混戦

「存在をなかったことにされた、だと……?」

「ああ。今もこの国から行方が知れない者がたくさん出てるんだとよ。アンタらなら、何か知ってるんじゃないのか? 当事者だというなら……」

「…………!?」

 向こう側で対峙するアルティメスから聞こえてくる言葉にヴェルジュは、どういうことなのかと意味が全く理解できずにいる。ちなみに、彼女だけでなく、この場で通信越しに聞いている者達全員にも届いていた。

 そこにポセイドーガに乗るリーラが通信に割り込む。ただ、既にルーヴェは内部スピーカーに切り替えており、外部に漏れることはない。

「ちょっと、サービスしすぎじゃないの!? もしかしたら、逆に警戒されるんじゃ……!」

「これでいいんだよ。あちらさんには少し楔を打ち込む方がちょうどいいのさ。それだけでも、奴らの足を鈍らせれば……!」

『!』

 ルーヴェの言動に、リーラはようやく納得がいく。先程の彼の言動は、相手に迷いを与えるのが目的だということ、さらには味方の間で不信が生まれれば、行動にも乱れが生じるため、時間を長引かせることも可能だ。

 聖寮には未だに突入部隊が指令室を制圧したわけではないため、速攻で相手に隙を作らせたのである。もちろん、向こう側も簡単に受け止めるなど、利口ではない。ただ、一つの嘘が相手の行動を狂わせるようなものであり、賢い奴ほど嵌りやすいのだ。

 また、飛行艇から戦況を見ていたラドルス達も疑念に満ちた空気に包まれる。

「…………」

 それでもラドルスはルーヴェの言葉にはまったく動じないが、周辺にいる士官らは互いの顔を見やって、避けるかのように目線を逸らしていた。

 救援に来たはずのガルヴァス軍に不穏な空気が流れ、隊列に乱れは見えないものの、それ以上に兵士である前に人間である彼らの心が揺らいでいた。

 その揺らぎこそが、ルーヴェ達に休息を与える要因にもなる。

(確かに、これなら少しの間だけでも休ませられるわね……)

 長い戦闘の間で荒くしていた自分達の息を少しながらも整えることができ、肩の力を抜くには十分だった。

 また、同じくルーヴェの声が届いていた紅茜達も息を整え、いずれ始まる戦闘に備えて気を引き締めた。それは一時の時間稼ぎであることを確信してのことであり、すぐに証明されることになる。

『そんなわけがあるか! テロリストの言葉なぞ聞く耳など持たん! 全軍突撃せよ!』

「「「「「‼」」」」」

 ルーヴェの言葉に激昂したヴェルジュが飛ばした檄にヴェリオット達、シュナイダー部隊や空中にいるレギル達も含めて、一斉に我に返る。すると、アドヴェンダー達はすぐさま態勢を整え、目の前にいる標的に狙いを定め始めた。

「「「「「!」」」」」

 その気配を瞬時に感じ取ったルーヴェ達は、先程までとは規模が異なる戦闘になることに力という牙を研ぐのだった。


 一方、高い高度で戦況を上から見つめるラドルス達は、地上で行われている戦闘に目を配らせていた。その脇にはその配下であるアイオスも付き従えていた。

「フッ、……さすがはヴェルジュ。自ら手綱を引っ張って軍を動かしたか」

「まったく、嘘を利用してこちら側の足を引っ張らせるとは、なかなかの策士ですね」

「ああ。だが、外部から聞こえてきた声からして――若い」

 声色から先程の声の主がどんなものかを判別するラドルス。

 その答えはまっすぐに射止めており、その人物がまだ成人ではないということまでは分からなかったが、口だけで動きを封じることに関しては一定の評価をした。

「若い、ですか? 確かにそのようにも聞こえますが……」

「戦争というのはね、大人だけが戦っているとは限らないのだよ。中には年相応のいかない少年も含まれるってね……」

「はあ……」

 ラドルスの軽く皮肉った発言にアイオスは自身に納得させるかのように、ただ返事をするのだった。



 ラドルスが乗る飛行艇を護衛する形として同行していたワイバロンに乗るアレスタンは目の前に広がる景色をモニターで確認する。

「オーオー、見たことのない機体がいっぱいだな! まさか、単独飛行式のフライトシステムを導入しているとはな! ハハッ、やりがいがあるぜ!」

『リーディス卿。我々の目的はガルヴァス聖寮の奪還だ。それ以上のことは弁えていただきたい』

「わーってる。だけどよ、アイツらの……一筋縄ではいかないと思うが?」

「そうですね。それに……相手にしなきゃならないのも、ありますしね」

「なら、文句はないんじゃ、ねえ~の!」

 目の前にいる標的を捉えたアレスタンは、猛犬のごとく獲物に噛み付こうと操縦桿を前に押し出し、機体を加速させる。

 そのまま飛行艇やディルオスが乗るフライトベースよりも前に出ると、アレスタンはモニターに映るゼウシュトルムとデストメテルに向けて、ワイバロンの背中から伸びる巨大な腕から伸びる手のひらから高出力のビームが照射された。

