希望と絶望

「まだ明かりが点かないのか⁉」

「予備電源を起動させているのですが、全く反応していません! 直接電源がある場所まで行かないと……!」

「……………!」

 明かりがなく、周囲すべてが黒く染まった空間に留まっていたルヴィスたちは未だに外の状況を確認できず、立ち往生を続けていた。

 先程のヴィハックの咆哮によって都市部全体に流れていた電気の供給が途切れ、いったいどうなっているのか分からず仕舞いだった。

 一早く義姉のヴェルジュが格納庫へ向かっていたのだが、皇宮全体が動かなくなってしまった今、辿り着いたのか連絡することすらできない。

さらにタイタンウォールの前にいるヴィハックの大群がどうしているのかも外の映像が入ってきていないため襲撃を受けているのかも不明であり、より不安を駆り立てるには十分すぎる。

「報告です‼」

「どうした⁉」

 道具を使ってこじ開けた扉から一人の士官が入ってくる。電気が入っていない今、通信ではなく自分たちの足で直接動きまくるしかない。

彼はその場に立ち止まると上半身が前屈みになり、かろうじて立っていた。激しく息を切らしており、顔を上げるのが辛いことから、暗闇の中、ここまで全力で走り回っていたようだ。

ある程度息を整えると、士官は身分の高い者に対しての敬礼の姿勢を取る。それでも息が上がっている。

「たった今、すべてのシュナイダーが起動しました! すぐにヴィハックの排除に向かおうとしている所です! ヴェルジュ殿下も、もうすぐ格納庫に辿り着く所かと……!」

「! そうか! 後は電気が通れば……」

 ラドルスの言葉が通じたのか、天井にある照明に光が灯っていく。皇宮の地下に設置された予備電源が起動し、都市全体に電気が行き渡ったのである。

また、一般人が避難していた地下空間にも明かりが届き、光を取り戻したことでその場にいた者たちの表情も明るくなり、最大の喜びを上げる。だが、これで終わったわけではない。

「よし! すぐに態勢を整えさせろ! これ以上、奴らの思い通りにさせるな!」

「「「イエッサー‼」」」

 ルヴィスと一緒にいた士官らはすぐさま自分たちの持ち場に付き、キーボードを動かしていく。ある者は避難の誘導を、またある者は戦場までの案内を、そして外からの侵攻を食い止めるためのプログラムを入力するなど、誰一人として休むことはなかった。

 さらに皇宮から数十体のディルオスが次々と外に飛び出していく。どれもかなりの重武装が施されている。大軍との戦闘を想定した装備であることは明らかだ。

 街中にいる新型のヴィハックがタイタンウォールの内側に来ていることを知ったアドヴェンダーたちは速度を上げ、早急にヴィハックがいる地点まで走り出す。

街中はもう誰もいないため思う存分暴れられるのだが、建物の破壊はなるべく避けろと指示が入っていたため渋々従うしかなかった。

一方、外ではタイタンウォールに格納されている防衛システムが起動し、機関銃が壁一面からせり出す。そのまま眼下にいるリザード型のヴィハックめがけて弾丸が発射され、銃弾の雨が化け物たちに襲い掛かった。

化け物たちも襲撃を察知して、一目散に避難していたのだが、逃げ遅れていたのがいたため、銃弾から回避することすら間に合わず次々とその餌食となっていった。

左右に逃げ込もうとしても一定の間隔でせり出しているため逃げる場所など存在していなかった。もっとも、銃弾が効きづらいドレイク型が残っていたとしても、銃弾がある限り足止めするには十分の働きであった。

その内側にいた新型のヴィハックはまっすぐにタイタンウォールに向かっていた。騒ぎを聞きつけたからか障害すら目もくれずただまっすぐに進んでいる。

タイタンウォールの内側は集光パネルとなっているため迎撃用の武器は揃ってなどいない。しかし、それに代わるものが既にあった。

「今だ! 奴の眼を潰せ!」

 ラドルスの指揮の下、士官らはキーボードを入力してタイタンウォールの内側にある集光パネルから空から降り注ぐ太陽の光を反射させる。その眩き光が新型の赤い瞳に焼き付いた。

「グアアァアア――――‼」

 突然視界が真っ白になったこと、強い光が目に焼き付いたことで新型はずっと開きっぱなしだった瞼を閉じ、何かを嫌うかのように激しく身振りした。たとえ地球に存在しない化け物であろうと人間(・・)と(・)同じ(・・)生物(・・)であることに変わりはなく、光に対して反応を返さないわけがないからだ。

