決意

 レヴィアントにヴィハックの大群を押し寄せている頃、レヴィアントを離れていたトーガたちもまた、ある異変が起きていた。

「グッ……!」

「ハァ、ハァ……!」

「どうしたのですか、ルーヴェリック様、ルヴィアーナ様⁉」

 トーガとルヴィアーナは強い反応を体全体で感じ取ったからか膝を曲げて地面に手を着ける。二人の様子を見ていたノーティスたちは近寄りながらも困惑する。

「大丈夫? エルマ」

「ええ。でも、なんか息苦しいけど……」

「……もしかしたら、ギャリアニウムが活性化したのかも……」

「どういうことですか、ラヴェリア博士⁉」

 トーガたちと同じ適合者であるエルマも立ってはいるものの、彼らと同じ反応を取っている。平然さを装っているが、息を切らしていて、全く隠しきれていない。

 三人の今の様子から、その原因がギャリアニウムにあるとラヴェリアは睨んでいた。

「適合者はギャリアニウムを感じ取ることができるとトーガは言っていたでしょ? つまりギャリアニウムがどの状態であるか判別できるということは……」

「ギャリアニウムが急に活性化を始めたってわけか……」

「「「⁉」」」

 そもそもギャリアニウムを通じて電気機器を使用するには、ギャリアニウムを活性化させることでエネルギーを生み出す。そうして生活は成り立っており、ここまで技術を進ませることができたのである。

ただ、エネルギーから発せられる反応はトーガたちにも影響が及ぶ。しかし、微弱な反応では彼らには無害ではあるものの、ここまで苦しむということはエネルギーが強い反応を示していることでもあった。

「その可能性は高いわ……。でも、そんなことをすれば都市部が一斉に停止するのは明らかだというのに……」

「皇帝なら、どうしていたか……。だが、それ以外だとしたら……」

「……ヴィハック。しかも新型の」

「まさか、そんな……」

 現実ではあり得ないことだとエルマは心の中で思っているが、レヴィアントでは新型のヴィハックが確認されているため、トーガとラヴェリアの推理は一ミリたりとも間違っていなかった。

なぜなら、今の世の中はそのあり得ないことが現実に起きていてもおかしくない。実際、トーガを含めた三人の体に起きている異変もそれである。

「だったら、今すぐ……」

「分かっている。俺が行く」

「ちょっと待って」

「?」

「それなら、クレイオスを連れて行った方が賢明よ。あの機体なら、きっと新型を食い止められるかもしれない」

 異変を察知したトーガはアルティメスの元に行こうとするが、ラヴェリアは自身が完成させたシュナイダーの同行を進言する。新型のヴィハックにどのような能力が備わっているか分からないが、クレイオスの能力を信じてのものであった。

「しかし、あの機体を操縦できるアドヴェンダーが……」

「ええ。だからこそ、あなたが連れてきたじゃない」

 ラヴェリアは椅子を回して目をある人物に向ける。向けられた視線の先には、その候補というべき二人の人物がいた。

「……ルヴィアかエルマを乗せるってか」

「「‼」」

「危険だ! まさかとは思っていたが、二人共、シュナイダーの操縦技術すら身に着けてもいないんだぞ! それをいきなり実戦で……」

「でも、あの機体を自由に扱えるとしたら、適合者である二人しかいないわ。あなたにはアルティメスがあるんだし、それに皇女様のお付きでは起動させることすらできないだろうけど……」

