適合者

「デッドレイウイルスの抗体を持った俺は、あれからギャリアニウムを意のままに操ることもできるようになったんだ。まるで超能力のようにな」

「⁉ 超能力……?」

実際、トーガが力を発揮させる時、何かと繋がるような感覚をその身で受けていた。それが国中に広がり続けるギャリアニウムとの結合によるものだと彼は説明する。

結合すればギャリアニウムの活性を思いのままにできるらしく、それを使ったものでも自在に操れるそうだ。

それを聞いたルヴィアーナは何か思い当たったのか手を口に回して考え込む。おそらく彼女も似たような経験があったのかもしれない。

「自由に使えるようになれば、ウイルスの感染者を判別することもできる。俺はそれを〝適合者〟と呼んでいる」

「〝適合者〟?」

「デッドレイウイルスに感染しながらも抗体を手に入れ、人間にはない感覚を持った者のことだ。それは君たち自身が分かっているはずだ」

 トーガの言葉を聞いたエルマたちはすぐに思い立った。体の異変を直に感じていたエルマとルヴィアーナがウイルスの感染者だったのだから。

「だから……!」

「そうよ。元々体(・)の(・)弱かった(・・・・)あなたが、ワクチンを受けてから次第に回復していったことに気づいて、いろいろ調べていたの。そして、あなたもトーガと同じ〝適合者〟であることを知ったってわけ」

「…………!」

 エルマは自分の中に起きていた異変が、十年前から始まっていたことを知り、愕然するのであった。


 エルマは小さい頃、体が弱く病気がちであった。ワクチンを接種してから体がいきなり丈夫になったことにあの頃は喜んでいたのだが、今となってはそれに疑惑を抱くようになった。まさかウイルスの感染によるものだとは思いもしなかった。

「病院に検査というのは、私がウイルスに感染しているから……?」

「そう。そして、あなたはワクチンを受け続け、体が順応して抗体が出来上がったというわけなの。ホント、人間の体って不思議ね」

 人間の体には未知の部分が多いというが、環境に適応するのは生物特有のものであり、中にはウイルスによって体が進化する生物も存在している。おそらくはトーガもエルマも進化したと言っていいかもしれない。そして、もう一人……

「……では、私も……」

「そういうことだ。お前が俺を見つけたというなら、適合者となっていたということがしっくりくる。だけどまさか、ルヴィアも〝適合者〟になっていたとは……」

「そうだったんですか……。この力が……」

自分の手を見るルヴィアーナは逡巡する。誰にも言えなかったことがよもやウイルスに関連することだったとは彼女自身でも想像できなかった。しかし、彼女は喜びを表に出すように口角を上げた。

「ルヴィア……?」

「でも、この力のおかげでこうしてお兄様と再会できたんです。そして、お兄様と同じ特別(・・)になれたことは素直に喜びたいと思います」

「姫様……」

「……お前がそう言うんだったら、そう受け取っていいかもな」

 ルヴィアーナはエルマと同様に〝適合者〟になったのだと自覚する。だが、実はこれが最初というわけではない。

ずっと前から自分が普通の人間でなくなったことを知り、不安がっていた。しかし、兄であるトーガに会えたことが嬉しかったようで、ルヴィアーナは今の自分に感謝した。やはり、会えるはずのなかった人物に会えたことが気持ちの中で勝(まさ)ったのだろう。

その笑顔を見たトーガとノーティスも思わず表情がほころんでいた。


 気を取り直したトーガたちは引き続き、ラヴェリアからメモリに保存されていた内容の説明を受けていた。

「私が作り上げたこのデータは、どの国も手にしたいものばかりよ。もし誰かが手に入れれば、それを作り上げ、必ず帝国に、世界中に牙を剥く可能性もある……」

「だからこそ娘に渡したのか。誰にも手が届きにくいように」

「ええ」

 端末に込められたデータは間違いなく戦争の引き金になるとラヴェリアは先読みしていた。もし自分に何が起きてもいいように端末を第三者に渡らせるようにしていたのだ。それだけラヴェリアが開発したデータは、相手の欲望を刺激しやすいのである。

