人馬の一撃

「なぜ、ラヴェリアが……!? どういうことか、教えてくれ!」

 ラヴェリアが失踪する五年前までギャリア鉱石の研究に携わっていたことは彼らも知ってはいたのだが、既に自分達よりも先にこの事実に辿り着いていたことに驚きを隠せなかったようだ。

ラドルスはそれも含めてキールに説明を求める。

「僕達は気づくのが遅すぎた……! あの時、彼女の言葉を信じていれば……!」

「あの時って、十年前の……?」

 今この場に彼女がいないことにキールは頭を抱える。手は頭の上ではなく顔を掴んだ状態であり、ルヴィス達に表情を見せないように下に向けてはいるものの、表情は後悔の念で一杯だった。

「皇帝陛下になにやら新型ミサイルについて討議していたらしいですが、まさかこんなことだったとは……!」

「新型ミサイル!? ということは……!」

「……つまり、ギャリアニウムがデッドレイウイルスを生み出していたというのか……!? それが本当だとしたら、今起きているこれは……!」

「……我々は知らずのうちに、自ら破滅のシナリオを書かされていたってことですよ……!」

「「…………‼」

 キールが辿り着いた結論に、ラドルス達は絶句する。

 なぜなら、自分達のこれまでの成果が、いつの間にか自分達の首を締め上げていたことに今まで気づきもしなかったのである。それは同時に、脱出することの叶わない底なし沼に足を取られていたことでもあり、今ではもう避けることのない事態まで陥っていたことに気づくのだった。



 タイタンウォールから押し寄せるリザードの波は留まることを知らず、次々と首都へ侵攻していた。

 タイタンウォールから少し離れた場所に留まり続けるガルヴァス軍は、これ以上の侵攻を食い止めるためにマシンガンをはじめとする射撃兵器を駆使し、リザードおよびドレイクの駆除を進めるが、進撃するヴィハックの数が予想以上に多いからか、その勢いを辛うじて抑えつけていた。

『ムダ弾を出すな! 全弾を急所に当てるつもりで行け!』

『『『イエッサー‼』』』

 ヴェルジュの檄に周囲にいるアドヴェンダーは一斉に返事する。

 ディルオスが所有するマシンガンやバズーカによる弾丸の嵐が吹き荒れる中、その内の一体がマシンガンの弾丸を撃ち尽くし、弾切れを起こしてしまう。

 しかし、ディルオスは慌てずマシンガンの下部に搭載された弾倉を外し、ディルオスの腰部に備えられた予備の弾倉を取り出すとそのままマシンガンの下部に装着する。そして、再びマシンガンをヴィハックに向けて弾丸を放ち始める。

 その他も同じ事態に陥ると、先程と同様に処理して斉射を続行する。しかし、その中にはその予備を使い切ったのが含まれていた。

「さすがに百体はきつすぎる……!」

「弾倉の予備も少なくなってきました! 近接用の武装しか残っておりません!」

「まだだ! 使い切る前に奴らの数を徹底的に減らすんだ!」

「「…………!」」

 不利な状況にヴェルジュは依然として強気な態度を取るのだが、隣にいたヴェリオット達からは下手なハッタリだと見透かしていた。彼女が強気な態度を取り続けるのは、目の前に広がる絶望にただガムシャラに耐え続けているからであった。主のその悲壮な態度に二人の騎士は自らの未熟さ、不甲斐なさを痛感するのだった。

 建物を通り過ぎるヴィハックの波から、その内の一体が進化したドレイクが前に飛び出してきた。隆々とした四本足で猛然と騎士達に向けて激走する。

「ギィアアアア――‼」

「! クソッ……!」

 それに気づいたヴェルジュはレバーを動かし、銃撃を止めてクレイオスを前に動かした。その動きを隣で見ていたヴェリオッルーヴェ乗るディルオスが彼女を制止しようと左手を前に突き出す。

『ヴェルジュ殿下!』

『お前達はそのまま続けろ! コイツの相手は私が務める……!』

『…………! 全軍、殿下の戦いを邪魔させるな!』

『『『イエッサー!』』』

 ガルヴァス軍はヴェリオットの指揮の下でリザード型の掃討を継続、その中央を駆け抜けるクレイオスはマシンガンランスの先端部を突き出し、加速と共に前進し始めた。同じく中央を駆け抜けるドレイクもまた、本能のままに前進し、クレイオスと相対した。

「グオォオオオ‼」

「ハアアア!」

 先に両軍の中央に陣取ったドレイクは突進してくるクレイオスを向かい合おうと両前足を上げ、上半身を露わにする。突っ込んでくるクレイオスをその膂力でねじ伏せるつもりだろう。

