覚悟
クレイオスの渾身の一撃は、新型の胸部に届いた――
「!?」
――かに見えた。
突き立てたはずのランスが胸部に届く寸前で新型の両腕に止められていたことにヴェルジュは驚愕する。対する新型は狙いすましたかのような笑みを浮かべ、そのままランスを握り潰していく。
メキメキッと握られた所からヒビが入っていくのを間近で見ていたヴェルジュはランスを手放して離脱しようとするが、逆に新型が右手をランスから放し、自分の方に引き寄せた後、クレイオスの頭部に掴み掛かる。
「ガッ……! 離せ!」
頭部を掴まれ、モニターの映像が乱れた上に視界がほとんど見えない状態となったヴェルジュはそのままランスを振り回そうとするが、新型の握力が強すぎて右手を動かすこルーヴェできない。逆に左手は自由に動けるものの、視界が塞がれていて、何かを掴もうとするがただ空を切ってしまう。
(ッ! 視界が……!)
さらに抵抗させまいと新型の右手に圧力がかかり、クレイオスの頭部が徐々に潰れていく。頭部に仕込まれていたメインカメラにも影響が及び、それに通じていたモニターも右手でほとんど見えないが、一部が徐々に黒く染まっていく。
次に新型が左手で掴んでいたマシンガンランスをクレイオスから引き剥がし、何もない所へ投げ捨て、右腕を鷲掴みする。ランスはそのまま高い場所から舗装された地面に落下し、地面にぶつかるとヒビが入った個所を中心に破壊された。
(なめるな!)
攻撃手段を潰され、文字通り手が出せないヴェルジュだったが、その目はまだ強い意志が残っていた。彼女はコクピットに収められているペダルを踏み、クレイオスの両前足を動かす。そして、右足を新型の胴体にぶち込んだ。
「……ギッ……!?」
新型はまたも予想外の攻撃に面食らった。手を封じられてもなお、反撃する姿勢を取る四脚の騎士を見た新型は両手で掴んだまま、怒りを示すように尋常ではない膂力でクレイオスを持ち上げる。
「なっ……!?」
「ギィ……アァア――!」
自身の周辺に異変が起き、重力が別方向に変わったことを感じたヴェルジュ。
彼女が今から来る危機を知ることなく、新型はそのまま下に見える都市の右側にある建物に向けて投げつけた。
「ウワァアアア――‼」
投げつけられたクレイオスはヴェルジュの叫びと共に、重力を受けるように落下していく。そのままビルや家など数軒もの建物に直撃すると破片が周囲に飛び散り、人気のない建物に直撃していく。
クレイオスは勢い余って地面をバウンドし、その隣にあった建物を次々と壊しつつ砂埃を巻き上げながら転がっていった。最終的に爆発は起きなかったものの、砂埃が周囲の建物を巻き込み、天高く広がる青空を飲み込んでいった。
「!」
その有り様を目撃したヴェリオット達は大きく目を開かせ、思考を止めていた。弾倉が切れたマシンガンを捨て、近接用の大型ランスでリザードを迎え撃っていたのだが、信じられないものを目撃し、唖然とする。
「ヴェ……ヴェルジュ殿下――――‼」
それでも必死に上げた声は彼らの主を思ってのもの。それは決して外に響くことのない言葉がただ、自身を囲む四角い空間に木霊するだけであった。
砂埃の中心である半壊した建物には、クレイオスが寝転ぶように横倒しとなっていた。
また、クレイオスには全壊した建物と見られる小さな破片や砂利などがその上に乗っており、表面も傷だらけの状態であった。
コクピットにいたヴェルジュもクレイオスと同様に横になっていた。どうやら頭を打ったようで気絶しており、額からは血が流れている。
しかも地面に落下した衝撃により、機体のあらゆる箇所にもダメージが行き渡っているようで、コクピットのあちこちに火花が散っていた。もし気が付いたとしても、まともに動かせる状態ではないことは明らかだった。
「……よし、後はこれを取り付けて、っと……!」
薄暗い空間の中、キールは右側にいる士官が持つ懐中電灯の小さな光に照らされた数本のケーブルの取り付けが終わると金属でできた扉を閉める。
「オーイ、電源を点けてくれ~!」
「分かりました!」
電気が通るケーブルと同じ区間にある電源を近くにいる士官が電源を点けると天井にあった照明が灯り、それぞれの区間に光が徐々に宿っていく。そして、都市の周囲をモニターで監視していた監視室も明かりが点いた。
「! キールの奴、やってくれたか!」
「これで街中を確認できます!」
「兄上!」
「分かっている! 動ける者は持ち場に戻り、事態の再確認を!」
「「「イエッサー‼」
ラドルスの号令にワクチンを接種して体調が回復できた士官らは自分達が座る椅子に座り、正面にあるキーボードを動かしていく。すると彼らの正面に取り付けられていた巨大なモニターが外の光景を映し出す。
