母と娘
アレク・ラフィール。
ガルヴァス帝国の軍人にして、少佐の階級を得ていた戦闘機兵。そして、ラヴェリアの夫にしてエルマの父。デッドレイウイルスによる感染で死亡が確認され、遺体は既に焼却処分されている。
彼の存在はエルマ、ラヴェリアにとって大事な存在であったのだが、ある日を境に二人はバラバラとなってしまった。その原因は実は、彼の存在に隠されていた。
「あの人がギャリア大戦に駆り出されていたのは知っているわね?」
「知っているよ! 忘れるわけがないし……」
「ヴィハックが帝国に侵攻してきた時、グラントミサイルで殲滅を図ろうとした皇帝は、お父さんにそれを命じてきたのよ! もちろん私に何も伝えずに……!」
「⁉」
皇帝はヴィハックの殲滅にエルマの父親に任せたということは、グラントミサイルの使用を禁じようとしたラヴェリアに対する当てつけであったのだろう。後にそれを知ったラヴェリアも、こればかりは許せなかったらしい。
「お父さんはそれを見事に実行して帝国を救ってくれた。だけど、今度はウイルスに苦しむようになって、そのまま……!」
「確かに、こちらでもアレク・ラフィール少佐はウイルスの感染によって死亡されたことになっています。ですが、なぜ……?」
「……そういうことか」
「お兄様? 何が分かったのですか?」
トーガは何かを察したのか、腕を胸の前で組む。それを目にしたルヴィアーナは、その理由を尋ねた。
「確かに、アレク・ラフィールは帝国を救った。しかし、それによってウイルスが蔓延したとなれば、その責任は英雄であったはずの彼にのしかかる羽目となる――ということか」
「⁉」
つまりエルマの父親は、英雄となったはずが国に災いをもたらした罪人へと本人の知らないうちに認識されるようになったということだ。
その事実を妻であるラヴェリアも、すぐに察することができたのだ。それを知ってしまったからこそ、ラヴェリアは帝国にいることが辛くなったのだろう。
「だが、アンタはワクチンを完成させた。そして、娘を置いて帝国を出ていった……。そんなところか」
「…………! 本当なの、お母さん⁉」
「ようやく私の事を見てくれるようになったわね。……その通りよ」
娘の言葉にラヴェリアは本音を口にする。夫がしでかしてしまったことに罪悪感を抱いていたようだ。国を守ったにも関わらず、一転して国に危険を招いた罪人として扱われることがどうしても耐えられなかったのである。
「ではなぜ、エルマさんを置いていったのですか? 彼女を連れていくこともできたはずなのに……」
「……彼女を養う余裕がなかった……。それとも、何も伝えたくなかった……。いや、その両方か。もしアンタが帝国に留まり続ければ、いやでも娘にまで危害を及ぶかもしれない……。そうなんだろ」
「つまり、私を守るため……? 私をそれから遠ざけるために……?」
頭の中がぽかんとしたエルマは立つのがやっとの状態のまま、膝が抜けるように折れ、地面に倒れ込む。さらに、前屈みになるように両手を地面につけ、顔も正面に向けないまま上がることはなかった。
「そんなのって……! そんなのって卑怯よ……‼」
エルマの顔には涙で溢れ、嘘だと言いたい叫びが周囲に響いていた。
ルーヴェたち三人がそれを見守る中、ラヴェリアは変わらずエルマを見ようとしない。いや、見ることができないのだろう。信じたくない事実がそこにあったのだから。
「私だって、あなたとは離れたくなかった……。でも、どうしても巻き込んでしまうことに私は我慢できなかった。だから……」
「恨まれても構わないから、家族の元から離れるしかなかった……。それがあなたの決断ですか……」
「その痛み、理解できます。我々も大事な民を、そして皇子を失ってしまいましたから……」
ノーティスはトーガに視線を向ける。トーガもまた、ギャリアの悲劇によって死んだことになっているからだ。その視線に気づいたトーガも彼女に視線を向ける。
ラヴェリアはエルマがいる方向に体ごと椅子を回し、椅子から立ち上がる。
「今までゴメンね。別に許してほしいってわけじゃないけど、こうして会いたいって思ったのは、いつまでも離れ離れになっているだけじゃダメって思ったから……」
