黒い連鎖

「……しまった!」

 新型を仕留められなかったことにヴェルジュは悔しがる。特に油断をしていたわけでもなかったし、途中までは上手くいっていた。ただ、あのヴィハックの方が一枚上だった。その事実が彼女に重くのしかかっていた。

「全軍、あの怪物を攻撃せよ! 当たらぬ距離ではないはずだ!」

『『『イエッサー!』』』

 ヴェルジュの合図と共に、後方に控えていたシュナイダー部隊はそれぞれ、マシンガンやバズーカ、ミサイルランチャーといった射撃兵器を新型が飛んでいる空へ一斉に向ける。新型との距離はそんなに離れていないため、ヴェルジュが言っていた通り銃弾や弾頭が当たってもおかしくない。

 アドヴェンダー達が一斉に引き金を引こうとしたその瞬間、攻撃されることを読んでいた新型はその場で彼らがもっとも恐れていた咆哮を上げた。

「ギィアアアア――――‼」

 その咆哮は発生源である新型を中心に首都全域へと響いていく。耳障りするような雄叫びを上げていることに不快感を示していたヴェルジュは、何かを察知したのか前面に広がるガルヴァス軍に向けて声を上げた。

「! お前たち、今すぐディルオスの稼働を停止させろ!」

「!? それは、どういう……?」

「つべこべ言うな! ……‼」

「「イ、イエッサー‼」」

 ヴェリオットたちはヴェルジュの意図が分からないまま自身が操縦するディルオスを緊急停止させる。彼女の言葉を耳にしていたアドヴェンダーもそれに倣ってディルオスを停止させると巨人たちは麻酔を打たれたように眠りにつく。

 ヴェルジュも同様にクレイオスの稼働を停止させる。その合間にモニター画面が真っ黒になっていき、画面そのものが表示されなくなった。もちろん外に通じていた新型の雄叫びも聞こえず、辺り一面が暗闇に染まった。

 その雄叫びがヴェルジュたちに届くと動きを止めたシュナイダーからスパークが迸った。

「クッ……!」

 コクピット内でもスパークが飛び散っていることにヴェルジュは歯を食いしばりながら耐えていた。今の様子を見て、彼女はキールが言っていた言葉を思い出す。

『あのヴィハックが上げる雄叫びは、周囲のギャリアニウムを活性化させる』

 シュナイダーもまた、ギャリアニウムを活性化させて稼働している。つまりあの雄叫びの影響を強く及ぶかもしれないからだ。それを朧気ながらも結論に辿り着いていたヴェルジュは稼働を停止させることでその影響から外させることを思いついたのである。

 それでもコクピット内部にはスパークが泳ぐなど影響を少なからず受けているものの、初めから活性化を止めてしまえば後で再起動ができるかもしれないのだと彼女は博打覚悟で信じるしかなかった。

 巨人達の目を閉ざした外では怪物の雄叫びによって、周辺の建物内にある照明が急に朝日のように明るくなる。さらに電子レンジといった家電製品など電気が通る施設から煙が上がっていく。

 また、地下に広がる照明も同様であり、シェルターに避難していた一般人たちはその眩しい光に当てられ、目を閉じながら顔を下に向けていた。

「何なのよ、これ!? なんでいきなり……!」

「ちょっ、このままじゃ干からびるって……! 」

 その中にいたイーリィたちも太陽のごとき強い光を浴びて、自分たちの体が焼かれるのではないかと錯覚しかける。すべてを無に帰す闇に似せた、その不吉なまでの光は四方を囲む空間を白く染め上げた。

 地上で響く怪物の雄叫びが数秒続くと声を切らしたのか音が聞こえなくなっていった。

 ところが、今度は地下にあった照明が細い糸のようにブツンと切れ、光を帯びていた空間が眩しい白からすべてを飲み込む黒へと変わっていった。突然の出来事に一般人たちは「きゃっ!」や「うわっ!」など、悲鳴を上げながら黒に満ちた混乱に戸惑う。

 それだけではない。地上の照明は地下と同様に光を失い、煙を上げていた施設は急な発熱や過電流が続いたことで次々と爆発を上げていった。既定の数値を超えたことで大元である施設のシステムが耐えられなくなったのである。その爆発は絶え間なく連鎖していき、国を象(かたど)っていた建物を蹂躙していった。

 さらに余波がタイタンウォールにまで響き、外側に展開されていた機関銃がスパークを放ち、一斉に停止する。抵抗を続けていた壁は、ただ化け物どもの行き先を阻むだけのものとなってしまったのである。

(? 何だ、この音は……?)