 策が功を奏し、パネルの光を消しても、なお身振りする新型の後ろからは皇宮から出てきたディルオスの大軍がようやく到着した。

その後方にはヴェルジュが乗るクレイオスと彼女の配下が乗る紫色のディルオス二体もそこにいた。これで戦闘の態勢を整えることができた。

「シュナイダー部隊、到着!」

「一般人の避難と地下への収容も終わりました! いつでもいけます!」

「全軍、新型のヴィハックを駆逐せよ‼」

「「「イエッサー‼」」」

 準備が整ったことを確認できたラドルスは全軍に向けて号令を出すとシュナイダー部隊はそれぞれ動き出す。

まずはマシンガンを携わる複数のディルオスが横一列のまま前に出て、銃口を新型のヴィハックに向ける。そのヴィハックが未だに身振りしている様子から、まだ視力が戻っていない。シュナイダー部隊はその隙を逃さなかった。

『斉射‼』

 部隊の隊長と思われる人物から声が上がると一斉にマシンガンから銃弾が放たれ、一寸の狂いもなく多数の銃弾が礫(つぶて)となってヴィハックに命中する。そのまま全弾撃ち尽くすと銃口から白煙を上げ、ディルオスはマシンガンを下ろした。

ハチの巣にされた新型は強烈な光で目が見えなくなったため、こちらに気づく余裕すらなく、いったい何があったのか理解できなかった。バランスを崩して倒れるかに思えたが、新型は長い前足を下ろした四つん這いとなって体を支えた。

ただ、体のあちこちから黒い液体が流れており、攻撃が通っているように見えるのだが、致命傷になっておらず、ヴィハックはまっすぐガルヴァス軍に顔を向ける。表情は分かりにくいが、敵意をむき出しにして、睨みつけた。

『次! 第二陣、前へ!』

『『『イエッサー!』』』

 先頭に乗り出していたディルオスが後退すると、入れ替わるように先程とは武装が異なるディルオスが前に出てきた。右手に持っているのは大型のミサイルランチャーだ。

 そのまま新型に向けて引き金を引くと四つの穴からミサイルが発射された。ミサイルは白煙をまき散らしながら一直線に進み、新型に直撃すると爆炎を上げた。

 ミサイルの直撃によって煙に包まれるヴィハック。

いくらドレイクよりも頑丈であろうと高火力を誇るミサイルを数本も食らえば、ただでは済まないはずだとヴェルジュはコクピット内のモニターを通して、余裕の表情を浮かべたまま、そう思っていた。

 だが、その理想は非常にも現実の前では意味を為さなかった。

「!」

 ヴェルジュは今も漂い続ける煙の中から、とある影を目にする。

その影は大きくなり、煙が晴れると影の正体が露わとなった。その正体は新型から生えた羽が体を守るように回されていた姿であった。その羽が大きく背中に戻されると新型は無傷であることをヴェルジュたちに見せびらかす。

「何っ⁉ まさか、羽でガードを……⁉」

「クッ……!」

 都市部での戦況を巨大モニターで見ていたラドルスたちも混乱していた。これだけの攻撃を浴びせられながらも耐え続けるなど、常識を逸している。銃弾を受けても倒れないなら分かるが、羽を使ってミサイルを防ぐなど、獣とは思えない知性を手に入れたことが窺える。ヴィハックの進化は彼らの想像を超えていたのである。

 大変な状況の中、巨大モニターの片隅に別の映像が割り込んでくる。その映像にキールの顔が映った。

「聞こえますか~? 殿下~?」

「キールか! 一体どうした⁉」

「あの新型についてですけど、映像を見る限り先程の停電はアレが原因であることは間違いありません~」

「それは分かっている! 他には⁉」

「それでですね。あの新型から発せられる雄叫びによって周囲の電気が落ちるというんですが、意図的(・・・)に(・)電気(・・)を(・)暴発(・・)させたっていうのが正しいですね~」

「⁉ ……つまり?」

あのヴィハックが電気を意図的に暴発させたと推測するキールは、のらりくらりとした様子から真剣な眼差しとなって、次にこう断言した。

「あのヴィハックから発せられる雄叫び、いわば周波数のようなものがギャリアニウムを暴発させるということです。すなわち、僕たちに近づかなくとも首都を崩壊させてしまう怪物となった……! そう考える方がしっくりきます」

「「「‼」」」

あの雄叫びは、ヴィハックがようやく目的としていた大地に足を踏み入れたことを喜んだのではなく、首都を無力させることで侵攻を優位に進めるためのものだったのだ。しかも進軍の合図にも取れることから、新型は障害を消すための露払いとして首都の内部に侵入したに違いなかった。