「……お父さんを亡くした時、お母さんなら治せていたんじゃないかって思ってた。だけど、そのまま姿を消して、時が経つうちに私はお母さんがお父さんを殺したって思うようになって……事実から、目を背いてた……!」
「…………」
娘の本音にラヴェリアは顔を上げないままうつぶせを続けるエルマに近づき、寄り添うように腕を背中に回す。
「!」
ラヴェリアの体から発せられる温もりを感じたエルマも自然と母親の背中に腕を回していった。
母娘の抱擁にルーヴェたち三人はほっこりと表情を柔らかくする。親子の確執はこうして断ち切ったのであった。
「私があなたに渡したデータは、いわばこの世界の平和を願って作り出したシステム。その名も、〝ゼクトロンシステム〟」
「ゼク……トロ……?」
「シュナイダーに搭載されているギャリアエンジンとは設計思想が明らかに異なっているの。これは私だけにしか作り出せないものだから数は限られるけど、ギャリアエンジンとは比べ物にならないわ」
娘と和解したラヴェリアはパネルを操作して、エルマから頂いたUSBメモリのデータをモニターに表示させていた。その内容をルーヴェやエルマ、ルヴィアーナにノーティスの四人が黙って見ている。
「性能はこれだけではない。ある意味ではシュナイダーに対抗するために開発されたものなんだ」
「シュナイダーに対抗?」
「シュナイダーがヴィハックに対抗するための兵器なら、アルティメスとクレイオスはシュナイダーを倒すことを視野に入れた対シュナイダー兵器ってところだ」
すなわち先のことを見越してのものだろう。シュナイダーによるヴィハック討伐が終われば、今度はシュナイダー同士で戦い合うことも考えられるからだ。それを止めるためにはいち早く強力な兵器を持つことが必要となる。それがアルティメスだ。
アルティメスはラヴェリアが独自に設計、開発され、最新の技術を惜しみなく投入して完成されたこの機体は、間違いなく世界の中で一番の強さを誇る。
アルティメスの胸部には〝ゼクトロンドライヴ〟と呼ばれる動力機関――すなわちアルティメスの〝心臓〟であり、そこから強大なエネルギーを生み出していた。
そのエネルギーはギャリアエンジンのそれをはるかに超えており、ディルオスでは歯が立たなかったドレイク型のヴィハックでも倒すことができたのである。
ギガンテスやクレイオスに投入されたギャリアエンジンとは構造も材質も異なり、明らかに別物である。
元々、シュナイダーは軍事兵器として開発されたものではなく、ラヴェリアが作業用として提案されていたものである。しかし、その提案は却下されていたのだが、ギャリアの悲劇以降、人手が少なくなってしまったため、めでたく採用されることとなった。
ただ、開発に携わったのは彼女ではなく、現在開発主任を務めるキール・アスガータがそれを担当した。この時、デッドレイウイルスに対抗するためのワクチン開発に没頭していたのである。
「私はワクチンのデータを基に、ゼクトロンシステムを使用したゼクトロンドライヴを完成させた。まあ、トーガの協力もあってのものだけど」
「お兄様が、協力を……?」
ルヴィアーナから視線を向けられたトーガは、ラヴェリアのかわりに説明をした。
「エルマ、博士が考案したゼクトロンドライヴの設計は見たよな?」
「もちろん全部見たわ。理論上は可能かもしれないけど……」
「どういうことですか?」
するとラヴェリアはパネルを操作して、データの一部であるゼクトロンシステムの全容をモニターに公開させる。
「これよ」
「「…………!」」
それを見たルヴィアーナとノーティスは言葉を失うが、かろうじて「スゴイ……!」と振り絞るしかなかった。
「ただ、これを使用できるのはルーヴェしかいないのよ」
「なぜ?」
「……それは俺から説明してやる」
エルマの問いに、今度はトーガが答える。彼の口から発されたのはこれまでの経緯についてであった。
デッドレイウイルスが蔓延していた頃、ラヴェリアは特効薬であるワクチンの開発に没頭していた。
ワクチンを作るためにはウイルスの研究データと、その実験体がどうしても必要であった。しかし、実験体である感染者の遺体は残っていなかった。
その理由は、感染者の遺体の解剖を行おうとしていたその時、遺体が急に姿と形を変えていき、ヴィハックへと変貌していったのである。
