魔法使いの本領

『お兄様、ここは私たちがお相手いたします。お兄様はあの新型を討つことに集中してください!』

「……分かった。くれぐれも気を付けておけ」

『はい! こっちが終わったら、すぐに加勢します!』

 彼女から入れた通信が終わるとアルティメスの近くにアスクレピオスとシュナイダー部隊が両脇を固めるように横一列に集まった。それを見て、ルーヴェは小さな笑みを零した。

「……言うようになったな。ルヴィア」

 再度気を引き締めたルーヴェはレバーを前に倒してアルティメスのスラスターを噴射させる。そのまま刀で新型に斬りかかると新型は翼を開いて空中に逃げ込み、刀が空を切る。しかし、ルーヴェはすかさずペダルを踏んで自分も空に飛び、新型を追いかける。

 その巨人と怪物がいない戦場では、この地を守護する巨人たちと命を貪ろうとする化け物だけが残った。

『全軍、これが最後の攻撃です! 最後の一匹まで倒すことに専念してください! 皆で、絶対に生きて戻りましょう!』

『『『イエッサー‼』』』

 味方を鼓舞するルヴィアーナの言葉に、アドヴェンダーたちはいつもの返事よりも高い声で応えると自分たちが操るディルオスが所持するマシンガンを構え、

「斉射‼」

 その呼び声と共に銃口から弾丸が放たれた。

 数が多く並ぶ弾丸の礫は曲がることなく一直線に進み、未だに動きを鈍らせているヴィハックの大群に直撃すると断末魔を叫ぶ間も与えず蹴散らしていった。

 軍が対峙する前線にいた大量のリザードが倒れていくとその後ろにいた別の個体が弾丸の餌食となり、前から波が押し寄せるように大群の後方へと広がっていく。

 その中心にいたアスクレピオスも大型のライフルを構えながら引き鉄を引いて銃口から放たれた青白い閃光をヴィハックに射ち込んでいた。

 マシンガンとは大違いの火力でヴィハックの頭部を体ごと消滅させ、その後ろにいる別の個体にも巻き込む形で駆除していく。その証拠に別のリザードが覆い被さっていて分かりにくいが、体が残っているにも関わらず頭部だけが消滅している。

 マシンガンで撃たれた頭部を含めて綺麗に体が残っているものとはえらく大違いだ。一撃で絶命させる威力を物語らせている。ところがその威力を耐えそうな輩が奥から現れる。それはリザードから成長したドレイクだ。

「グオォオオオ!」

 高い雄叫びでディルオスの中にいるアドヴェンダーたちに威嚇しながら猛ダッシュし、ガルヴァス軍との距離を詰めていく。それを阻止しようと斉射を集中させるものの通常の弾丸では歯が立たず、速度が落ちていかない。数秒後には距離がゼロとなる。

「!」

 その様子を注視していたルヴィアーナはライフルの照準をドレイクに集中させる。さらに左手でパネルに表示されたライフルの出力を変え、意識を集中させると両目が青く輝いた。

 そして、アスクレピオスが堪えるように腰を落としながらルヴィアーナが右レバーにある赤いボタンを押すとライフルの銃口に光が集まり、次の瞬間、さっきまでよりも大きく太さを持った閃光が一直線に突き進んだ。

 その凄まじい音が響き、周囲にいたディルオスは驚きながら斉射を中止させる。

「ガァ!?」

 閃光が突き進む線の前に塞がっていたドレイクは反射速度を利用してその閃光を避けようとするが、反射速度が光の速度に勝てるわけがなく全身に浴びてしまった。

 さらに閃光はドレイクだけでなく後方にいるリザードの大群をも飲み込み、タイタンウォールの空けられた穴まで通り抜けるとだんだん光が収束していって、最後は虚空に消えた。

 大量の砂埃が漂い、ヴィハックの大群の影を消してしまい、どうなっているのかモニターでも確認できない。その砂埃が晴れていくとそこには異様な光景が広がっていた。

 閃光によって抉られた跡が地面に刻まれ、その地点に留まっていたはずのヴィハックの大群が姿を消していた。その残りは建物の両側に逃げ込み、いや追いやられた十数の個体だけとなっていて、おそらく大半がライフルの閃光によって消し去られた結果であることは誰の眼でも明らかだった。

「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」

 アスクレピオスのコクピットにルヴィア―ナの息遣いが響く。高出力による反動を受けたためか息切れが激しい。それもあるが、直接的な要因はやはりアスクレピオスとの〝接続〟である。

