援軍

「…………」

 ヴェルジュが不意に零した質問にルーヴェは答えようとするが一旦思いとどまり、外を映し出すモニターに目を向ける。

ヴェルジュたちを救出したものの、周囲は未だにヴィハックの群れに挟まれており、未だに窮地であることをルーヴェは再確認する。すると妙な感覚がルーヴェの中に走ってきて、体がそれに反応した。

「ん?」

「もしかして……?」

 ルヴィア―ナもそれに反応したようで、遅れてレーダーの上方向からいくつもの点が入ってくる。その点の正体に二人は心当たりがあった。ガルヴァス軍のディルオスである。

『ご無事ですか? ヴェルジュ殿下! 救援に来ました!』

「! 援軍か!」

 グランディの睨んだ通り、弾薬の補給で先に皇宮に戻っていた十数機のディルオスが補給や応急処置を終え、再び戦地にやって来たのだ。

 助けが入ってきたことにヴェルジュは安心したのか呼吸するように息を吐く。

 ところが、新型は体を援軍に向けて上半身をのけ反らせる。

「!」

新型の目的を察知したルーヴェはここぞと言わんばかりにレバーを前に倒し、アルティメスを前進させる。

新型に胸部を抉られたディルオスの残骸を飛び超え、新型との距離を詰めたアルティメスは無防備となった新型の背中に一太刀を入れた。その一太刀は防がれることなく背中に傷が生まれ、アルティメスはその場を飛び退くと新型の背中に刻まれた傷口から黒い血が噴き出した。

「ギャアァアア――――‼」

 新型の絶叫が周囲に木霊し、体を大きく揺らし始める。

その絶叫に驚いたディルオスは一旦停止し、動きが激しい新型の様子を見始める。他者を圧倒するためでも威嚇するためでもなく、新型はただただ不意に刻まれた痛みによって苦しんでいた。

「何をしている! 今のうちに前面にいるディルオスに合流しろ! 早く!」

「! は、はい! お義姉様、ひとまずはここを抜け出しましょう!」

「……分かっている! ヴェリオット、グランディ!」

「「イエッサー!」」

 アスクレピオスを先頭に二体のディルオスに支えられたクレイオスを連れて、全速力で自分たちのいる場所を離れる。後方にいた大量のリザードも彼らを追いかけようとするが、一筋の閃光がその一体の頭部を貫き、声すら出ない死骸となった。

「!」

 その異変に気付いたヴィハックは閃光が放たれた場所に目を向けるとその先には、ライフルに持ち替えていたアルティメスが銃口を突き付けていたのである。

 さらに閃光が放たれ、正確にヴィハックの頭部に直撃すると重力に任せるように倒れていく。そのまま全身に力が抜け、ピクリとも動かなくなったのを見ていると再び銃口に目を向け、その場に動きを止めた後、警戒する。

「このまま駆け抜けろ!」

「ありがとうございます! !」

(!? お兄様……!?)

 ルヴィア―ナが無意識に出た言葉にヴェルジュは強く反応する。一瞬、ラドルスたちの顔が浮かび上がったものの、自身が聞いた声は青年のものだったため、彼らではないと判断する。

しかし、ルヴィアーナがその言葉を使わせる人物がいるとすれば、それが誰なのかヴェルジュはその場で考え込む。すると、一人の少年の顔が過り、ヴェルジュの眼は大きく開いた。

(……まさか!?)

 その少年の存在にヴェルジュは無言で驚愕するが、心の中では辻褄が合うはずがないものだと否定する感情が彼女の表情に表れていた。

 アスクレピオスが銃口を向けるアルティメスとその後ろで悶絶する新型を横切ろうとしたその時、気配を感じたのか新型の眼が睨むようにそちらに向ける。

 それを背後から感づいていたアルティメスも同様に全体を後ろに回して、銃口を新型に向けようとする。

ところが、それを遮ろうと新型の左手が振り払い、ライフルを弾き飛ばそうとする。その直前でルーヴェはアルティメスを一歩下がらせ、腕のリーチから離れると左手はそのまま空を切った。

そして、アスクレピオスは背中のスラスターを噴射させ、上空へジャンプするように移動する。後ろからついて来ていた二体のディルオスもクレイオスを抱えたまま、アスクレピオスと同様に上空へ移動した。