ラヴェリアはそのデータに隠してあったゼクトロンシステムの本来の能力を口にする。語られたのは文字通り、今までの常識をひっくり返す内容であった。

「ゼクトロンドライヴの真の力は、単純に強大なパワーを生み出すことじゃない。その本来の力は……デッドレイウイルス(・・・・・・・・・)の(・)抑制(・・)よ」

「ウイルスの抑制⁉」

「ギャリアニウムが〝有の力〟を発揮するなら、ゼクトロンシステムは、いわば〝無の力〟。元々、デッドレイウイルスもギャリアニウムから生み出されたものだから、同じギャリアニウムから生み出したものならば、抑制できるんじゃないかと思ったのよ。ただ、あの時は技術ができていなかったけど……」

 元々、ワクチンは同じウイルスから作り出されることが多い。もちろん、毒の血清も同じ毒から作り出されるため、デッドレイウイルスも同様ならその元となったギャリアニウムから生み出せるのではないかとラヴェリアは睨んでいたのだ。

 だが、ワクチンを作りだすためのデータが足りなかったため、困難を窮めた。ところが、ワクチンの開発に光が差す出来事があった。トーガが彼女の元に運ばれてきたのである。

「ワクチンと同じようにトーガの抗体の一部を基にしたことで一気に技術を高めることに成功したの。そして、私が開発したアルティメスに実装したわけ。アルティメスから放出されるエネルギーが大気中に留まるデッドレイウイルスを抑制し、感染率を大きく低下させることができる」

「なるほど。まさか医療分野を取り入れるとは……」

「凄いですよ。これなら世界中の人々を救うことができます!」

 これほどの画期的なシステムが出来上がったなら、今すぐにでも実装するべきだとルヴィアーナは息巻いていた。しかし、トーガとラヴェリアの表情は今も険しかった。

「……ただ、一つ問題があるのよ」

「問題?」

「ゼクトロンドライヴから放出されるエネルギーは、デッドレイウイルスだけじゃなくギャリアニウムそのものを抑制させてしまうのよ」

「なっ⁉」

「ギャリアニウムまで……⁉ そうか、デッドレイウイルスはギャリアニウムから生まれたものだから、当然その影響を受ける……!」

 エルマの言葉通り、ウイルスを抑制するということは、その元であるギャリアニウムを抑制することに繋がる。すなわち、生活を支えているエネルギーを自ら絶つことに繋がるのである。

「まさに諸刃の剣というわけですか……。困ったものですね」

「特に影響は少ないけど、長引けば長引くほど、その効果は広がる。さらに影響は同じギャリアニウムを使用するシュナイダーの稼働にも及ぶ」

「⁉ つまり……」

「……アルティメスには逆らうことはできない」

「…………!」

 逆らうというより正確にはアルティメスの力が国そのものを停止させることになる。ただ、弱点があるとしたらそれは……操縦者を選ぶということだ。

「アルティメスは、特殊なアドヴェンダーにしか扱えない」

「特殊なアドヴェンダー?」

「ゼクトロンシステムと唯一適合できる存在、トーガが言う〝適合者〟よ」

「それって、私たち……?」

「ああ、デッドレイウイルスに適合した俺たちなら、アレを動かせるんだ」

 トーガを含め、この場にいるエルマ、そしてルヴィアーナ。

この三人がデッドレイウイルスを身に宿す者だからこそ、アルティメスへの適正を持っているのだ。仮に操縦適性の高いアドヴェンダーでも、アルティメスを起動させることもできないというわけである。

「でも、私たちは……」

「いや、アルティメスに適合できることは君たちでも操縦できる。実はある秘密があるんだ」

「秘密?」

 トーガが言う秘密とは、常識から大きく外れたものであることをエルマたちに教えた。そのエルマたちは驚愕し、揃って口を大きく開ける。それを耳にしていたラヴェリアも小さな笑みを浮かべていたのであった。



