迫り来る脅威

 グラントミサイルによって出来上がった巨大なクレーターが未だに残る閉鎖区は今もタイタンウォールに阻まれ、人影すら確認できない街並みと化している。大地に散乱している建物の破片などに手を付けずにそのまま時が過ぎ、風化していったその光景は不気味そのものである

十年前はその爆心地から生み出されたデッドレイウイルスが大量に放出され、街中に広まっていた。現在ではそのウイルスは感知されることも少なくなり、空気中の濃度は人が立ち入る程度にまで回復していった。

しかし、閉鎖区内ではヴィハックが数を増やしながら潜伏を続けているため、未だに帝国はタイタンウォールを解放させることはなく、壁を通して監視を続けていた。

特にギャリアニウムが結晶化したギャリア鉱石が多く発掘できる場所が閉鎖区にあるため、発掘するよりもその場所に向かうまでのリスクが高く、持ち帰る時も同様のリスクが常に付きまとっていた。

首都から南下している領土でも発掘されるが、いつまでもその場所ばかり赴くのでは北上にあるギャリア鉱石をそのままにするだけで何も変わらない。

さらにギャリアニウムはヴィハックにとって食料となっていることから、これ以上数を増やされては自分たちが使う分まで奪われることも懸念している。

皇帝はこれまで都市の復興、および軍備の充実が進み、一段落した今ならヴィハックの殲滅に乗り出せると思い、数年前から軍に閉鎖区の解放を実行させていたのである。

しかし、ヴィハックも独自の進化を続けているらしく、リザード型よりも上位のドレイク型が出現し、ガルヴァス軍は打撃を受けた。敵もこちらに合わせて変化していることは明らかであり、早急に対策を取ることが常となっている。

今は新型のシュナイダーを開発させて戦力を拮抗させているものの、帝国は底知れない恐怖に打ち勝とうと精神をすり減らし続けていた。


 その恐怖の対象である黒に染まった化け物たちは何かに導かれ、多くの数が集まっている。彼らは自らの本能に従って、メインディッシュを食らわんとヨダレを垂らしながら一面を塗り潰す勢いで足を進めていた。

 その中には一際体が大きい化け物であるドレイクが混じっており、大軍とは異質の存在感を表している。しかもそれが一匹ではなく数匹が大軍の中心や端っこに紛れる形でそこにいた。彼らも化け物たちと同じ目的で共に行動しているのだろう。

 彼らが足を運ぶその先には人類の英知たる技術の残骸が辺り一面に広がっていた。

 生き物の気配すらないその光景が不気味さを感じさせるが、化け物たちにはどうでもいいことであった。彼らが求めるのはただ一つ、飢餓を満たすこと。すなわち、食欲という生物にとって逃れることのない欲求であった。

 その欲求は常に満たされておらず、化け物たちは目に映るものを食らおうとする。彼らを満たすものはこの大地に存在するが、自分たちと同様にそれを求める者が独占していた。それが人間である。

 その人間たちは自分たちの領域(テリトリー)を侵させないために強固な壁を建造し、化け物たちとの境界線を作ったのだ。

 ヴィハックが求める場所には、そこまでの道を狭くする残骸や境界線である壁がその場所から遠ざける。何しろ、息を吐くだけでも毒を生み出すため、このような措置を取られることは当然であった。

 その彼らがまたそこに赴いてきたということは、やはり壁の向こう側にあるものを狙っていることは間違いないだろう。本能だけで行動する化け物にとってはただ目の前にある獲物に食らいつくまでは止まらないのである。

 しかし、その化け物たちは道を塞ぐように立ち並ぶ廃墟の超え、タイタンウォールを目にしたところで足を止めた。

 ヴィハックは過去にタイタンウォールを超えようと攻め入ったことがあるが、そのたびに壁の内部に収容されていた機関銃などの外敵装備が彼らを阻んでいたため、警戒してなのか一定の距離を保ったまま動こうとしない。

