悪魔の咆哮
「……シュナイダーなら、できなくはないのか……?」
「「⁉」」
「何を言っているのですか、義姉上? あそこに持ち込むことすら困難だっていうのに、そのようなご冗談を。それこそ空(・)でも(・・)飛ばない(・・・・)限り(・・)――」
冗談にも聞こえたヴェルジュの言葉にルヴィスは丁寧に返そうとするが、ある言葉を口にしようとした時に突然表情を動かさなくなった。
「……え?」
「……どうしたんだ、ルヴィス? いきなりしゃべらなくなって……?」
「殿下?」
突如この空間に静寂が訪れたことにラドルスたちも対応に困り、言葉を出せなかった。
「ま、まさか……?」
「ルヴィス、今お前が考えていることは私も同じだ。というよりも、それしか思いつかないんだからな」
ヴェルジュの言葉は正しかった。ヴェルジュとルヴィスの頭の中に浮かんでいたのは、背中に羽を生やした黒いシュナイダー。空を自由に飛び回ることのできる唯一の存在。
そのシュナイダーならば建物同士の小さな間といった、どの場所にも降り立つこともできるため足取りを掴ませないようにすることも可能である。しかもタイタンウォールの頂点を超えられるため、わざわざ地下のブリッジを渡らずとも外の世界である閉鎖区へ移動することも可能だとヴェルジュは推測した。
となると、考えられることはただ一つ。
エルマと共にいる人物があの黒いシュナイダーのアドヴェンダーであると彼女はすぐに至る。しかし、ヴェルジュは顔を暗くしてしまう。その理由は彼女が未だに疑い続ける人物でもあることを意味していた。
ところが、そんな考えを吹き飛ばしてしまう警告音が突然鳴り響いた。
モニターに映る画像がタイタンウォールの外側にある閉鎖区のものへと変わる。そこには大量のヴィハックが辺り一面を埋め尽くしていた。
「タイタンウォールの正面にヴィハックの大群を確認! その数、百を超える模様!」
「その中にドレイクが複数確認! 確認されるだけでも十はいます! なお、数は今も増大!」
タイタンウォールを通じて閉鎖区を監視していた士官たちから報告が次々と入る。今にも首都に押し寄せてきそうな数が所狭しに広がっており、いつ襲撃されてもおかしくない。しかし、一定の距離を保ったまま待機を続けている。
「これだけの数がまさか、直接襲ってくるとは……!」
「だが、いくら数だけといっても、防衛線が破られるわけがない。今までもそうだったではないか」
「しかし、どれも動こうとしないのはなぜだ? 奴らも警戒をしているだろうが……」
ヴィハックがこのまま立ち往生を続ける状況を見て、どこか違和感があることにラドルスは不安を過らせる。今まで安心を覚えていた故に、この状況は特殊だといち早く感じていたのだ。
「要するに奴らも怯えているってことですよ、義兄上! 今のうちにシュナイダーの出撃準備を!」
「「「イ、イエッサー‼」
ルヴィスが皇宮の地下に管理されているシュナイダーの起動を促し、態勢を整えるように指示する。彼の言葉通りなら、迎え撃つ準備が万全に行える。今までのガルヴァス軍の攻勢が化け物たちに通じていたのだろう。
「…………」
だが、ヴェルジュはモニターに映る大群を見て、一層表情を険しくする。ラドルスと同様に不安を感じ取っていたからだ。
(何だ? この静けさは……。一体、何が起きようとしているんだ……?)
