第3章
隠されたもの
奥行きがどこまでも続く薄暗い空間を歩く四つの人影。周囲には誰もおらず、ただ彼らの足音だけが鳴り響いていた。
その人影の正体――ルーヴェ、紅茜、ラヴェリア、そして彼らレイヴンイエーガーズの捕虜となったルルの四人は今、ある所を歩いていた。
アルティメスを含めた四体ものシュナイダーを抱えるレイヴンイエーガーズが、ガルヴァス帝国の三つに分かれた都市の一つであるルビアンの中心であるガルヴァス聖寮を占拠、実質ルビアンを制圧した後、ルーヴェ達は聖寮を根城にすべく行動を続けていた。
その後の襲撃がないか他のメンバーが哨戒に出る中、ルーヴェをはじめとした四人はその内部を調査しに行ったのである。
だが、その内部を進んでいたはずだったのだが、四人はなぜか左右が壁で仕切られた薄暗い、照明の届かない地下空間を歩んでいた。そんな中、ルルは自身の先を行くルーヴェに、目的を尋ねてきた。
「ところで、一体どこまで行くの? 聖寮から大分歩いた気がするけど」
「すぐにわかる」
「…………」
ルルは自分達が今向かおうとしているのをルーヴェから何度も聞き出そうとしているのだが、彼は顔を向けようともせず、耳を傾けているのにただひらりと躱されるだけであり、一向にその意図が分からずにいた。
しかし、彼の意図が分からないのは彼女だけではなかった。
「ちょっと、ルーヴェ。アタシにもそろそろ聞かせてほしいんだけど。ってか、なんでこんな所に、空洞が存在しているのさ?」
「…………」
ルーヴェ達がいるこの場所は、実は聖寮の地下に存在する通路である。その他にも通りそうなものもありそうだが、もしかしたら、要人を無事に脱出させる通路と思われてもおかしくないだろう。
しかし、その類ではないとルーヴェと紅茜の後ろにいたラヴェリアは確信があった。
「それは当然、誰にも見られたくも、知られたくもないからこういう空間があるのよ。つまり、胡散臭いものを隠すためにね」
「!」
彼女の言葉に紅茜は納得する。
例えるとすれば臭いものには蓋をするということがあるが、まさにそれではないだろうか。そもそも組織が大きければ大きいほど、命令系統が異なる相手とのズレや、裏で謀略を画策する者も出てくるという。すなわち、表にいる者とはまた別の思惑を持った人物が動いていることを示しているのだ。
「その胡散臭いものこそ、お前達の命をずっと繋ぎ止めて(・・・・・)いる(・・)ものでもある。そして、この先にそれが存在する」
「⁉ それって――」
ルーヴェの意味深な言葉にルルは何かを察する。自分を生かしているものがこの先に存在するなど、聞いたこともなく、ニルヴァーヌ学園の裏事情を知る彼女にとっては初めて知ることであった。自身に聞かされていない真実がルルを激しく動揺させた。
「…………」
四人は様々な疑問を浮かべつつ、前に進んでいると、この先を阻むかのように塞ぐ一枚の扉を目にする。そのままそこへ近づき、数歩空いた距離でピタッと立ち止まった。
「行き止まり? ここへきて⁉」
「いや……暗証ロックが掛けられている。ということは、ここで間違いない」
この先を阻まれ、がっくりと項垂れる紅茜をよそに、ルーヴェは扉の脇に設置された暗証ロックに近寄り、立ち止まっていた三人もそこに近寄る。
「で? どうすんの?」
「決まってんだろ。俺達にしかできないことをやればいい。ということで、お前がやれ」
「は? まさか、このために呼んだんじゃないでしょうね⁉」
「……いや」
(何なの、その間は……! ってか、こちらを見なさいよ!)