 しばらく息切れが続くと右側のモニターから通信と思しき音声が入り、ルヴィアーナはチラリと目が行った。

「?」

『ルヴィアーナ殿下! 先程のはいったい……!?』

「……あまり長引かせるのは良くないと思って、ライフルの出力を変更させたのですよ。大分、数は減らせたと思いますし、後は皆様方だけで片付けられます」

『! よし、全軍、残存するヴィハックの殲滅を続行させる! ルヴィアーナ殿下のご好意を無駄にさせるな!』

『『『イエッサー‼』』』

 数匹ものヴィハックが体を起こそうとする中、ガルヴァス軍は再び装備を構え、迎撃態勢を取る。

 一方、アスクレピオスの一撃で大半以上を失ったヴィハックは体を起こすとその目の敵に向けて一斉に足を動かし始めた。

 先に態勢を整えたガルヴァス軍は侵攻してくる化け物に向けて数種もの弾丸や砲弾をぶつけにかかる。最後の一匹を仕留めるまで、最後の一発を撃ち尽くすまで、アドヴェンダーたちは死に物狂いの表情で引き鉄を引き続けた。

 そこから一歩下がるように戦いを見ていたルヴィアーナは小さく息を吐き、緊張感を解くように笑みを浮かべた。

「……少し休ませてもらいたいけど、約束を破るわけにはいかないね、っと!」

 ルヴィア―ナの小さな呟きには、ある意味的を射ていた。その証拠に長時間の戦闘による疲労が滲むように額や髪の隙間から汗が垂れていた。さらに慣れない操縦に生き残りをかけた戦争、そしてアスクレピオスとの〝接続〟。

 どれも彼女にとってはこれまで、いやこれからも無縁だったに違いない。しかし、死んだはずの兄との再会、知られることのなかった真実を受け止め、自ら行動することをルヴィアーナは選んだ。

 この苦しみはこれまで戦争の前線で戦ってきた兵士たちが味わってきたものだとルヴィアーナは噛み締め、休みを挟まないまま未だに戦い続ける兄の元に向かおうとアスクレピオスのスラスターを噴射させ、空に舞い上がった。

 元凶を叩かなければ、この混乱は終わらない。幼き皇女が乗る紫の魔術師の戦いはまだ続く。



 一方、ラヴェリアたちは皇宮内で起きているパニックを収めようと足を動かし続けていた。デッドレイウイルスの症状を発した兵士たちやシェルターに避難している一般人たちにワクチンを届けていた。

 王宮の地下にある電源の復旧に勤しむラヴェリアの元にエルマが近寄る。

「……これで応急処置は完了したわ。しばらくは何とかなるけど……」

「こっちは終わったよ! 何とかワクチンも少量で済んでいるって……」

「それは結構。アスクレピオスが〝フィールド〟を展開したおかげで、症状も緩和されているようね。ワクチンが切れないか心配はあるけど……」

 アスクレピオスの広範囲粒子散布、通称〝ゼクトロンフィールド〟が都市全体に広まったことで、新型によって発症させられたウイルスの症状が中和された。

 ただ、完全に中和されたわけではないため、一応投与させる必要がある者のみワクチンを使用させている。もっとも、症状が軽かったため投与する必要のない者がほとんどなのだが、ワクチンの数が限られている身としては嬉しいものでもあった。

「お母さんはこれを狙っていたの……? 世界を救うために……」

「まあね。でも、これを扱うアドヴェンダーを育てるには一から始めないといけないし、あえてルーヴェに乗らせるって案もあったけど……運が向いてきたって言うのかしら、こんなにも早く見つかるって思わなかったけど」

「…………」

「今は二人に頼るしかないわ。……けど、こう思うの。もしかしたら、この国を変えてくれるんじゃないかって……」

「!」

「この混乱が収まったとしても、諸外国が指をくわえたまま見物するとは思えないだろうけど、きっとまた平和を築けるんじゃないかって期待してしまう自分がいる……」

「お母さん……」

 母親が天を見上げながら瞳を輝かせるその姿にエルマは口を閉じる。ラヴェリアの言葉にどこか幻想じみたものが感じ取れるが、実現できないというわけではないとエルマも賛同しかける。

 思い返してみるとルーヴェもルヴィアーナも、人の上に立つ器であると彼女は感じずにはいられなかった。実際、この国を治める皇族の血筋を持っている以上、自分とは異なる場所で生きているのだと改めて実感した。