未だに動こうとしないヴィハックの大群は防衛線よりも一歩前に留まり続けている。本能のアンテナが働いているのかどうかは分からないが、睨み合いを続けることはヴェルジュたちにとってはよろしくなかったのである。
「これは長期戦になるかもしれませんな……。ですが、襲ってきた場合でもその前に準備が整えれば、我々にも勝機が訪れるはず」
「そうであればいいが……」
「はい?」
「…………」
ルヴィスと同様に強気な態度を表に出すケヴィルに対して、ラドルスはどうも弱気な態度しか出ていなかった。いつもと違う義兄たちの態度を見て、ルヴィスは素っ頓狂な声を上げつつ首を傾げる。
ルヴィスも義兄たちと同じように視線をモニターに向け、そこに映る化け物たちを注視し続けていると何かを見つけたのかその目を大きく開かせた。
「! オイ、あの大群の後方を拡大しろ! 今すぐにだ!」
「? いきなりどうした? 血相を変えて……」
「義兄上、義姉上! 奴らの後ろを見てください‼」
「「?」」
いきなり義弟が慌て始めたことにヴェルジュたちはその慌てように不審に思いつつ、モニターが拡大したヴィハックの大群の後方を見てみると、大群の後ろに待ち構えていたあるものを目にした。
そのモニターにドレイクよりも大型の巨体である一体のヴィハックが拡大された映像に映っていたのだった。
「なっ……!」
それを見て、誰もが驚き、言葉を失う。自分たちが相手していた化け物とは明らかに姿が異なる怪物に度肝を抜かれたのである。
「義姉上……!」
「…………! 総員、ヴィハックの迎撃準備を早急に進めろ! あと首都全域にいる市民の避難も、早く‼」
「「「イエッサー‼」」」
未確認のヴィハックを捉えたヴェルジュは今にも襲い掛かりそうな危機を感じ取って、国中に避難の指示を出す。しかし、彼女の背中は未だに悪寒が走っていた。
ヴェルジュはモニターに背を向けて歩き出そうとする。
「我々も行くぞ‼」
「しかし、殿下にもしものことがあっては……!」
「そんなことを言っていられるのか! あの化け物は全力でぶつけなければならん相手かもしれないのだぞ!」
「「‼」」
激昂するヴェルジュの言葉にヴェリオットたちはビクッと動きを止める。珍しく主が冷静ではないことに驚いたからだ。しかし、主の言動は実に的を射たものであることをモニターに映る化け物が証明した。
「未確認のヴィハック、動きを見せました!」
「な、何なんだ、アレは……⁉」
「…………!」
ヴェルジュたちガルヴァス皇族を含めたこの場所にいる誰もがモニターに釘付けとなる。それはあのヴィハックの行動が見逃せないからだ。
そして、そのヴィハックは背中に羽を生やし、大きく広げた。ヴェルジュたちはその姿を見て、一層恐怖を感じていた。だが、その恐怖はまだ初歩に過ぎない。本当の恐怖が今に始まろうとしていたのである。
ヴィハックは羽をはためかせ、宙に浮き始める。そして、タイタンウォールの全高の半分より上に昇ると何かを感じたのかヴェルジュはすぐに命令を下す。
「今すぐシュナイダーを発進させろ! 手遅れになる前に!」
「それはどういう……」
「早くしろ‼ 行くぞ!」
「「イエッサー‼」」
ヴェルジュは周りの声を聞かずにその場を去り、自身が操るシュナイダーがある場所まで走り始める。
その後ろには彼女の意図を察したヴェリオットとグランディが後を追うようについて来ていた。
一方、タイタンウォールより内側にいる街中では急な警報によって別の意味で騒がれていた。
「ったく、何なんだよ、一体」
「知らねえよ。何だか避難のアナウンスも流れているし、さっさとシェルターに駆け込んだ方がいいな、こりゃ」
街中にいた一般人がそれぞれ愚痴を零す中、警報とアナウンスに従い、首都の地下に建設されたシェルターへと移動していた。
舗装された道路にあるマンホールや建物から地下に繋がる非常口には、そこに足を運ぶ人々で一杯であり、一直線に並びながらも常に溢れ返っていた。
また、近くにはパトロールを行っていた警察官がメガホンを使って、一般人の避難に尽力している。ルヴィアーナの捜索を担当していた士官らも本来の任務を投げ捨て、同じく一般人を守る彼らも警察官の行動を手伝っていた。
避難口まで列を作る一般人たちに大きな影が通る。一瞬、空が暗くなったことに怪しさを感じた一人である青年が空を見上げると何か大きなものが飛んでいることに気づいた。
「何だ、あれは?」
大きな鳥にも見えたその生物は、近くにある普通の他店のよりも高いビルの上に跨った。しかし、翼はあるものの、それは鳥ではなく胴体部に腕を持った、見たこともない異形の生物だったことに青年は表情を大きく変えた。
「……オイ、嘘だろ……!」
「?」
「どこを見て――」
