力への渇望

 なぜこの頭痛が起きるのか、当の本人にも分からず、決まって起こるのは脳裏に浮かんだの姿である。しかし、それに思い当たる人物など、自身が知る限りではどこにもいない。

 だが、頭痛がするたびに少年が現れ、幻覚ではないかと自身でも言い聞かせ続けていたのだが、その後も何度も現れていたため、やはり幻覚ではないと思うしかなかった。しかし、少年の顔をまったく思い出せないことが彼女をずっと苦しめていたのも事実である。

(お前は……誰なんだ? いったいなぜ私を苦しませる……!?)

 自身の中で起きている異変を、脳裏に浮かぶ少年に怒りをぶつけようとするヴェルジュ。だが、その怒りは虚しくも矛先すら存在せず、ただ空回りだけが続き、不満は募る一方だった。

 前に宮廷医師に相談したこともあったのだが、特に異常も何もないと答えるばかりであり、誰も役に立たないと思うしかなく、頭の中にある記憶と、現実との違いとのズレに苦しむという堂々巡りが今でも続いていたのである。

「…………」

「ヴェルジュ殿下に何が起きているんだろうか……?」

「ああ。殿下だけでなく、どうやら我々も不穏な何かにしか言いようがない」

「何か?」

足を止めながら思考を巡らせる主の寂しい背中を見ていたヴェリオット達は、どこか寂し気な視線を送り続けていた。主であるヴェルジュが今考えていることは実はというと、彼らも同様・・であった。

「そうだ。我々から見ても、どうも何かが。殿下をお助けするのが我々の役目だというのに、情けない……」

「グランディ……」

 悔しそうな表情と共に拳を握り締めるグランディ。その隣でそれを見ていたヴェリオットも、同じ気持であった。

 もしグランディの言葉が正しいなら、自分達に起きているこの違和感も説明がつく。しかし、それらを証明するものすら存在せず、口だけなら出まかせしか出せないのが現状である。

その覆そうにもない現実に二人は、足を動かしながらもそれぞれ己の無力さを呪った。

「…………」

 それを振り切ろうとヴェリオットは窓から映る街並みを眺めるのだが、いつも通りの風景だというのに、どこか違った景色に見え、周囲がここではないどこかに思え始める。その危機感が彼自身を追い詰めるのだった。

 そんな険しい顔をする三人の前に、ヴェルジュの兄であり、第一皇子ことラドルスが現れる。その後ろには、彼の配下のアイオスが控えていた。

「どうしたんだい? そんな怖い顔をして」

「い、いえ。決してそういう訳では……」

「分かっている。今回のことについては、実に不甲斐ないものだということを、君自身が思っているはずだ。あまり自分を責めないでほしい」

「……申し訳ありません」

 ヴェルジュの近くに来たラドルスは、彼女の左肩にポン、と置いて優しい言葉をかける。その行為にヴェルジュは、先程までの怒りを忘れ、頬を赤く染めながら一言謝罪を申し上げた。

「しかし、不思議なものだね。こんなご時世にまさか、テロリストの襲撃を受けることになるとは……」

「はい。ルビアンの警備が薄くはなかったと思いますが、たった四、いや五機だけで都市を墜とせるとは到底思えませんが……」

 襲撃を受ける当時、聖寮を中心としたルビアンの警備はそんなに甘くはなかった。にもかかわらず、アルティメスをはじめとする五機のシュナイダーが、各地に散らばっていた軍事拠点を潰し、なおかつ聖寮をそのまま陥落させるなど、かなり難しいものだ。

 だが、実際はそれが起きた。言われようにもない事実が、彼女達に深く影を落としていたのである。

「全くその通りでございます。しかし、ヴィハック一体だけでも、軍の一個小隊に匹敵するレベルでありますが――」

「分かっている!」

 アイオスの言葉通り、ヴィハックは一体だけでも脅威として捉えられている。数で動くことが常にあるのだが、問題はその強さである。動物をも超越した膂力を用いて、立ち塞がる者をことごとく一蹴させているため、同党の強さを発揮するシュナイダーが必須なのだ。もっとも、そのシュナイダーでも一体だけで相手にするには荷が重すぎるが。