自分から目を晒すなど、明らかにふざけているかのようなルーヴェの言い草に紅茜は、静かな怒りを募らせる。やがてその怒りは通り越して少々呆れた様子を見せ始める。
「分かったわよ。やればいいんでしょ、やれば……!」
紅茜は表情を歪めながらも暗証ロックの前に立ち、右手をそこにかざす。一体何をするのかとルルは首をかしげるものの、その後に起きる、信じられないものを目にすることとなった。
はじめに、紅茜の目が青く光ると、暗証ロックの数字が勝手に入力されていき、閉ざされていた扉のロックが解除され、扉が左右に開かれ始めた。
実は数日前にルーヴェが学園の地下に秘匿された、ある一画を突き止めた時の対処と同じである。あの時もルーヴェの目が光っていたこともあり、紅茜もまた、彼と同じ体質であることを意味していた。
「なっ……!」
それを間近で見ていたルルは、紅茜が何もしていないにもかかわらず勝手に扉が開かれるその光景に驚愕する。
手をかざしただけで扉が開くなど、「まさに魔法という表現が相応しいのだが、普通の人間なら即座に否定するレベルである。だが、自身の目に映ったものはまさに現実だということを嫌でも理解させていた。
扉が開かれ、この先が進めるようになると、ルーヴェはすぐさま前に進み出す。そのルーヴェに促されるように紅茜達も彼の後を追い、四人はその先へ足を踏み入れると、信じられないものを目にする。
それは、地下であるにもかかわらず奥行きのある空間が広がっていたのだ。しかも左右に広がる長さも、地上の建物の中とほとんど変わらなかったのである。
「…………!」
紅茜とルルは、目の前にある光景を目にして、驚きを見せていた。ただ、その驚きはひどく強張ったものであり、まるで信じられないものを目撃したかのようなものであった。
その一方でルーヴェとラヴェリアは特に驚きを見せず、ただ目の前にあるものを見つめるだけだ。しかし、二人の目は細く、まるで憐れむような表情を見せている。さらにルーヴェは、それに対する怒りを表すように拳を握り締めていた。
四人が目にした光景は、表に出すことすら躊躇うほどの、あまりにも凄惨なものであり、同時に、それを隠し続ける国への怒りを今にもぶつけそうなものだったのである。
なぜなら、彼らの目の前に、この空間全体に収まるほどの数のカプセルが置かれていたのだ。そのカプセルは今でも起動しており、その中に何かが入っているように見える、その異様な光景に四人は息を飲んだ。
(まだこんなものを続けていたのか……!)
カプセルが起動している様子を見て、ルーヴェはここで行われていることを察すると、歯ぎしりしながらも拳を握り締め続けていた。
ルーヴェが怒りを込み上げている一方で、その後ろにいた紅茜は、今の彼の様子を見て、意外にも普段の彼からは予想しない感情を露わにしていることに小さく驚いた。
「…………」
何かあったのかと紅茜は察すると、何とも言えない表情のまま彼を見つめるのだった。
また、初めて見る空間にルルは、周りを見渡す。四方に囲まれた空間、その空間に敷き詰められたカプセルの数々を含め、彼女は未だにここが何なのか分からずにいた。
「ここは……」
「LKワクチンの製造工場、通称〝プラント〟。その名の通り、LKワクチンを製造させている場所よ」
「なんで知って……」
この場所の詳細を知るラヴェリアに紅茜が問いかける中、ルーヴェは目の前にあるカプセルの元へ歩み出し、ラヴェリア達もその後を追いかける。
「まさか、またここに来るとはな……」
(また?)
その単語に反応するルル。多数のカプセルが並ぶという異様な光景を目にして、ルーヴェのこの落ち着きぶりといい、まるで何かを知っている様子にも見えた。もちろん、彼女とは別の人物――紅茜もそれに疑問を持った。
「アンタ、ここに来たことがあるの?」
「…………」
「なんで黙るのよ⁉」
紅茜はルーヴェの口からその答えを聞き出そうとするも、彼は口籠るばかりで言おうともしない。ここに入る前からもったいぶるような言動を含めた、あまりの塩対応に、彼女はイライラしていた。
「これを見て、そんな減らず口が言えるのかよ」
「?」
「「なっ……!」」
カプセルに近づいた一同は、そのカプセルを覗き見る。すると、その透明なカプセルの中身を見て、紅茜とルルは絶句する。
「なんでこんなものが⁉」
「まさか……⁉」
カプセルの中身を見て、何かに気づいた紅茜達はここに置かれた多数のカプセルを見渡した後、ルーヴェに視線を向ける。すると今度はラヴェリアが、彼女達が気づいたことを口にした。
「これで分かったでしょ。このカプセルの中にいる、人々が皆、ワクチンのための〝生贄〟にされているということを……!」
「生贄⁉」
「…………!」
カプセルの中身に眠るように入っている人間が生贄と呼ぶには大げさに見えるが、実に的を射ていた。その多数のカプセルの奥には巨大なタンクがあり、おそらくはカプセルと何らかの関係があるように思え、これだけでもロクな理由ではないことは明らかだった。