「…………!」

トーガは反論するが、ラヴェリアはそれを推し進めようとする。

さらにラヴェリアの視線がノーティスに泳ぎ、その事実をはっきりと伝えられた彼女は口籠ってしまい、何もできないことに拳を握るだけであった。

「……私が乗ります」

「!」

「姫様!」

 自ら志願したのはルヴィアーナ。その表情には大きな覚悟がその身に宿っていた。兄であるトーガと隣にいたエルマが驚く中、ノーティスは彼女の前に現れ、両肩を掴む。

「こればっかりはどうしても納得できません! 考え直してください! あなたがいなくなったら、ルーヴェリック様が……!」

「ノーティス、あなたは言いましたよね? 自らの意思に従うように、と」

「!」

 ノーティスは主の肩から手を外し、地面に向けるようにブラリと下ろす。かつて自分が主に向けて放った言葉に今度は彼女自身が向けられたからだ。

「あなたも知っている通り、私にもシュナイダーの操縦訓練は受けています。もしもの時のためと思っていましたが、今がその時だったのかもしれませんね」

「!」

「だとしても、アレは少し操縦系統が変わっていて……」

「それが何だっていうんです、お兄様? 私、これでも機械の操作に長けていますので」

「え⁉」

 ルヴィアーナの意外な特技にトーガは鉄球を無褒美に打ち付けられたかの如く驚愕する。機械の扱いができるということは……

「……我々がヴィハックの情報を知り得たのは、姫様がコンピュータの中枢にまで渡ったからなんです。もっとも、陛下や殿下らにもご存知ではないのですが……」

「~~~~!」

「え~~」

「じゃあ、まさか……」

「い、いえ、お兄様の事に関しては私自身が、自力で探したのですよ。決してズルしているわけではなく……」

 つまり、コンピュータをハッキングしていたことになる。それはすなわち、シュナイダーの操作、すなわち適性を持っていることでもあった。

 その事実を知ったトーガは頭が痛くなったのか怒る気力すら失せてしまい、そのまま頭を抱え込んだ。

もはや落ち込むどころではないと周囲にいたエルマもそれを察し、苦笑いを続ける。

 ただ、完全に自分が置き去りにしていることだけは理解しており、付け入るスキというより入り込む余地が分からなかった。

(何なの、この兄妹……。もう常識とかそんなレベルじゃない……)

 ワクチンを開発するために実験体にされた兄とハッキングで何もかも暴いてしまう妹。自分もそんなに負けているわけではないものの、皇族という血筋を持つ二人が普通という価値観で測れるものではなかったことを改めて知ったのである。

 端から見ていたラヴェリアも二人を見て、思わず笑いかけるが、口を押さえてプククッ、と正面にあるモニターに体を向けながら震わせていた。

「お母さん、何笑っているの……?」

「いやいや、おかしくって、つい……」

「…………」

 エルマの鋭い視線がまっすぐに母親に向けられる。その視線には軽蔑にも似た感情が込められており、ラヴェリアの背中に突き刺さっていた。先程まで彼らにまとわりついていた思い空気はいつの間にかと消えてしまったようだ。

 笑いを堪えて我に返ったラヴェリアはトーガに質問を投げかける。

「で? どうするの?」

「……分かった。同行を認めるよ」

「! ありがとうございます!」

 トーガが折れたことにルヴィアーナは表情が明るくなる。もし仮に否定を続けていたとしてもルヴィアーナは退くことをしなかったのだろう。それはトーガが妹の立場であった場合も同じことを伝えていたに違いない。

「……あまり無茶するなよ。お前はまだ初心者だからな」

「ムッ!」

「そうむくれるな。お前はまだ戦場を知らなさすぎる」

 トーガの言葉が間違っているわけではない。ルヴィアーナはアドヴェンダーの適性があっても戦闘を経験していない以上、素人であることには変わりはない。それに関してはルヴィアーナも理解していた。

「…………」

端で見ていたノーティスも同じ考えである。本来なら主であるルヴィアーナを守る立場なのだが、自分ではラヴェリアが開発したシュナイダーがかなり特殊であり、起動することすらできないため主を守ることすら叶わないのである。

彼女は今も拳を握り締めているが、握りすぎで痛みを感じていることに気づいていなかった。それほどまでに焦りを感じていたのだ。そこにエルマがノーティスの傍に近寄り、その左肩に彼女の手が置かれた。

「! エルマさん……」

「ノーティスさんの気持ちも分からなくないよ。私もアドヴェンダーの候補に入れられていたし……、ただ、お母さんはルヴィアーナ様に目を向けていたから」

「ですが……」

「お母さんが私の前に現れたってことは、私に〝覚悟〟を決めてほしいってことじゃないかな?」

「覚悟?」

「たとえ、自分に何があっても受け継いでくれる人物が現れてくれることを信じて、あのデータを渡したんだから」

「……………」

 ガルヴァス帝国の皇族はいずれ皇帝という高い地位を継承する決まりとなっている。皇族はそれぞれ血筋に相応しい努力を重ね、皇帝に認められることが最大の名誉であるからだ。国を治めるという強い覚悟がなければ、その重圧に潰され、残るのは肉体という魂が抜けた抜け殻だけとなる。