「先程のはそんな強力なものではなかったため、すぐに電気を行き届かせることができました。ですが、もう一度あの雄叫びを発したら……」

「今度こそ首都が停止する……!」

「今すぐ部隊に連絡しろ! 奴のあの雄叫びを二度も上げさせるな‼」

キールの的を射た推理を聞いたルヴィスは前線で戦っているアドヴェンダーたちに新型への対応を急がせる。あのヴィハックを食い止めない限り、タイタンウォールへの侵攻が止まらないのである。

タイタンウォールが皇宮から遠隔操作で装備を使用しているなら、間違いなく相性が悪いのは誰が見ても明白である。ますます化け物どもを付けあがらせることになるからだ。

皇宮から詳細を聞いたシュナイダー部隊は再び攻撃を仕掛けに入る。そこにクレイオスとそれに随伴するディルオス二機が後ろから割り込んできた。

「今度は私にやらせてもらおうか。ずっと後ろにいてウズウズとしていたところだ」

「ヴェルジュ殿下! ですが相手は……」

「分かっている! ヴェリオット、グランディ! フォーメーション〝ガンマ〟で行くぞ!」

「「イエッサー!」」

 ヴェルジュはレバーを前に倒し、クレイオスを新型に向かって走らせると両隣にいた二機のディルオスもそれに付いていく。

ヴェルジュはマシンガンランスの先端を前に向けると彼女は右レバーにあるボタンを押し、穂先にある銃口から弾丸を発射させる。銃口から放たれた数十発の弾丸が新型に襲い掛かった。

 新型は難なくと弾丸を右に躱すが、その正面にはグランディが乗るディルオスがマシンガンを構えていたのを見て、驚いた。

「かかったな!」

 グランディはそのままマシンガンを乱射させ、新型に銃弾を浴びせようとする。新型はそれも躱し、今度はクレイオスのさらに左へと移動するが、その前にはやはりヴェリオットが乗るディルオスがマシンガンを構えていたのである。

ヴェリオットもマシンガンを発砲すると新型は右に移動するが、最初の立ち位置に戻っていたことに気づく。

「仕上げだ!」

攪乱がうまくいったことに確信したヴェルジュは両隣にいる二人を前に出し、自分は二人の立ち位置と入れ替わるように後退する。さらにヴェリオットたちは背面部に備えていたバトルアックスを取り出し、新型に向かっていった。

二人は新型に刃先を立てようと振り被り、同時に斬りつけた。ところが、新型は後ろに跳んで攻撃を躱し、距離を取るように着地した。

二人は攻撃が躱されると両者の間が空くようにその場で立ち止まるが、気落ちしていなかった。自分たちの後ろで下がっていた暴れ馬がそのまま通過するからだ。その暴れ馬であるクレイオスは目の前にいる目標に向けて加速し始める。この一連の動きこそが彼らの策であった。

両側への逃げ道を塞ぎつつ中央に誘導させた後、三人で仕留めることが彼らの作戦である。万が一後ろに避けられたとしても、中央から来る高速の突撃に体を貫かれるのが容易に想像できる。いかにも失敗の少ない策であり、考えられているのがよく分かる。

まさに描かれた図のごとく、高速で直進するクレイオスのランスが新型の胴体部に貫く……はずだった。その予想はすべてを裏切る形となったのである。

「‼」

 新型は鋭い牙が見えるたくさんの白い歯をむき出しにしながら背中に閉じていた羽を広げる。そのまま大きくはためかして風を起こし始めると風がクレイオスに向かって吹き出した。

「そんなもので……!」

 二つの心臓を持つクレイオスの加速では、風など単なる目くらましにもならず新型との距離は縮まっていく。だが、新型は直上にジャンプすると同時に羽を動かし、重力に逆らって宙へと浮かび出すとランスの先端部がちょうど新型の後ろ足の下を通過した。

 そのままクレイオスは手応えを感じずに新型がいた地点を通り過ぎるとスピードを緩めて山の形を描くように進み、体の正面をガルヴァス軍がいる方向に変える。

ヴェルジュは空にいる新型のヴィハックを睨むが、彼女の頭は無力という言葉しかなく、それを表すように右手を強く握りしめていた。

一方、新型は羽を動かしつつ地上にいる巨人たちをただ見渡していた。もっとも、ガルヴァス軍からは、空へ羽ばたくことができない自分たちをあざ笑っているかのように見えるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る