そのままアルティメスと新型の頭上をまたぎ、放物線を描きつつ皇宮から来た援軍の許に着地、同時に合流する。

ディルオスは力を使い果たしたのか着地すると膝を地面につける。おそらく先程の移動で燃料が底についたのかもしれない。傍から見ても、かなりのダメージが行き渡っているのが明らかである。

そこに一機のディルオスが近寄る。

『ご無事ですか!? ヴェルジュ殿下‼』

『わ、私はまだやれ――ッ!』

『無理をなさらないでください! 応急処置を受けるべきです!』

『クソッ……!』

クレイオスのダメージはひどく、ディルオスに抱えられている時点で既に戦える状態ではない。しかも、乗っているヴェルジュも体に痛みが伴っており、体が彼女の精神についてきていない。姿が見えなくとも無理をしているのがモロに分かる。

これ以上戦えないことにヴェルジュは歯がゆい思いに苛まれる。渋々それを聞き入れた彼女は再びディルオスを立ち上がらせたヴェリオットたちと共に移動を開始する。一直線の道を作るように十数機のディルオスがそこを譲るとヴェルジュたちは皇宮に向かっていった。

それを見届けたルヴィアーナはアスクレピオスを後ろに回し、アルティメスと対峙している新型を迎い討とうとする。そこに先程の一機を含めたシュナイダー部隊が近づいてきた。

『敵対しないというなら援護させてもらう。それでいいか?』

「構いません。お兄様を含めて二人だけというのは、やはり苦労しますから……」

『そうですか。……って、ルヴィアーナ様!? まさか、その機体に乗っておられるのですか!?』

「はい。私もこの国を守りたいのですから、止めないでくださいね」

『わ……分かりました。ですが、アレに乗っておられるのは……?』

『ルーヴェリックお兄様です。私たちのもう一人の兄妹の……』

『なっ!?』

 ルヴィア―ナの特筆的な言葉に、彼女の周囲に集まるディルオスのアドヴェンダーを含めて、皇宮から通信を繋いだまま、聞いていたルヴィスたちも驚愕に包まれた。この世にいるはずのない人物の名前にルヴィスは頭を下に向ける。

「…………」

 その衝撃の事実にラドルスの口は開いたままだった。義弟が生きていたという喜びより驚きという感情が勝っており、言葉そのものが出てこないのだ。その衝撃は周囲にいる者たちにも広がっており、隣にいる者の顔を互いに見合っていた。

『聞こえていますか、ラドルス義兄様。私は引き続き、お兄様の援護に回ります。部隊もそれに回すということでいいですか?』

「! しかし、君やルーヴェリックを含めた現勢力だけでやれるかどうか……」

「やれるかではありません。今だからこそやるのですよ。このアスクレピオスの力によって、ヴィハックの大群も動きが鈍っていますし、こちらは被害が少ないのでは?」

「?」

「先程、この機体が放出させた〝ゼクトロン粒子〟の散布で、ギャリアエンジンの出力がある程度低くなっているはずですよ?」

『! そういえば、さっきあの光が空に広まって、それで……』

 アスクレピオスによるゼクトロン粒子の広範囲散布によって影響を受けたのはヴィハックだけではなかった。その範囲内にいたディルオスも含まれていたのである。

 その効果はギャリアニウムの抑制。

 つまり、ヴィハックの活動やシュナイダーに搭載されているギャリアエンジンの性能を低下させることであった。

 ヴィハックの動きが鈍くなったのは、体内に溜め込まれていたデッドレイウイルスを生み出すギャリアニウムの出力が著しく弱ったことで、力そのものが出にくくなっているのである。

 当然、シュナイダーも同じギャリアニウムを原動力としているため、出力が小さいとアドヴェンダーはたとえ燃料があろうとも思うように動かすこルーヴェ難しくなる。実際、部隊が現場に向かうまでかなりの燃料を消費させていたのである。

 また、この効果はデッドレイウイルスを抑制させる働きを持っているため、定期的に摂取するデッドレイウイルスのワクチンと同じ効果を発揮させているのだ。

 アスクレピオスが都市全体に散布したゼクトロン粒子が地下に避難していたシェルターまで届くとウイルスを発症していた一般人たちの体内から響いていた痛みは次第に引いていき、荒くしていた息遣いも落ち着いていく。それを間近で見ていた人も歓喜に震えていた。

 単に言えば、アルティメスやアスクレピオスが動くたびに粒子を放出させていくと粒子が空気中に漂い、それに触れたディルオスやヴィハックはその影響を強く受けるわけである。

