヴィア―ナ・カルディッド・ガルヴァスが前線で戦っている! この戦いに勝利し、彼らが戻ってくるまで何としても踏み止まってほしい! 君たちの健闘を祈る!」

 ディルオスのコクピットや皇宮内に留まっていたガルヴァス軍の兵士たちはラドルスの演説を聞いて思わず困惑しかけるが、皇族が命を張って自分たちと同じ場所で戦っていることに不思議と活力が沸いた。そして、改めて気を引き締め、自らが務める仕事に一段と足を進めるのだった。

 それを医務室で聞いていたヴェルジュやウイルスに感染し、ワクチンを投与された兵士たちも例外でなく……

「何で、何でこんなところにいるんだよ、俺たち……」

「殿下ら二人が戦っているのに、寝ているだけなんて……」

 先程までは生気を感じ取れなかった兵士たちだったのだが、演説を聞いてからは元気そのものが膨れ上がり、今にも放出しかけている。命に瀕しかけていたものが、今や命を張ろうと意志を尖らせていた。

 だが、兵士たちが今も上げ続ける熱気とは裏腹に、冷徹に物事を整理していた者が重い足取りで医務室を飛び出し、先が見えない路地を歩いていた。

「……やはり、あいつか……。しかし、この目で直接見るまでは……!」

 元々血気盛んな性格だからか、傷の手当ぐらいでじっとしていられる彼女ではない。ましてや義弟や義妹が戦っている姿など想像できるものではなく、自分が知らないうちにそこまで成長していたことや、前に進んでいたことなどむしろ褒め称えるべきであろう。

 ただ、彼女にとっては自分よりも先に行くことなど到底認められるはずがなく、真実を確かめるまでは、いてもいられないのだ。

 ヴェルジュは奥底から湧き続ける強固な意志に従って、体に響く痛みに耐えながら歩み続けるのだった。

格納庫内で兵士たちと同様に演説を聞いていたラヴェリアも周囲に熱気が篭ったのを感じて、ニヤリと笑みを浮かべていた。

「やってくれるじゃない。ラドルス殿下は」

「これで心が折れかけていた兵士たちの士気は再び上がりましたし、そろそろ終わらせておきたい所ですね。姫様も限界に近いかもしれません……」

「限界って……?」

「忘れたの? ルヴィアーナ様は初めて戦場に立ったのよ。ただでさえ、疲労感が半端ないはず……」

「あ……」

「…………」

 元々、戦場は生きるか死ぬかの命の奪い合いである。一瞬の油断が命を危険に晒すことなどよくあることだ。実戦を経験した兵士でも、すぐに命を奪われることもあり、仮に生き残ったとしても神経をすり減らし、体力を根こそぎ消耗させているこルーヴェ多い。

 ましてやルヴィアーナはアスクレピオスの性能や、ディルオスの救援もあってかあまり戦闘に加わっていない。しかし、引き鉄を引いただけで命を簡単に奪える兵器を手にして正、常でいられるなど考えにくい。

 国を守りたいという強い意志がルヴィアーナを支えていることは彼女をよく知るノーティスでも分かり切っていた。もし不安があるとすれば、兄であるルーヴェを助けようと彼女が無茶をする所なのだが、ノーティスはそれが外れてくれればよいと願っていた。

 ところが、その願いは空しくも取り払われることになるのを後々知ることになる。それは格納庫内で映し出された現在の戦況が映し出された映像にくっきりと証明させていた。

 


 時は少しだけ巻き戻る。

 シェルターに避難していた一般人らもウイルスによって混乱に陥っていたが、ゼクトロンフィールドによるウイルスの抑制や皇宮や各地の医療施設から届けられたワクチンで一命をとりとめ、今では避難の解除を待つばかりだった。

「一体、いつまで続くんだよ、これ……」

「早く外に出てーよ……」

 だが、人々の心は度重なる苦難を経験したからか疲弊しており、意地でも我慢を続けている。また、外の状況も全く知らないため、より不安を駆り立てていた。人々の顔に陰りが消えない。

 その中に紛れていたイーリィたちも同様であった。ちなみにカーリャはワクチンを投与したことでウイルスの症状は抑えられ、元気な顔を見せていた。

「…………」

「大丈夫だって、軍が何とかしてくれるって。ほら、ワクチンも受けられたわけだし」

「でも、あの轟音がここにまで響いたってことはさ、結構ヤバい状況じゃないの? 私、何だか心配……。」

「……タイタンウォールに何かあったんじゃ……」

「「!」」

 ルルの呟きにイーリィたちは揃って彼女に振り向いた。現実的とも言えるその言葉は事実そのものを口にしているようなものだった。もっとも、既に現実となっているが。

「まさか、そんなことがあるわけ……」

「でも、タイタンウォールの向かい側に関係することだったら、おかしくないよ……」

「…………」

「それに軍の出動が頻繁に行われているらしいし……」

 そんなことがあるはずないとイーリィたちは考え込む。

閉鎖区から流れてくるウイルスの感染を防止するためのタイタンウォールが未だに建造されていることが建前だとしたら、おかしくもない。だが、その確証もなければ、口で説明したとしても軽く取り払われてしまうことが多い。

 また、閉鎖区に隠されているギャリア鉱石を発掘するため出動されることも多いと噂されるが、もし他の理由が存在するというなら、一つしかない。

「閉鎖区に何かが潜んでいる……?」

「!」

「…………」

「ほら、ネットの掲示板とかで書かれていたじゃん。奇妙な鳴き声が壁の外側から聞こえるって……」

「でも、それはデマだって……」

「そのデマが本当のものだったとしたら……」

「軍は必死に隠している……」

 ルルの返答にイーリィはコクリと頷く。もしかしたら、自分たちと他にそのことに辿り着いている者も少なくないだろう。それでも言おうとしないのは確証がないことと、信じてもらえるか不安でしかないことである。

 人は虚構の存在を認めることはしないだろうし、疑うこともある。たとえその事実を見にしたとしても、すぐには受け入れようとしない、さらに否定することも少なくない。

 だが、その疑いが段々と確信に入っていくとなると真実だと認めるしかなく、その事実を突きつけたくなるのが人間の本能であり、逃れられない性だ。

 その疑問をどう探ればいいのか彼女たちが考え込んでいると、シェルターの一画に埋め込まれていた巨大なモニター画面に外の映像が映し出された。

「「「!!」」」

 突然モニターに画面が切り替わったことに誰もが驚く中、その映像を注視していくと、

「オイ! 何だアレ!?」

 モニターの前にいる一人の男性が指を差す。その指の先にはヴィハックの大群と、ガルヴァス軍が向かい合っていた。

「あれって、軍が開発したシュナイダーだよな……? それとあの奇妙な生物は……?」

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