紅茜とルルが驚愕に包まれる一方、事実を口にしたラヴェリアは拳を握り締めた。目の前にある現実を目にして、また怒りを覚えるのだった。
「クソッ!」
強く握られた右の拳が机の上に「ドンッ!」と振り下ろされ、今にも割れそうな勢いと共に、衝撃が執務室の周囲に響き渡り、打ち付けられた机が一瞬揺れた。
その拳を振り下ろしたのは、先程戦場となったラビアンから帰還したヴェルジュである。特にダメージもなく、現居そうな感じにも見える。
しかし、彼女の心はある感情に身を任せた状態であり、直接振り下ろされた時の痛みによるものなのか、手を握りしめたまま震えていた。
「で、殿下……」
「…………」
一方でヴェルジュの後ろに控えていたヴェリオットとグランディは、二人の前にいる人物にどう言葉をかけていいのか分からず、ただじっと見つめるしかなかった。
だが、ヴェルジュに怯えながら向かい合っていたルヴィスが二人の代わりに声をかけた。
「あ、姉上……どうか落ち着きを――」
「これが落ち着いていられるか‼ 何もできずにただおめおめと戻ってきたのだぞ!」
「ッ――!」
「レイヴンイエーガーズなどとか言うテロリストなんかに手傷を負わされるなど、こんなくだらん屈辱があってたまるか……!」
ヴェルジュが実弟の前でそう言い切ると、背中を見せるように身体を振り向かせ、そのまま距離を取っていった。その際、彼女の歩く姿さえ誰も言葉を発さなかった。
ガルヴァス帝国の敗北。それは、帝国の勝利を願う者ですら信じたくもない事実が、彼らを襲っていた。レイヴンイエーガーズと名乗るテロリストの襲撃で都市を墜とされ、救援に向かったにもかかわらず返り討ちにあわされたことを踏まえて、屈辱以外の何物でもなかった。
軍事国家である帝国を、不意打ちを食らった状態であったものの、正面から打ち負かしことは彼らにとって、誇り高いプライドが泥臭い者に平然と傷つかれたようなものだ。憤りを抑えることなど、難しいものである。
その憤りを抑えようとルヴィスは、自分に背中を向けている実姉に向けて、ある言葉を口にした。
「……お言葉ですが、姉上――」
「?」
「まだ終わったわけではありません。あの時は慰霊式典で意識がこちらに向いていたこと、加えてテロリストの規模を把握しきれなかったことを踏まえて、今一度、部隊を編成し直して――」
「…………」
ルヴィスの提案にヴェルジュは振り向き、こちらにまっすぐに視線を向ける。相手を突き刺すような目つきで向けられ、恐れを抱いたルヴィスは顔から流れる冷や汗が背中を伝っていくのを感じていた。
「ヴェルジュ殿下!」
「ここはルヴィス殿下の言葉を尊重すべきです!」
だが、ルヴィスの言葉を後押しするように、ケヴィルやヴェリオット達もヴェルジュを諭そうとする。今やるべきことは、ルヴィスが言った通りのものであるため、彼女もすぐには本論せず、ただ熟考していた。
そして、彼女が導き出した結論は――
「いいだろう。ここはお前の言う通りにしてやる。今は準備を行うために休むとするか。行くぞ!」
「「ハッ!」」
ルヴィスの意見を採用したヴェルジュは、二人を引き連れてこの場を後にし、扉の奥へ消えていった。
ただ、その彼女が扉を開けようとした際、その扉の奥に妹であるルヴィアーナとその配下であるノーティスの姿を捉えるが、ヴェルジュは一瞥した後そのまま二人を通り過ぎるように廊下を歩いていき、その背中をルヴィアーナは見つめるしかなかった。
「…………」
一方で執務室に残っていたルヴィスは、ヴェルジュがいなくなったことに体中の力が向け、椅子に背中を打ち付けたことは言うまでもなかった。
「…………」
ルヴィスのいる執務室を後にし、皇宮の太陽の光が差し込む廊下の中を進むヴェルジュ達。先程までの憤りは微塵もなく、彼女が今落ち着いている様子であることを、その後ろにいるヴェリオット達は安堵していた。
しかし、先へと進むヴェルジュの中で気にかかることが一つだけあった。
〝このままだと、またあなたの兄弟達を無くすことになりますよ。せいぜい寝首をかかれないように……〟
自身を含めた救援部隊が撤退する際、アルティメスからの通信でかけてきた言葉に、ヴェルジュは今も頭から離れないでいた。
(一体どういうことだ? 〝また〟とは……。そもそもあの時、兄上達の誰かが死んだなど、あり得るはずが――)
その言葉の真意についてヴェルジュは足を進めながら考えていたのだが、いきなり何かが彼女の頭の中に浮かんできた。
「!」
一瞬何かを思い出しかけたヴェルジュに頭痛が襲い掛かり、思わず足を止め、片手で頭を抱えた。その思いがけない様子にヴェリオット達が駆け寄る。
「大丈夫ですか、殿下!」
「問題ない」
「ですが……」
「また、ですか……それは」
「…………!」
心配そうなグランディがヴェルジュに向けて放った言葉。それは先程ヴェルジュに襲った頭痛であり、前々から起きていたことでもあった。
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