恐れていた現実
一方、人気すら感じない都市の直上からタイタンウォールに向けて飛翔するヴィハックを追跡するガルヴァス軍。
その中から見ていたグランディは一つの疑問を口にする。
『まさか、このまま閉鎖区に逃げるつもりでは……』
『…………』
『去ってくれるというなら、ありがたいが……』
『バカモノ! それではあの化け物に敗北したことになるぞ!』
『……すまない。しかし、我々がここまでやられるとは予想できたのか?』
「!」
ヴェリオッルーヴェボヤくのも無理のない話である。空からの奇襲に加え、一瞬で街中をボロボロにし、その上、シュナイダーの行動を制限と聞いたことも見たこともない攻撃をガルヴァス軍は受けたのだ。
今彼らがその被害を最小限に留まっているのも、彼らの主であるヴェルジュの機転で助かったことも含まれるが、全体的に運がよかったと言っていいだろう。
「…………」
そんな弱音を聞き流すヴェルジュはまっすぐ翼を広げるヴィハックを捉えている。先程の行動に頭の中でどこか引っかかっていたのだ。
(仮にあの化け物が知性の高い個体だったとして、あれだけのことをしでかしてまで今更退却することはあるのか? それとも、まだ何か狙いが……?)
ヴィハックの狙いはただ人間やギャリア鉱石を捕食するという、至極単純なものであると既に調査で分かっている。ただ、過去にドレイクと相対した時、ドレイクが前に出るとリザードは後ろに下がるなど、ある程度統制が取れているようなものを目にしていた。
もしあの新型も同様に知性が高いものだとしたら、新型が空から奇襲をかける時にリザードの大軍が動かなかったことも頷ける。だが、現在の動きについてはすこし不自然な点が残っていて、ヴェルジュはその正体が分からずにいた。
その彼女は新型が向かう先に目を向けていくと、見覚えのある光景に目を大きく開かせた。
「! あれは……!」
「?……なっ!」
ヴェルジュ達が目にしたのはタイタンウォールに刻まれている模様であった。そこは集光パネルが施されておらず、開けることを躊躇わせる扉のような形がそのまま残っていた。そこは唯一、閉鎖区を含めた地区を直接行き来できる扉である。
それを同じく目にしていた新型のヴィハックは視界に捉える距離に留まって空に浮かび続ける。
「何をする気でしょうか……?」
「良くないことだけは確かだ。だが、奴を仕留めるチャンスでもある!」
空を浮遊し続けるヴィハックを見て、ヴェルジュ達はタイタンウォールの近くまで移動する。
ヴィハックはタイタンウォールに刻まれているあの扉模様に向けて口を開いた。その奥から光が灯り、そのエネルギーが徐々にヴィハックの口に留まっていくと飲み込むように頭部を大きく天に向けた。
「!」
上空で強大なエネルギー反応を感知したヴェルジュ達はようやくヴィハックがいる地点まで辿り着いたが、ヴィハックが何やら変な体勢を取っていることにアドヴェンダー達は疑う。
ただ、ヴェルジュはまさかと思いながら、今日何度目かも分からない危機感を露わにした。
「全軍、攻撃を――」
ヴェルジュは周囲にいる味方に向けて攻撃を指示するが、その言葉が終わらないうちにヴィハックが口を大きく開いて、体内で貯めていたエネルギーをタイタンウォールに向けて放たれた。
新型から放たれたあの閃光は、アルティメスが持つゼクトロンライフルから放たれる閃光とはまた違う光であった。
一瞬だけ青白く美しく描かれるものではなく、血の色のように赤黒く空を染め上げんとするその光は大きく太く一直線に貫き、同胞達を阻み続ける巨大な壁に直撃した。直撃により周辺に衝撃を含んだ風が押し寄せる。
「何っ⁉」
ヴェルジュは新型の見たことのない攻撃に驚きを見せるが、風が新型の真下にいるガルヴァス軍にまで広まっていき、軍は吹き飛ばされるほどの風に晒される。
「グッ……!」
しかし、彼らはシュナイダーの武器を前に出しながら重心を低くしてその場に踏み止まろうとする。風は一過性のものだったためすぐに通り過ぎていったのだが、赤黒い光は未だに壁の表面を染め上げ続けており、周辺も赤く染まっていく。
しかも直撃された場所は四角に描かれた大きな扉であり、それが赤黒い光に含まれるマグマのごとき強力な熱量によって融解していく。