 皇族に仕える軍人や貴族もまた同様であり、時には自分一人にすべての責任を全うしないといけないのだ。それは皇族とはまた違った覚悟を必要とするのである。

 ノーティスが仕えるルヴィアーナや、名前や祖国を捨て、戦いに投じるトーガも相応の覚悟を持っていたに違いない。現に彼らは鋼鉄の巨人たちの中に乗り込んで化け物どもと相まみえようとしている。その覚悟に否定の言葉をかけていいものではない。

むしろ、それを支えることがノーティスにとっても彼女自身がやるべきことだろう。それに辿り着いたノーティスはそれが自分の意志であることに気が付く。そして、彼女は自分の意思に従う。

ノーティスはエルマから離れ、トーガとルヴィアーナの前に移動すると二人の前で跪いた。

「ルヴィアーナ様、ルーヴェリック様。私、ノーティス・カルディッドはどこまでもあなた様方に付いて行きます。ですから、ご自分の命を粗末に扱わないでください。それが私の意志、そして、あなた方に求める〝ワガママ〟でございます」

自分の意志を主に伝えたことに二人は頷く。それが彼女の〝覚悟〟であるとしっかり示したことに満足したのである。そして、ルーヴェリックことトーガは彼女の傍に近づく。

「相変わらず堅苦しい奴だな、お前。でも、俺はそういう奴は嫌いじゃない。それに〝ワガママ〟と言われた以上、聞き捨てるわけにはいかないだろ?」

「……………!」

ノーティスが顔を上げ、トーガを見る。トーガもチラリとルヴィアーナに顔を向けるとルヴィアーナもそれに喜びの表情で応じた。言葉が届いたことに喜んだノーティスは即座に立ち上がると。トーガは彼女の肩を優しく叩いた。

「じゃあ、決まりね。トーガ、アドヴェンドスーツは用意している?」

「当然だ。クレイオス用のは?」

「とっくにできているわ。ルヴィアーナ様でも合うはずよ」

「なら、行くぞ! ルヴィア!」

「はい! お兄様!」

 トーガはすぐにルヴィアーナと共にその場を離れ、シュナイダーに乗るために必要なアドヴェンドスーツがある着替え室に向かっていった。

ちなみに二人の後にはノーティスがついて来ている。

これはトーガの指示であり、スーツの装着を知らないルヴィア―ナの手伝いとしてついて来ているだけではあるが、これは倫理的な問題が生じることを意味しており、ルヴィアーナとノーティスもそれを察するのであった。


アドヴェンドスーツを装着し、着替え室を後にした二人は鋼鉄の巨人たちがいる格納庫へと足を運んだ。

そして、二人はそれぞれ装着しているスーツと同じ色に染まっているシュナイダーの元に向かう。そのまま昇降機に乗り、設置されたボタンを押すと台が上昇し、シュナイダーの胸元まで迫った。

 二人はコクピットにあるシートに座ると背もたれにある窪みとスーツの背面部にある突起物が嵌まる。四点式のシートベルトを締めて正面にあるボタンを押すと二人の体に何かが走り出し、頬に青い線がいくつも流れ、感覚すべてが研ぎ澄まされていく。

「! ……ハァ、ハァ……」

体全体を這いずるような感覚にルヴィア―ナは思わず顔を下に向ける。

彼女は今までは訓練用として簡易型のコクピットに座っていたはずだったのだが、この感覚はまるで異質であることに驚いたのだ。それに恐怖を感じたのか、ルヴィア―ナの額から汗が流れ始める。

(お兄様はこういうのを何度も……! なんだかまるで自分が自分でなくなっていくような……。でも……!)

 それでもルヴィア―ナは歓喜に振舞う。巨人と一体化するこの感覚はまさに自分そのものが表に出たと言ってもいいだろう。それを表すように彼女の瞳が青く染まっていた。

 そして、パネルに明かりが点いていき、モニターには機体の名称が表示される。こうして主と一体化した巨人は目覚めるのであった。

 トーガが搭乗したアルティメスは深紅の眼を、ルヴィア―ナが搭乗したクレイオスは水色の眼を光らせる。そして、二体の巨人たちは自身が向かうべき場所まで進み始めた。

最初にアルティメスが通った道を逆走するように二体の巨人は進み、絶壁に隠れていた空間を抜け、外に出るのであった。


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