「「!」」

 殺意にも似た、高出力のエネルギーの奔流が二機に襲い掛かり、その危機を感じ取った二人は瞬時にその場を退き、奔流から逃れる。奔流はそのまま人の影すらない地面に直撃する。圧倒的とも言えるその熱量で地面が沸騰した後、爆発が起き、灰色の煙が天へと昇っていった。

「オイオイ、ヘパイスドラグ並みの火力かよ……! ガルヴァスはあんなものまで隠していたのか……」

「! 来る!」

 ワイバロンの両腕から放った砲撃にタラリと冷や汗をかきながら、リンドは脅威を感じ取る中、隣にいたアレンはワイバロンが向かってくることをリンドに伝える。すると、その言葉通り、ワイバロンが二人に迫ってきた。

「ハハハッ、遊ぼうぜ!」

 ワイバロンの背中から伸びる右腕が突き出され、肘関節から腕が射出される。その射出された腕がまっすぐにゼウシュトルムに向かっており、広げた手のひらが襲い掛かろうとしていた。

 リンドは難なく躱すが、すぐさま方向転換を行い、躱した方向に向かってくる。まるで標的を捉えた蛇のごとく動き回り、常にゼウシュトルムを捉えていた。

 一方で本体であるワイバロンは一歩動かず、それなのにワイヤーを通じて伸びてくるその手はまさに地獄へと引き摺り込む悪魔の手である。さらには手のひらから先程の高エネルギーの奔流が放たれ、ゼウシュトルムとの距離を縮めてきた。

「クッ!」

 それでもリンドは操縦桿を動かし、機体各部に内蔵されたスラスターを適時噴射させて攻撃を躱し続ける。その攻撃が止むと細長いワイヤーが射出された右腕を引っ張り、ワイバロンの元の位置に戻っていった。

 ゼウシュトルムが高機動であることが何より幸運であり、他の機体ならばすぐにあの世行きだった。予想外の攻撃にリンドは額に汗を浮かべる。

 そこにスナイパーライフルを構えたデストメテルが近くに来る。そこから通信が入り、コクピットの横にあるモニターにアレンの顔が映る。

『リンド!』

「!」

『あの機体を相手にするには危険だ! ここは二人がかりでーー』

「いや、ここは俺一人でやる」

『!? 正気か!?』

 通信を入れてきたアレンの提案を一蹴するリンド。正気なのかと疑いたくなるような返答に、アレンは焦り出す。

『いいか。俺達の目的は、聖寮の占拠だ。それまで俺達で足止めすることだ』

「それはそうだが……」

『二人でアイツの相手をしたところで、後ろにいる奴らの相手は誰がするんだ?』

「!」

「今はこんなことで無駄を作るわけにはいかない――君が言いたそうなことじゃないか」

「…………!」

 語られるリンドの本心に、アレンは心を揺らがせる。ここで目的を履き違えるわけにはいかない、彼自身が掛けそうな言葉を口にされ、アレンは自分にそう言い聞かせるように操縦桿を強く握りしめた。

「分かった。だが、ここでくたばることだけは、何が何でも許さんからな!」

「了解っ!」

 リンドに促されたアレンは、そのままゼウシュトルムとワイバロンを通り越し、後方に展開する救援部隊の元へ向かっていった。

『ほお……たった一人で挑むとは勇ましいというより、愚かとしか見えんがな』

「…………」

『だが、確かに賢明ではある。……なら、少しは楽しませてくれよ。なあ!』

 ケラケラと言葉を並べるアレスタンはチラリと地上にある聖寮に目を向ける。おそらく、聖寮を制圧させるための理由を彼なりに推測し、リンドの判断を評価したようだ。

その上で、アレスタンは目の前にいるゼウシュトルムに向かって行動を開始した。

 最初にアレスタンはワイバロンの左右の腕に並ぶ巨大腕部ユニットを展開し、その手のひらから先程と似たような極太の光線を放つ。

 それをリンドは下に落ちるように機体を躱し、そのまま相手の喉元まで加速する。機体の後方に向けられたスラスターから熱風を発生させ、背中にある大剣を左手に携えつつ猛スピードで突っ込んだ。