タイタンウォールは大抵の熱でも耐えられる構造ではあるが、この熱量は想定の範囲を超えているようで、薄くスライスするように壁の表面が徐々に削ぎ落とされていった。
熱量が壁の外側まで行き渡り、外側の表面が赤く変色していくとそれに気づいた大量のリザード型はその場を退き、被害が及ばない場所まで移動した。
そして、光が途切れ、融解し続けた扉は圧倒的な熱量に耐え切れず、爆発を引き起こす。その爆発から生まれた爆風は先程の衝撃よりも大きく、周辺にある建物の窓ガラスを次々と割っていき、その場にいたガルヴァス軍にまたも及んでいった。
「……………!」
今度は大量の爆風や充満した煙が押し寄せ、飲み込むようにガルヴァス軍を包んでいく。視界が遮られ、次々と襲い掛かる脅威に対し、ヴェルジュ達は踏み止まろうとその身を屈めた。
さらに爆発による衝撃はタイタンウォールから離れている皇宮や建物の下である地面にまで響き渡り、地下のシェルターにいた一般人達にまで容赦なく襲い掛かる。
「な、何が起きたんだ⁉」
「キャアァアアア!」
暗闇の中で悲鳴が木霊する中、激しい揺れにバランスを失う一般人達は地震によるものではないかと錯覚する。薄暗い空間の中で人々はそれぞれ手が届くものにしがみつき、決して離れようにその場から動かなかった。
揺れが収まると安堵を浮かべるが、この世の終わりかと思ってしまうような出来事が連続して起きたことで彼らの心は少しずつ疲弊していった。
揺れが収まった地上では爆発の影響でその一画が煙や砂埃に包まれており、どのような状況になっているのか不明瞭であった。
その上空で羽ばたき続ける新型は煙に包まれる街中の状況を見極めており、光線を出してからは一つも声を上げていない。ただ、タイタンウォールがどうなったのかじっと見ているだけであった。
また、砂埃の中で一つの塊として集まっていたガルヴァス軍は身を屈めていたおかげで、爆発の衝撃によってモニターは所々乱れたものの、映像自体ははっきりと外の光景を映し出していた。
爆発の中心から離れていたことで衝撃は軽くはなかったものの、操縦訓練を受けてきたアドヴェンダーの体には痛みが少ない結果となり、意識も途切れることもなかった。ただ、衝撃をその身で受けたからか、彼らは激しく体力を消耗させていた。
「……ッ、次から次へと……! まさかタイタンウォールに直接攻撃するとは……!」
『……これはもはや、馬鹿げてるというレベルでは、ない……!』
『奴らの進化に、我々が追い付けていないというのか……!』
体力の消耗に加え、体のほとんどに響く痛みに息を上がらせるヴェルジュ。
後から右のモニターに映り込んだヴェリオットとグランディも同様であり、目立った外傷は見られないがボロボロであることは違いなく、新型の攻撃に関しては、いかにも的を射た感想を口にした。彼らの言う通り、化け物どもの進化が自分達の予想を大きく上回っているのである。
今までは数による侵攻や視界の外からの奇襲、膂力での制圧がヴィハックの攻撃パターンだったのだが、今回は明らかに人間が造り上げた文明の産物を攻撃するという見たことも体験したこともない出来事に彼女達は振り回されていた。
怪物の口から光線を放つという空想上でしかあり得ないものが出てくるなど完全に予想外の出来事であり、彼女はおろか、技術に関してどの国よりも進んでいるガルヴァス帝国の誰もが理解を超えていたのである。
人間が造り上げてきた文明はあくまで発明による発展、あるいは改造であり、進化ではない。もちろん、空想が現実になることは褒め称えることではある。
それに対して生物は種の発展よりも多くの進化を成し遂げており、人間にとっては未知の領域であった。
十年という歳月が人間と同様に、ヴィハックにも変化が起きていたならば帝国も想像できたはずである。ところが、その変化が予想以上のものになっていた場合、人間はどう立ち向かえばいいのかと、自問自答を繰り返す結果になることは目に見えている。これぞ鼬ごっこという言葉が最も適切であった。
爆発によって巻き上げられた砂埃が左右に流れ、隠れていた建物が姿を現す。タイタンウォールの状況に不安を過らせるヴェルジュ達が見た光景は予想していたものより最悪なものであった。
「‼ そんな……バカな……!」