「「「‼」」」
モニターに映し出された現在のレヴィアントの状況に誰もが深刻な表情を浮かべた。建物からは小さな煙がいくつも天に舞い上がっており、タイタンウォールが破られ、無数のヴィハックが都市部に侵入している光景も確認できた。
「クッ……! 手間取っている間に、こんな……!」
「ヴェルジュからの応答は!?」
「ありません! クレイオスの反応は健在ですが……!」
「ヴェリオット達に今の状況を確認させろ!」
「イエッサー!」
ある程度予想、いやそれ以上の被害が祖国に及んでいたことにルヴィス達は歯噛みする。これもすべてあの新型の仕業であることは明らかなのだが、いったいどのような手段でタイタンウォールを突破させたのかはまだ確証が得られなかった。
「通信を繋ぎます!」
『こちら、ヴェリオット! そちらは無事なのか!?』
「今のところは無事だ! ヴェルジュはどうした!? なぜ応答しない!?」
「……殿下は、あの新型に空中から投げ落とされて……!」
「「……ッ‼」」
「バカな……! ヴェルジュ殿下がやられたというのか……!?」
ヴィハックと格闘するヴェリオッルーヴェ発した、ヴェルジュが敗北したという、あまりにも衝撃的な発言にモニターで観戦していたルヴィス達は驚愕する。
現時点で最も強いアドヴェンダーである彼女が倒されたという事実は、強者であることを強く願う彼らにとっては信じがたいものであった。
しかも試作とはいえ、高性能を誇るクレイオスが一方的に倒されるなど以ての外である。もしキールが聞いていたら、発狂するかもしれない。それほどまでに自信があったからだ。
そのクレイオスが戦闘できない状態にあるというなら、反抗できる術が潰えたと言ってもおかしくない。その上、ヴィハックの進撃は勢いを増すばかりである。ここで抵抗できているこルーヴェ奇跡に近かった。
『せめて殿下達だけでも……!』
「何を言っている!? まだ数百人もの一般人がまだ――」
『分かっているのではありませんか? あの怪物に対抗できる術が思いつかないことに……!』
「‼」
祖国を捨てるというあり得ない発言にルヴィスは断固反対するが、新型に対抗できる手段が見当たらない今、思いつく手が指の数しかないことにヴェリオットは見透いていた。
「戻ってきた兵士達の間では、新型はシュナイダーを停止させるようだが……」
「事実ですよ。ヴェルジュ殿下の機転で何とかしていましたが、さすがに限界ですかね……!」
ヴェリオットは正面のパネルに表示されたギャリアエンジンの燃料を見る。その燃料が残り少ない状態にまで減っており、稼働できるのも数十分程度しかないことを悟っていた。
「グッ……!」
「ヴェリオット、貴様……!」
「! お前……まさかウイルスに……!」
ヴェリオットの頬には少量の雫が垂れていた。ウイルスによる発熱、体中に響き渡る痛みなどが彼の体を苦しめており、今では気を失ってもおかしくない状態であった。
満身創痍である彼の姿を見て、ルヴィス達は彼を襲っている痛みの正体に気づく。
「お前、その状態でずっと……!」
「私は、ヴェルジュ殿下に仕える身として、休むわけにはいかなかったのでな……!」
「……無理をするな、とは言える状態ではないか……」
グランディは大量のヴィハックが押し寄せる前方に目を向ける。しかし、コクピット内に警告音が鳴り響き、モニターの右方向に複数の反応が押し寄せるように映った。
「!?」
すぐに右側に顔を向けたグランディの眼には建物を駆け登り、その上から自身に襲い掛かる一体のリザードの姿があった。口の中にある牙を見せ、今にも食らいつきそうなその姿は誰も嫌悪するだろう。
「ハァア!」
しかし、グランディは平静を保ちながらランスを構えて先端部を自身に飛び掛かってくるリザードの胸部に向けて突き立てた。胸部からは黒血が流れ出し、ランスの表面を伝っていく。
「ガッ……!?」
胸部を貫通されたリザードはそのまま絶命するとグランディはさらにランスを貫かせたままリザードを前方に蠢くヴィハックの大群に投げ飛ばした。同胞の死骸を投げつけられたヴィハックは侵攻に乱れが生じ、動きが鈍った。
「気を付けろ! 先程のように側面から襲撃してくるかもしれない! 全機、警戒を怠るな!」
『『『イエッサー‼』』』
右側からリザードが襲い掛かってきたことにガルヴァス軍は一層、気を引き締めた。しかし、極度の緊張が続き、ヴェルジュが倒れたことで彼らの心は、今にも折れそうになっていた。
いつ、どこか襲ってくるか分からない状況。ヴェリオット達は完全に包囲されたのだと理解し、死んでも祖国を守ることに覚悟を決めるしかなかった。
(何だ、この違和感は……?)