青年の前と後ろにいた一般人やそれを見かけた警官が一斉に震えながらも指をさす青年が見る方向に顔を向ける。
そして、翼を持った異形は頭部を天に向けた後、地上にある街中に向けて肺にある空気をすべて吐き出す勢いで雄叫びを上げた。
「ギィシャアァアアア――――‼」
その雄叫びに、街中にいた一般人や警官たちは両手で耳を塞ぎ、地面に蹲る。
建物に貼られていた窓ガラスには割れるどころかヒビすら入ることはなかったものの、街中にある明かりが突如として消え、地下を照らしていた照明も一斉に消え始めた。
街中に響いた雄叫びが消えるとその場にいた一般人は状況が分からないまま背筋を伸ばし、声が聞こえた方向に視線を向けるとようやく彼らは現実を直視することとなった。
「ば、化け物だぁ――――‼」
一般人たちはその化け物の姿を見ると一斉に非常口まで走り始めた。先程まで待ち続けていたのに今は我先に駆け込み始める。近くにいた警官とガルヴァス軍の士官らが仲裁に入るが、なだれ込む勢いに逆らえず、止まる様子は見られなかった。
化け物の正体は当然、翼を生やした新型のヴィハックである。ついにヴィハックは街中にまで進行することができたのである。そして、新型はそのビルから離れると同胞がいるタイタンウォールの内側にまで飛び、そのまま地上に降りた。
「大変です! ヴィハックがタイタンウォールの内側にまで進みました! 応援をお願いします! 聞こえますか!」
『…………』
「え……? 聞こえますか? 応援を! 聞こえますか⁉」
新型の姿を確認した士官が皇宮にいる軍部に連絡するが、誰も応答せず、繋がっているのか怪しいまま、ただ一人の声だけが周囲に木霊していた。なぜ通じないと思っていたのだが、あの咆哮で通信がマヒしたのではないかと彼の頭は混沌だけが渦巻いていた。
だが、視界が狭まっていたのか彼の周囲に点いていた建物の照明が消えていたことに気が付かなかった。
時を同じくして、イーリィたちがいるニルヴァ―ヌ学園でも異変が起きていた。
「ねえ、起きて! イーリィ。聞こえる? ねえ、ったら……」
「う……! イタタ……! 何が起きたのよ、って何で暗いのよ⁉」
「ねえ、何だか通信が通じないし、明かりが点かない!」
「ええ⁉」
学園から繋がっていた地下空間にて倒れていたイーリィは意識を取り戻して起き上がる。
教員を含めた全校生徒が地下に避難していたところ、外で何か起きたのか、急に暗くなって彼女は運悪く後ろから頭に衝撃を受けて気を失っていたようだ。状況どころか周りがまったく見えないことに衝撃を受ける。
周辺が暗くて分からないが、よく見ると照明が一つも点いていない。しかもカーリャのスマホから情報が入ってこなくなり、操作を全く受け付けなくなった。これでは外の状態がどうなっているのか目視するしか方法がない。
ルルは周囲が騒いでいる中、目が暗闇に慣れたのか冷静に状況を分析し、一つの結論に至った。
「まさか、電気の供給がストップした……?」
「……そんな……!」
「これじゃ、右も左もわからないよ……!」
本来なら、予備電源が起動してすぐに照明が点くはずであった。しかし、それすら起動していない。
ルルの言う通り、通信がマヒしたのではなく都市全体の電気の供給が遮断されたと言っていい。いや、街中に設置されている電気機器そのものが何者かによって妨害を受けたといった方が正しいだろう。その証拠に暗闇で分かりにくいが、スマホの画面が真っ黒のままとなっていた。
これによって街中は昼間にも関わらず、人々にとって大事である光を失うこととなった。さらに地下にまで影響が及び、逃げ込む場所でもあったシェルターに閉じ込められる結果となったのである。
その影響は防衛の要でもあった軍事施設にまで及んでいた。
『大丈夫か! 返事しろ!』
『こちらは問題ありません! ただ照明が……』
『分かっている! どうやら普通の停電とは異なるようだな。動ける奴は自力でここを抜けるぞ! いいな!』
『『『イエッサー!』』』
シュナイダーを格納するこの空間は先程の衝撃によって明かりが消えているのだが、シュナイダーには影響が少なかったようであり、問題なく稼働していた。
おそらく、新型のヴィハックとの距離が遠く離れていたことが幸いだったのだろう。ただ、その上に建てられてある皇宮までは影響が及んでいるが。
鋼鉄の巨人たちはすぐに地上に乗り出そうと前に進み始める。その道中で開かなくなった自動ドアを自力でこじ開けたり、壊したりする必要があるものの、首都を混乱に陥れた怪物を排除することに全力を注いだ。
巨人から発する低い音が、光がない空間により強く周囲に響くのであった。
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