「ですが、兄上。我々がここに戻る前に現れたという、あの黒いシュナイダーに関しては、一機だけでもヴィハックを十数機も倒すほどであります。となると、やはり……」

「君が言いたいことは分かっている。だからこそ、今度は万全の状態で、ルビアンを取り戻そうじゃないか。だから、今はその時まで気を落ち着かせることだよ」

「……分かりました」

 実兄の助言にヴェルジュは反対することなく頷く。その実兄が、あえて気を落ち着かせるようにと言ったのは、ただ休むのではなく、何事も慌てず、冷静さを維持することが何より肝心だということだ。

 何より彼女も戦場に立つわけであり、その戦場のど真ん中で司令塔として指示を出さなければならないのである。それを鑑みても、ラドルスの言葉は彼女の心に深く沁みた。

「そうだ。確か、キールが君に格納庫まで来てほしいと言っていたそうだ」

「キールが?」

「何でも、君のクレイオスを強くするとか言っていたらしいが……」

「本当ですか!?」

 実兄からの提案に、ヴェルジュは強く反応する。元よりアドヴェンダーとしても強い部類に入るヴェルジュにとっては、朗報だった。その彼女が操るシュナイダーを強くしてくれることには聞き捨てならなかったようだ。

「詳しい説明は、彼に聞くと言い。私は、ルヴィスと今後について話し合うから、ここで邪魔させてもらうよ。通る道を遮って済まない」

「べ、別に、構いませんが……」

「では、私もこれで……」

 最後にアイオスがヴェルジュに一礼した後、ラドルスと共にヴェリオットたちを通り過ぎ、そのままこの場を去っていった。

 この先はもちろん、ルヴィスがいる執務室があり、そこへ行くつもりである。ヴェルジュ達は、ラドルス達が行く様をただ見つめるだけであった。

「行くぞ、お前達」

「「ハッ」」

 すぐに気を引き締めた三人は、そのままキールのいる格納庫へと足を動かし始める。彼らが行く道は、まさに覇道と言うべき、火の粉を振り払う、何人たりとも前に出ることを許さぬ道を進んでいた。

 だが、その中で一抹の不安を、ヴェリオットは抱えていた。

(……本当にこのままでいいんだろうか。今を苦しんでいる殿下を、ただ見ることしかできない私は……)

 主の近くにいながら、何も助けることのできない自分を客観視するヴェリオット。

 先程ヴェルジュが苦しんだにもかかわらず、何も手も出さず、ただ目の前に起きたことを見つめていたことに彼は自身を嫌悪していた。しかも今度は、機体を強くするという誘いを受けて、主はそれに乗り出そうとしている。

 今の状態で乗り出すには危険だと感じたヴェリオットだったのだが、それを突っ撥ねられることを恐れたのか、何も言おうともせず、ただ彼女に付き従うことしかできなかった。

 それはまさしく、彼にとっての、悔しさという他なかったのだった。


 その格納庫の中では、待機していた整備班がルビアンから帰投した後のシュナイダーの整備を休まることもなく続けていた。

 もっとも整備に力を置いていたのは、ヴェルジュやレギルが乗る専用機のシュナイダーである。ヒュペリオンやクレイオスなど、規格もそれぞれ異なるこれらには、整備にも時間がかかることが難点の一つであった。

「しっかり働いて! かなり仕様が異なっているから、臨機応変に!」

「「「イエッサー!」」」

 そのハンガーに収まり、並び立つ専用機の前をキールとラットは、整備班に指示を行いながらゆっくりと足を進める。自身が開発に携わったこともあって、出している指示にも熱が入っている。また、その表情も真剣そのものであった。

「まさか、こちらとタメを張れるのがいたとはね~」

「いずれそうなるのではないかと、あなた自身、分かっていたのでは?」

「それもそうだけど、競争相手がいないと、面白くも何もないよ」

「…………」

 自身が開発したシュナイダーと、対等に立ち向かえる相手がいたことに喜ぶキールに対し、ラットはその上司の考えにどこか理解できなかった。

 そもそもガルヴァス帝国が持つ軍事力は、世界の中で群を抜いている。当然、張り合える国すらいないため、キールにとってはどこか物足りないのだろう。彼の頭に開発のアイデアが溢れ出ると言っても、それを実証できるものも存在しなければ意味すら持たないのである。