 雄叫びが止んでコクピット内で泳いでいたスパークが消えたのを知ったヴェルジュはコクピットの内部に響く音を耳にすると外で起きた異変に一層表情を険しくする。その後、彼女は自身の配下である二人に向けて通信を繋いだ。

「オイ、聞こえるか? ヴェリオット、グランディ。応答しろ! 聞こえるか!」

 ヴェルジュは声を上げながら二人に呼びかけるが、ノイズが混じったまま向こうから応答しないことから先程の雄叫びで通信機能をやられたのだと察した。

「……仕方ない」

 ヴェルジュは諦めて再びシュナイダーを起動させるとパネルに明かりが点いていき、左右と正面にあるモニターが外の風景を映し出す。雄叫びによる活性化を免れたため、機能障害が最小限に済んだようだ。

 映像に乱れが生じているものの、全く見えないわけではなく、稼働も問題がないことを確認するとヴェルジュは外を見渡した。

 彼女の目に映ったのは先程から腕を下ろすことなく、人形のように立ち尽くしていた巨人達とその上から宙に浮いたまま自分たちを見下ろす怪物。そして、街中の所々から煙が出ている建物。完全によくない出来事だとヴェルジュは一目で理解した。

(何とか動けなくなることは避けたが、ここまで状況が悪化するとは……!)

 最初は化け物どもに先手を取られてしまったものの、途中から抵抗を続けることができ、何とか互角までは踏み止まるこルーヴェできた。ところが、新型から発せされる妨害電波のようなものが自分たちを追い詰めるなど予想できるはずがない。

 しかも先程の咆哮で遠くにいたシュナイダー部隊の一部から煙が上がっており、腕がぶら下がっている。おそらく対処に間に合わず、影響を強く受けてしまったのだろう。あの新型から見れば、格好のエサである。その姿にヴェルジュは悔しさを表に出す。

「?」

 しかし、残りの連中はヴェルジュの指示が届いたのか、再び稼働を始めるのを見るとホッとするように小さく喜びを表した。しかも随伴していた紫のディルオスも動いており、あの二人も無事であることを確信する。

 それでもダメージを受けているのが確認でき、動かすのも一苦労だと察したヴェルジュは動けるようになったクレイオスや、ヴェリオットたちと共に部隊と合流した。

『ありがとうございます、殿下!』

『いや、キールの言葉を聞いて、直感に従っただけ。運が良かっただけだ』

『ですが、街中に被害が……』

『ああ。兄上達に連絡は?』

『……おそらくは、さっき起きたことと同じ状況になったかと……!』

『……分かった』

 ヴェリオットからの通信を聞いて、ヴェルジュは通信がやられたわけでなく、ただ繋がりにくかったことを知る。部隊と合流できたことで通信が繋がりやすくなったのだろう。

 しかし、街中の惨状や皇宮との連絡が繋がらなくなったことを聞いて、彼女は皇宮も大変な事態に陥っていることに気づく。すなわち、皇宮から援軍が新たに来る確率が低いことを意味していた。

「形勢は圧倒的に不利か……。だが、アレさえ駆除できれば……!」

 ヴェルジュはマシンガンランスの銃口をこの騒乱の元凶である新型のヴィハックに向けて銃弾を撃ち出すが、新型は翼を動かしながら多数の銃弾を躱し、タイタンウォールがある方角へ体を向け、飛んでいった。

「! 追いかけるぞ!」

「し、しかし、まだ動ける者たちが……!」

「ハッチを開けることぐらいできるだろ! 動けなくなったシュナイダーは置いて行け! 他は私とついてこい! 怪物を野放しにするな!」

『『『イエッサー!』』』

 外に響いていたヴェルジュの言葉を聞いて、アドヴェンダーたちは動かなくなったディルオスの胸部から出ていくとそのまま稼働しているディルオスに移り、皇宮へと戻っていく。さらに、その半数は新型を追いかけようとするクレイオスについていった。

 ヴェルジュが新型を追撃しようとしたその時、彼女はいきなり苦しみ始める。

「グッ……!」

『! ヴェルジュ殿下、しっかり……ガッ!』

「も、もしかして……お前も……」

『何だか急に……しかもこの痛みは……』

「どういうことなんだ……!?」

 突如自分の体に襲い掛かるその痛みにヴェルジュは心当たりがあったのだが、なぜこのタイミングで起きたのか理解が追い付けていない。しかもその異変が周囲にいる味方にまで及んでおり、おそらくは先に帰投したアドヴェンダーたちも同様に苦しんでいるはずだとヴェルジュは確信する。