一方で皇宮から現在の戦況を見ていたラドルスは今回の侵攻に、ある違和感が浮き上がっていた。
その違和感とは、ヴィハックが初めに国を無力化するという戦略的な侵攻である。さらに侵攻はまっすぐ王宮に向かっていることにも彼は少し気になっていた。そして現在、化け物共を阻む障害であるシュナイダーを襲撃し、不安を取り除く。
「…………」
これだけでも人間に襲い掛かるという本能だけで、正確に侵攻が行われていることにラドルスはしっくりこない様子である。ドレイクといった進化した個体はそれなりの知性を持つとあるが、翼を生やした新型は間違いなくシュナイダーをはじめとする兵器の無力化を重点的に行っている。
その線が濃厚と思われたのだが、ラドルスはそれとは異なる別の可能性を探っていた。引き続き長考していくうちに、彼はある一つの可能性に辿り着く。
「! そういうことだったのか!」
「何かわかったのですか、兄上!?」
「……奴らはこれまでギャリア鉱石や人間が暮らす国に侵攻していた。しかし、なぜギャリア鉱石を狙うかが今までわからなかったが、これでハッキリした。奴らはギャリアニウムそのものを探知して行動していたんだ!」
「ギャリアニウムを!?」
「ギャリアニウムを暴走させて都市部の機能を麻痺させたのは、奴らにエネルギーが存在する地点を炙り出すため、そして、我々に抵抗させないためだ。今まで我々に襲い掛かったのも、シュナイダーにギャリアニウムが使われていることをはじめから分かっていたんだ……!」
「…………!」
ラドルスの推測にルヴィスは驚きを見せる。思い返してみるとヴィハックの行動がどうも短絡的だったのも頷けるため、得心が言った。
「では、なぜ奴らはあのエネルギーを……?」
「おそらくだが……」
ラドルスの更なる推測にルヴィス達は一層驚く。それはいかにも途方のない、あり得るはずのないものであった。
ガルヴァス軍とヴィハックの攻防は一進一退が続く中、空に浮かんでいた新型は羽を動かし、移動を開始する。
「「!」」
大量のリザードと相対するヴェリオットとグランディは、まっすぐ地上に近づいてくる新型に目が行き、その対処に向かわんと目の前にいるリザードをランスで殴りつけ、対峙するようにランスを突き出して構える。しかし、新型はそのまま二人の上を通り過ぎ、体を反転してガルヴァス軍の後方に降り立った。
「「!?」」
素通りされた二人はすぐに後ろに向けようとするが、目の前に広がる黒い化け物から目を離すこルーヴェできず、二人の後ろにいる阿蘇ヴェンダー達に対処を任せる。
「ギィシャアァアア―――‼」
新型は間髪入れずにヴェリオット達が恐れていた咆哮を上げた。絶叫のような音が後方から響き、その近くにいたディルオスは抵抗する間もないまま、例のごとく各部にスパークが迸り、凍り付くように動きを止められてしまう。
「しまった……! ……?」
完全な不意打ちであった。もっとも、その後ろにいたヴェリオット達に影響が及んだわけでなく、機体各部に異常は確認されない。
なぜ自分達だけ動けるかは、今はどうでもいいことだと頭の隅に追いやり、ヴェリオット達はすぐさま自分達の背後に回った新型に向かおうとするが、リザードの軍勢がスキを逃がさないように彼らに襲い掛かってきた。
『どういうことだ、これは!?』
『分からん! だが、何の狙いがあって――』
前方から襲い掛かってくるリザードの対処に手間取るヴェリオッルーヴェ顔を後ろに向ける。
「!?」
すると目を疑うような光景がヴェリオットの視界に飛んでくるのだった。
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