撤退

 レギルとエリスの乗るシュナイダーと対峙するルーヴェ達の元に、襲い掛かるワイバロンではあるが、それを阻むかのようにゼウシュトルムが肉薄する。

「逃がさないよ!」

「しつこい!」

 悪態を吐きながらも振り切れないと悟るしかないアレスタンは、目の先にいるルーヴェ達を通り過ぎ、そのままレギル達と合流する。一方でリンドもルーヴェ達と合流を果たし、改めてレギル達専属騎士と対峙した。

『どうしたんですか? アナタらしくもない』

「うるさい!」

「……あなたが言っていた通り、やはり手ごわい相手のようですね」

 先程まで怒り心頭だったレギルも、隣にいたアレスタンが怒りを浮かべている様子から、一瞬で平静さを取り戻した。

(とりあえず、この場は一からやり直さないと……。でも、何かを忘れているような……?)

 三対三、五分五分の状況ではあるものの、どこか見落としていると感じ取るエリス。その不安は間もなく的中することとなった。


 ルーヴェの指示で地上に足を下ろしていた紅茜とリーラは、ヴェルジュが乗るクレイオスと対峙していた。

 だが、地上部隊のほとんどが壊滅状態にあり、残存しているシュナイダーの数も十にも満たない。何とかシールドを前にして爆発や余波を防いだものの、機体各部に損傷が見られるのがほとんどであり、満足にも戦える状態ではなかった。

「殿下、これでは……」

「怯むな! 我々だけでも動ければいい」

 是が非でも戦いを続けようとするヴェルジュは再びランスを構え出し、突進し始めた。

「「殿下!」」

 両側の二人が静止を呼びかけるが、それすら耳に届かなく、ヴェルジュは突き進む。それを予見していた紅茜はライフルを構え、攻撃を開始した。

「甘い!」

 四つの銃口から連続して撃ち出される光弾がクレイオスに襲い掛かる。

 しかし、ヴェルジュはそれらを難なくと躱しつつ、猛スピードで前に進んでいく。その内の数発が機体に直撃しかけるが、それをシールドで防ぎ、ダメージを与えさせない。そして、クレイオスがへパイスドラグに近づき、突きの態勢に入る。

「!」

 攻撃が当たらず、既に距離を詰められたことを知った紅茜にリーラが乗るポセイドーガが割り込み、その手に持つ大型のハルパードで突きを逸らした。

「何ィ!?」

 鈍器がぶつかるような音が鳴り響くと同時に、態勢を崩されたヴェルジュはすぐさまランスを横に薙ぎ払う。だがそれをポセイドーガの左手にある大型のシールドに阻まれ、攻撃を止められる。

 しかもその機体のパワーは尋常ではなく、左腕のみでランスが右腕ごと押し返されていた。

(な、何だ、このパワーは!?)

 ヴェルジュが目の前で起きていることに驚いている間に、リーラは左腕でランスを押し返して、態勢が崩れたところに今度はこちらがハルパードによる突きを繰り出した。

「クッ!」

 ヴェルジュが咄嗟に左腕のシールドで胴体部を隠すが、リーラはそれごとハルパードを突き出す。その一撃は重く、その衝撃でクレイオスが一時、宙に浮かび上がった。

 しかし、ヴェルジュはクレイオスの脚部にある小型のスラスターを噴射させ、態勢を確保、そして四脚を立たせた状態で着地した。

 その両脇から二機のディルオスが割り込んできて、今度はあちらが突撃をかけた。

「お前達!」

「ヴェルジュ殿下、一人では無理です!」

「どうか我らにも!」

 先程の攻防から危険を悟った二人は、その危険を回避させるために主の援護に回ろうと動き出したのである。

 ヴェリオットが乗る機体から二本の剣を取り出す。一方でグランディは両手に持つ大型のハンマーを構え出した。

 この二機は二人がそれぞれの好みに合わせてチューンを施されたカスタム機であり、いわば彼らの専用機と言っても過言ではない。

 その二機がポセイドーガに迫るその時に、

「リーラ、ちょっと、そこどいて!」

「!」

 ポセイドーガが背中のブースターを噴射させてその場から直上に移動する。その彼女がいた後方から、へパイスドラグが四門の砲塔を迫ってくる二機に合わせていた。

「「!!」」

 カウンターを仕掛けられたことに二人が驚愕する中、紅茜はニヤリと笑みを浮かべて砲撃の引き鉄を引くと、四門の砲撃が巨大な一つの奔流となり、正面をぶち抜く。

 二人は咄嗟に射線上から離れ、その危機を知ったヴェルジュもその場を離れる。

「!」

ふとその後ろを振り向いたその先に、彼女は目を大きく開いた。

 そこにはヴェルジュ達の後方にいたシュナイダー部隊が未だに留まっていたのである。その彼らも迫ってくる奔流に気づくが、その瞬間には既に奔流に飲み込まれ、跡形もなく消え去っていった。

 また、奔流はさらにその後ろにある巨大ビルに直撃し、大きな爆発と共に建物全体が爆散する。そして、その射線上から残存していたシュナイダー部隊がすべて消失したのだった。