「行くぞ……!」

「このままの状態で、ですか……!?」

「ム、無茶ですぞ……!」

「無茶でも、何でも、退くわけにはいかんのだ……!」

 ヴェルジュは今も襲い掛かる痛みに耐えながら、シュナイダーを進ませる。

 体中に響くその痛みに表情を歪ませ、今にも意識が飛びかけているものの、彼女自身に秘めている強い意志で体を支えていた。その意志に同調したヴェリオットたちも体を震え上がらせて、ヴェルジュの後を追うのであった。


 ヴェルジュたちを襲った異変は、その異変の影響を危ぶんだ彼女の予想通り、街中に広がっていた。

 地下内のシェルターに避難していた複数の一般人がいきなり苦しみだし、痛みに耐えられなくなって蹲るように倒れていた。

 その隣にいた人間は暗闇の中で「大丈夫ですか!?」と苦しんでいる人に呼びかけようとするが、その人も痛みを発しており、まともに会話することもできていない。

 しかも暗闇の中ではその正体も誰に向かって叫んでいるのかも分からず、彼らは暗闇に慣れるまで、じっとするしかなかった。

 その痛みを訴える人々の中にはイーリィも含まれており、荒い呼吸が暗闇に強く響いた。

「グハッ……!」

「しっかりして、イーリィ!」

「ウッ……!」

 隣にいたルルがスマホに搭載された機能の一つであるライトを使ってイーリィの姿を捉え、カーリャがその面倒を見ている。その周囲には彼女たちと同様に明かりを点けていた。

 彼女は横になりながらも息遣いが荒く、少数もの汗が顔の表面を伝っており、かなり苦しんでいた。その苦しみはカーリャたちにも及んでいるが、何とか意識を保っていた。

「耐えて! イーリィだって、こんなところで終わりたくないでしょ!?」

「私たちが付いているから……一緒に頑張ろう!」

 二人の思いが通じたのか、カーリャが握っていたイーリィの左手に力が入る。それを知った二人は彼女も「生きたい」という強い思いが込められているのを掌から伝わる温もりと共に感じるのであった。


「オイ、大丈夫か!? しっかりするんだ!」

「ハァ、申し訳ありません……殿下」

 一人の士官に必死に呼びかけているのは彼より身分の高い人間であるルヴィスだ。そのルヴィスは士官の肩を担いで壁に打ち付けるように座らせる。その隣には彼が運んだ士官たちで並ばれていた。

「これで全員ですか、兄上!」

「もちろんだ。ただ、半数近くが痛みを訴えているが……」

 ラドルスがチラリと後方に視線を向けた先は、その士官らが座っていたとされる半数の椅子が空いた指令室であった。今も電源が復旧しておらず、先が見えない薄暗い時間が続いている。

「何かわかったのか、キール!」

「……今彼らの体に起きているこの症状は……殿下達も分かっているはずでは?」

「「‼」」

 ラドルス達と合流し、士官らの体の具合を調べていたキールは、一つの結論に達する。その結論にラドルス達も僅かながら可能性として頭に留めていた。それは過去に自分達を最も苦しませた触れたくないものであった。

「これは……デッドレイウイルスに感染した時の症状と酷似している……! まさか、新型がバラ蒔いたとでもいうのか……?」

「……やはりか」

「ですが、突然、集団感染が起きるなど……」

「……………」

 ラドルス達は今起きている状況に戸惑いを隠せない中、キールは〝あるもの〟を頭に浮かばせた。

(……が関係しているのか? だとしたら……)

 彼は過去にとある人物が書いていたとされるレポートの一つを見たこルーヴェある。その一つがギャリア鉱石に関してのものだったらしく、自分にはあまり関係のないものだと捨て置いたのだが――。

「!」

 突然四方を囲んだ空間に「ドンッ‼」と鈍い音が響き、ラドルスやルヴィス、意識を保っていた士官らが一斉に音が響いた方向に反応し、顔をそこに向ける。暗くて分かりづらいが、そこには拳を地面に叩きつけたキールの姿があった。

「こんな簡単なことに……なんで気づかなかったんだ、僕は! あまりにも自分が醜すぎる……!」

「「「……………!」」」

 いきなり大きな音を出したキールにルヴィスは問おうとしていたのだが、憤怒に近しい声色と拳を地面に打ち付ける行為に、戸惑いを隠せずにいた。なぜなら、彼が感情的になるのは珍しいのである。

 もちろん、彼と同じくキールに視線を向けていたラドルス達も声を出すこルーヴェできなかった。

 

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