現在もヴィハックを狩り続けるアルティメスの翼から放出させている粒子が周囲に漂い、知らずのうちにその影響下にいたヴィハックは既にアルティメスの狩場に誘われていたのである。そして、狩場に誘われた獲物は周囲と孤立し、最後は息を途絶える。まさに相手を弱らせてトドメを刺す狩人そのものであった。

だが、その狩人としての力は味方にまで及ぶという、〝諸刃の剣〟以外、何物でもなかった。

同様の性能を持つアスクレピオスがその影響を大きく広げたことにより、援軍としてやって来た数機のディルオスの動きは微弱ではあるものの、若干遅れが出ていた。

『動ける時間は少ないと思いますが、敵の数も少ないと思ってください! 皆さん、ここが踏ん張りどころだと思って、あの化け物を一匹残らず駆除しましょう! いいですね?』

『……自分はついていきます。皇族の意志に従うのが我らの務めです』

『じ、自分もです!』

『自分も!』

 アドヴェンダーの声に応じてか、周囲にいる他のアドヴェンダーも次々とルヴィアーナに賛同していく。後がない状況が彼らの意志を固めたのかどうかは分からないが、祖国を守りたいという思いは皆同じであった。

 その意志を汲み取ったラドルスも強くは言えず、ただ押し黙るしかなかった。

「……いいか。必ず、生きて戻ってきてくれたまえ。また失うのは二度とあってはならないのだから……」

「……はい! 全軍、ヴィハックの掃討、そしてルーヴェリックお兄様の援護に回ります!」

『『『イエッサー‼』』』

 ルヴィア―ナの掛け声に兵士たちは一斉に応えた。戦う意思は消えるどころか逆に燃えており、自分たちが操る巨人と共に化け物討伐に乗り出すのだった。


 ルヴィアーナがヴェルジュと共に援軍と合流した一方、ルーヴェは前後に留まるヴィハックに挟まれたまま戦闘を続けていた。

「ハアアア‼」

 ルーヴェはアルティメスの右手に持つ刀を振り、リザードを正中線で斬る。そこにドレイクが襲い掛かるが、アルティメスは手首を返してそのまま振り上げ、ドレイクの頭部を右腕ごと払うように斬る。さらに左腕にあるシールドの表面を胴体部にぶつけて前に突き飛ばした。宙に浮いたドレイクの頭部と右腕はそのまま地面に落ちる。

 その隙を狙うように後ろから新型が右腕を振り下ろす。その危機を感じたルーヴェはアルティメスの背中にあるスラスターを噴射させ、その場を退く。その右腕はそのまま大地に打ち付けると衝撃によって道路にヒビが入った。

 新型の後ろについたアルティメスは再び足を地面につけると左手に持つライフルを向け、青白いビームを撃つ。銃口から放たれた閃光は新型を貫くかと思われたが、新型はその場をジャンプし、その一直線から外させた。閃光はそのままリザードの頭部から全身に向かって貫き、そのリザードは絶命するのであった。

 リザードの死骸が地面に横たわると周囲には同様に倒れ込む残骸が多く地面を埋め尽くしていた。その中にはドレイクも含まれており、見る限りでは十体は絶命しているのが分かる。

 前後を挟まれてもなお、立ち回るルーヴェはいかにアドヴェンダーとしての実力が高いこルーヴェ窺える。アルティメスの性能というのも含まれているものの、たった一機でここまで行えるのはむしろ称賛に値する。

 しかし、ルーヴェには懸念すべき問題が浮かび上がっていた。それは時間と自身の体力である。

(……本来なら全滅させている所だが、百体、いや四十体はキツイな。ルヴィアーナの援護がなければ、押し切られるところだったかもしれん……)

 抗体によって身体機能が上がっているものの、ルーヴェの体力は無尽蔵というわけではない。これまで十数体ものヴィハックを駆除してきたつもりだったが、記録にもない新型との戦闘を含めて、未知の領域に踏み込みながら戦っているようなものであった。

 アスクレピオスの粒子散布で弱っている今、新型に邪魔されることも少なく済んでおり、順調に数を減らしていた。

「…………!」

 ルーヴェは今一度レーダーで敵の数を確認しようとすると自身の後ろからいくつもの反応が迫ってくるのを知り、小さく驚く。その中心にはルヴィアーナが乗るアスクレピオスの名前があった。そのアスクレピオスから通信が入ってきて、モニターの隅にそれを操るルヴィアーナの顔が映った。

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