 一方、タイタンウォールに囲まれたガルヴァス帝国の首都、レヴィアントでは特に異変もなく静かな平穏を保っていた。

 もっとも、首都の中心部に位置するガルヴァス皇宮ではそれとは真逆に騒ぎに溢れていた。

「隈なく探しましたが、どこにもいません!」

「これで何度目の報告だ! もういい!」

「イエッサー!」

 報告を行った士官はその場を退散し、残ったのはガルヴァス帝国の第一皇女、ヴェルジュ・クルディア・ガルヴァスただ一人であった。その彼女は今、焦っていた。

「どこに油を売っているんだ、あの愚妹は……!」

「部屋に残っていたのは、この手紙のみですが……一体、何をする気でしょうか?」

「それが分かっているなら、苦労はしない‼」

「! も、申し訳ありません……」

 ヴェリオットに向かって怒りを向けたヴェルジュは茹でダコのごとく頭をカンカンとしていた。その原因は、義妹であるルヴィア―ナがいなくなったことである。

 朝、彼女がいなくなったことに気づいたヴェルジュはその部屋にあるテーブルの上に一通の手紙が置かれているのを目にした。

 その手紙には、ヴェルジュたちがコソコソと裏で何かをやっていることに感づいていたこと、自分でそれを調べるといった内容が書かれていたのだ。

 同じ皇族であるラドルスやルヴィスと共に皇宮の中を探したが、一向に見つかることもなかった。さらにはその配下であるノーティスまでもいなくなっていたことに気づく。

 おそらくルヴィア―ナについていったのだろうと読み、今度は士官らと共に外を探し回っていた。

 怒り狂う彼女の元に、義兄たちが近づく。

「全く困ったものだ。まさか、外に出るとは……」

「しかも、ノーティスもそれに従って、何をする気だ?」

「殿下~!」

 義兄たちがため息をつく中、ルヴィスが仕えるケヴィルが彼らの元に駆け込んでくる。その声を気付いたラドルスたちは揃って声が聞こえた方向に顔を向ける。その彼らの元に近づいたケヴィルは疲労からか息を切らす。

「どうした? ルヴィア―ナが見つかったのか⁉」

「は、はい! 街中にある一部の監視カメラにお二人が映っていました!」

「本当か⁉」

「……ですが、カメラの死角に入りまして、また見失って……」

義妹が見つかったことに一度は安堵したラドルスたちであったのだが、また見失ってしまったことにルヴィスは「チッ」と舌打ちをした。

 また振出しに戻ったと思われたのだが、ケヴィルの報告は終わっていなかった。

「それでですね、妙な反応が都市部に観測されたんです。監視カメラの範囲外ですが、大きな反応を検知しました! 今、ルヴィア―ナ様の捜索と並行して調査を向けている最中でして……」

「そうか、でかした! もしかしたら、ルヴィア―ナも……」

「だが、そうと決まったわけでは……」

「いえ、ちょうど反応があった近くでルヴィア―ナ様を捉えましたから、可能性は十分にあります」

「よし、その調査結果をこちらに回せ! そして、必ず見つけ出せ!」

「イエッサー!」

 ルヴィスたちはケヴィルの案内の元、義妹の行方を握る手がかりを見つけることができた。だが、彼らは気づかなかった。その義妹の近くに同じ皇族がいることを……。



 そのレヴィアントに建造されているニルヴァ―ヌ学園でも特に異常というものは何もなく、授業を進めていた。

ただ、足りないものがあるとすれば、学生であるトーガとエルマの二人がいないことであった。

 正午に入って、授業の合間にある休憩にて学園内にある芝生に三人の女学生が座っていた。

「今頃、どうしてるのかな~。あの二人」

「それって、エルマとあの転校生君?」

「うん。だって、予防接種の後に検査を受けなきゃいけないなんて、おかしいとは思わない?」

 イーリィの的を射た言葉にカーリャとルルは、二人への対応に少し疑い始める。

ワクチンを接種した後に検査を受けることは別に珍しくもない。経過報告を行うためというなら一応納得はできるものの、エルマはそんなに検査を受けるほどの症状を持っていない。

それなのに検査を受ける必要があるということは、彼女の体に何らかの変化が起きていることに繋がる。

「でも、そんなに体が悪いわけじゃなかったよね?」

「むしろ絶好調、ってな感じだったし……」

「だったら、あの転校生もお呼びにかかるのも変じゃない?」

「「…………」」

この学園に転入してきたトーガの話題に移るとカーリャたちはお互いの顔を見合わせる。直接彼の顔を合わせたわけではないが、どうしても引っかかるのである。そして、彼に対する疑いは次第に大きくなり始めた。

「でも、もしあのウイルスに感染していたとしたら……」

「この学園にいられなくなるわね……」

「そう考えてもしょうがないわ。今はあの二人の帰りを待つとしますか。じゃあ、それでいいわね、二人共?」

 カーリャとルルはイーリィの言葉に頷き、教室に戻っていった。それでも彼女たちは不安そうな言葉を思い浮かべるが、そう思いたくないと願い続けた。



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