ヴィハックの光線に直撃された扉は無残にも外にまで貫通され、大きな穴が空けられていた。それは扉の大きさに届くほどの大きさであり、大型のトラックでも簡単に通れるほどの広さもあった。
唯一、扉として残っていた一部は熱で焼け爛れ、その表面からは煙が噴き出している。しかも地面は窪みが生まれており、地表そのものが消滅したと言っても過言ではない。もはやこれまで街を守る壁としての役割が終わったも同然だった。
そして、機能が停止しているとはいえ、侵入を阻み続けていた要塞が文字通り穴を空けられたと言ってもよかった。
「タイタンウォールが、破られた……!」
「! こんな時に……!」
「グランディ! 大丈夫か!?」
グランディの表情が歪み、右手を心臓の位置に当てる姿をモニターから見ていたヴェリオットは必死に呼びかけるがグランディは何とか持ち堪え、右手をレバーの位置まで持っていった。しかし、体全体に来る痛みが引いておらず、手が震えていた。
「……来るぞ!」
ヴェルジュの掛け声に、ヴェリオット、グランディ、そして彼らと共に集まったアドヴェンダー達は正面に向けて改めて自身が保有する武器を構える。
穴をあけられ、機能を失った壁だったものの奥からやって来たのは彼らがこれまで相手し続けていた異形の存在。そして、ずっと帝国の侵入を許さなかった化け物。
百も下らない数のヴィハックが都市部になだれ込んできたのである。その中には大型のドレイクも数匹いた。
人とも動物ともいえない足が地面を踏み、ぞろぞろと黒に染まった生物が押し寄せる。頭部の顎にある牙をむき出しにし、そこから透明な液体をだらりと流していた。
「グゥッ……ギィシャアァアア――――‼」
その前列に並ぶリザードは揃って咆哮を上げる。それはずっと待ち焦がれていたような鳴き声である。それに釣られて後列にいる化け物共も鳴き声を発する。まさに悪魔の雄叫びだ。
その正面には今まで化け物どもと対峙してきた鋼鉄の巨人達が並んでいた。悠然と立ちはだかるように見えるが、その中にいたアドヴェンダー達は目の前に広がる光景に慄いていた。
「新型に加え、リザード型やドレイクまで戦わされるとは……皇宮は何をやっている!」
「ここで文句を言っても意味はない! ましてや、皇宮が今どうしているかは我々も分からん状態だからな……」
「…………!」
ヴェルジュの睨んだとおり、今でも皇宮との通信は回復できておらず、向こうが何をやっているかは彼女達にそれを知る手段はない。ただ、彼女は皇宮では自分達と同様に危機に陥っていることだけは予想していた。
当然、その予想は悪い意味で大当たりであり、ルヴィス達がヴェルジュ達に襲い掛かる異変と同じ危機に見舞われているため、対応が追い付いていないのである。
さらには避難している一般人らも自らその対応を行っていることから人手が圧倒的に足らず、皇宮からの救援もないまま孤立していった。
また、他国に連絡を繋ごうにも電源そのものがやられていて、電気が行き渡っていないのが今も続いている。仮に繋げたとしても救援が来るまでは、かなり時間がかかるため前線で戦っている軍の負担も重くなる。完全に手詰まりの状態であり、ここから逆転する手も帝国にはなかった。
だが、その事実を知らないのか、折れることなく自ら走り回り続ける者がいた。
「よし。これで少しは楽になる……」
「本当なのか……? ワクチンを接種するだけで……」
「デッドレイウイルスと同じものなら、このワクチンで対応できるはず……!」
キールは注射を使って、デッドレイウイルスに対抗するためのワクチンをルヴィス達や士官らに注入する。
それを間近で見ていたルヴィスはワクチンがデッドレイウイルスに対抗できることに疑問を感じ、キールに質問する。
「一体何に気づいたんだ、お前は?」
「……十年前、ラヴェリア博士はギャリア鉱石を研究して、〝あること〟に気づいていたんです」
「何!? ラヴェリアが……!?」
「…………?」
「……鉱石を形成するギャリアニウム自体が、デッドレイウイルスを生み出す要因になっていたことにですよ……!」
「なっ……!?」
キールの口から発せられた予想だにしない事実にルヴィス達は驚愕するのであった。
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