「でもね……彼らもまだ若いし、未熟な部分もある。そういう時こそ支える者がいていいんじゃないかな。これまでルーヴェを支えてきたわけだけど、今更離れるわけにはいかないし……ここに戻るのもアリって思えてきた」

「え……?」

「一番の理由はあなたがいるってこと、かな? もう一人にしないってこと」

「…………!」

 ラヴェリアが実の娘の肩にポンと軽く置く。それは、再び家族として暮らすという発言にも聞こえた。エルマにとってはそれが一番通じる言葉である。

「まだ終わったわけではないわ。すぐに行きましょ」

「……うん!」

その言葉には彼女の喜びが大きく含まれていた。

別の場所に動こうとしたラヴェリアたちの近くにワクチンの配達を終えたノーティスが息を切らしながら近づいてきた。

「ノーティス、ヴェルジュ殿下は……?」

「……ヴェルジュ殿下の収容が完了いたしました。命に危険はありませんが大ケガを負っていること、シュナイダーの損傷が激しいことから、すぐには復帰できない模様です……!」

「……あの二人は?」

「特にケガというのはありませんが、デッドレイウイルスの症状が確認されましたので、ワクチンを投与させました。復帰はできる見込みです」

「なら、動けるディルオスの整備も必要ね。リザードの袋叩きされたこともあるでしょうし、電源と同様の対策を施す必要があるわ。案内して」

「分かりました!」

「わ……私も!」

「構わないわ。一人でも多い方が役に立つわ」

 それが決まるとラヴェリアたちは格納庫へと足を進めた。

 格納庫ではシュナイダーの整備を担当している者が充実しているものの、今回は特に前例がないためか専門としている人物の手を借りたかったようだ。

 ラヴェリアが開発したシュナイダーがいたおかげで、ウイルスの被害を最小限に留めるこルーヴェできたのだが、依然として不利な状況であることは変わりなく、小さいことでもいいから対策を考えてほしいと懇願してきたのだとノーティスは言っていた。

 ギャリアニウムを深く研究していたラヴェリアだからこそ、頼ってきたのだと。

そして、ラヴェリアたちはキールたちがいる格納庫へと足を踏み入れるのだった。


「久しぶりね。キール」

「ラ、ラヴェリア博士……ホントに助けてください」

 ラヴェリアはキールを追及するように至近距離で凝視する。対するキールは今までにあった余裕が全くなく、彼女に怯えながら後退っている。過去に起きたラヴェリアとの確執があったからかキールの表情はどこか焦りがあった。

「あの時、忠告したはずよ。アレは危険だって……!」

「だって、まさかこんなことになるなんて、思いもしなかったのですから……。ってか、近いですって! ホントにすみません!」

「……フン!」

ラヴェリアが鼻を鳴らし、距離を置くとキールは胸を撫で下ろす。よほど許せないこルーヴェあったためかラヴェリアは今もキールを睨みつけている。

「…………」

 それを間近で見ていたエルマは今の母の姿を見て、茫然としていた。あのラヴェリアが起こる姿が珍しかったからだ。過去に自分を叱る姿というのは記憶から消え去っているかもしれないが、あれは優しさが含まれていたのである。

 しかし、今の姿は優しさが含まれておらず、エルマはどこかデジャブを感じていた。

 それはかつて自分が母親につきかかってきた姿だ。あの時は自分が事実を認めなかったというものだったが、この場合は本気で許さないという姿勢だ。

 相対しているキールもそれを分かっているからかラヴェリアに強く言い返そうとしなかった。間接的に言えば、彼女の夫を死なせた人物でもあったからだ。

「じゃあ、さっさと進めるわよ。無駄な時間を取る暇もないから……!」

「「「は……はい!」」」

 同じく集まっていた整備班らもラヴェリアの号令に竦みながら従い、四方に散らばった。一瞬で自分の立場を理解させられたのである。

「でも、どうすれば……? あの新型に対抗できる策は、あるのですか……?」

「あるはあるけど、あくまで応急処置でしかないわよ。いいのかしら?」

「か、構いません!」

「エルマ、あなたは私の手伝いを頼むわ」

「は、はい!」

「ノーティス、あなたも」

「分かりました!」

 新型への対策があると言い放つラヴェリアはエルマと共にシュナイダーの整備に向かった。その対策には意外なものが使用されるのだった。

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