変貌したヴィハックはいきなり周囲にいた研究員に食らいつき、捕食していった。警護を行っていた特殊部隊が投入され、駆除されたものの新たな犠牲者を生み出すこととなった。
どうやら感染で死亡した人間は人間を襲うヴィハックに変貌するようだ。同じくウイルスに感染して死亡した者たちもヴィハックに変貌し、周囲の人間たちを襲っていった。
さらに駆除されたヴィハックの体液や吐息からウイルスが検出されたことから、ワクチンの作成に使うことはできたのだが、犠牲者の増加、駆除する範囲が拡大していったためこれ以上の進展が滞る形となった。
そんなある日、一人の被験者が現れた。それがルーヴェと名乗る前のルーヴェリック皇子であった。
この時、ラヴェリアはトーガと初めて対面したことになる。
「ちょっと待ってください、まさかお兄様も……!」
「ああ。俺もワクチンを作るためのモルモットだったのさ。それを指示したのが皇帝だったんだ」
「そんな、陛下が実の子を……!」
同じく皇族であるルヴィア―ナやそれに仕えるノーティスにとっては衝撃的であった。高貴なる血を受け継ぐ皇族をワクチンの実験に参加させるなど、由々しきものであった。しかも死を偽装してまで行ったとあっては、看過することなどできない。
「当時俺は、仮死状態であったため目覚めさせることも視野に入れていたようだ。ったく、ふざけたことを……」
「それじゃあ、お母さんは……」
「承諾したに決まってるわ。被検体が少なかったわけだし、これ以上の最適任者がいなかったのよ」
「だからって……!」
もっとも、最初は戸惑いを感じていたラヴェリアだったが、人類を救うためにルーヴェ、いやルーヴェリックをワクチンの開発に利用することにしたのである。まさに英断と言っていいものだ。
エルマは言い募ろうとしたが、ラヴェリアが返した言葉を予想外のものであった。
「……開発を進めるために彼の体を調べてみたけど、とんでもないことが分かったのよ」
「「「⁉」」」
「彼の血液や遺伝子に、ウイルスが検出されたのよ。しかも抗体と共に」
「抗体⁉」
抗体とは、血液中にてウイルスに打ち勝つための免疫が働いているものである。人間には数万もの免疫細胞を持ち、様々なウイルスに適応するようになっている。
デッドレイウイルスの元であるギャリアニウムが自然と共に育ってきたのなら、人間の体にも抗体が生まれてもおかしくない。
もし抗体ができているなら、それを取り出してワクチンを作ることも可能だとラヴェリアは興奮を抑えられなかった。そして、ワクチンが完成され、世界中に届いていった。
だが、一人の人間を実験体として扱い続けることに嫌気がさしたラヴェリアは功績を受け取らず、ルーヴェリックと共にそのまま帝国を去っていった。
「そして、俺たちはここを拠点として新たなシステムの構築、ヴィハックに対抗するためのシュナイダーの開発を進めていったってことさ……」
「ではなぜ、帝国からいなくなったんですか?」
「……五年前に仮死状態から目覚めた俺は、顔が分からない連中に捕まっていたんだ」
「「「⁉」」」
「そいつらが何者なのかは分からなかったが、ラヴェリア博士が事情を説明してくれたんだ」
ラヴェリアの話によるとルーヴェを監視していた連中が皇帝の指示を受けた者、帝国を裏から支えていた〝影〟だったそうだ。
死を偽装させつつワクチンを作るための実験体となっていたことを知ったトーガは、祖国を疑わずにはいられなかった。そこで博士に協力することにしたのが真相であった。
「ワクチンを作るためのデータをコピーさせたし、誰が作っても同じ効果を見込めるようにしたのだから、問題なんてないわ。それに、これ以上あの人の悪口を聞きたくないし……」
「お母さん……」
母親であるラヴェリアが祖国を去った理由を知って、エルマは悲壮感に包まれる。自分を守るため、父親の行動を無駄にしないための決断を下したことに何も言い出せなかったのだ。
(ずっと、一人で……)
母親の背中を見て、エルマは彼女の覚悟の重さをその身で実感する。一体、どれだけの苦しみを、迷いを感じていたのか彼女はその母親に語らずとも心情を理解することができた。
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