 進軍を躊躇しているように思えるのだが、今回は違っていた。それは今までの大群とは異なり、後方に全く異質な怪物が隠れていたのである。

中心などに紛れているドレイクではなく、さらに大型に、そして頭に二本の角のようなのが生え、背中に妙な突起物がある怪物だ。

頭部や体はリザード型やドレイク型と似た特徴を持つことからさらに進化を重ねたと言っていいだろう。その強さは全くの未知数。

その怪物が呼吸するように息を吐く中、赤く染まった目で壁の内側に存在する大量(・・)の(・)獲物を捉えた。

「ウウウッ……!」

 すると怪物の背中から生える突起物が唸るように形を変え、大きな羽となって横に広げる。さらに羽を大きくはためかせると怪物は宙に浮き始め、地面から足を離れていく。

 その姿はまさしく異形という名に相応しく、翼を広げるその姿は異世界から次元を超えてやって来たと言っていい。

人間がこの怪物を目にした時に思わず、あの言葉を口にするだろう。そう、一言で表現するなら――――〝悪魔〟だと。

その悪魔は今、人類を恐怖へ陥れようと目の先にそびえたつ壁よりも高く飛び始めた。今までリザードやドレイクでも成し得なかったことを易々と飛び越え、壁の内側に広がる世界を目にする。

そして、ヴィハックの侵入を阻んでいたタイタンウォールの境界線を超え、翼を広げる悪魔は目に映る世界に侵入していった。

「ギィアアア――――‼」

怪物は歓喜のあまりか口を大きく開けて鋭き牙をむき出しにする。その先にはようやく待ち望んでいたエサにありつけることを意味していた。それは人類にとって最悪なものでもあった。

その日、怪物の侵攻を食い止めていた人類が初めて侵攻を許した瞬間であった。



 ヴィハックの侵攻より数時間前、ガルヴァス皇宮内では二人の人物の捜索に精を出していた。その地下にある首都周辺にある監視カメラの映像がたくさん並ぶ空間に大勢の人間が集まっていた。

「本当にこの画像なのか?」

「はい。変装はしていますが、間違いなくルヴィアーナ殿下であります」

「そうか。まったく、困った愚妹だ……」

 皇宮からいなくなっていた義妹の存在を知って、ヴェルジュはため息をついた。監視カメラの一つに映る白の帽子を被る少女がその義妹だと彼女は半信半疑であったが、帽子の下に隠れる銀髪を見て、確信する。

 その隣にいる水色の少女もサングラスをしていて誰なのかは分からないが、顔認証システムではルヴィア―ナに仕えるノーティスであるとしっかり証明していた。

「前々から外の世界に出てみたいと言っていたみたいだし、今回はそれくらい許可してもいいじゃないか? 彼女にとってもいい経験にもなるだろうし……」

「まさか我々の目を盗んで実行するとは……なかなか大胆なことをする」

「義兄上、ルヴィス! 何を呑気に……! これは皇族にとって由々しき問題だぞ!」

 以外にも義兄弟たちはルヴィアーナの行動に関心を寄せるが、ヴェルジュはそれを認めようとせず彼女たちを連れ戻そうと躍起になる。皇族が安易に外に出れば街中が大騒ぎになることを懸念しているからだ。

「ケヴィル、ところでルヴィアーナたちの前に映っているあの二人は何なんだ? 何だかその二人の後を付けているように見えるが……」

「……その件につきましては少し気になることがあったんです……」

「気になること?」

 ルヴィスはルヴィアーナたちと共に、カメラの画像に映る二人組のことをケヴィルに伝えてみると、その質問を予想していたケヴィルは少し顔に陰りが浮かび上がった。

「実は何ですが……あの二人に感染の兆候が見られました」

「⁉」

「その二人が詳しく検査を受けるはずだった病院から報告が来ていないんです……!」

「何だと⁉ まさか、デッドレイウイルスか⁉」

「おそらくは……」

 ケヴィルの報告を聞いたヴェルジュたちは信じられない言葉に衝撃を受け、怪訝そうに顔をしかめる。例のウイルスに感染しているならまだしも、その検査の報告がこちらに回っていないとすれば、そのうち大変なことになるのは明瞭である。