「!」

 加速したゼウシュトルムがアレスタンの目の前に現れ、左手にある大剣で斬りかかろうとする。ところが、瞬時に自分との距離を詰めたことに彼は驚きの表情をとり、同時に笑うかのように口角を上げた。

 するとアレスタンはワイバロンに両腰に掛けられている小型のライフルを手に取らせ、銃口をゼウシュトルムに向ける。その距離は外すことなく近く、引き鉄を引けば必ず当たる距離だった。

「チィッ!」

 アレスタンが引き鉄を引き、銃口から光が灯ると、その危機を感じ取ったリンドはすぐにペダルを踏み、操縦桿を前に倒してスラスターを噴射させる。

 銃口から閃光が放たれ、ゼウシュトルムを貫こうとしたその瞬間、機体が一瞬で消えてしまい、アレスタンは目を見開かせた。

「なっ……!」

 すぐにレーダーで反応を捉えようとすると、表示された矢印の先に従って上に頭を向けると、ゼウシュトルムがいた。

「うわぁっ……危なっ! つか、ヒヤヒヤさせるぜ。ホント……!」

「あの距離を避けた……!? ……だが!」

「!?」

 ワイバロンの二つの巨腕が同時に射出される。しかもワイバロンの直上にいるゼウシュトルムへと向かっており、手のひらからまた光線を放ち、リンドを仕留めに行く。

 リンドはこれを躱しつつ、今度は下に急降下してワイバロンに近づき始める。

だが、それを予測していたアレスタンは射出された両腕を操作してゼウシュトルムを迎撃する。

「追いかけてきた!?」

 すぐさまリンドはゼウシュトルムを左側に移動させ、射線上から離れていく。それをアレスタンはワイヤーを操りつつ追いかけるように数発の光線を放ち、天へと昇らせる。

 コンマ数秒のタイムラグが生じながら放たれるその光線の間をリンドはかいくぐり、少しずつ距離を縮ませていく。そして、互いの距離が再び縮まった所をリンドは大剣を振らせた。

 大剣の一閃が迎え撃とうとしたワイバロンの右腕を斬り、ライフルごと機体から弾かせる。今度は左腕を斬り落とそうとしたところをワイバロンの胴体部が光り出した。

「やらせるか!」

 ワイバロンの胴体部がまるで銃口のように穴が空けられており、何かが放出されることを想定された設計だった。つまり、まだワイバロンの武装はまだすべてではないということだ。その銃口から強い光が放射された。

「クッ!」

 だが、それをリンドは胸部と背中のバーニアを回転させつつ逆噴射させ、瞬時に機体を足先が上となった状態で機体ごと反らした。それによりその射線から外れ、光線は瞬く間に空を切っていった。

「!!」

(コイツも避けるだと!? この機体に乗っているアドヴェンダーは、何者なんだ!?)

 今のは確実に虚をついた一撃だった。それを瞬時に躱すことなど、並の操縦技術では不可能に近く、それを実現させるとなると、かなりの腕が必要である。もっともアレスタンにとっては見る機会など皆無に等しく、永遠にないものと信じていた。

 しかし、ことごとくワイバロンの攻撃を躱し、なおかつ一太刀入れた後に虚をついた一撃を与えたはずなのに、それすら躱されたことは、予想外にもアレスタンにはショックが大きかった。まるで、自分達と同じく高い実力を持つ者だということに。

「グッ!」

 その余韻を打ち消す衝撃がアレスタンの全身に入る。すぐにモニターに目を移すと、ゼウシュトルムが先程の攻撃を躱した状態から蹴りを入れ込んできたのである。

 衝撃によってワイバロンは後方へと弾き飛ばされ、アレスタンが姿勢を整えると再び両者の距離が開いた。

「俺を足蹴にしたな、この野郎……!」

 激しい怒りがアレスタンの中から湧き出てくる。ここまでコケにされたことなど、専属騎士になってからは指の数程度しかなかったのだ。

もっとも、それは敵ではなく、同じ専属騎士との対戦で打ち負かされたことではあるが、まさか敵に、しかもテロリストなんかにいいようにされるなど屈辱に近かった。

このまま怒りに狂うかに思えたが、彼は一回、一呼吸を入れ、自分を落ち着かせた。

「仕方ねえな。あまり気が進まないが、最初に言っていた通り、一筋縄ではいかねえな……!」

 自身が最初に言っていた言葉を思い出すアレスタン。その眼には侮りも油断もなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る