 その構えをモニターで捉えていたヴェルジュはお構いなしにレバーを前に倒し、さらに加速させる。膂力で吹き飛ばされるよりも速く仕留める気である。

 そして、両者の距離が縮まり、お互い都合の良い距離になると激突する瞬間が訪れた。

 その激突を制したのは、ドレイクの隆々とした膂力による圧力よりも先に胴体部を貫いたクレイオスであった。

「ウオォオオオ‼」

 その結果を知るや否や、加速による勢いは留まらず、後方にいる大量のリザードを巻き込みつつ、波をかき分けるように突き進んでいく。その余波を受けたリザードは宙に舞い、今場を埋め尽くしていたヴィハックの上に背中から落ちていった。

 ドレイクを貫いたまま前進し続けるクレイオスはこのままヴィハックの大群の最後尾まで飛び出そうとしていたが、絶命を免れていたドレイクはそのままクレイオスに取り付こうとする。

「!」

 胴体を貫かれながらもしぶとく抗い続けるドレイクを見たヴェルジュはクレイオスの四本足を曲げ、跳躍する。そのままランスを振り回してドレイクを地面に叩きつける。

 ランスから引き抜かれたドレイクは重力に従うようにリザードの上に落ちた。リザードはそのまま下敷きとなり、後から続いていた軍勢もそれに巻き込まれて、ヴィハックの進軍に大きな乱れが生じる。

 そして、跳躍したまま宙に浮かんでいたクレイオスは弧を描くように落下し始める。その下には振り落としたドレイクが無様に上半身を晒していた。

「これでっ――‼」

 ヴェルジュはクレイオスのランスを逆手に持ち替えつつ、重力落下を利用してドレイクを今度こそ仕留めようとする。さらにランスの先端部を回転させたまま落下していき、上半身を捻ってランスを突き出した。

 そして、ランスは狙い通り、ドレイクの頭部を直撃し、その下敷きになっているリザードごと地面に突き立てた。

 前足に力が抜けると今度こそドレイクは絶命する。そして、頭部に突き立てられたランスは引き抜かれ、クレイオスに収まったが、ヴェルジュはまだ表情を引き締めたまま周囲を見回していた。

「まず一匹……!」

 ヴィハックの大軍はいつの間にか進軍を止め、中央に陣取るクレイオスに視線を向けていた。自分達の楽しみを邪魔されたからか、牙と共に敵意をむき出しにする。

「グゥルルル……!」

 敵意を向けるリザードは自身の爪を地面に深く押し込み、飛び掛かろうとしていたが、別の方向から流れてくる爆発に似た騒音に注意を向けるのであった。

「! ヴェリオット達か!」

 ヴェルジュは騒音の正体をすぐに察した。彼女の言葉通り、クレイオスが進んできた方角では多数のディルオスがヴィハックの大軍に向けて斉射を続けていたのだ。

 ヴェリオット達の援護でクレイオスの後方に位置する大量のリザードはそちらに意識を向ける中、ヴェルジュは再び大軍に向けて突撃をかける。

 今度は大型のドレイクではなく雑兵であるリザードに向けて激走し、そのままランスで貫いていく。その雑兵の残骸が宙に舞い、残骸から溢れ出た黒血が地面に染み渡る。もはや先程まで人々が暮らしていた都市の街並みはもう、血で塗れた戦場に置き換わっていた。

(今度こそ……!)

 ヴェルジュは貫かれたヴィハックの血飛沫が飛び交う中で目の前に広がる大軍の最後尾を目にする。タイタンウォールから来るヴィハックがいなくなったからだ。

 不規則な事態があったとはいえ、かなりの数を減らせたことでその終わりが見えたのである。もっとも、半数近くが都市部に侵攻されたことに変わりはないが、奮闘し続けた甲斐があったも同然であった。

 そして、最後尾を抜けたクレイオスはブレーキをかけながら回り込む。ランスにはヴィハックに流れる黒血がへばりついていた。ヴェルジュはそれを振り払う。さらに正面には最後尾にいたリザードが反転し、奇襲を警戒していた。

 ヴェルジュはコクピットにあるパネルをチラリと見る。そこには自信が乗るシュナイダーの情報が載っていた。

(クレイオスの燃料は……あとわずかか。ヴェリオット達も頑張ってくれているが、いつ停止してもおかしくない。普通なら温存しなければならないのだが――)

 二つのギャリアエンジンを体内に宿すクレイオスはディルオスよりも稼働時間が長く、まだ十分に戦えるこルーヴェできる。しかし、ディルオスはクレイオスとは造りが異なるためエネルギーが枯渇しかけている。