 しかもルヴィアーナがそれに付いていったとなると、さらに状況がややこしいものになるのも彼らは瞬時に理解し、思わず頭を抱えた。

「人物像を基に照合してみましたところ、どうやらこの首都に建造しているニルヴァ―ヌ学園の生徒のようです。この間、全校生徒が予防接種を受けたばかりなのになぜ……?」

「それはどうでもいいが、その人物とは?」

「一人は帽子で隠れていて判別できませんでしたが、もう一人は身元が分かりました」

 ケヴィルは手に持っていたパッドの画面をヴェルジュに見せる。そこには一人の人物のプロフィールが記入されていた。

「名前はエルマ・ラフィール。あのアレク・ラフィールの血縁者です」

「何? ということは、まさか……」

「はい。ラヴェリア博士の一人娘です」

 ケヴィルが名前を挙げるとラドルスたちは一斉に驚きを見せる。彼女の功績は彼らも周知していたのである。

「……因果なものだ。ワクチンの開発を成功させた立役者の娘がまさかデッドレイウイルスに感染しているとはな……」

「……ちょっと待ってくれませんか、義姉上」

 ひょっこり現れるように待ったをかけるルヴィスを見て、ヴェルジュはその行動に「?」と戸惑う。

「まだ決まったわけではないですが、もしウイルスに感染しているのなら、なぜ平然(・・)と(・)外(・)に(・)出られる(・・・・)のですか?」

「「「!」」」

ルヴィスの口から飛び出た予想外の発言に、ヴェルジュたちは過敏に反応した。特にヴェルジュはその言葉を否定しようと考え込む。

(確かにそうだが、あり得ない。あり得るわけがないんだ!)

デッドレイウイルスは感染し、発症が確認されると体に痛みが走り、まともに外に出られなくなることが多い。やせ我慢していることも考えられるが、もし痛みを感じずに外に出ているならば必死に否定したくなるだろう。それは定説そのものを覆しかねないものであるからだ。

 ヴェルジュは口に出そうな言葉を飲み込み、頭の中にあった疑問を隅に追いやりつつ昂りかけていた気持ちを落ち着かせた。

「理由がどうであれ、そいつに一度会わなければ始まらない。ケヴィル、エルマ・ラフィールは今どこにいる?」

「……誠に申しにくいのですが、監視カメラから外れた場所に移動してからカメラに映っていないのです。ちなみにルヴィアーナ様も同じルートを辿っていったらしく、こちらから観測することができないのです……!」

「チッ! 使えん奴だ。何か手掛かりとかないのか⁉」

 状況が把握できていないことにイラつきを見せるヴェルジュに対し、ケヴィルはある情報を彼らに知らせる。その情報とは、全く関係ないものではあるが……。

「ルヴィアーナ様の行方が分からなくなった地点を中心に探していたのですが、妙な反応があったのです」

「……話せ」

「そこで捜索部隊に調査していたところ、ギャリアニウムに似たエネルギーを検知したこと、そして目視できませんが地面に大きな足跡が残っていたことから、何か大きいものが置いてあった可能性が……」

「何だそれは⁉ 全く関係のないことを我々に聞かせるのか、オイ!」

ものすごい剣幕で近づいてくるヴェルジュの迫力にケヴィルは怯えるかの如く一歩後退した。さらに頬に冷や汗が浮かび上がっているのが分かる。しかし、彼はまだ続きを話していない状態であった。

「それでですね、その大きいものが置いてあった場所がルヴィアーナ様やエルマ・ラフィールを含めた四人が消息を絶った場所でもあるのです! そこを詳しく調べてみる必要が――」

「フン。それを先に言え、バカモノ」

ものすごい距離で近づいていたケヴィルの言葉に納得したヴェルジュは興味を映すように離れる。

先程まで息が詰まりかけていたケヴィルだったが、安堵して余裕ができたことに思わずため息をついた。一回コホンと咳をした後、ケヴィルは姿勢を正した。

「これらの情報から何かで移動したかは明白ですが、こんな狭いところで移動できるものなどあるはずがないのですが……」

「……地下に潜ったとか?」

「いや、それは考えにくい。それならば、大きなものを置いていく方がおかしいはずだよ。しかし、こんな狭い路地裏に隠せるものなど……」

「…………」

ラドルスやルヴィスもその正体を探ろうとするが、今一つであり、どれも腑に落ちないため正解を導けずにいた。そんな中、ヴェルジュはある一つの可能性に辿り着いていた。

(……そんなことがあるはずがない。いや、しかし……! だが、それだと辻褄が……)

 ヴェルジュが導いた可能性とは、過去に遭遇したものだったと彼女はすぐに思い立ったのである。だがそれは今の自分たち、いや祖国では到底なしえないことでもあった。

 ヴェルジュは思わず口を開いた。



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