 ディルオスの形すら見当たらないその惨状を見て、ヴェルジュは怒りをぶつけるがごとく、左の拳を横のモニターに叩きこんだ。

「クソッ! これでは、奴らの思いがままではないか!」

『ラドルス殿下の方も、かなりの被害があると……!』

『ヴェルジュ殿下! これでは……!』

「…………!」

 救援に来たはずなのに、逆に劣勢に立たされ、苦悶の表情を浮かべるヴェルジュ。

 テロリストに屈することを意地でも嫌う彼女は、この不利な状況を打破できる手段を得ようと、ある人物へ通信を繋ぐのだった。



 空中に浮遊したまま戦闘を続けるルーヴェ達は、今ここに専属騎士との戦いに没頭していた。

「ハァアアア!」

 リンドが乗るゼウシュトルムの両手に持つ二本の大剣が振り下ろされる。

 その振り下ろされた体験を受け止めるのはディノハウンドの手に持つ大剣。しかも、その大きさはゼウシュトルムの大剣よりも大きく、太さも段違いである。というよりもディノハウンドの全高より高い感じがした。

「…………!」

 ディノハウンドの中でゼウシュトルムと対峙するエリスは、操縦桿を前に倒して、大剣を両手で支えたまま、押し出す。巨体に似合うその出力は、徐々にゼウシュトルムを押し返し、最終的にはゼウシュトルムが大剣に弾き飛ばされた。

「ヘパイスドラグやポセイドーガと戦っているみたいだな、こりゃ。これが専属騎士のシュナイダーか……」

 専属騎士が乗るシュナイダーは、それに相応しい専用機を持つことが許されている。当然、量産目的で開発されたディルオスとは比べ物にならない性能を持つ。

 特にディノハウンドはパワーに特化した設計がなされているため、通常の攻撃では跳ね返されるのがオチである。

 ただ、ゼウシュトルムの出力も普通のシュナイダーよりも高いが、今の通りだと特にパワーに特化しているような様子には見られなかった。

「!」

 自身らと相対するほどの敵を感心しているリンドに、ディノハウンドの大剣が迫ってくる。その異様さは大剣よりも大きなハンマーに近しく、その威力は絶大だと思わざるを得ない。それを瞬時に感じ取ったレギルはすぐさま、背中のブースターを噴射させてこの場を退く。

「!? 消え――」

 目標を見失ったエリスはその勢いのまま、大剣を振り出すものの、目標が消えたことによって空振りとなってしまった。エリスはゼウシュトルムの姿を捉えようと全体を見渡すが、その姿が全く見られず、ただ呆然とするしかなかった。

 そして、この場を退いたはずのリンドは、ゼウシュトルムをお得意の高速移動で敵の背後に移動させた。

(いただき!)

 これをチャンスと見たリンドは、姿を見失わせた時に持ち替えていたライフルを向け、引き金を引く。そのライフルの銃身の下にあるグレネード弾が発射され、ミサイルに似た実弾がディノハウンドの背中に迫る。

「!?」

 しかし、ディノハウンドは背面部に透明なバリアを張って、実弾を防御、ダメージをなかったことにする。一瞬で気配を掴んだのか、すぐに対処に向かわせたのである。

 その堅牢な装甲に加え、攻撃を通さないバリアとくれば、もはや突き立てられる牙はないに等しい。まさしく、厄介そのものだ。

 攻撃が通らなかったことに「チッ!」と舌打ちをするリンドの右側から、今度は肘から噴射された左腕が迫ってくる。

「!?」

 それを一瞬で気づいたリンドは、またその位置から移動する。だが、左腕は追いかけるように急転回し、さらには手のひらから砲撃を撃ち出した。

 すぐに砲撃を躱したリンドは操縦桿を動かして左右上下に動き回り、左腕を振り切ろうとする。さらにはその左腕に繋がれているワイヤーの先にある、ワイバロンの姿を捉え、今度はそこに向かいだした。

 しかし、それを先回りしていたヴィルギルトが行く手を阻み、両手にあるシュナイド・ソードでリンドに迫ってきた。

 だが、今度はルーヴェが乗るアルティメスがその間に割り込み、左腕のシールドで防御し、右手にある実体剣で左のシュナイド・ソードを抑えた。

「オイオイ、お前の相手は俺だぞ?」

「! また、俺の邪魔を……」

 鍔迫り合いの状態から一回、距離が空くとすぐさま両者が剣を振り出して、またもや鍔迫り合いとなる。

「がら空き!」

 両者が動かなくなったところをアレスタンは、ワイバロンが既に射出させていた右腕と自分のところに回していた左腕と共に、アルティメスに砲撃を仕掛ける。その彼が迫ろうとしたところに、遠くから青白い閃光がワイバロンに迫ってきた。

「何!?」

 ワイバロンが防御できる態勢になかったところに、一筋の閃光が襲い掛かる。攻撃に回していたことで、できた隙を逃さなかった一撃が通ることを、遠くからの狙撃を行ったデストメテル、それに乗るアレンは確信する。