「もっとも、僕とタメを張り合えるとしたら、しかあり得ないんだけどね~」

「! それって、あののことを言っているのですか?」

「うん。そもそも、シュナイダーの開発に携わったのは、あの人達だしね」

「ですが……彼女に関しては、未だに行方を眩ませていますし、もう一人、……」

「分かってる」

 キールは、自身が認めている相手がいる。その相手もまた、自身と同じ科学者であり、部下であるラットと共に、研究に携わっていたことがあった。

 彼ら四人は、それぞれこの国の発展を促すために研究を行った仲であり、その発明として生まれたのが、シュナイダーである。

 だが、その二人はここにはいない。今は、一方が行方不明であり、もう一方は既にこの世を去っていたのである。その二人がいなくなったのは、十年前、すなわちロードスの悲劇が起きた後のことであった。

「いなくなった彼らのためにも、僕達にできることは、僕らが造ったシュナイダーをまた動かすことなんだ。だから、手を抜くわけにはいかないんだよ」

「……初めから、そうしてれば、気が楽になるのですが……」

「それだよ。なら、この問いに答えられる?」

「?」

「君は一日中、休むことなく気を引き締めて作業が行える?」

「それは……」

 キールから出された問い。それは、時間そのものを忘れさせる、究極の問いであった。ラットはそれを答えようとするも、どこかたどたどしかった。

「答えられないよね。それもそのはず、人間はそこまで完璧じゃない。必ずどこかでガス抜きしないと、満足に動けないだろ? だったら、一回頭をカラッポにしなきゃ」

「…………!」

 元々、人間も機械も運動における限界は存在する。運動するたびに熱や疲れが体の中で溜まっていくし、動きに影響が及ぶのは当然である。

 そういう意味を含めても、十全なパフォーマンスを維持するには、最低限の息抜きは必要だとキールは言いたいのである。その言葉を聞いて、ラットは長考し始める。

「だから、そんなに肩に力を入れては、周りを見えなくするだけだよ、ラット君?」

「……改めて肝に銘じておきます、主任」

 助言を受けて肩の荷を下ろしたラットを見て、キールは笑顔のまま「よろしい」と答える。

すなわち、彼自身もラット・グラジルの存在は、必要不可欠などだと思っている証明であった。そして、二人はある場所の前で足を止める。

「さて、こっちも作業を進めないとね」

「え? これを……? まさか、アレ(・・)を搭載させるのですか!? しかし、あれは……」

「レイヴンイエーガーズという集団に勝つには、考慮すべきものだがね。そのためには――」

 ――カツッ!

「「!」」

 キールが言葉を続けようとしたその時、それを割り込む足音が二人の真後ろから聞こえてきた。それを耳にした二人は揃って、顔を後ろに振り向かせた。

「私の愛機クレイオスに何か用かな?」

「ヴェルジュ殿下……!」

 二人の前に現れたのは、ラドルスの呼びかけに応じ、格納庫まで訪れてきたヴェルジュ達である。そして、キール達が足を止めたその先に、四本足のシュナイダーこと、クレイオスが立ち尽くしていた。

「兄上から聞いた。愛機を強くしてくれるのは本当なのだろうな?」

「もちろんですよ。そのためにも色々手を加えないといけないですが、安いものだと思いますよ?」

「前置きはいい。さっさとやってくれないか?」

「「!」」

 キールからの説明を抜きに、ヴェルジュはさっさとその作業に当たらせようとする。その無茶ぶりにラットだけでなく、彼女の後ろにいたヴェリオット達も驚いた。だが、キールは余裕な表情のまま、説明を続けた。

「無茶を言わないでください。まだ話は終わっていませんよ。ヴェルジュ殿下、これはあなた自身にも関わることですから……」

「ほう……?」

「実はと言いますと、既に私が開発した新システムは、先んじてタイタンナイツの機体に実装済みです。実戦データも録れたことですし、それをクレイオスに実装してもよろしいということでして……」

「なるほど。では、お前の言う新たなシステムとは?」

「それは、アドヴェンダーとシュナイダーの感覚を結合、すなわち同調させる、名付けて《人騎同調ユナイト》システムと呼んでおります」

「《人騎同調ユナイト》システム?」

「その名の通り、シュナイダーと、アドヴェンダーの反射速度を直結させて、機体を生身の人間に近しい動きに完全再現させる、まさに人類が到達した最高のシステムです!」

「…………!」

 その説明を耳にして、ヴェルジュ達は目を大きく開かせるのだった。


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