 しかも彼らに襲い掛かっている痛みは引いておらず、むしろ悪化していて、いつ気を失ってもおかしくない。予想以上に消耗していることから動ける時間が限られていた。

 しかし、

「そうは言っていられんか!」

 ヴェルジュは最後の力を振り絞らんと、一層気を引き締め、ランスを構えた。三度目の突撃を仕掛けようとしたその時、空から新型が降り立ち、ヴェルジュの前に立ちはだかった。今度は後ろ足だけで立っており、前屈みの姿勢で待ち構えている。

 それを見て、ヴェルジュは思わずニヤリと笑い出す。

「フッ、お仲間をやられて、いてもいられなくなったか。……だが、こっちは貴様に振り回されて腹が立っているんだ! ここで終わらせてもらう!」

 新型と向かい合って怒りを爆発させたヴェルジュはレバーを前に倒し、新型に向かって進み出す。四本の足を動かし、距離を詰めると右手のランスを斜めから降り下ろす。

 新型はドレイクと同様に隆々とした腕にも似た左前足でガードすると今度は右前足を拳のように指を握り、クレイオスの頭部に殴りかかる。

 しかし、クレイオスはこれを左腕に取り付けられたシールドで防ぎ、拳の方向を変えるように振り払うが、その前足は指を広げ、掴みかかる。ヴェルジュはこれも防ぎ、組み合った。鈍い音がぶつかりあって響き合う。

「クソッ……!」

 指の数に入る程度の攻撃による攻め合いを行ったヴェルジュは思わず苦い表情を取る。今も組み合っている状態が続き、下手したら押し込まれることをヴェルジュは頭の中で理解していた。

 観測したこともない個体、しかも新型である以上、何があるのか警戒を含めた不安が彼女を支配しており、体に不調が起きていることもあってか本来の実力が発揮するこルーヴェ難しい状態であった。

 その隙を狙ったのか新型は大きく口を開けてその奥から体内に溜め込んでいたエネルギーである光の球体が出現する。

「……ッ!」

 それに気づいたヴェルジュはレバーと足で押さえているペダルを動かして、押さえていた腕から引き剥がすように後方へジャンプした。すると球体は一直線に突き進む槍へと形を変え、クレイオスを通り過ぎていった。

 クレイオスは着地するとジャンプの影響で後ろに引きずられ、地面にはそのブレーキ跡が残った。一瞬でも判断が遅れていれば、胸部を貫かれていたことは想像に難くない。

 ヴェルジュは頭の整理を行うが、新型はそれをやらせないように背中の羽を広げ、足を地面に着けたまま前に動かす。すると羽から風が吹き出し、地面から削れた石コロと共に砂埃がクレイオスに襲い掛かった。

「!?」

 ヴェルジュはマシンガンランスの側面をクレイオスの前に突き出して羽から吹き抜ける風を防ごうとする。しかし、そんなに強い風ではないため目くらましにもならない。

 ヴェルジュはそのまま前に進もうとしたその時、新型はまた口を開けて、奥から光を生み出し、赤黒い光線を撃ち出した。

「なっ……!」

 ヴェルジュはその光線を躱し、クレイオスを右側に移動させる。光線はそのまま地面に突き刺さり、小さな爆発が起きるとその場所は煙に隠れた。しばらくして煙が晴れると窪みが出来上がり、その窪みには熱が浮き上がっていた。

 そして、新型は再び羽を動かし、空へ飛ぼうとする。

「させるかぁ――‼」

 またも空に逃げる新型を追いかけようとヴェルジュはタイタンウォールに向かってクレイオスを走らせる。そのまま壁に足を着かせ、自慢の機動力を発揮させるように天へと駆け上がっていく。

 そして、タイタンウォールの頂上に辿り着くとヴェルジュは飛びつくように機体を反転させ、空を飛ぶ怪物に向かってジャンプする。さらに脚部に搭載されたスラスターを噴射して加速させ、マシンガンランスの尖った先端部を新型に向ける。

「う……ウオオオォ――――‼」

 一筋の閃光のごとく突き進むクレイオスと共に上がったヴェルジュの雄叫びは外へと響かんとする魂の叫び、皇族としての意地であった。

 一撃で仕留めるという強い意志が宿ったその突撃はまっすぐに新型へと突き立てられるとふと空に視線を向けたヴェリオットとグランディは思った。この一撃は届くと。

新型はそのまま微動だにしない。生物ではあり得ない完全に虚を突いた一撃だとヴェルジュは確信し、新型との距離を詰めていく。

 そして、クレイオスの槍が新型の胸部に突き立てる。そこから来る鈍い音が遮るものすらない空に響くのであった。


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