 だが、その近くに割り込んできたディノハウンドが閃光を遮らせた。もちろん、ディノハウンドは自身の周囲に張り巡らせた透明のバリアで守らせたため、自身も傷一つすらつかなかった。

「クッ! 惜しいところに……」

 狙いを外されたアレンはすぐさまその射線上から退避する。一方でアルティメスと対峙していたレギルも、その場を離れ、アレスタン達と合流を果たす。

 アレンもデストメテルの両手にあるライフルを構えたまま、ルーヴェ達の元にまた合流し、眼の先にいる敵とにらみ合いを続けた。

「悪い、悪い。助けられたな」

「いい加減にしてください。こういう所があなたの悪い所です」

「しかし、ここまで粘るとはな……」

「思った以上に強敵ですよ、ホント……」

 一手一手が目苦しく変わるこの状況、まさに膠着以外の何物でもない。

 お互いの長所を生かしながらもそれを見事に躱され、隙をついたところを見事に他者がカバーする。まさしく、連携を駆使した戦術が互いに拮抗を生み出しているのだ。

(うまいこと墜ちないな……。だけど、そろそろのはずだが……)

 だが、ルーヴェにはその連携による拮抗の中で、別のことを考えていた。そこに警報が鳴り響く。

「!」

 その警報が何なのかを察したルーヴェは、咄嗟に通信を繋ぐ。その通信スピーカーから、男の声が響いた。

『こちら、突入部隊! 例の場所を取り押さえた。後から入った情報だが――』

「――! よくやった! すぐに取り掛かれ!」

『了解!』

 突入部隊の隊長格である男との通信から、準備を整えたと確信したルーヴェ。

 そして、聖寮に潜入した突入部隊による、レイヴンイエーガーズの本来の作戦がここに開始されるのだった。



 飛行艇の広い操縦席の中でラドルスはモニターで拡大されたそれぞれの戦況を見て、不機嫌そうな顔を見せていた。

「フゥン……」

「いかがなさいましたか、殿下?」

「いや、ここまで粘られるのは初めてだと思ってね……」

「確かに、専属騎士を投入してまで逆に戦力を潰された上に分断されるのは、こちらとしても、良いものではありませんね……。テロリストとしては、いかにスマートなやり口です」

 これまで常に人間との戦いに勝ってきたガルヴァス帝国にとっては、面白くもない状況である。それどころか、所属先も分からないテロリストに逆に追い詰められているという、未だに経験したこともない出来事に、ラドルス達も頭を悩ませているのが要因でもあった。

「クレイオスより、通信です!」

「入れたまえ」

 飛行艇のモニターの片隅に、クレイオスに乗るヴェルジュの顔が映し出された。ただ、そ

の表情に陰りが混ざっていて、どこかぎこちない様子が見られた。

『義兄上……』

「そちらも、かなり苦戦しているようだね。相手の力量を見誤った、いわば愚かしさと言うべきか……。撤退すること、それが我々にとっての最善の策、と言いたいのかね?」

『……残念ながら』

 珍しく気弱な発言をするヴェルジュの姿に、ラドルスも仕方ないと肩をすくめた。

 シュナイダー数機での圧倒的な性能による制圧、しかもそれぞれが自身の領域内で性能を思う存分に発揮させている。その姿は、自分達にとってもよく見かけたものであった。

 考えを巡らせ、決心をしたラドルスはスッと手を前に出し、その決心を表した言葉を口にした。

「全軍撤退! ただちにこの戦況から離脱する! 照明弾を!」

「「「「「!?」」」」」

「これは命令だよ。一旦体勢を立て直すべきだ」

「! ……イエッサー!」

 ラドルスの揺るぎない意志を持った命令に、オペレーターは逆らうことなく、手を動かす。そして、飛行艇から数発の弾丸が天に打ち出され、すべて光が灯る。

「「「「「!」」」」」

 照明弾を見た、この場にいる者すべてがその光が何なのかを察した。

「撤退信号!?」

「ここでかよ!?」

「……仕方ない。撤退する!」

 ヴィルギルトを先頭に、専属騎士達が乗るシュナイダーは背中を見せて、後方に移動し始めた。地上にいるクレイオスも同様である。

「逃がすかよ、って……!」

 リンドが下がっていく敵の姿を見て、追撃しようとしたが、それを前に出たアレンが抑えだす。

さらに撤退を黙って見ていたルーヴェも、アルティメスの右腕を横に突き出して、リンド達を制していた。

「どうやら、空振りとなってしまったか……。だが、まだ作戦は終わっていない」

「「!」」

「それに、ヤタガラスがこっちに来ると連絡が入った。ハルディ達が来たら、このまま続けるぞ」

「「「「了解!」」」」

 完全にガルヴァス軍が撤退したことに、ひとまずの安心が訪れたルーヴェ達。

 しかし、彼らの作戦は、ガルヴァス軍が撤退するという、思いがけないイレギュラーが起きたが、支障はない。なぜなら、彼らが衝撃したガルヴァス聖寮には、秘匿された秘密が眠っているのだから――。

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